3・見つめるだけ



「それで?」
逸らされない、赤い、瞳。
真っ直ぐに、微動だにせず向けられるその視線に私はたじろぐ。
ヒュムでは見かけない鮮烈なその色。
血の色を連想させるそれが、少し、恐い。
赤い色の中に、私が居る。
瞳に映った私は酷く困った顔をしていた。
「どうかした?」
困る事など、何も無い。
赤い瞳がただじっと私を見つめる以外は何も。
耐え切れずに、不自然にならないように、そっと視線を逸らす。
それでも、視線を感じる。
赤い瞳は私を映したまま。
逃げても、その瞳の中に私は囚われている。
逃げる必要などないのに、見つめ続けられる事が、何故か苦しくて。
じっと見つめられたからといって心が読まれる事など無いのに。
ううん、彼女なら心を読む事が出来そうな気が本当にするけれど。
そんなのは気のせい。
もし読まれても困るような疚しい事は今考えていないし―――多分。
なのに。
なのに。
ただ見つめ続けられる事が、どうしてこんなに息苦しいんだろう。
一度気になってしまうと会話が続けられない。
視線が、気になって。
そんな自分の態度をじっと見つめている彼女がどんな事を考えているのか気になって。
ただ、普通に会話をしていただけなのに。
視線の意味を、考えてしまう。
意味なんてきっと、無いのに。

ドアがノックされた事で、視線の魔力から解放される。
曖昧な返事をして、私はその場を後にした。

「どうかした…の?」
「いいえ?」
何故?と首を傾げたヴィエラにアーシェは瞬いた。
何もなかった割にパンネロの顔は赤かった。
疑問を抱きつつもパンネロと入れ替わりにアーシェは事務的な内容の話をフランにし始める。
明日通るルートの事、戦闘主要メンバーの編成などなど。
淡々と。
…。

それから十数分後、部屋を飛び出したアーシェがパンネロと意気投合する事になる。
「フランって瞬きしないのかな…」
「あんまりにもじっと見つめられると…ちょっと…なんだか…」
何故か頬を染める二人である。





「不思議ね」
「あ?」
「見つめているだけなのに」
バーカウンターでグラスを傾けていたバルフレアが怪訝そうに眉を寄せる。
美しく、しなやかな肢体を半回転させて、相棒のヴィエラが酒場の片隅に視線を向けた。
暫くの間そうして同じ場所をじっと見つめている。
何か面白いモンでもあるのかと同じように視線を向ければ、そこに居るのはどこにでもいそうな男が一人。
酒に酔ったか顔がやけに赤い。そしてじっと熱っぽい視線をこちらに送っているではないか。
「ただ見ているだけなのに、ね」
ホラ不思議だわ、と満足のいく実験結果に微笑むフランにバルフレアは呆れる。
「お前さんの眼には魔力があるんだ。無闇に向けてやるな」
「そうかしら?それは受け取る側の勝手な妄想だと思うのだけれど―――」
ただ視線をそちらに向けているだけ。
その視線に温度を付けるのは受け取り手の感じ方次第だ。
今のように見ず知らずの男に向ける視線はその辺の壁を眺めると同じ事だが、旅の仲間に向けるものはそれより親しみを込めて見ているつもりではある。
が。 逃げるように視線を逸らしたパンネロたちの顔を思い出して、フランは微笑む。
別に取って食う訳でもあるまいし―――。
「人間観察って、飽きないわ」


その夜その酒場にいた者が皆麗しいヴィエラの視線に勝手な妄想を抱いたとか。


■ モドル ■

熱い視線とか冷たい視線って受け取り手の感想だよなぁと思って書いたお話。
状況と視線の主の態度とかから見て視線があたたかいだとか痛いだとか感じるわけですけど
はたして視線の送り手と受け取り手の感情は一致しているのかなーと。
勘違いってやつは大いにあるものです。
視線があった女性は皆自分に気があると思うって男性も世には多いそうで。
フランは瞬きもあまりしなさそうだし、見つめるなら徹底的に一箇所見てそう。
ちなみにウサギとか殆ど瞬きしませんが、眼乾かないのか不思議です。

勝手な妄想で微妙にパン→フラ、アシェ→フラな感じでしょうか。

後日談おまけSS