A Case Study on Mobile Telephone Usage
さらに、95年7月からはPHSのサービスが首都圏や北海道主要都市で開始され、秋にかけて全国に拡がる。PHSとは「もっと安い料金で手軽に携帯電話を利用したいという要望に応えるものとして、現在家庭や事務所で使用されているコードレス電話機を屋外でも使用できるようにするという発想(電気通信事業政策研究会編1993,13-14)」から考え出されたものである(7)。ゆえにPHSと移動電話のサービスの違いはさまざまであるが(8)、PHSの一番の特徴は利用料金の安さにある。新規加入料が7000円程度、月額の基本料金が2700円、区域内通話料金が平日の昼間で3分40円であり(95年12月現在)、基本料金だけみると、ポケットベル(95年3月現在で数字表示式のポケットベルの新規加入料は2500円、基本料金は1700〜1800円程度)にも近づいている。
このようなPHSサービスの開始は携帯電話の料金値下げにもつながった。すなわち、PHS各社の料金申請後の1995年5月には携帯電話各社の値下げ申請が行われ、95年12月現在で新規加入料が9000円から12000円程度、月額基本料金が6000円弱から7000円強、平日の昼間の区域内通話料金が標準型の最も安いもので3分130円となっている。移動電話の低料金化は、通話可能エリアの拡大などによる「便利さ」の拡大を伴いつつ、今後ますます移動電話の普及を推進させると考えられている。さらには、PHSはすべてデジタル方式であり、現在増加しているデジタル方式の携帯電話共々、PDA(Personal Data Assistant: 情報携帯端末)などと組み合わせれば、高速データ通信が可能である点も今後の移動電話普及を進める要因であると言われている(9)。
しかし、これら移動電話サービスの向上はその普及を進める必要条件ではあっても十分条件ではない。例えば、意識調査を見る限り、移動電話の普及は進みそうもない。
博報堂生活総合研究所が1995年1月に首都圏に住む15歳から69歳の男女を対象に行った調査によれば、携帯電話に「まったく接しない」「あまり接しない」と答えた人は全体の90.9%であり、かつ、それらの人々の6〜8割が「なくてもかまわない」「(接していないが)今のままでいい」「嫌い」「役に立たない」と感じている。しかし、「よく接する」と答えた人々の90.2%が「役に立つ」と感じており、「なくてはならない」と感じる人も73.2%いたという。すなわち、移動電話は利用者にとっては必需品であるが、現状では多くの人にとって関係なく、今後も縁を持ちたくないメディアなのである。(博報堂生活総合研究所,1995:80)
ただし、世代や性によって移動電話に対する関心は異なっているとの調査結果も多い。例えば、朝日新聞社世論調査室が1995年12月に行った全国調査において、「人と連絡を取り合うのに、とくに便利になったと思うもの」として挙げられたのは、男性では「携帯電話」がトップの38%、続いて「留守番電話」の21%、「ファックス」の18%であったが、女性では「留守番電話」がトップで35%、次に「携帯電話」が23%、「示されたリストの中にはない」と答えた人が16%となっている。また、20代では「携帯電話」が半数を超えたのに対し、50代以上では留守番電話の方が多数を占めたという(朝日新聞社世論調査室,1996)。すなわち、現状では移動電話はどの世代も、というより若年層の、女性よりは男性の関心を集めているメディアである。
同様の傾向は、総理府が1995年1月に行った全国調査にも見られる。すなわち、今後日常生活や仕事において利用してみたいと思う情報通信メディアとして、「携帯・自動車電話・PHS」を挙げた人の割合は25.2%と一番高いが、比較的女性よりも男性に、高齢者よりも若年層に、移動電話のニーズは高い(表1参照)(10)。
だが、このような移動電話に対する関心に見られる年齢差や性差は、移動電話が可能とするコミュニケーション自体b個人と個人を結ぶbへの関心の差であると言うことはできない。年齢が上がるにつれて、利用したい情報通信メディアは「特にない」との回答が増加することが示すように(表1参照)、新しいメディア一般に対する関心・欲求の違いとも考えられる。あるいは、いわゆる「ニューメディア」と性差に関する研究が示すように、新しいメディアについての知識や関心度が男性の方が高いことは、「機械や技術のことは男性向き」という固定観念の存在する中で男女が社会化されてきた結果とも考えられる(村松,1990)。実際、移動電話欲求の性差については、すぐにでも変化する可能性を示した調査結果がある。
すなわち、NTTサービス開発本部が1989年に行った調査によれば、自分専用の電話回線を保持している人は全体で1.0%、欲しいという人は12.8%であるが、小学生、中高生、大学生、独身サラリーマン、独身OLなど家庭における「子供」層では男女を問わず、保持欲求が高い。さらに、コードレスの子機など自分専用の電話機についてみると「子供」層での保持している人、保持したい人の割合はかなり増加するが、これも性差は見られない(図2)。少なくとも若年層においては「個電」への欲求に関する性差は見られないのである。
表1 利用したい情報通信メディア(性・年齢別)
<総理府『暮らしと情報通信に関する世論調査』より>
(略)
若年層に見られる移動電話への関心や欲求の性差が「個電」に対する欲求の差からくるものでないとすれば、その原因はどこにあるのか。また、このような移動電話への関心の性差(や世代差)は今後変化する可能性があるのか。このような問題を考えるためにも、移動電話はどのようなメディアとして人々に理解されているのか、またそれを用いたコミュニケーションが具体的にどのようなものであり、今後どのように変わる可能性を持っているのか検討する必要があると思われる。
表2. インフォマントの属性一覧表
(略)
インフォマントは以下のように集めた。まず、筆者の友人の協力で移動電話に個人加入している人を中心にインフォマントとなってもらいたい旨の依頼をし、それぞれのインタビュー終了後、身の回りで移動電話に加入している人を紹介してもらった。調査終了は「目新しい」点を示唆する回答が得られなくなった時点とし、計21人にインタビューした(表2参照)。すべてのインタビューは電話により行った。インタビュー時間は平均21分であり(最短11分、最長35分)、調査期間は1995年11月15日から12月11日までであった。インタビューにあたっては、あらかじめ所持動機、実際の利用状況、利用感想などについての質問項目を用意した(付録.質問シート参照)。しかし、常に質問シートに従って進めたのではなく、インフォマントの話の展開に応じて臨機応変にインタビューを行った。これは、なるべくインフォマントの「自然な」回答を引き出すためである。また、インタビュー時間の制限やインフォマントの利用状況などの制限があったため、すべてのインフォマントにすべての質問項目を尋ねた訳ではない。
3-2 結果
実際の移動電話の利用状況はさまざまである。例えば、仕事用に加入したか、プライヴェート用に加入したかでは、利用頻度や具体的な受信・発信状況がかなり異なるし、ライフ・ステージの違いや同居家族(の有無や違い)によっても利用状況は異なる。しかし、ここでは移動電話によるコミュニケーションに共通して見受けられる傾向を、@「誰と」話すのか、A「どのような目的で」利用されているのか、B「どのような影響」があるのか、という三点にまとめて、順に説明していきたい。
3-2-1 「誰と」話すのか・・・限られた人とのコミュニケーション
まず、現状では移動電話はかなり限られた範囲でのコミュニケーションに使われていると言える。例えば、移動電話の便利さとしてしばしば挙げられたのは、移動電話端末に電話番号登録機能があることである。
携帯電話ってメモリがありますよね。それに登録しておけば、かけるときに手帳を見たりしないで、電話番号検索できたり、電話自体の検索使って通常の電話かけたり(11)、(便利なのは:括弧内引用者。以下同)そのぐらいですね。(28歳男性、携帯加入)電話番号が登録できるのでアドレス帳代わりにできるので便利。アドレス帳出して調べてとかいう作業しなくてすむから、呼び出しちゃえばそこですぐかかるから、便利ですよ。かけるのにアドレス帳出してって、全部覚えてないし、それを桁数をかけて、っていうのはしんどいし、公衆電話なんかでもいちいち書いてあるのを出すっていうのも、荷物多かったりするのも大変だし。(38歳女性、携帯加入)
携帯の番号を知ってるのは仲のいい人だけですね。だから、かかってくると(誰からか)だいたいめどがつきますね。(25歳女性、携帯加入)PHSの番号を知っている人は極端に少ないですね。会社では番号を言っていないので、10人から20人かな。ごく親しい友達。仕事の緊急の用には使いませんね。ただ外から仕事先にかけるというのはあるが、受信用にはしない。全くプライヴェート用ですね。(36歳男性、PHS加入)
3-2-2 「どのような目的で」利用されているのか・・・「道具」としての移動電話、「緊急の用件」から「気軽な用件」へ
現状では移動電話は、何らかの用件を伝達する手段として、言い換えれば道具性の強いメディアとして捉えられているようである(13)。例えば、実際使ってみて感じる便利さの多くは、以下に示すように「連絡」にかかわるものである。
@いつでもどこでも連絡できる
雨の中に出て行かなくても済むし、手軽にその場で電話ができる。公衆電話を捜したり、並んだりする必要がないし、電車でも何でも使える。(39歳男性、携帯加入)Aいつでもどこでも連絡をつけてもらえる高速での渋滞では公衆電話まで行き着かないですからね。(39歳男性、携帯加入)
会社から帰るのに遅くなった時に、家に連絡を入れないといけないから、うちは。そうすると、いちいち公衆電話待って、電話をかけて、とかしてたら、電車、間に合わなくなったりするんですよ。だから、「今渋谷で、今から帰る」だけで済むから、そういう意味ではすごい便利ですよね。(25歳女性、携帯加入)
緊急の仕事上の連絡がすぐ聞けましたね。ポケベルは公衆電話を捜さなきゃいけない場合もありますし、歩いている場合とか、ポケベルの場合は誰が鳴らしたかわかんない、会社からかけてくると会社から、とかしかわかんないから、どういう用件なのかわかんないんで、どれぐらいの緊急度かわかりませんから。そういう意味では直で話ができるっていうのは便利だなと思いましたけど。(30歳男性、携帯加入)「移動電話を持つようになって周りの人から言われるようになったことは?」との問いに対して一番多かった回答は、「『連絡を取れるようになった』と、会社の人や友人から言われる」であった。また、この種の回答はしばしばポケットベルとの比較でなされ、自分からかけ直す必要のあるポケットベルは「若干面倒である」という。
B待ち合わせに
自分が何時に終わるかわからないような用事の時に相手を家に待たせておくのは申し訳なくって、外に出てもらえればPHSにかけてもらって、「じゃあ何時頃かけてみて」って。それでお互いが出かけてる先で、会うとしたら会える。そういうときは便利だな。(27歳女性、PHS加入)C緊急時の備え、安心のため待ち合わせは今まで待つしかなかったんですけど、相手が携帯持ってなくても(自分の携帯電話に)留守電に入れてくれたりすれば何らかの形で連絡がとりあえる。今まではなんにもわからず30分待っていたのが、その時間を有意義に使えるでしょ。じゃあこっちで待ち合わせしようとかできますよね、それが便利。(39歳男性、携帯加入)
便利ですし、あとちょっと安心していられるかな?っていう、なんかあったら鳴るかなっていうんで、そういう何て言うか保険っていうか、安心感は増えました。受信できるという安心感。その時点で用件がわかり、すぐ行動に出れるという。(30歳男性、携帯加入)これらはいずれも、いつでもどこでも連絡可能であるという点に触れたものであり、移動電話は連絡のための「道具」として便利だと思われていると言えよう。もちろん、以下に挙げるように連絡以外の用件にも便利であるが、その場合もあくまで用件を済ませるための「道具」として位置づけられている。どこにいても家族が安心していられますね。家族は実際はそんなにかけては来ないんですけど、いざとなれば連絡をつけることができるって。夜遅くなることが多いんで、親は「何か危険なことがあったら、携帯もっていればすぐ110番できる」って。(30歳女性、携帯加入)
できれば持ちたくないが、緊急時、例えば今年の神戸の震災の時のように、携帯電話が非常に役にたったって聞いてますから、だからそういった緊急時の連絡用としては一台持っていてもいいかなと思う。それは実際、うち会社の人間で神戸の人間も何人もいましたから、その人たちからなかなか電話が受けられない状態だったので、後で話を聞いてみるとほんとに公衆電話だと何だかんだって非常に不便だったと、それに10円玉もっていないととにかくかけられないんで、携帯電話がやっぱりすごく活用したって。だからそしたら緊急の時のために一台家にあるのもいいんじゃないかなって思いますけど。(39歳男性、携帯加入)
D仕事の効率が上がる
打ち合わせ終わって、次の打ち合わせに移るまでの間に、前の打ち合わせの連絡を移動中に全部すませてしまうと、そういうときにやっぱり効率がいいな、と思う。(26歳男性、携帯+PHS加入)このように、現状では移動電話は何らかの用件を済ませるという目的において使われる道具性の強いメディアだと捉えられている。では、このような移動電話の使い方は変化する可能性があるのか。その鍵を握るのは、料金の問題と「用件」の変容である。営業だとほとんど外に出てるんで、先手先手で動けるメリットを自分なりに感じてましたね。例えば、車の中とか移動中とか。(34歳男性、携帯加入)
<料金値下げによる移動電話利用の変化の可能性>
まず、現在使っている人において移動電話の一番の問題は料金の高さにある。特に携帯電話の料金の高さはよく知られており、実際PHS加入のインフォマントは、法人加入の1名を除いて皆「安さ」でPHSを選んだと答えている。そこで、一ヶ月にかかる費用についても尋ねところ、携帯電話加入者のうち、法人加入者(費用はすべて会社持ち)は月平均2〜4万円という答えであったが、個人加入者は 1万円前後が多く、比較的安い(14)。もちろんPHSの個人加入者は平均5000円程度であり、より低料金である(表2参照)。
比較的低料金しかかかっていない原因として考えられるのは、第一に、移動電話はほぼ受信専用に使い、発信は最小限におさえていることである。通話が長くなりそうな場合(特にプライヴェート利用者は)公衆電話を使ったり、自宅や会社に戻ってからかけたりする(ただし、公衆電話利用は目の前にあって空いている場合に限る)。第二に、各種の割引プランに加入している人も目立つ。例えば、発信が少ない人はローコール型に、ウィークデイは会社にいるため移動電話を持つ必要のない人は平日の夜間と休日のみ利用できるタイプに加入して基本料金を安くしているのである。さらに、そもそも外出先で必要なのは連絡程度であり通話が長くなることはない、といった回答も聞かれた。受信に関しても「携帯電話には基本的に何であれ、緊急の用しか入ってきませんからね」との回答がしばしば聞かれたが、これらも移動電話がおしゃべりに用いられるのではなく、用件を伝達する「道具」だと見なされていることを反映している。実際、通話時間について尋ねてみてもほとんどの人が自宅や会社の一般加入電話(すなわち、固定電話)よりも短いと答えている。以下の回答は移動電話利用により長電話自体がなくなったという興味深い例である。
ドニーチョ(15)に加入で基本料金は2000円台。通話料金は6000から8000円程度。全部で一万円まで。こんなもんかな。初めは一日中かけれる電話にしようと思ったんですけど、平日の昼間は会社にいますし、その分で2000円ぐらい浮きますんで、まあ妥当かな。昔、家での電話料金が、ほとんど私がかけてて3万ぐらいだったから、それに比べると自分で払わなきゃいけなくなった分、確実に安くなっている。(携帯にしてからおうちの電話料金は下がりました?)下がりました。あのー長電話しなくなったから。(おうちでもですか?)ええ、友達から連絡待つために長電話してたりしたこともあったから(16)、そうすると長電話になったりするけど、「ごめん、今外だから」というと、たいがい用件だけで済みますよね。無駄話がなくなるから、確実に夜遊びが多くなった代わりに、電話代は安くなりました。(25歳女性、携帯加入)もちろん、「移動電話は高いものだと最初から覚悟している」との答えもしばしば聞かれた。「いつでもどこでも使える」という便利さにはそれなりのコストがかかっても仕方ないというのである。しかし、個人加入から法人加入へとかわった人が述べた以下のあたりが、利用者の本音のように思われる。
今になって一番思うのは、通話料金考えずに使えたらさらに便利さを感じる。公衆電話では何本もまとめてかけようと思っても、後ろ並ばれちゃうとかけづらいじゃないですか。もう、どんどん自分が思うがままにかけられる、というのはある。少なくとも公衆電話と同じぐらいになれば、もっといいんじゃないかなと思いますね。(39歳男性、携帯加入)すなわち、料金が下がれば現在のような「緊急の用件」伝達のみではなく、より自由に自分の都合に合わせた移動電話の使い方が可能であると考えられているのである。実際、料金の心配のない、かかってきた電話については、移動電話で長話をする場合もあるという回答も見られた。
プライヴェートのばあい、かかってきたものに関しては長くしゃべってもいいかな。大前提として、電話魔。4時間ぐらいは平気かな。1時間以内で切ることはまずない。ただ料金のことを頭に入れながら、かけてきた電話に関してはできるだけ引き延ばす。というわけでもないが、長くても平気。で、こちらからかける場合はそれほど長電話はしない。(25歳男性、携帯加入)<利用されていく中での「用件」の変容>
かつての公衆電話の利用動機は、緊急時とか必要不可欠の要件のばあいにかぎられていた観があるが、近ごろは様相を異にしている。ちょっとした連絡・打合わせにも気軽に赤電話のダイヤルを回すし、用件などない、たんなるおしゃべりのためにもふんだんに利用されるのである。(金光,1965:63)これは、一般加入電話の普及が進めば進むほど公衆電話の通話需要が伸びていった昭和30年代について述べられたことであるが、同じことが現在の移動電話についてもあてはまる。
家族から「帰りに何か買ってきて」とか、「何時頃帰ってくるの」といった電話が入りやすくなった。(連絡とるのが)楽なんじゃないかな。(39歳男性、携帯加入)「移動電話は緊急な用件のためにある」といった答えも見られる一方で、この回答のように、以前より「気楽な用件」が入ってくるようにもなっているのである。「帰りに何か買ってきて」「何時頃帰ってくるの」というのは、明らかに仕事やプライヴェートでの「一刻を争うような用件」ではない。しかし、単なるおしゃべりでもなく、何らかの情報が求められている。もちろん、短い時間であれ家族間で連絡を取り合うこと自体には情緒的なものが含まれよう。その意味では、電話を通じて会話をすること自体が目的の、自己充足的な移動電話利用の一形態とも考えられる。しかし、かつて公衆電話の普及により「ちょっとした連絡・打合わせ」がおこなわれるようになったように、これらは全く不必要な用件ではなく、移動電話により開発された用件の新たな様態なのではなかろうか。
飲みに行って公衆電話捜したりしないでいいから、例えばスナックの席で、そのまま「飲みに来いよ」とか電話入れちゃったりね。・・・逆に北海道にいるのに「飲みに行こう」とか電話かかってきたりね。(39歳男性、携帯加入)すなわち、常に持ち歩いている点で、固定電話以上に「身体の拡張機関」となった移動電話を通じて、隣の人に話しかけるように遠くの人に気軽に話しかけるのである。
一回持ってしまうと、お金に換えられない、っていうところがありますね。仕事の面でももちろんそうですけど、プライヴェートででも。(28歳男性、携帯加入)移動電話はなくても充分であるが、あればあったで便利なものであり、その便利さは人々に利用される中で拡大する。
仕事や生活スタイルによっては必需品では。これがなければ、友達づきあいや仕事でも不都合なことっていっぱい出たな、と思う。連絡の行き違いとか。(30歳女性、携帯加入)
なければないでいいかな。あったほうが便利は便利。自分は今、月々このお金を払って持ってること自体は満足していますけど、別になくてもいいかな。そりゃ公衆電話かけりゃいい話。(36歳男性、携帯加入)
今会社勤めしてますから、その平日は、月曜から金曜までは会社か家かに連絡すれば、だいたいつかまるんですよね。・・・今の仕事していたら持たないことも充分考えられます。別にそんなに、今までもなかったんだし不便じゃないかなって。そうですね、おもちゃみたいな感覚、「あ、つながった」とかいって喜んでる、そういう感じのものなんで、そんなに緊急の用事もないですから。(27歳女性、PHS加入)
私ねえ、感じてるのが、仕事としても、こういうニーズもあると思うんですけど、意外と馬鹿にならないのがですね、あのー結構、女性とのあれが多いような気がしますね。・・・ああいう携帯電話の用途としてはね、緊急に連絡とりたいとか、そういうものの他に、ちょっと直接自分にしかつながらないと困るとか、そういうのがあるでしょ。そういう用途はものすごいし、かなりの人がねえ、あのーそっちのあれになってるような気がするんですよ。(39歳男性、携帯加入)このように検討する限り、移動電話によりこれまでのコミュニケーション様態が変容する可能性が考えられる。さらにその点について具体的に検討してみることにしよう。
3-2-3 「どのような影響」があるのか・・・いつでもどこでもつながるべき電話へ
基本的に移動電話は「いつでもどこでも連絡できる/してもらえる」ための道具であると考えられているため、受・発信したい時に使えなかった経験は移動電話の不便さとして挙げられ、「今後一層通話可能エリアが拡大することを望む」との声をしばしば耳にした(17)。ただし、移動電話を「使いたい時に(通話可能エリア外であったため)使えなかった経験が多かった」という回答はどちらかというとPHS加入者に多く見られたものの(18)、「これからのものだからあまり期待していなかったので」と不満度は少なく、むしろ携帯電話にせよPHSにせよ、使えるはずのところ(通話可能エリア内)で使えなかった場合が不便だったと回答されている。
代官山、ロアビル前、国立競技場など絶対使えるはずのところで、待ち合わせに使おうとしたが、使えなかったことがありますね。(26歳男性、PHS加入)このような利用者側のニーズもあって、現状では移動電話の通話可能エリアは拡大一方である(19)。しかし、「いつでもどこでも連絡をつけてもらえる」ことは、逆に「いつでもどこでも連絡をつけられてしまう」ことでもあるため、かえって不便さを感じることも多いようである。
待ち合わせが気楽になった分、電波の届かない場所で待ち合わせしてしまうと不便ですね。待ち合わせ場所が圏外の時は、圏内の所まで歩いて待ち合わせ場所が見えるところで待ってますね。例えば、渋谷の東横の改札正面は携帯は入らないですけど、ちょっと右の通路までいくと入るんですよ。(39歳男性、携帯加入)
さぼってお茶飲んでるときに電話かかってきて「今どこですか?」と言われて困る。(39歳男性、携帯加入)勤務時間中姿の見えない同僚がどこにいるか「いま本人に聞いてみる」と電話を取り上げるアサッテ君(図3)は、このような事情を象徴的に描き出している。
以前なら「家にいなかった」で済んだことがどこにいてもつかまってしまう。(30歳女性、携帯加入)
年がら年中束縛されているようで嫌ですね。自分がプライベートで持つ分にはいいんでしょうけど、会社から必要に迫られて持つようになった経緯からいくと。(39歳男性、携帯加入)
図3 (毎日新聞1995年12月6日朝刊より)(省略)
「電話は他人の(自分の)家の中に、その人となりを明かすことなく、また了解もなしに、しかも合法的に上がり込める(上がり込まれる)メディア(渡辺,1989:33-4)」であるとの言葉に倣えば、移動電話は家の中だけでなく、その人のいるすべての場に了解なしに入り込んでくる。移動電話にかける場合、固定電話にかける時に自明であった相手の所在地はつながるまでわからない。先に挙げた「北海道にいるのに誘いの電話がかかってきた」という話はその具体的な例であろう。
さらに、移動電話の場合、受け手は不在であることが許されない。移動電話は「いつでもどこでもつながるべき電話」である。「いつでもどこでも連絡をつけられてしまう」という不便さはここからくるのであり、実際人との関係性が変わりつつあるという回答も見られた。
母親とかからすると、携帯を持っているはずなのに連絡がないとかだと嫌がられたり、自分がかけて、地下のお店に入ってつながらなかったりすると、連絡をとっているのに、持ってるのに、連絡がつかないと不満があるみたいですよね。今までは仕方ないと思っていたのに。しょうがないという枠からちょっとずれてきている。(25歳女性、携帯加入)今後移動電話の通話可能エリアの拡大につれて、「いつでもどこでも連絡をつけられてしまう」という「逆の」不便さを感じる傾向も強まるであろう。しかし、留守番電話サービスの利用/不利用(20)や限られた範囲にしか電話番号を教えないことなど、利用者それぞれが自分の都合に合わせた使い方をすることにより、「個電」b個人の電話bの利点を生かした利用も可能である。
プライヴェートをなくしてしまう道具というか、悪魔の道具というか、両刃の剣ですよね、まさに。よっぽど忙しいとか、よっぽど重要人物でない限り、携帯を持つ必然性はない、今の所、というかそういう風に感じるようになりましたね。・・・こんなに連絡がつくということ自体がおかしいと思うね。連絡はつかないもんじゃないと、今の仕事で言えば、業務形態?広告の営業に限ったことじゃなくて、全般的に、仕事形態上連絡がつきすぎるということはおかしいと思うし、それで上手く回らなくなることもあるし、プライヴェートで言っても、やはり連絡がつきすぎるというのは友達の幅とか拡がっていいと思うけど、その分、妄想じゃないけど、イマジネーションが働かなくなる可能性はあると思いますね。「この人は何をしてるんだろう」って。信用を逆になくしてしまう可能性があるかな、携帯を持つことによって。でも、それも両方、意味は。信用される道具にも使えるし、ほんとに仲良くなれば「なぜつながらないんだ」みたいな話になるし、どっちもどっちもだ。やっぱり両刃の剣。(25歳男性、携帯加入)
(携帯は)必要なものですね。あとは、もうじき個人契約しようかなって思ってるんですけど、やっぱり料金的なもの?もっと下がってくれればいいな、と思いますね。プライヴェートなものとして。何となく会社と分けておきたい、気持ちの中では。何かごちゃになってるのがいやだなっていうことぐらいなんですけど、単純な動機です。(34歳男性、携帯加入)
漱石が電話を引いてから、さかんにかかってくる電話に悲鳴をあげて、電話はオレが必要でひいたものであり、かかってくる電話に用はないといって、ベルをなにかに包みこんで、ベルの音を聞こえないようにした一時期があった。もっとも、電話局からひどく抗議を申しこまれたそうだが。(逓信総合博物館監修,1990:57)しかし、移動電話と一般加入電話や公衆電話とではもちろん異なる面も大きい。なぜなら、移動電話は、日本で電話が日常的なコミュニケーション・メディアとしてその位置を確立してから2〜30年経った現在、「普通の」電話やポケットベルなど他のコミュニケーション・メディアとの関係の中で利用され、メディアとしての位置づけを確立していきつつあるからである。今回の調査で挙げられた移動電話の特性について具体的に言えば、例えば家庭や職場に固定電話があるからこそ、移動電話の電話番号を限られた範囲の人に教えないことが可能である。また、移動電話は固定電話以上に、呼出のベルに答えることを強制する、言い換えれば、不在であることが許されない「いつでもどこでもつながるべき電話」である。だが、移動電話利用者の多くにとっては利用開始当初から留守番電話サービスがあるため、漱石のようにかかってくる電話すべてを遮断する必要はない。初めから自分の都合に合わせて応答/不在を選ぶことができるのである。「双方向コミュニケーションのためのメディア」という規定の中でメディアとしての様態を定めていきつつある移動電話は、黎明期の「電話のようなもの」が電信やラジオといったメディアの中でその様態を定めていった(21)のとは明らかに異なっている。
ただ、今これで、パソコン通信、ニフティ・サーブやなんかで、パソコン通信で、ほとんど機能果せちゃうでしょ、今都心でしたらアクセスできる。そっちになっちゃう可能性とかもあると思うんですよ。(その場合、ご自分からいろいろしなきゃいけませんよね?) 結局ね、あのー留守電聞くのもまどろっこしいんですよ、たくさん入っちゃうと。それだったら、公衆電話でぱっとザウルス(シャープの情報携帯端末)あたりに落としちゃって、電車の中でゆっくり読んだ方が早いな、って感じですよね。 (39歳男性、携帯加入)これは、移動電話が他のさまざまな類似する通信サービスとの関係で利用されたり利用されなかったりする事情を示す具体的な例であろう。
調査に協力してくださったインフォマントの皆さん、インフォマント集めに協力してくださった難波功士さん、宮澤佳代子さん、(株)朝日エルの皆さんに感謝いたします。