移動電話利用のケース・スタディ(1)


A Case Study on Mobile Telephone Usage

                              松 田 美 佐
                              Misa MATSUDA

1 はじめに


 最近街中のいたる所で移動電話を見かけるようになった。
 『日経コミュニケーション』の1995年1月2日号は「95年の大予想」として情報通信の5分野に何が起こるかを予想する記事を掲げている。その中で移動通信に関しては、PHSのサービス開始とその影響を受けた携帯電話の料金値下げにより「移動電話が1000万台に迫る」との普及予測を行った。実際その後発表された94年度末の普及台数は93年度末の倍となっており、さらに最新のデータ(95年12月現在)では自動車・携帯電話とPHS(簡易型携帯電話システム)の加入者総数は866万人(総人口に対する普及率7.2%)である。予測には一歩及ばなかったものの、95年度末には1000万台を超える勢いを見せているのである(2)
 爆発的な普及をもたらした原因は基本・通話料金の値下げ、通話可能エリアの拡大などさまざま考えられようが、結果としてプライヴェート利用の移動電話が増加しており、「ビジネスマン(文字通り「仕事をしている男性」)が仕事のために所持している/所持させられている」といったこれまでの移動電話イメージは崩れつつある。このような利用方法やイメージの変化と普及の爆発的な伸びの関係は、同様にビジネス・ツールであったポケットベルが、1991〜92年頃から女子高校生を中心に加入者数を伸ばした例に極めてよく似ている。
 このような状況の下、電話は「一人一台」の時代を迎えると言われている。個人が一人一人、常に自分専用の電話を持ち歩き、自分宛の電話はすべて直接受信し、その電話機から発信するようになるというのだ。家庭や会社におかれている電話も、個々の人間が(通常は二人の間で)好きなときに好きなように使うことができるという意味では、「パーソ ナル・メディア」である。しかし、実際はその電話は個人と個人を結ぶものではなく、家庭なら家庭、会社なら会社といった固定的な場所と場所を結ぶメディアであった(3)。一方、移動電話は直接個人と個人を結ぶ「真の」パーソナル・メディアとなりうる。家電であった電話が「個電」になるというのである(4)
 では、移動電話は実際にどのように個人と個人を結んでおり、今後結びうるのか。移動電話はどのようなメディアであり、それを通じたコミュニケーションの特性とは何か。本稿は、このような問題を探るために行った移動電話利用者のインタビュー調査の報告を目的としている。移動電話が個人と個人を結ぶといっても、実際にそのように利用されない限り可能性の次元の話にとどまる。例えば、Roos(1993)は移動電話はその技術的な特性から@移動性AアクセスのしやすさB同時性CプライヴァシーD個人的な利用といった面を重視されがちではあるが、例えば「アクセスのしやすさ」に関しては、利用者が都合の良いときにごく限られた人とだけ移動電話を使うことで固定電話と同様に使うことが可能であるし、「個人的な利用」に関しても、人前で話せば他人に会話内容を聞かれる可能性があるため、公衆電話での会話と同じように形式的で非個人的な会話となる可能性があると述べている。すなわち、移動電話それ自体が持っているのは、我々のコミュニケーションを変化させ、ひいては社会のあり方を変容させる可能性なのであって、現実の変化を考える場合には移動電話という新しいメディアを利用者側がいかに使うのかとの観点からの検討が必要不可欠である。
 以上のような問題意識から、まず次節では日本における移動電話の歴史と現状、移動電話に関する意識調査などについて紹介し、続く3節では本調査の概要を説明した上で、インタビュー調査からうかがえる移動電話の利用状況について報告したい。


2 移動電話の歴史と現状


 1979年12月に電電公社(日本自動車電話サービス)が東京23区で自動車電話のサービスを始めたのが、日本での移動電話の最初である。これは世界でも初のサービスであったが、当初加入者数は年間6000から12000程度の伸びにとどまり、加入者数の急激な伸びは87年4月の携帯電話サービス開始や88年12月の日本移動通信(IDO)を初めとした新規事業者の参入以降となる。これは、自動車の中に限らず「どこでも使える」携帯電話の便利さやそれを可能とする機器のコンパクト化、利用料金の値下げなどによるものと考えられる(川浦,1992)。このような中、90年度末には携帯電話加入者数が自動車電話加入者数を上回り、いよいよ個人と一緒にどこへでも「移動」する電話が主流となる(5)
 移動電話の普及に拍車がかかるのは、1994年4月の端末の売り切り制導入とデジタル系の事業者の参入による一地域四者体制の実現以降である(図1参照)。端末の値引き競争が始まり、また、基本料金を安くする代わりに通話料金を高く設定したローコール型など多様な料金メニューも同時に登場した。さらに、同年12月には新規加入料も値下げされ、「高い」との印象があった移動電話料金が実質的に「安く」なり始めたことが移動電話普及のきっかけとなったのである(6)

 さらに、95年7月からはPHSのサービスが首都圏や北海道主要都市で開始され、秋にかけて全国に拡がる。PHSとは「もっと安い料金で手軽に携帯電話を利用したいという要望に応えるものとして、現在家庭や事務所で使用されているコードレス電話機を屋外でも使用できるようにするという発想(電気通信事業政策研究会編1993,13-14)」から考え出されたものである(7)。ゆえにPHSと移動電話のサービスの違いはさまざまであるが(8)、PHSの一番の特徴は利用料金の安さにある。新規加入料が7000円程度、月額の基本料金が2700円、区域内通話料金が平日の昼間で3分40円であり(95年12月現在)、基本料金だけみると、ポケットベル(95年3月現在で数字表示式のポケットベルの新規加入料は2500円、基本料金は1700〜1800円程度)にも近づいている。
 このようなPHSサービスの開始は携帯電話の料金値下げにもつながった。すなわち、PHS各社の料金申請後の1995年5月には携帯電話各社の値下げ申請が行われ、95年12月現在で新規加入料が9000円から12000円程度、月額基本料金が6000円弱から7000円強、平日の昼間の区域内通話料金が標準型の最も安いもので3分130円となっている。移動電話の低料金化は、通話可能エリアの拡大などによる「便利さ」の拡大を伴いつつ、今後ますます移動電話の普及を推進させると考えられている。さらには、PHSはすべてデジタル方式であり、現在増加しているデジタル方式の携帯電話共々、PDA(Personal Data Assistant: 情報携帯端末)などと組み合わせれば、高速データ通信が可能である点も今後の移動電話普及を進める要因であると言われている(9)
 しかし、これら移動電話サービスの向上はその普及を進める必要条件ではあっても十分条件ではない。例えば、意識調査を見る限り、移動電話の普及は進みそうもない。
 博報堂生活総合研究所が1995年1月に首都圏に住む15歳から69歳の男女を対象に行った調査によれば、携帯電話に「まったく接しない」「あまり接しない」と答えた人は全体の90.9%であり、かつ、それらの人々の6〜8割が「なくてもかまわない」「(接していないが)今のままでいい」「嫌い」「役に立たない」と感じている。しかし、「よく接する」と答えた人々の90.2%が「役に立つ」と感じており、「なくてはならない」と感じる人も73.2%いたという。すなわち、移動電話は利用者にとっては必需品であるが、現状では多くの人にとって関係なく、今後も縁を持ちたくないメディアなのである。(博報堂生活総合研究所,1995:80)
 ただし、世代や性によって移動電話に対する関心は異なっているとの調査結果も多い。例えば、朝日新聞社世論調査室が1995年12月に行った全国調査において、「人と連絡を取り合うのに、とくに便利になったと思うもの」として挙げられたのは、男性では「携帯電話」がトップの38%、続いて「留守番電話」の21%、「ファックス」の18%であったが、女性では「留守番電話」がトップで35%、次に「携帯電話」が23%、「示されたリストの中にはない」と答えた人が16%となっている。また、20代では「携帯電話」が半数を超えたのに対し、50代以上では留守番電話の方が多数を占めたという(朝日新聞社世論調査室,1996)。すなわち、現状では移動電話はどの世代も、というより若年層の、女性よりは男性の関心を集めているメディアである。
 同様の傾向は、総理府が1995年1月に行った全国調査にも見られる。すなわち、今後日常生活や仕事において利用してみたいと思う情報通信メディアとして、「携帯・自動車電話・PHS」を挙げた人の割合は25.2%と一番高いが、比較的女性よりも男性に、高齢者よりも若年層に、移動電話のニーズは高い(表1参照)(10)
 だが、このような移動電話に対する関心に見られる年齢差や性差は、移動電話が可能とするコミュニケーション自体b個人と個人を結ぶbへの関心の差であると言うことはできない。年齢が上がるにつれて、利用したい情報通信メディアは「特にない」との回答が増加することが示すように(表1参照)、新しいメディア一般に対する関心・欲求の違いとも考えられる。あるいは、いわゆる「ニューメディア」と性差に関する研究が示すように、新しいメディアについての知識や関心度が男性の方が高いことは、「機械や技術のことは男性向き」という固定観念の存在する中で男女が社会化されてきた結果とも考えられる(村松,1990)。実際、移動電話欲求の性差については、すぐにでも変化する可能性を示した調査結果がある。
 すなわち、NTTサービス開発本部が1989年に行った調査によれば、自分専用の電話回線を保持している人は全体で1.0%、欲しいという人は12.8%であるが、小学生、中高生、大学生、独身サラリーマン、独身OLなど家庭における「子供」層では男女を問わず、保持欲求が高い。さらに、コードレスの子機など自分専用の電話機についてみると「子供」層での保持している人、保持したい人の割合はかなり増加するが、これも性差は見られない(図2)。少なくとも若年層においては「個電」への欲求に関する性差は見られないのである。

  表1 利用したい情報通信メディア(性・年齢別)
   <総理府『暮らしと情報通信に関する世論調査』より>
           (略)

 若年層に見られる移動電話への関心や欲求の性差が「個電」に対する欲求の差からくるものでないとすれば、その原因はどこにあるのか。また、このような移動電話への関心の性差(や世代差)は今後変化する可能性があるのか。このような問題を考えるためにも、移動電話はどのようなメディアとして人々に理解されているのか、またそれを用いたコミュニケーションが具体的にどのようなものであり、今後どのように変わる可能性を持っているのか検討する必要があると思われる。


3 調査と結果 


3-1 調査目的と調査方法
 以上のような点を踏まえ、移動電話のメディア特性、コミュニケーション特性を明らかにするために移動電話利用者へのインタビュー調査をおこなった。その際留意したのは、移動電話を単独で取り上げるのではなく、他の競合するメディアとの関係の中で考えることである。具体的には、家庭や会社などの一般加入電話や公衆電話、ポケットベル、場合によってはパソコン通信や情報携帯端末などとの比較を通じて、利用者にとっての移動電話やその利用の意味づけを探ることを試みた。

  表2. インフォマントの属性一覧表
        (略)

 インフォマントは以下のように集めた。まず、筆者の友人の協力で移動電話に個人加入している人を中心にインフォマントとなってもらいたい旨の依頼をし、それぞれのインタビュー終了後、身の回りで移動電話に加入している人を紹介してもらった。調査終了は「目新しい」点を示唆する回答が得られなくなった時点とし、計21人にインタビューした(表2参照)。すべてのインタビューは電話により行った。インタビュー時間は平均21分であり(最短11分、最長35分)、調査期間は1995年11月15日から12月11日までであった。インタビューにあたっては、あらかじめ所持動機、実際の利用状況、利用感想などについての質問項目を用意した(付録.質問シート参照)。しかし、常に質問シートに従って進めたのではなく、インフォマントの話の展開に応じて臨機応変にインタビューを行った。これは、なるべくインフォマントの「自然な」回答を引き出すためである。また、インタビュー時間の制限やインフォマントの利用状況などの制限があったため、すべてのインフォマントにすべての質問項目を尋ねた訳ではない。

3-2 結果
 実際の移動電話の利用状況はさまざまである。例えば、仕事用に加入したか、プライヴェート用に加入したかでは、利用頻度や具体的な受信・発信状況がかなり異なるし、ライフ・ステージの違いや同居家族(の有無や違い)によっても利用状況は異なる。しかし、ここでは移動電話によるコミュニケーションに共通して見受けられる傾向を、@「誰と」話すのか、A「どのような目的で」利用されているのか、B「どのような影響」があるのか、という三点にまとめて、順に説明していきたい。

3-2-1 「誰と」話すのか・・・限られた人とのコミュニケーション
 まず、現状では移動電話はかなり限られた範囲でのコミュニケーションに使われていると言える。例えば、移動電話の便利さとしてしばしば挙げられたのは、移動電話端末に電話番号登録機能があることである。

携帯電話ってメモリがありますよね。それに登録しておけば、かけるときに手帳を見たりしないで、電話番号検索できたり、電話自体の検索使って通常の電話かけたり(11)、(便利なのは:括弧内引用者。以下同)そのぐらいですね。(28歳男性、携帯加入)

電話番号が登録できるのでアドレス帳代わりにできるので便利。アドレス帳出して調べてとかいう作業しなくてすむから、呼び出しちゃえばそこですぐかかるから、便利ですよ。かけるのにアドレス帳出してって、全部覚えてないし、それを桁数をかけて、っていうのはしんどいし、公衆電話なんかでもいちいち書いてあるのを出すっていうのも、荷物多かったりするのも大変だし。(38歳女性、携帯加入)


この機能は外出先で公衆電話をかける際につきものの面倒さの一つを省くものではあるが、逆に言えば移動電話を使ってかける相手は登録されている人がほとんどであるということを示している。
 同じことがプライヴェート使用の移動電話にかかってくる相手にもあてはまる。すなわち、限られた人にしか移動電話の電話番号を教えないことにより、移動電話を「個電」として、家庭や会社の一般加入電話と上手く使い分けているのである(12)
携帯の番号を知ってるのは仲のいい人だけですね。だから、かかってくると(誰からか)だいたいめどがつきますね。(25歳女性、携帯加入)

PHSの番号を知っている人は極端に少ないですね。会社では番号を言っていないので、10人から20人かな。ごく親しい友達。仕事の緊急の用には使いませんね。ただ外から仕事先にかけるというのはあるが、受信用にはしない。全くプライヴェート用ですね。(36歳男性、PHS加入)


 では、移動電話利用者はそのような限られた範囲の人たちと移動電話を用いてどのようなコミュニケーションを行っているのか。

3-2-2 「どのような目的で」利用されているのか・・・「道具」としての移動電話、「緊急の用件」から「気軽な用件」へ
 現状では移動電話は、何らかの用件を伝達する手段として、言い換えれば道具性の強いメディアとして捉えられているようである(13)。例えば、実際使ってみて感じる便利さの多くは、以下に示すように「連絡」にかかわるものである。

@いつでもどこでも連絡できる

雨の中に出て行かなくても済むし、手軽にその場で電話ができる。公衆電話を捜したり、並んだりする必要がないし、電車でも何でも使える。(39歳男性、携帯加入)

高速での渋滞では公衆電話まで行き着かないですからね。(39歳男性、携帯加入)

会社から帰るのに遅くなった時に、家に連絡を入れないといけないから、うちは。そうすると、いちいち公衆電話待って、電話をかけて、とかしてたら、電車、間に合わなくなったりするんですよ。だから、「今渋谷で、今から帰る」だけで済むから、そういう意味ではすごい便利ですよね。(25歳女性、携帯加入)

Aいつでもどこでも連絡をつけてもらえる
緊急の仕事上の連絡がすぐ聞けましたね。ポケベルは公衆電話を捜さなきゃいけない場合もありますし、歩いている場合とか、ポケベルの場合は誰が鳴らしたかわかんない、会社からかけてくると会社から、とかしかわかんないから、どういう用件なのかわかんないんで、どれぐらいの緊急度かわかりませんから。そういう意味では直で話ができるっていうのは便利だなと思いましたけど。(30歳男性、携帯加入)
 「移動電話を持つようになって周りの人から言われるようになったことは?」との問いに対して一番多かった回答は、「『連絡を取れるようになった』と、会社の人や友人から言われる」であった。また、この種の回答はしばしばポケットベルとの比較でなされ、自分からかけ直す必要のあるポケットベルは「若干面倒である」という。
 さらに、具体的な状況に触れたものとしては、日常的には「待ち合わせ」が挙げられる一方で、「緊急時に備えて」という回答も見られる。

B待ち合わせに

自分が何時に終わるかわからないような用事の時に相手を家に待たせておくのは申し訳なくって、外に出てもらえればPHSにかけてもらって、「じゃあ何時頃かけてみて」って。それでお互いが出かけてる先で、会うとしたら会える。そういうときは便利だな。(27歳女性、PHS加入)

待ち合わせは今まで待つしかなかったんですけど、相手が携帯持ってなくても(自分の携帯電話に)留守電に入れてくれたりすれば何らかの形で連絡がとりあえる。今まではなんにもわからず30分待っていたのが、その時間を有意義に使えるでしょ。じゃあこっちで待ち合わせしようとかできますよね、それが便利。(39歳男性、携帯加入)

C緊急時の備え、安心のため
便利ですし、あとちょっと安心していられるかな?っていう、なんかあったら鳴るかなっていうんで、そういう何て言うか保険っていうか、安心感は増えました。受信できるという安心感。その時点で用件がわかり、すぐ行動に出れるという。(30歳男性、携帯加入)

どこにいても家族が安心していられますね。家族は実際はそんなにかけては来ないんですけど、いざとなれば連絡をつけることができるって。夜遅くなることが多いんで、親は「何か危険なことがあったら、携帯もっていればすぐ110番できる」って。(30歳女性、携帯加入)

できれば持ちたくないが、緊急時、例えば今年の神戸の震災の時のように、携帯電話が非常に役にたったって聞いてますから、だからそういった緊急時の連絡用としては一台持っていてもいいかなと思う。それは実際、うち会社の人間で神戸の人間も何人もいましたから、その人たちからなかなか電話が受けられない状態だったので、後で話を聞いてみるとほんとに公衆電話だと何だかんだって非常に不便だったと、それに10円玉もっていないととにかくかけられないんで、携帯電話がやっぱりすごく活用したって。だからそしたら緊急の時のために一台家にあるのもいいんじゃないかなって思いますけど。(39歳男性、携帯加入)

 これらはいずれも、いつでもどこでも連絡可能であるという点に触れたものであり、移動電話は連絡のための「道具」として便利だと思われていると言えよう。もちろん、以下に挙げるように連絡以外の用件にも便利であるが、その場合もあくまで用件を済ませるための「道具」として位置づけられている。

D仕事の効率が上がる

打ち合わせ終わって、次の打ち合わせに移るまでの間に、前の打ち合わせの連絡を移動中に全部すませてしまうと、そういうときにやっぱり効率がいいな、と思う。(26歳男性、携帯+PHS加入)

営業だとほとんど外に出てるんで、先手先手で動けるメリットを自分なりに感じてましたね。例えば、車の中とか移動中とか。(34歳男性、携帯加入)

 このように、現状では移動電話は何らかの用件を済ませるという目的において使われる道具性の強いメディアだと捉えられている。では、このような移動電話の使い方は変化する可能性があるのか。その鍵を握るのは、料金の問題と「用件」の変容である。

<料金値下げによる移動電話利用の変化の可能性>
 まず、現在使っている人において移動電話の一番の問題は料金の高さにある。特に携帯電話の料金の高さはよく知られており、実際PHS加入のインフォマントは、法人加入の1名を除いて皆「安さ」でPHSを選んだと答えている。そこで、一ヶ月にかかる費用についても尋ねところ、携帯電話加入者のうち、法人加入者(費用はすべて会社持ち)は月平均2〜4万円という答えであったが、個人加入者は 1万円前後が多く、比較的安い(14)。もちろんPHSの個人加入者は平均5000円程度であり、より低料金である(表2参照)。
 比較的低料金しかかかっていない原因として考えられるのは、第一に、移動電話はほぼ受信専用に使い、発信は最小限におさえていることである。通話が長くなりそうな場合(特にプライヴェート利用者は)公衆電話を使ったり、自宅や会社に戻ってからかけたりする(ただし、公衆電話利用は目の前にあって空いている場合に限る)。第二に、各種の割引プランに加入している人も目立つ。例えば、発信が少ない人はローコール型に、ウィークデイは会社にいるため移動電話を持つ必要のない人は平日の夜間と休日のみ利用できるタイプに加入して基本料金を安くしているのである。さらに、そもそも外出先で必要なのは連絡程度であり通話が長くなることはない、といった回答も聞かれた。受信に関しても「携帯電話には基本的に何であれ、緊急の用しか入ってきませんからね」との回答がしばしば聞かれたが、これらも移動電話がおしゃべりに用いられるのではなく、用件を伝達する「道具」だと見なされていることを反映している。実際、通話時間について尋ねてみてもほとんどの人が自宅や会社の一般加入電話(すなわち、固定電話)よりも短いと答えている。以下の回答は移動電話利用により長電話自体がなくなったという興味深い例である。

ドニーチョ(15)に加入で基本料金は2000円台。通話料金は6000から8000円程度。全部で一万円まで。こんなもんかな。初めは一日中かけれる電話にしようと思ったんですけど、平日の昼間は会社にいますし、その分で2000円ぐらい浮きますんで、まあ妥当かな。昔、家での電話料金が、ほとんど私がかけてて3万ぐらいだったから、それに比べると自分で払わなきゃいけなくなった分、確実に安くなっている。(携帯にしてからおうちの電話料金は下がりました?)下がりました。あのー長電話しなくなったから。(おうちでもですか?)ええ、友達から連絡待つために長電話してたりしたこともあったから(16)、そうすると長電話になったりするけど、「ごめん、今外だから」というと、たいがい用件だけで済みますよね。無駄話がなくなるから、確実に夜遊びが多くなった代わりに、電話代は安くなりました。(25歳女性、携帯加入)
 もちろん、「移動電話は高いものだと最初から覚悟している」との答えもしばしば聞かれた。「いつでもどこでも使える」という便利さにはそれなりのコストがかかっても仕方ないというのである。しかし、個人加入から法人加入へとかわった人が述べた以下のあたりが、利用者の本音のように思われる。
今になって一番思うのは、通話料金考えずに使えたらさらに便利さを感じる。公衆電話では何本もまとめてかけようと思っても、後ろ並ばれちゃうとかけづらいじゃないですか。もう、どんどん自分が思うがままにかけられる、というのはある。少なくとも公衆電話と同じぐらいになれば、もっといいんじゃないかなと思いますね。(39歳男性、携帯加入)
すなわち、料金が下がれば現在のような「緊急の用件」伝達のみではなく、より自由に自分の都合に合わせた移動電話の使い方が可能であると考えられているのである。実際、料金の心配のない、かかってきた電話については、移動電話で長話をする場合もあるという回答も見られた。
プライヴェートのばあい、かかってきたものに関しては長くしゃべってもいいかな。大前提として、電話魔。4時間ぐらいは平気かな。1時間以内で切ることはまずない。ただ料金のことを頭に入れながら、かけてきた電話に関してはできるだけ引き延ばす。というわけでもないが、長くても平気。で、こちらからかける場合はそれほど長電話はしない。(25歳男性、携帯加入)
<利用されていく中での「用件」の変容> 
 また、今後移動電話が何らかの用件を伝達するための手段であり続けるとしても、伝達必要性のある「用件」自体も変容するのである。
 かつて金光昭は『赤電話・青電話』において次のように述べている。

かつての公衆電話の利用動機は、緊急時とか必要不可欠の要件のばあいにかぎられていた観があるが、近ごろは様相を異にしている。ちょっとした連絡・打合わせにも気軽に赤電話のダイヤルを回すし、用件などない、たんなるおしゃべりのためにもふんだんに利用されるのである。(金光,1965:63)
 これは、一般加入電話の普及が進めば進むほど公衆電話の通話需要が伸びていった昭和30年代について述べられたことであるが、同じことが現在の移動電話についてもあてはまる。
家族から「帰りに何か買ってきて」とか、「何時頃帰ってくるの」といった電話が入りやすくなった。(連絡とるのが)楽なんじゃないかな。(39歳男性、携帯加入)
   「移動電話は緊急な用件のためにある」といった答えも見られる一方で、この回答のように、以前より「気楽な用件」が入ってくるようにもなっているのである。「帰りに何か買ってきて」「何時頃帰ってくるの」というのは、明らかに仕事やプライヴェートでの「一刻を争うような用件」ではない。しかし、単なるおしゃべりでもなく、何らかの情報が求められている。もちろん、短い時間であれ家族間で連絡を取り合うこと自体には情緒的なものが含まれよう。その意味では、電話を通じて会話をすること自体が目的の、自己充足的な移動電話利用の一形態とも考えられる。しかし、かつて公衆電話の普及により「ちょっとした連絡・打合わせ」がおこなわれるようになったように、これらは全く不必要な用件ではなく、移動電話により開発された用件の新たな様態なのではなかろうか。
 このような「気楽な用件」は移動電話を使ってかける側にも、もちろん見られる。
飲みに行って公衆電話捜したりしないでいいから、例えばスナックの席で、そのまま「飲みに来いよ」とか電話入れちゃったりね。・・・逆に北海道にいるのに「飲みに行こう」とか電話かかってきたりね。(39歳男性、携帯加入)
すなわち、常に持ち歩いている点で、固定電話以上に「身体の拡張機関」となった移動電話を通じて、隣の人に話しかけるように遠くの人に気軽に話しかけるのである。
 若者の間でのポケット・ベルの普及原因もある意味でこれと同じである。すなわち、近年の若者の間でのポケット・ベル使用は「遊び」利用といった形で語られることが多いが、中村(1994)による調査によれば、彼/彼女らの実際の利用方法は連絡を取り合うといった道具的な利用であるという。仕事での緊急の用件などない若者がポケット・ベルを持ち歩くことは、「大人たち」から見れば「遊び」にすぎない。しかし、当の若者にとっては、アルバイトや夜遊びなどで連絡をとりにくい生活上の必需品なのである。「大人たち」の「用件」と若者の「用件」は質が異なっている。
 以上を考える限り、現在移動電話の必要性を感じない人々にも移動電話が普及する可能性は充分考えられる。なぜなら、人々に使われる中で移動電話の果たす「用件」は変容するのであり、新たに生じた「用件」がこれまで必要性を感じなかった人々の関心を呼ぶことが考えられるからである。
 現状でも利用者の移動電話に対する総合評価は二つに分かれる。すなわち、とにかく便利であり、必需品であるという人もいる反面、満足はしているが移動電話を「本当に」必要とするような緊急の用件は自分にはない、という声もしばしば聞かれた。
一回持ってしまうと、お金に換えられない、っていうところがありますね。仕事の面でももちろんそうですけど、プライヴェートででも。(28歳男性、携帯加入)
仕事や生活スタイルによっては必需品では。これがなければ、友達づきあいや仕事でも不都合なことっていっぱい出たな、と思う。連絡の行き違いとか。(30歳女性、携帯加入)
なければないでいいかな。あったほうが便利は便利。自分は今、月々このお金を払って持ってること自体は満足していますけど、別になくてもいいかな。そりゃ公衆電話かけりゃいい話。(36歳男性、携帯加入)
今会社勤めしてますから、その平日は、月曜から金曜までは会社か家かに連絡すれば、だいたいつかまるんですよね。・・・今の仕事していたら持たないことも充分考えられます。別にそんなに、今までもなかったんだし不便じゃないかなって。そうですね、おもちゃみたいな感覚、「あ、つながった」とかいって喜んでる、そういう感じのものなんで、そんなに緊急の用事もないですから。(27歳女性、PHS加入)
移動電話はなくても充分であるが、あればあったで便利なものであり、その便利さは人々に利用される中で拡大する。
 例えば、次のようなことも考えられる。移動電話は本人しか出ない電話である。必ず本人が出る移動電話にかけるのは気楽であり、「帰りに何か買ってきて」「何時頃帰ってくるの」との連絡が入ってくるのもそのためであろう。一方、受ける場合も誰からの電話か周囲の人に知られずにすむため、次のように家族に知られたくない相手と移動電話を通じて連絡をとることも可能である。
私ねえ、感じてるのが、仕事としても、こういうニーズもあると思うんですけど、意外と馬鹿にならないのがですね、あのー結構、女性とのあれが多いような気がしますね。・・・ああいう携帯電話の用途としてはね、緊急に連絡とりたいとか、そういうものの他に、ちょっと直接自分にしかつながらないと困るとか、そういうのがあるでしょ。そういう用途はものすごいし、かなりの人がねえ、あのーそっちのあれになってるような気がするんですよ。(39歳男性、携帯加入)
   このように検討する限り、移動電話によりこれまでのコミュニケーション様態が変容する可能性が考えられる。さらにその点について具体的に検討してみることにしよう。

3-2-3 「どのような影響」があるのか・・・いつでもどこでもつながるべき電話へ
 基本的に移動電話は「いつでもどこでも連絡できる/してもらえる」ための道具であると考えられているため、受・発信したい時に使えなかった経験は移動電話の不便さとして挙げられ、「今後一層通話可能エリアが拡大することを望む」との声をしばしば耳にした(17)。ただし、移動電話を「使いたい時に(通話可能エリア外であったため)使えなかった経験が多かった」という回答はどちらかというとPHS加入者に多く見られたものの(18)、「これからのものだからあまり期待していなかったので」と不満度は少なく、むしろ携帯電話にせよPHSにせよ、使えるはずのところ(通話可能エリア内)で使えなかった場合が不便だったと回答されている。

代官山、ロアビル前、国立競技場など絶対使えるはずのところで、待ち合わせに使おうとしたが、使えなかったことがありますね。(26歳男性、PHS加入)
待ち合わせが気楽になった分、電波の届かない場所で待ち合わせしてしまうと不便ですね。待ち合わせ場所が圏外の時は、圏内の所まで歩いて待ち合わせ場所が見えるところで待ってますね。例えば、渋谷の東横の改札正面は携帯は入らないですけど、ちょっと右の通路までいくと入るんですよ。(39歳男性、携帯加入)

 このような利用者側のニーズもあって、現状では移動電話の通話可能エリアは拡大一方である(19)。しかし、「いつでもどこでも連絡をつけてもらえる」ことは、逆に「いつでもどこでも連絡をつけられてしまう」ことでもあるため、かえって不便さを感じることも多いようである。
さぼってお茶飲んでるときに電話かかってきて「今どこですか?」と言われて困る。(39歳男性、携帯加入)
以前なら「家にいなかった」で済んだことがどこにいてもつかまってしまう。(30歳女性、携帯加入)
年がら年中束縛されているようで嫌ですね。自分がプライベートで持つ分にはいいんでしょうけど、会社から必要に迫られて持つようになった経緯からいくと。(39歳男性、携帯加入)

 勤務時間中姿の見えない同僚がどこにいるか「いま本人に聞いてみる」と電話を取り上げるアサッテ君(図3)は、このような事情を象徴的に描き出している。

  図3 (毎日新聞1995年12月6日朝刊より)(省略)

 「電話は他人の(自分の)家の中に、その人となりを明かすことなく、また了解もなしに、しかも合法的に上がり込める(上がり込まれる)メディア(渡辺,1989:33-4)」であるとの言葉に倣えば、移動電話は家の中だけでなく、その人のいるすべての場に了解なしに入り込んでくる。移動電話にかける場合、固定電話にかける時に自明であった相手の所在地はつながるまでわからない。先に挙げた「北海道にいるのに誘いの電話がかかってきた」という話はその具体的な例であろう。
 さらに、移動電話の場合、受け手は不在であることが許されない。移動電話は「いつでもどこでもつながるべき電話」である。「いつでもどこでも連絡をつけられてしまう」という不便さはここからくるのであり、実際人との関係性が変わりつつあるという回答も見られた。

母親とかからすると、携帯を持っているはずなのに連絡がないとかだと嫌がられたり、自分がかけて、地下のお店に入ってつながらなかったりすると、連絡をとっているのに、持ってるのに、連絡がつかないと不満があるみたいですよね。今までは仕方ないと思っていたのに。しょうがないという枠からちょっとずれてきている。(25歳女性、携帯加入)
 プライヴェートをなくしてしまう道具というか、悪魔の道具というか、両刃の剣ですよね、まさに。よっぽど忙しいとか、よっぽど重要人物でない限り、携帯を持つ必然性はない、今の所、というかそういう風に感じるようになりましたね。・・・こんなに連絡がつくということ自体がおかしいと思うね。連絡はつかないもんじゃないと、今の仕事で言えば、業務形態?広告の営業に限ったことじゃなくて、全般的に、仕事形態上連絡がつきすぎるということはおかしいと思うし、それで上手く回らなくなることもあるし、プライヴェートで言っても、やはり連絡がつきすぎるというのは友達の幅とか拡がっていいと思うけど、その分、妄想じゃないけど、イマジネーションが働かなくなる可能性はあると思いますね。「この人は何をしてるんだろう」って。信用を逆になくしてしまう可能性があるかな、携帯を持つことによって。でも、それも両方、意味は。信用される道具にも使えるし、ほんとに仲良くなれば「なぜつながらないんだ」みたいな話になるし、どっちもどっちもだ。やっぱり両刃の剣。(25歳男性、携帯加入)

 今後移動電話の通話可能エリアの拡大につれて、「いつでもどこでも連絡をつけられてしまう」という「逆の」不便さを感じる傾向も強まるであろう。しかし、留守番電話サービスの利用/不利用(20)や限られた範囲にしか電話番号を教えないことなど、利用者それぞれが自分の都合に合わせた使い方をすることにより、「個電」b個人の電話bの利点を生かした利用も可能である。
 以下の回答には、仕事とは切り離したプライヴェート専用の移動電話を持つことで「個電」を持たされているだけでなく、主体的に利用したいという意向が見られるのではないだろうか。
(携帯は)必要なものですね。あとは、もうじき個人契約しようかなって思ってるんですけど、やっぱり料金的なもの?もっと下がってくれればいいな、と思いますね。プライヴェートなものとして。何となく会社と分けておきたい、気持ちの中では。何かごちゃになってるのがいやだなっていうことぐらいなんですけど、単純な動機です。(34歳男性、携帯加入)
 

4 結論


 以上、一般加入電話や公衆電話など類似のコミュニケーション・メディアと比較して、移動電話は「誰と」「どのような目的で」利用されており、「どのような影響」があるのか、インタビュー調査によってうかがえた傾向を紹介してきた
 挙げられた移動電話の特性の中には、(特に普及初期において)一般加入電話や公衆電話の特性だと考えられていたものが少なくない。例えば、連絡をとるための「道具」という移動電話の位置づけは、かつての一般加入電話の位置づけに近い(13)。また、移動電話が「気軽な用件」を作り出す傾向は1960年代の公衆電話と同様であるし、さらに移動電話によって「いつでもどこでも連絡をつけられてしまう」ことを嫌うのは、程度の差はあれ、以下に示す夏目漱石の門下生の小宮豊隆氏が述べた「漱石の電話のベル嫌い」のエピソードと同じであると言えよう
 漱石が電話を引いてから、さかんにかかってくる電話に悲鳴をあげて、電話はオレが必要でひいたものであり、かかってくる電話に用はないといって、ベルをなにかに包みこんで、ベルの音を聞こえないようにした一時期があった。もっとも、電話局からひどく抗議を申しこまれたそうだが。(逓信総合博物館監修,1990:57)
 しかし、移動電話と一般加入電話や公衆電話とではもちろん異なる面も大きい。なぜなら、移動電話は、日本で電話が日常的なコミュニケーション・メディアとしてその位置を確立してから2〜30年経った現在、「普通の」電話やポケットベルなど他のコミュニケーション・メディアとの関係の中で利用され、メディアとしての位置づけを確立していきつつあるからである。今回の調査で挙げられた移動電話の特性について具体的に言えば、例えば家庭や職場に固定電話があるからこそ、移動電話の電話番号を限られた範囲の人に教えないことが可能である。また、移動電話は固定電話以上に、呼出のベルに答えることを強制する、言い換えれば、不在であることが許されない「いつでもどこでもつながるべき電話」である。だが、移動電話利用者の多くにとっては利用開始当初から留守番電話サービスがあるため、漱石のようにかかってくる電話すべてを遮断する必要はない。初めから自分の都合に合わせて応答/不在を選ぶことができるのである。「双方向コミュニケーションのためのメディア」という規定の中でメディアとしての様態を定めていきつつある移動電話は、黎明期の「電話のようなもの」が電信やラジオといったメディアの中でその様態を定めていった(21)のとは明らかに異なっている。
 では、移動電話とはどのようなメディアであるのか。先に紹介したRoosの整理を利用して考えるならば、現在移動電話は、移動性、アクセスのしやすさ、同時性などの側面に重きをおいたメディア、すなわち「(主に仕事のため)いつでもどこでも誰とでも話すためのメディア」である一方で、プライヴァシーや個人的な利用が中心となる「特定の個人(複数の場合もある)と話すためのメディア」としても位置づけられている。前者では個人と「共に移動する」側面が重要であり、後者では「個人」の側面が強調される。さらに、現在は両側面が並立しているというよりはむしろ、利用者たちの日常的な移動電話利用によって前者から後者へと移動電話の意味が拡大している過程にあると考えられる。今後は、本稿3節の最後に引いたインフォマントのように、利用者自らが異なる意味づけをした移動電話(例えば、「仕事用」と「プライヴェート用」)を複数保持するようになることも充分考えられるし、あるインフォマントが知人の話として語ってくれたように、移動電話を複数持ち、ある端末が鳴れば誰からの電話かわかるようにするといった利用も増加するかもしれない(22)
 さて、今後の研究課題として残されている点を順に挙げてみたい。
 まず第一に、移動電話への関心や欲求に見られる性差や年齢差の問題である。現状で最も簡単に考えられるのは、女性よりも男性が、高齢者よりも若年者の方が「いつでもどこでも誰とでも」話す必要性が高いという説明である。しかし、「個人の電話=個電」としての側面なら、女性にも高齢者にも必要とされるであろうし、実際今回の調査でも女性インフォマントの多くがプライヴェート専用に移動電話を利用していた。ただし、この問題に答えるには今回の調査は不十分である。女性や高齢者の移動電話利用者への調査が必要であろうし(23)、逆に仕事に就いていない若年者層で移動電話がどのように利用されているのかを検討する必要もあると思われる。
 次に、「どのような状況」で移動電話が利用されているのかについての考察が本稿ではなされていない。これまで家庭や職場、公衆電話ボックスなど一定の空間的な制約を受けていた電話利用が、移動電話によって「潜在的な電話空間」となった都市のあらゆる場所で可能となった。ゆえに、移動電話利用者とその周囲の人々との関係が特に問題となっており、実際公的な場所での利用マナーについてしばしば議論がなされている(川浦,1992)。今回の調査ではこの問題に関しては散発的な回答しか得られなかったため検討できなかったが、いくつかの回答は今後考察されるべき課題を示唆していると思われる。
 例えば、「人の迷惑になってはいけないが、必要があるからこそ(どこでも)電話するのだ」と公的な場所での移動電話利用を積極的に肯定する人も見られた一方で、今回のインフォマントの多くは「路上で電話する場合には端に寄る」「電車では小声で話す」「電車では電源を切っている」「会議には持っていかない」など、公的な場所に電話空間を持ち込むことへの具体的な配慮をしばしば語った。このような「公的空間」と「電話空間」の微妙な関係やそれに対する人々の意識を系統的に明らかにするには、移動電話の利用者のみを対象とするのではなく、非利用者を含めた検討が必要であると考える。
 それ以上に興味深かったのは、多くのインフォマントが、移動電話を利用し始めた頃は周囲との兼ね合いで気恥ずかしかったが、1〜2ヶ月すると馴れてどこでも電話できるようになった、と答えたことである。どのような過程を経て新しく利用し始めた移動電話に馴れるのか、また公的空間と電話空間との「接合」がいかになされるのか、これらは「メディアと身体」あるいは「メディアと空間」といった観点から吟味すべき問題であろう。  最後に、本調査の調査方法自体の長所および限界について述べておく必要があると考える。まず、インタビューという手法を採用することにより、利用者それぞれの移動電話との関わり方や移動電話に対する意識などを深く具体的に聞くことができたことは確かである。しかし、インフォマントは特定のネットワークを通じて選び出された人々であり、移動電話利用者としての代表性を持つものではない。例えば、中村(1996)が1995年5月に兵庫県南部地域で行った調査によれば「職種的には建設業やサービス業の男性が、仕事上車で移動する機会が多いので連絡をつけてもらうために加入している」といったところが携帯電話の平均的な利用者像であるというが、これは今回の調査で得られた利用者像とはかなり異なっていると言わざるを得ない。
 また、調査方法論の観点からインタビューに電話を使用したことの妥当性にも触れておく必要があるだろう。Groves(1990)によれば、電話によるインタビュー調査は対面調査と比較すると、回答拒否を避けるためにより急いで行われ、結果として自由回答を切り詰める傾向があるが、その他得られる回答の質については対面調査と電話調査のどちらが優れているかは一概に言えないという。本調査で電話によるインタビューを採用したのは、電話インタビューの場合インフォマントにかける時間的な負担は調査時間のみであり、またインフォマントの都合に合わせて調査を行うことができるため、その分調査協力を得やすかったからというプラグマティックな理由によるが、以上のような知見を参照する限り「電話」という手段に特有の方法論的限界について考察する必要はなさそうである。
 以上のような留保に鑑みると、本調査は移動電話利用の一ケース・スタディと位置づけるべきであり、今回の知見から明らかになった諸課題を踏まえて、今後代表性を持つ移動電話利用者や、逆に特定の性や世代の移動電話利用者を対象とした定量的/定性的調査をさまざまな角度から行う必要があると考える。


[注釈]


(1)本稿では自動車電話、携帯電話、PHSを含む総称として「移動電話(mobile telephone)」を用いる。無線通信システムのあり様から自動車電話と携帯電話を合わせて「セルラー電話(cellular telephone)」と呼ぶ場合もあるが、日本語としてわかりづらいことやPHSを含めるために「移動電話」を採用した。
(2)通話回数においても移動電話は94年度末で前年度比83%の増加を示しており、国内総通話回数の5%強を占めるまでになっている。(朝日新聞95年7月31日朝刊より)
(3)もちろん、これまでも公衆電話(公衆電話からの電話は、受け手にとって相手がどこからかけているかわからない)や住居内でのコードレス電話(電話機のおかれている場所に拘束されない)という形で、ある程度は場所から切り離された電話利用は存在した。
(4)ここでは電話機が家庭にあり、家族に共有されている状況から、個人個人が電話機をもつようになる状況への変化を「家電」から「個電」へと表したのであり、電話が実際に「家電」的な意味を担っていたのかは検討の余地がある。例えば、電話機の「記号」変容を追った水越の分析によれば、移動電話端末は家電的な「白モノ」ではなく、AV機器的な「黒モノ」の延長上にある情報メディア機器であると見なすことができるという(吉見、若林、水越,1992:241-51)。
(5)例えば、94年度末と95年度末を比較すると、携帯電話はNTT系で85.9%、NCC系で163.1%増加しているのに対し、自動車電話はNTT系で13.8%、NCC系で10.1%減少している(『日経コミュニケーション』1995年7月17日号より)。
(6)NTTドコモの例で見れば、1979年では新規加入料8万円、月額基本料金3万円であったのが、新規加入料45800円、基本料金13000円と下がっていたが、さらに94年12月以降は新規加入料21000円(アナログ)、基本料金8400円(標準)4900円(ローコール型)と下がっている。
(7)現在、家庭や事務所内にコードレス電話はかなり普及しており、東京都民を対象にした橋元らの調査では既に40%近くの世帯に普及しているという(橋元他1994:39)。
(8)PHSと移動電話のサービスの違いについては電気通信事業政策研究会編(1993)を参照。
(9)デジタル方式の携帯電話サービスが開始されたのは1993年3月からであり、その後順調に数を増やしている(図1参照)。デジタル方式の移動電話のメリットとして他に、電波状態によって音質が変化せず、アナログ方式の携帯電話が短波ラジオでも聴けるのに対して盗聴に強い。また、端末の構成部品をLSI化することにより小型化が可能であり、実際PHSに顕著な端末の小ささと安さを実現している。新規加入料金や月額基本料金もデジタル方式の方が安いが、現状ではアナログ方式の方が通話可能エリアが広い。
(10)先の博報堂生活総合研究所の調査でも同様の傾向が見られる。すなわち、携帯電話未利用者で「今後使いたい」との意向を持つ人は全体で47.0%であるが、その内訳は男性54.7%、女性38.7%であり、60代の利用意向は男性34.4%、女性28.2%と低い。
(11)「携帯電話端末で電話番号検索をおこなって電話番号を調べ、会社や家庭にある固定電話をかける」という意味。会社や家庭内では移動電話を使わない人がほとんどである。
(12)移動電話を仕事用に使っている人の場合この事情は異なり、会う人すべてに移動電話の電話番号を教えるという人もしばしば見られた。しかし、その場合でも実際にかかってくるのは、会社の上司・同僚・部下などがかなりの割合を占めているようである。また、イタズラ電話や勧誘電話など不特定の相手から移動電話に電話がかかってくるという例は今回のインフォマントの中には見られず、現状ではかかってくるのは自分が電話番号を教えた相手(と場合によってはその知人)に限られている。加入者率の低さ、及び一般加入電話と異なり加入者名簿が公開されていないことがその原因であろうが、移動電話が必ず本人が出る電話である以上、この事情は変化しうると思われる。今後検討が必要である。
(13)電話に関する歴史社会学的な研究(Fischer,1992; Martin,1991; Rakow,1988; 吉見,1995)によれば、(固定)電話も当初は通信のため、すなわち伝達の「道具」としてのみ位置づけられており、電話すること自体を目的とした自己充足的な利用は逸脱したものと見なされ、実際事業者側はしばしば主に女性による「無駄な」電話を減らすよう試みたという。Rakow(1988)はその原因として当時のアメリカでは地域内均一料金制が採られており、同じ地域内でなされる「女性の長話」は、電話回線を長時間占領することで他の電話を閉め出すことになるため電話事業者の損失につながったという点を重視している。だが、1920年代になると事業者側は逆に電話を社交性のメディアとして位置づけた広告を突如開始する。結果として言えるのは、「女性電話加入者は、社交性のための使用を促すことによって電話文化の発展に大きく寄与した (Martin,1991:171) 」ことなのである。
 ただし、日本においてはこの事情は異なっている。すなわち、日本で自己充足的に電話が利用されるようになるのは、電話が各家庭へと普及し、日常的なメディアとなる1970〜80年代であり、もっぱら親が長電話をする子供を批判するといった世代間の差異として捉えられたという(吉見、若林、水越,1992)。
(14)基本料金込みの金額である。もちろんこれは通常の電話料金よりはかなり高い。例えば、1993年度の住宅用電話の一ヶ月の通話料は平均5395円である(『情報通信ハンドブック96年度版』より)
(15)平日の夜7時から朝8時までと土・日・祝日の終日に利用時間を限定する代わりに基本料金等を安く設定したNTTドコモのサービス。同種のサービスは他事業主にもある。
(16)「友達から連絡を待つ時間が暇で、別の友達と電話で長話をしていたこともあったから」という意味か。キャッチホン・サービスに加入していれば、電話をしながら別の人からの電話を待つことは可能である。
(17)仕事中心に移動電話を用いており、かつ現状の通話可能エリアの狭さに不満を持つ人の中には、次のように将来的には情報携帯端末を通じたパソコン通信への移行を考えている人も見られた。
ただ、今これで、パソコン通信、ニフティ・サーブやなんかで、パソコン通信で、ほとんど機能果せちゃうでしょ、今都心でしたらアクセスできる。そっちになっちゃう可能性とかもあると思うんですよ。(その場合、ご自分からいろいろしなきゃいけませんよね?) 結局ね、あのー留守電聞くのもまどろっこしいんですよ、たくさん入っちゃうと。それだったら、公衆電話でぱっとザウルス(シャープの情報携帯端末)あたりに落としちゃって、電車の中でゆっくり読んだ方が早いな、って感じですよね。 (39歳男性、携帯加入)
 これは、移動電話が他のさまざまな類似する通信サービスとの関係で利用されたり利用されなかったりする事情を示す具体的な例であろう。
(18)NTT中央パーソナル通信網が95年8月に実施したユーザー調査でも、半数がエリアの狭さを不満として挙げている(『日経コミュニケーション』1995年12月4日号より)。
(19)例えば、地下街で通話可能なPHSの影響を受けて、携帯電話の通話可能エリアが地下へと広げられる傾向が見られる(『日経コミュニケーション』1996年1月1日号)。
(20)友達と共有している一人を除いてインフォマントは皆、移動電話を常に持ち歩いているが、会議中(場合によっては電車の中)など電話がかかってくると困る状況では電源を切っている人がほとんどであった。その場合留守番電話サービスに加入し、後で確認して連絡を入れる人が半数ほどであった反面、「そこまでの必要はない」とあえて加入していない人もみられた。なお、PHSでは留守番電話サービスは始まっておらず(アステル東京などで1995年12月から開始)、PHS利用者の中には「留守番電話機能付き」を最優先に端末を捜した人がいた。
(21)吉見、若林、水越(1992)の第五章を参照
(22)ちなみに、現在移動電話端末の中には、登録してある電話番号からかかってくると、誰からの電話かを表示する機能を持つものがある。
(23)「女性と移動電話」に関しては、ジェンダー論の観点から電話の研究を重ねているRakowらによる、シカゴ郊外に住む女性19人を対象とした移動電話に関するインタビュー調査が興味深い(Rakow and Navarro,1993)。それによれば、妻の移動電話所持を夫が決めたケースが半数あり、また、移動電話が子供が学校やお稽古ごとへ行く時の送り迎えの連絡に使われる例や仕事で帰りが遅くなるときに先に帰った子供が独りぼっちにならないよう電話するといった例はあっても、単に友達とおしゃべりをするために移動電話を使う例がみられなかったという。これを踏まえて彼女らは、他の新しいメディア同様移動電話は古い社会的政治的慣習を破壊し、ハイアラーキーを再配置し、公的領域と私的領域の境界を再構成する潜在的な可能性を持っているが、現状での移動電話の利用にはジェンダー・ポリティクスが働いていると述べ「新しいメディアが社会を変える」といった単純な技術決定論を斥けている。


[引用文献]


<付録.質問シート>

 インフォマントの名前、性別、所持移動電話の種類は紹介してもらう段階で調査者が把握している。
[フェイス]
職種、年齢、居住地区(市、区)、同居の家族とその家族の移動電話所持の有無
[加入に至るまで]
加入時期、加入形態(個人加入か法人加入か)、加入の具体的なきっかけ、ポケベル所持の有無、受信目的であるか発信目的であるか、加入の事業者名と選択理由、携帯の場合はアナログかデジタルか、と選択理由、端末の形状(大きさ、色)と選択理由(携帯の場合は端末は購入かレンタルか、と選択理由)
[利用状況]
持ち歩き状況と電源を切っている時間(留守番電話サービス加入の有無)、受信と発信のどちらが多いか
受信と発信のそれぞれについて、
 一日の通話回数、主な通話相手、具体的な通話状況、通話を避ける状
 公衆電話や一般加入電話との比較での、通話時間
 公衆電話や一般加入電話(ポケベル利用者はポケベルも含む)との使い分けの有無
移動電話の電話番号を知らせている範囲、月平均の通話料金とその料金についての感想、支払いは個人か会社か、割引サービス加入の有無、希望通話料金
[利用感]
公衆電話や一般加入電話(ポケベル)との比較で便利/不便に感じること、便利/不便に感じた事件
移動電話所持に関して身の回りの人から言われた感想などはあるか
移動電話を所持していない身の回りの人で、今後持っていてほしい人がいれば、どんな相手か
総合的に見て、移動電話は持っていて良いものか、必需品であるか


 調査に協力してくださったインフォマントの皆さん、インフォマント集めに協力してくださった難波功士さん、宮澤佳代子さん、(株)朝日エルの皆さんに感謝いたします。


移動体メディア研究会


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