真・女神転生ストレンジジャーニー


クリアへの作業でなく、プレイする事の楽しみ
−成沢大輔(邪教の館倶楽部2)


デビルサマナーやペルソナ、ライドウと言った外伝シリーズでなく、本家本元の真・女神転生シリーズの最新作と銘打って出したタイトル。
しかし、それがゆえに、女神転生シリーズが、物語ベースとして飽和状態にある事を露呈させ、また、ディレクターの感性の歪みとも言える、難度設定の歪さが露呈している。

本作のウリであるデビルCOOPであるが、現状では失敗と評価せざるを得ない。なぜならば、まず、mobならともかく、ボスは弱点が不明で、一度突撃して、弱点を見つけた上で、再度仲魔を集め直す必要がある。その上で、属性が合致している上に、主人公とレベルが近く、有効なスキルを持った仲魔。と言うものは、まず揃わない。また、仲魔が三体しか召喚できないので、どうしても、一体は回復役、もう一体は攻撃役、残る一体は、強化弱体と役割が固定されてしまうので、そうした仲魔を、レベルと属性で縛られて探すのは、ほぼ不可能。また今作では、レベル差によるハンデがきつく、10も差があると、役に立たないので、 連れて歩く楽しみも薄い。

敵の攻撃力が過多な上に、回復魔法が弱い(魔力にもよるが、メディラマで80前後の回復量。敵の攻撃は倍近いダメージ)ため、回復役の仲魔は、回復魔法を連打し、主人公は枯渇気味なMPをアイテムで回復させる役割にならざるを得ず、COOP出来る仲魔が揃い、かつ弱点が突けるならば、なんとかなるが、そうそう揃わないのは、先に述べたとおり。そうなると必然的に、持久戦となり、なんの盛り上がりもなく、ひたすら作業を繰り返す事になる。

ディレクターが、真3と同じと言う事で納得してしまったが、不意の偶発即死コンボが今作でもあり、仲魔爆弾化>ナゼか敵が集中砲火>爆発>ゲームオーバーと言うのは良くあった。同一ターンで起きるので、防ぎようが無く、何とも脱力感に包まれる。また、石化の成功率が彼我ともに高く、敵のランダムで状態異常を付着するワザでも、なぜか石化する確率が妙に高い。

そもそもにおいて、敵のアルゴリズムが、歪。これはDSの限界なのかも知れないが、一度、決めた相手を延々と狙い続けたり、蘇生して再召喚してもねらい打ち等。反魂香で全快して召喚してもねらい打ち(Hpが一番低いというわけでもない)という。また、敵は、延命モードに入る事も多く、ピュアブルーを使う相手は、特にそれがヒドイ。毎ターン、回復ワザ無いし、魔法を連打し続けるパターンで、コレにはいると、無駄なターンを10ターン近く過ごすハメになる。こうなると、作業感は倍増して、熱い戦いと言うより、やっと終わったという徒労感のみが残る

細かいところの感性も悪く、例えば、2周目の引き継ぎに、サブアプリが引き継げない。このため、マップ制覇のプレイログが非常に手間となり、やる気をそぐ。特にスキャニングゼロ(ダークゾーンをマップに表示できるアプリ)は、2周目の終盤にしか手に入らない。こういう物こそ、周回特典で引き継げるようにするべきであると思うのだが。デビルソースも引き継げないので、苦労して仕込んだソースは、その回で使ってからクリアしないと水の泡。物理反射リングや、魔法反射リングと言ったチートアイテムを出すぐらいなら、サブアプリを引き継げた方がよっぽと有り難い。

悪魔合体にしても、事故が起こると、当初の完成予定の仲魔レベルを起点としたランダムで誕生するようになっており、コレがまた楽しみが薄い。事故を起こしても、限られた対象しか無いので、ランダムといえど、似た結果になる ので事故の意味が薄い。

悪魔会話自体は問題がないが、今回はアプリにダークマンが無いため、ダーク系の悪魔を効率よく仲魔に出来ない。その為に、合体の法則がかなり絞られてしまい、非常につまらない。

また、プレイログという実績やトロフィーシステムの様な物を採用しているのだが、中でも、各マップを全て踏破する。と言うのは、歴代のメガテンのパロディマンガで、再三「メガテニストならマップ制覇は当たり前」と言うネタを真に受けた物だと思うのだが、それを真に受けたせいで「制覇できる物ならやってみろ」と言わんばかりに、底意地の悪いマップがいくつも用意されている。顕著なのは、セクターグルースで、別空間に切り替えて一度入り口に戻るとか、別の入り口から入って、もう一方の入り口に向かうとか(それも、最下層の一方通行の扉で仕切られたエリアを抜けないと行けない)とか、とにかく、やれる物ならやってみろ的な物が多い。

パロディマンガで「踏破はメガテニストなら当たり前」と言うのは、過去作のマップでさえ、全踏破するのは手間で難しいけど、それをあえてやっている。と言うのが笑いを誘う訳で、それを理解せず、 真に受けてならばもっと難しくと、さらに難解なマップを作ったのでは、ただの嫌がらせになってしまう。と言うか、ギャグを真に受けるな。そもそも、本作のマップは、手応えがあるとか、解きがいがある。と言うマップではなく、ひたすら手間がかかるだけで、やりごたえがあるとは言い難い物が多い。例えば、強制移動床とテレポーターラッシュ。落とし穴とテレポーターラッシュ。テレポーターとか落とし穴は、ハズレを引くとほぼスタート地点に引き戻されるような嫌がらせマップ。それでも、通過できれば、ショートカット用の隠し扉を作っているのは感心だけども。

どうにも、移動が手間とか、面倒というのもが、難易度が高い、やりごたえがある。と勘違いをしているクリエーターは、まだ多いようだ。それは、ただ手間なだけで、面白い訳でも、手応えがある訳でもない。極端な例えをすると、直線の通路のダンジョンで、敵の発生率が異常に高く一歩歩くごとに厄介な敵ばかり登場、フロアはMPダメージとHPダメージが交互、魔法禁止エリアみたいなのは、ただ手間 なだけで面白くも何ともないのと同じ事。この辺は、認識をただして欲しいです、石田さん。


個のシナリオとしては、特に問題はなく、さすが礒貝さん。と言ったところだが、なまじ、真正面から現代の人類の問題点を取り上げたため、どこか説教くさく、きれい事のようで、抹香臭い。何か分からないが、鼻につく感じがする。と言ったところ。まぁ、若人には新鮮な匂いなのかも知れないが。後はまぁ、古いメガテニストとしては、もうちょっと踏み込んでも良かったのではないか。と言うセリフが何個かあるぐらいで、良好なシナリオ。あ、そうそう、謎の少女と煽って置いて、開始間もなく、ルイ・サイファーって名乗るのはダメですヨ、礒貝さん。少女なんだから、せめて、ルシルとか、ルシールとか名乗りましょうよ。 ね、チャールズ。

しかし、問題は、女神転生という全体で見た場合、もはや耐用度数を超えていることを痛感する。器としてもう限界に来ており、次のステップに進む必要がある。 と言う事ではないかと。

たとえば、もう何かにつけて、ルイ・サイファーでまとめようとしていたり、すぐに、ルシファー対セラフの構図に逃げ込んだりという事。これらの根幹は、真・女神転生1と2で作られたタイムスケジュールとシナリオに沿って、作成された物であるからで、デビルサマナーにしてもライドウにしても、系列作と言うよりも、外伝やスピンアウトに近い。

言うなれば、真1と2の年表の隙間に、色々と書き込んで増やして行っているのが現状のメガテンシリーズであり、もの書き込める隙間がなくなりつつある。と言う事。

さらに口悪く言えば、真1と真2の遺産で食いつないでいる、タチの悪いシリーズ物といえ、昔で言うならば、敵だけ変えて、シナリオプロットに大差なくファンが呆れていったアニメの宇宙戦艦ヤマトシリーズに近い。さらには、敵まで同じというガッチャマンも、しぼんでいった。その反面、三悪人と、メカ戦という基軸だけを残して、手を変え品を変えた、タイムボカンシリーズは長く続いた。

メガテンにおいても、悪魔会話と合体、重厚な一人称視点、現代物。と言う点を引き継げば、問題なくメガテンを名乗れるはずであり、ルシファーとセラフ(神)との対立は、主軸ではない。事実、大破壊も、ルシファーとセラフの対立もないソウルハッカーズや、アバドン王は、非常によい出来。今思えば、こうした整合性を取らなくても良い重圧がないせいか、伸び伸びとした印象が感じ取れる。逆に、真1のタイムラインを基軸に置いた、超力兵団が見るも無惨なシナリオになってしまった事実があり、実は、真1の真相や真意を理解できているスタッフは少ないのかも知れない。

真・女神転生本筋というと、すぐにルシファーと神を軸に据えてしまう事こそが、飽和の原因であり、固定化された思想といえる。逆に真1や2では、国津と天津の対立、メシアンとガイアーズの対立など、ロウとカオスの対立は、ヘブライ神族に限らず起きているわけで、カオスとロウ、自由と規律の対立の代理戦争であって、別段、天使と堕天使のみがそれに与している訳でもない。…まぁ、ストレンジジャーニーでも大地母神対天使って事になっているのですけども。

まぁ、コレは、ユーザーサイドが、勝手に、真1、真2のタイムラインに当てはめようとしている。と言う事がない訳でもなく、制作側としては、とうに脱却している事かも知れない。が、真1のイメージを振り切れる程、脱却できていないとも言えるわけですが。 脱皮した皮を脱ぎ捨てられず、固まってきた脱皮した皮に締め付けられているのが、現状ではないかと。東京を捨てて、南極に舞台を移した物の、結局の所、異空間であり、if…の魔界と大差ない訳で、やっぱり、脱皮し切れていない。と言うか、脱ぐべきは、安易な対立構造なんですけどね。

真2のインタビューで、「ウチは他のゲームのように、単純な善悪二元論じゃない」と自信を持って語られていた訳ですが、もはや、多元的な思想から一つを選ぶと言うのは、すでに定番化しており、ロウとカオスにこだわっている時点で、単純な二元論におちいっている感じを受ける。ならばこそ、脱却しなくてはならないのだと思います。

真1と2のベース設定を作ったと思われ、また事実上の生みの親である鈴木大司教は、TRPGで、その軸を新世黙示録に移した際に、ロウとカオスの対立という基軸から脱却し、新神という形で、キリスト教の神が地球統一を目論んでいる。と言う新しい基軸を作りました。つまり、ロウとカオスの対立は、その神族の内部対立という形にし、外敵があった場合、協力する事もあり得る。と言う新しいスタイルです。そのため、同じ神族でありながら、属性の異なる悪魔がいても不具合が無くなりました。

その反面、かなり神話に詳しくないと、キャンペーンのような大きなシナリオが作れる一般人が皆無となり、今ひとつ日の目を見ずに休止しています。 システム面では、天才的な方ですが、どうにもゲーム作りの実作業となると、なぜか煩雑なイメージを与えるものを作ってしまうのが玉にきずなのですが。

正直なところ、鈴木大司教並みに、神話とオカルトとコンピューターに強い人間は皆無であり、マジで、そこいらの学者先生より深い知識をお持ちです。ゆえに、真1や真2の悪魔全集は、ゲームの資料本でありながら、ゲティングスの悪魔の事典なみの密度をもち、学者先生が作った格式張った悪魔の辞典なんかよりも、使えるし、密度もあるのです。完全に脱皮するためには、呼び戻すしかないんじゃないですかねぇ。

もしくは、外部委託のコンセプトワーカー的な存在で提携するとか。まぁ、色々確執あって、物別れしたんでしょうけども、そこはそれ、互いに、スサノオのごとく、龍を退治して許し合いましょうよと。

新世黙示録の主たるテーマである、許しと再生。ルシファーは、墜とされて終わりだが、スサノオは、高天原から墜とされてのち、龍(心理学的には、龍とは、心の暗部であり、それを退治する事は、昇華でもある)を退治し、許されることに救いの道があると論じられている訳ですし。



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