七月の夢酔


 


フェイト(2008/07/02)
と言っても、なんちゃらナイトの方ではなく、N◎VAの方なんですが。久々にニューロデッキ…タロットを切りまして、その的中具合に自分でビックリ。まぁ、自己占いなんで、どうとでも言えるっちゃいえるのですけども。他の占い…っても、ネットの無料占いですが…では、もう、何やっても大成功な一日みたいな、結果が出ている中、自分のと、スタジオゼウスだけが、失敗を示唆。見事に、的中です。

私の占いだと、行動の結果がエグゼク、運命の輪の逆位置で、もろに失敗、破談を意味するカード。その結果得られるモノが、カブト、皇帝の正位置で、情熱とかやる気とか、そんな感じ。事実、止まってた論文に閃きが沸いて、やる気が出てたりしますが、もう行き詰まってたり(笑)。意外と、モーゼの紋章も、菊花紋と触れてある資料が少ない…ま、それはそれとして、最終予想がトーキー太陽の逆位置でして、延期される可能性のある勝利。と言うリーディング。今は失敗したけど、未来には逆転もあるかと、まぁ、それでやる気を出しているわけですが。

さてまぁ、どうなりますか。他人を占った事は、数えるほどしかないので、本当の的中率は不明です。

で、DS買いました。ネットオークションで本体だけだったので、チェック用に安かったメタルサーガ鋼の季節を購入。うーん。ミヤンさん、もう、このFC時代の作りではちょっと…古き良きものを捨てろとは言いませんが、悪習まで持ってこられてもナァ。とにかく、お使いイベントのラッシュ。移動が簡便ならそれでも良いんですけど、移動速度が遅い、ランダムエンカウント高すぎ、バグ多い。等々、とにかく、イライラする。メンバーの選択が、自由と見せかけて、半ば固定。最終ダンジョンでハッカー固定されてしまうので、ハッカーを放置していた人は、もうどうすればいいのかという。レベルが上がりやすいゲームでもないので、ホントに困る。システム的には、PS2の砂塵よりは、遥かに良くなってますけど…せっかくの戦車の扱いが…とりあえず、サクサククリアして売り飛ばしたい。

もういっちょ、いまさらの世界樹とGBAのシャイニングフォース、あとやきゅつく。シレンとおさわり探偵とか、箱と比べるとソフトが多いので、幅があって良いね…ただ、出来の当たり外れが…


魔女狩り(2008/07/03)
コンビニの深夜営業を取り締まろうと言う動きが出ているが、正直、コレは魔女狩りそのものだ。まぁ、レジ袋も魔女狩りだと思うのだが。

そもそも、何故、コンビニなのか。深夜営業全般なら分かる。コンビニの他にも24時間営業の店は多い。例えば、レンタルビデオ屋、吉野屋などのファーストフード、ファミリーレストラン、これはいいのかと。本当に夜型の生活を改善させようというのならば、テレビの深夜放送の停止が必須と思うのだが。

正直、コレに賛同した自治体の首長はアホだ。もしくは、官僚と何か裏取引があったとしか思えない。賛同しているのは、首都圏が多く、どうしても、洞爺湖サミットでのエコ国家のイメージを無理に作ろうとしているとしか思えない。そして、発想そのものが、ずれている。と言うか、歪曲していて、的外れこの上ない。

本当に目先の、しかも、自慰行為的な発想を得意げに語っているとしか思えないのだがなぁ。二千円札とか、メタボ検診の義務化とか、タスポとか。タスポは、なんで免許証の利用ベースにしないかな。免許が無い人のためのIDカードとしてのタスポなら分かるのだが。

んー、ふと思ったんだけどさ。こんな若者ばかりで、日本はどうなるのか。と憤慨してる人って、だいたい60越してるじゃない?。よく考えたらさ、その憤慨している年代の人が、ちょうど指導役になったあたりなんじゃないかな?。つまり、「この頃の若者はなってない!」と憤慨している人の世代の教育の仕方、指導の仕方がなってないから、そんな若者が増えたんちゃうんかと。

そう考えると、五十後半から六十前半の、ええ年のおっさんが、情け無いような論理を当然の正義のように振りかざしているのをよく見かける。ストーカーをした裁判官とか、ファーストフード店で教え子にわいせつ行為をした教師とか、投資詐欺とか。もの凄い欲望にストレートな年代だよね。そう言えば、少し前に、若者より目に余るマナーの悪さが60代に目立つとあったけど、マナーが悪いというのも、自分の欲を優先させるからだしねぇ。


暗喩に満ちたこの世界で(2008/07/06)
今必要なのは、通訳なのかも知れない。言葉の裏に潜む真意を語る通訳。コニー君(そして船は行く/雑君保プ)は、言葉の裏に潜む悪意の通訳だけど。

政治家の使う、初級の修辞学とは無縁の、平易な日常語を使用しているにもかかわらず、ちょっとした含みのある言葉ですら理解されない。そんな世界に、まともなシナリオライターが育つわけがない。見たまま、言葉のままの表現、それは裏のない表現であり、裏がないと言う事は、厚みがない。と言う事でもある。

ネットワールドは、書き文字の世界であるにもかかわらず、そうした言葉の裏に潜む真意を読み取れない人のなんと多い事か。そして、羽振りを利かせている事か…んー、逆に考えれば、書き言葉のみの世界であるからこそ、表面化してくるのかもしれない。例えば、普通の会話中だと、会話を止めたり、周りが受けて笑っているのに、自分だけ横やりを入れるわけにも行かない。

しかし、ネット界では、ストレートに書けるわけだ。匿名性という仮面で、強気になって、普段抑えていればこそ、なおさら。ジョークをジョークと受け取れない人も、ネット界は多い。これもまた、書き言葉だけの世界であるが故の顕現なのか。

昔ならば、コントのネタになったような、「漫才をしている人に、そんな馬鹿な事を言っちゃダメだと本気で説教する人」みたいな、笑いを心底理解できて無い人に、遭遇しました。コレもまた、ネットという世界の広がりによって、遭遇確率が跳ね上がった結果なのかと。そんでまた、そう言う人って、確実に自己正義を絶対と思っているんだよねぇ。

ああ、そうか。ジョークを理解できない。ってのも、言葉を言葉のままに受け取り、言葉の裏にある真意を読み取れないからか。お笑い界も、キャラクター重視が突出するのも、分からなくもない。こうした、言葉の裏を読めない人にとって、絶対に、落語のような、言葉のトラップでの笑いは理解できないだろうしなぁ。はっつぁん、熊さんの掛け合いでは笑えても、サゲは確実に理解できまい。

考えようによっては、「伏線」と言うものもまた、言葉のトラップ。遅発信管。あの前フリは、この瞬間のためかっ。と言うのがイイ伏線であり、シナリオの構成力というか、ストーリーギミックというか。なんか、ホントに、最近のゲームって、伏線、前フリ、一切無し。って多いのよね。書き手に問題があるのか、読み手に問題があるのか。両方なのか。読み手も理解しようとする努力は必要だし、書き手も、理解されようとして、媚びを売るような姿勢もどうなのかと。お前らにコレが理解できるか!。みたいな意気込みでイイじゃないか。映画界には、こういう奇才がたまに出るのだけど、ゲームが芸術にならないのは、ユーザーに媚びていると言うか、経済活動重視だからか。

あー、こうしたジョークを理解できない。とか、言葉を言葉通りにしか受け取れない。って、発達障害のなかの一つに上げられていたっけ?。ネット、中でも、ゲームに関連したところに、発生率高すぎる気が…まぁ、ゲームは基本的に一人遊びなので、そうした方が、ゲームに走るのは理解できますが。


方言と偏見と(2008/07/08)
よく、関西人は、ささいな関西弁の間違いにも執着してウザイ。などと言われますが、まぁ、間違いではありません。が、問題の本質としては、論点がずれていて、実は、全国区で通じる方言は関西弁しかない。と言う現状から、矢面に立たされていると言う方が正確でしょうか。

かなり前に、広島を舞台としたドラマがありまして、文字として書き起こせば、それなりに正しい広島弁(厳密には、大間違いで、宮島(沿岸部)舞台なのに、山間部の方言を使っている)だったのですが、発音が、なんと東北弁のイントネーションで喋るという、そっちの方が難しいやろ!。と言うドラマがあり、非常に、バカにされている気持ちになったものです。スタッフクレジットに、方言指導の人が一応、入ってて、マジクレーム付けようかと思ったぐらいに腹が立った。

まぁ、関西圏の人は、毎日のように、この気持ちにさらされている訳ですよ。イラつく気持ちは痛いほど分かります。横浜でしたっけ、語尾に「じゃん」と付けるのを、他府県、特に遠い、九州とか広島のアクセントで、「じゃんじゃん」と言われたら、イラっとすると思いますし、名古屋のみゃーとか、ダスとか。ダスは群馬だっけ?。

ようするに、やられた事無いから、この不快感を多くの人が理解できてないだけという。と言うか、ニュースなんかで、取り調べの内容を、関西での事件だからと、無理に関西弁にする必要があるのかと。ナレーションの人は完璧に関東の人だから、完璧に、言葉だけ関西で、発音は関東と言う、一番イラつくパターン。まぁ、一番酷いのは、言葉的にも間違ってる関西弁かつ、発音も無茶苦茶なヤツなんですが。根本として、関東圏で広まっているのが、ケンカ用ヤクザ語みたいなのばかりなので、普段使わない荒い言葉を普段の言葉と思ってるっぽい。

まぁ、基本的に番組製作会社は、関東圏に集中しているので、関東周辺方言だと、ブレとか誤差の範囲で収まる事が多いので、関東圏の人には、分からないだろうなぁ。北海道とか、九州製作(当然出演者も製作現場周辺)で、栃木弁とか茨城弁のドラマ作ったら、このイライラが理解されると思う。

うわべだけの方言遣いで、キャラ立てた気になってる作家もどきをどうにかして欲しい。ってのが、本音なんですけどね。作家もさ、出身地の方言使えばいいのに、なんで関西に固執するのかも、よーわからん。ひな形として、関西人=金にうるさい、笑いにキビシイつーのんを丸のまま使ってるだけの、手抜きちゃうんかと。そのベースを使いたいが為に、下調べもせんと、関西弁つかうな。ちゅーはなし。ホンマのトコ、別に標準語でも、金にうるさいキャラなんぼでも作れますやん?。看板に頼り過ぎちゃうかと。

まぁ、私も、ネイティヴスピーカーでないので、イラっとされていると思いますが、一応、大学は大阪で「他県者なのに、なんで、違和感ないねん。おかしいで」と言われるぐらい、馴染んでましたが。岐阜出身のヤツは、岐阜訛りが抜けない関西弁を使ってて「なんかイラつく」と周りから、いじられてました。まぁ、そんな私でも、用法のミスをするぐらいなので、安易に方言キャラ出すの早めた方が良いかと。出すなら、自分の出身県。意外に知名度がない所ほど、物珍しくて、キャラ立つんじゃね?。

なんでこんな事を書いたかというと、涼森ちさとによる京都弁ブームは、いいんだけど、涼森当人以外は、すべてパチモン関西弁で、萎えまくったり、京都舞台なのに、涼森以外が関西弁(もちろん、バッタ)だったり、逆に、大阪舞台なのに、涼森に引っ張られてか、京都と関西のミックス(京都よりの関西弁とか、関西よりの京都弁でなく、明らかに混じってる。)になってたりと、もーめちゃくちゃ。まぁ、エロゲなんだけど、このウソ関西弁で、興奮するのかなぁ、他県者。涼森以外は音声カットか?。ウソ関西弁が正しい関西弁と思っているのか…そいや、こんな言い方せぇへんわ。みたいな方言を収録時に要求されるって話は良く聞くなぁ。

現場から吸収しようとする作家って少ないのかしらねぇ。俺は作家先生なんだよ、俺が正しいんだって思って…いるな…校正の時に、間違いに気がついて、やんわりと指摘したら、契約切られたことが…


もう戻れない(2008/07/10)
今やセカンドマシンとなったP4マシンに、光に変えた時の契約書類を置き忘れている事に気がつき、今のマシンに転送するべく、久々に起動したら…遅いっ。P4-2.4で、下限近くで現役はれる(ハズ)のマシンで、今のデュアル2.5*2にした時は、あまり速くなった実感が待てなかったんですが。いざ、戻ってみると、雲泥の差。何が遅いでなくて、全般に遅い。もう、戻れない。便利さ。と言うぬるま湯に浸かると、抜け出せないのね…

さて、DSなんですが、ロム式なので、起動時間が短いというのが私向き。PS2や箱360だと、構えてやり込んでしまうけれど、DSだと、ちょっと10分とか息抜きに出来ちゃう。まぁ、息抜きにならないぐらいハマることも、しばしなんですが。ソフト数も多いし、もう戻れないかも。

さて、メタルサーガクリアしました。正直、ダメダメですね。とレイファンの挑発のようになってしまう出来映え。環境保全コンピューターの結論が、もっとも効率的、かつ大規模な自然破壊をしている人間の排除。という結論を出すという、大鉄人17そのままの設定は、まぁ、いいんです。コレを基本の世界設定するのも良いんです。だったら、クリアするべき謎は、別途用意しようよ。コンシューマーの場合、最後謎は大抵、世界設定の根幹なんですが、それをもう、メタルマックスから考えると、何回使い回すのかと。しかも、シナリオ的に失敗続けているし。

伏線もなく、どんでん返しもなく、当初の目的をただ、お使いをしながらこなすだけ。携帯用とはいえ、ちょっと酷い。さらにバグも多いという。ホントに、世界設定を活かしつつ、シナリオを組む。と言うのは、テーブルトークにおいては、基本中の基本。本当に、真面目に、ロープレのシナリオ担当者には、一度、テーブルトークのマスターを体験して欲しい。と切に思う。

世界樹は良い出来ですな。一大ブームになるわけだ。ダンジョンギミックもさることながら、奥に潜る度に、逆に深まっていく、世界樹の謎。敵か味方かカウボーイ。敵のドロップアイテムを店売りする事で、装備が開発されるというのも面白く、ポイズンピンクは、これをまんまパクったか。スキルツリーも、なかなか面白い。テーブルトークの新世黙示録(97年ぐらい初版)もスキルツリーなんだけど、やっぱり、テーブルトークだと、レベル上げとか出来ないからねぇ。スキル自体にもランクがあるのも一緒だわ。

なんとなくだけど、昔懐かし、アクアエリアスをちょっと思い出してます。システムとか全然違うんだけど、なんか、底の部分に共通点を感じるのよねぇ。なんでだろ?。

さぁて、シレン2が出る前に1に触れておきたいのだけど、不思議のダンジョン系だから、別に無理して触れる必要もないかなぁ。おさわり探偵小沢里奈も、興味あったんだけど、サクセスなのよね…オペダク、メタルサーガと裏切られて、流石に三つめは…すなおに、やきゅつくかな。


あらぬ方向へ(2008/07/12)
まぁ、調べ物をしていると、資料の中の疑問を調べるために別の資料へ。を繰り返し、気がつくと、最初に調べていたものをサックリ忘れ去るというのは、良くある事……ないかな?。まぁ、私は良くやります、プチサヴァンであるが故に(一度興味がわくと、放置できない。と同時に、今手がけているモノへの興味が無くなる)。それはそれで、閃きとか、論の幅につながるので良いのですが、端から見ると、仕事をほっぽり出している様にしか見えないので困りもの。

菊花紋に、太陽のシンボライズの意図があるか。と言うのを調べていたはずなのに、気がつくと、蓮華の神性体ってなんぞいるのか。と言う事にすり替わってます。いや、学生時代にもらった論文コピーに、菊花紋の伝播があったはず。と探したら、蓮華紋でした。そーいや、ヴィシュヌって蓮華持ってるよなぁ。あれも、トーテムつーか、部族のシンボルで部族神である主張なのか。とか、てか、古代から、愛されているモチーフの蓮華なのに、蓮華の神って居ないなぁ。とか。

仏教あるやんけ。と突っ込もうとしている人が居るかと思いますが、仏教が台頭してくると、蓮華は台座として、頻繁にモチーフにされますが、仏教以前から、蓮華はモチーフとして愛用されていました。東アジアは特に草花にすら、神性、御霊を感じる傾向がありますので、桜の神性が、コノハナサクヤヒメであることを考えれば、蓮華や菊の神性が居ても不思議ではないのに、特に目につかない。

特に蓮華は、冥界とのつながりが色濃く、死者にたむける花として、死の隠喩として「蓮の掌に乗る」など。そうすると、ヤーマあたりと関連がありそうなんだけど…うーん。三途の川に、蓮の花が浮いてるのは、仏教か、それともそれ以前の影響か。疑問から疑問を産むのは、アホの証拠か、それても才覚か。

最初の疑問は、重陽の節句に、菊を愛でる。と言うところで、間違いないだろうと。陽の極みたる太陽の象徴として、菊を愛でているはず。なにより、重陽の祭事に、烏相撲というモノがあるそうで、カラスもまた、太陽の鳥。八咫烏しかり、火烏しかり。陽の気を取り込むために、菊の雫を綿に染み込ませて、身体をぬぐうのでしょう。して、陰の極みたる墓前に、菊を供える事で、陰陽のバランスを取っていたのではないかと。

さぁて、これで本題の考察に進めるぜ…進んで良いのか?


割礼と日本(2008/07/15)
ちょっと下ネタ気味ですが、存外に真面目な話だったりします。割礼というのは、代表的なのは、ユダヤ教が行うもの。入信の儀式に近いもので、ぶっちゃけると包茎手術。ユダヤ以外にも、イスラームとか、アフリカでも成人儀礼としてやるようですが。この包茎、真性はともかく、仮性の場合、欧米では、単にアンカット、つまり切ってない。と言われるだけで、別に恥ずかしいとは思ってないらしいです。包茎が、恥とか未熟者。と言った意味をもつのは、日本と韓国ぐらいなものだそうで、事実、ギリシア彫刻なんかでも、アンカットの彫刻を目にしたりします。

衛生的に云々言われますが、赤ん坊の頃は、みんなカバーが付いているのに、とくに病気になる訳ではない。というので、美容外科の宣伝戦略とさえ言う人も居ますが、まぁ、事実そうなんでしょうけど、実は、江戸時代から、かわかむりとバカにしていたそうです。

でまぁ、その理由を考えると、かわかむり=割礼を受けてない=ユダヤ教徒でない。と言う、どこかしら原罪的なニュアンスを持った自虐めいたイメージが浮かんできたわけです。日本の失われた十支族が来たかどうかは不明ですが、支族のなかに、割礼をしない。もしくは、出来ない(移動途中に技能が失われた)状況にあり、ユダヤ教徒でありながら、割礼されていない。と言う罪の意識が、脈々と伝わってきている。と言う可能性もなきしもあらず。

というか、ユダヤまで行かなくとも、東南アジアや南洋系の文化では、割礼をやってそうだなぁ。ポリネシアなどの南洋文化は、性器崇拝が盛ん、というか、シンボルとして常用されていて、男女問わず、リアルに彫刻されていたりします。顔や体型は、デフォルメというと変ですが、頭頂部が長かったり、手足の長さがアンバランスだったりするのに、性器部分は妙にリアルだったりと。まぁ、家長の像のように、崇拝や儀礼以外の使用目的があるのかも知れませんが。

とはいえ、日本では、表立って語られる(特定の集落では行われた可能性はある)ほど、一般的ではなかったことは間違いない。それにもかかわらず、アンカットを蔑む理由は、やはり見あたらない。やはり、割礼を受けていない。成人儀礼を通過していない。というニュアンスになってしまう。


儀式としての割礼(2008/07/20)
ありがちな事だが、こうした考察をする際に、後付の理由をまず考えてしまう人は多い。儀式は儀式であると、まずは考えるべき。例えば、重陽の節句に、長寿を願って、菊の花を浮かべた酒を飲む。と言う注釈に、菊の花に含まれるビタミン類の効能が考えられる。とか。コレは確実に、後付(後世の人間の勘違い)の理由で、たかが花一輪の花粉に含まれる、ビタミンの量。しかも、浮かべる程度で、浸すわけではない。それを一年に一度摂取したところで、ほとんど意味はないと言えるだろう。

明らかに、菊を浮かべるのは儀礼であり、いわば菊の霊力を酒に移して摂取する。菊が太陽の象徴として考えられていた。と言う理由になりこそすれ、ビタミンとかの話を持ち出すのは、正直、勘違いと言わざるを得ない。まぁ、これは民間療法と儀式を混濁しているのだろう。

と言うのを枕にして、割礼も、衛生面とか伝染病対策とか、色々と、後付の理由がされていますが、割礼の根幹は、入信儀式であり、いわゆる、イニシエーション。創世記においても、契約の印として男子は割礼を受けるように。と神から預言を受けたという事になっていますし。有り体に言えば、刺青と同じく、肉体的な苦痛を共有し、同じ傷を負う事での共同体意識を高める事が目的。と言える。

元来刺青は魔除けであったり、成人儀礼であったりしたわけで、まぁ、バンジージャンプすらスポーツにしてしまう人間は、どれだけリスクジャンキーというか、苦痛嗜好なのか分かったものではない。この潜在意識が、環境破壊を際限なく行う……方向性が違うな。

衛生面という点で見てみると、根本的に、亀頭部はデリケートな部位であり、カバーを付けている方が、衛生的と言える。他のほ乳類も、すべからく包皮で隠している。女性は分からないかも知れないが、勃起時に男子が腰を引くのは、亀頭部がむき出しになって痛いからだったりするわけで、他にも理由はありますが。まぁ、ともかく、他のほ乳類が、包皮内に雑菌が付いて、それで炎症を起こしたとか、聞かないわけで、何故、人間だけが、こうした事に悩むのかも気になりますなぁ。

まぁ、強引に理由を付けるとすると、成人儀礼として割礼が存在するエリアは、綺麗な水が確保しにくいエリアに多い。と言うのも事実で、洗うに足りる水がないから、切って清潔に。と言う発想が、あったのかも知れない。と言う事は否定できないが、それだけのために、外科手術。しかも、消毒とか無菌室とか、存在しない時代に、もっとも敏感と言える器官に刃物を入れるだろうかと。その方が、危険ちゃうかと。実際に、アフリカなどでは、現代でも、割礼儀式による事故は絶えないそうだ。

やはり、猛烈な痛みに耐える。という通過儀礼であると考える方が自然であり、衛生面云々は、なんとか正当化しようとした結果のような気がしなくもない。刺青も、痛みに耐えるという事も重要視されてきたはずで、苦痛に耐えられる肉体と精神が、成人の証。と言う事であろうか。度胸試しと言えなくもないのか。ローマやギリシアでは、割礼は積極的に嫌われていたらしく、それを逆手にとって、ギリシアローマとの決別という意図があったのかも知れない。ヨハネの黙示録も、ローマ帝国への怨嗟の書であるし。しかし、逆に嫌う理由も知りたいところだ。

日本ではなぜにアンカットは恥ずかしいという文化が存在するのか。未熟者。半人前。と言う意味がある以上、やはり、通過儀礼としてかつて存在したと考えるのが妥当ではないか。世界人口の男性の8割が包茎である。と言うのはれっきとした事実で、それを考えれば、残り二割の方が、包皮が足りないという、いわば奇形ではないのかと考えても不思議はない。にもかかわらず、恥じる。やっぱ、儀礼として存在したんではないかなぁ。こうした事をウダウダ考えるのも、後付なのかもねぇ。実は、異人さんのカットを見た人が発端となり、うわさ話が延々と語り継がれ、信じられているだけだったりして。


闇専従と全共闘世代(2008/07/23)
ふと、思ったんだけど、基本的に、労働組合って、共産思想だよねぇ。まぁ、単純に、労働環境の向上のために経営陣と一括交渉する窓口。となっている所もあると思うけど、メーデーにシュプレヒコール上げるような所は、基本的に共産思想の賛同者…だよね?。

でまぁ、闇で専従するほど、組合に熱を上げるのは、やはり共産思想を信念としているからで、なおかつ、そうした人の年齢が、ほどよく全共闘時代に合致するような気がするのは、気のせいでしょうか。セクトを抜けて、役所という敵対場所に勤めつつ、実は、革命のために…と当人は格好良く思っているのかも知れないなぁ。などと、ニュースを見ながら思いました。

そうした思想を持つ人にしてみれば、役所の金に手を付けるのは、ある意味搾取された税金をとりかえす、ロビンフッド的な義賊と舞い上がっているのだろうか。ま、横領は、どの世代でも起こる犯罪ですし、ある程度の地位にないと、横領しようがない(帳簿をいじれるぐらいの立場はいる)ので、どうしても、 ソレなりの年齢の人になるとは思うのですが。

そう考えると、やっぱり共産主義って害悪しかもたらしてない気が…何度も書くけど、暴力革命肯定どころか、推奨してるし。北朝鮮だ、中国だ、独裁国家を産む下地は共産主義だし。民主的独裁国家ってフセイン時代のイラクぐらいしか思いつかないんだけども。まぁ、軍事力に物言わせて独裁してたのは、ちょっと前の韓国とか、ポルポト政権とかだけど。

あー、もしかして、ゆとり教育を推奨実行した世代って、もしかして全共闘世代?。文科省のエリートで、順位付けを廃しするという、画一共産的な思想だしなぁ。なんかもう、スケープゴートにされてきてる気がしなくもないが、諸悪の根源である事も揺るがない気もしなくもない。あとは野となれと、突撃し、あとは知るかと、逃げ去るか。

ちょっと話は飛んで、ダガーナイフの規制。まぁ、別に良いんですけど。コレクターには、刃を潰して、いわゆる模造刀状態にして販売してもええとは思うのですが。どうせ、観賞用だし。それはそれとして、コレ規制しても、犯罪の抑止効果は、ほぼゼロだよねぇ。先頃の、バスジャックでも、百均で購入した果物ナイフが使用されたわけで、犯罪の抑止という点では、最悪、百均での包丁類の禁止。文化包丁以上は、身分証明書の提示の方が、よっぽど効果あると思うのですが。

未知のモノ、自分と関係ないモノへの責任転嫁が激しいのは、前からだけど、ちょっと目に余るなぁ。父親を刺殺した少女の部屋から、猟奇ネタのマンガや小説が押収。と出るんだけど、取りざたされるのは、マンガの方ばかり。小説の方は、テロップだけで、資料映像すらも無し。インタビューもマンガの方ばかり。しかも、猟奇性を強調した解答ばかりをピックアップしているようにしか…まるで、マンガゲームが諸悪の根源と言わんばかり。結構前の、長崎だっけ、小学生が同級生を刺した事件でも、二時間ドラマを参考した。という供述は、腫れ物をさわるように報道し、一、二度報じたら言わなくなった。

アレがもし仮に、スプラッタ映画や、ホラーゲームだったら、これでもかと言わんばかりに、規制キャンペーンが展開されていたはずだ。だいたい、二時間サスペンスなんて、時間帯が夜なだけで、三流俗悪ソープオペラと言ってしまえるほどで、殺人、不倫、横領と言った犯罪の見本市。包丁で刺す、崖から突き落とす、毒殺するなど、表現が控えめなだけで、スプラッタと遜色ないキラーが登場する。

ま、結局、稼ぎ頭を自分で叩くわけにも行かない、大人の汚さを露呈しているわけですけども。


世界と割礼(2008/07/28)
私の分野を細かく言うと、神話学比較神話論に入りたいのだけど、やってる事は、民俗学に近い気もしなくもない。そもそも、民俗学と神話学の違いはあんまりない気がしなくもないのだけど。山人サンカ研究は、民俗学と思うのだけど、サンカの伝承を専門にやってれば、それはサンカの神話研究に等しいと思うし。神話学って民俗学の一部と思わなくもないという事で。

まぁ、どっちにしても、公的な肩書きは全くないので、自称かアマチュア研究家という事になるのですが。文学部の学士号はありますが。修士取りたかったのぅ。

さて、考古学的な資料、図録、カタログと言ったものはあまりなく、精査できないのですが、大英博物館展の図録を眺めてみますと、ギリシア、インドの彫刻は、アンカットになっています。南洋系とエジプトは、カットですな。そもそも、全裸像自体があまりないのですが。中央アジアなどは、着衣以外ない。エジプトもバブーン像のみで、他は着衣だしなぁ。

南洋系も、そもそも性器崇拝時は、豊饒=多産を祈願する意味合いから、エレクト状態をモチーフにする事が多い。そうすると、南洋系の神像も、エレクト状態にある。と考えた方が正しいのかも知れない。日本の性器崇拝も、怒張状態を木彫りにしている。まぁ、神のイチモツと言う事で、巨大なモノを想定しているのかも知れないが。

あー、そうか。エレクト状態を理想と言う発想があれば、亀頭が露出していない状態を、使えない状態。と言う意味合いから、使えない。未熟者。と言う比喩になっていった可能性はあるな。そうすると、陽物崇拝の経緯とか、儀礼形態を精査する必要があるか。常に、臨戦状態、理想状態とするために、割礼を行う可能性も存在するし。

肉体への付与は、精神的な抵抗は少ないと思うのだが、切除となると、激しい抵抗感を感じてしまうと思うのだが。例えば、刺青が墨を皮膚に埋め込むのではなく、肉を削り取る。と言う技法だったら浸透しなかったと思う。皮とは言え、敏感な器官の一部を切除する抵抗感と激しい痛み。まぁ、ユダヤの場合には、宗旨替えをしたもの以外では、生後八日に行うらしいのですが。感覚神経が発達してない間に切ってしまおうという事なのかしらねぇ。

とは言え、割礼の技術そのものを神から授かったわけでないので、それ以前から、おそらく儀礼として存在していたと思う。アブラムの一族は、おそらく、割礼を行う部族と思って間違いないだろう。と言う事は、アラビア半島北部や、北アフリカでは、古くから行われていた可能性が高いか。と言う事は、エジプト出土のバブーン像が、カットなのも整合性がとれる。バブーン像の出土はどこだ…アクミーム出土…アクミームってドコよ…中流域か、テーベよりは北にある。まぁ、エジプト全体が北アフリカと考えても良いはずだし。

するってーと、南代表と言えるシュメール系はどうなんだろう。うーむ、ほとんど着衣だが…アッシュルナシルパル二世のライオン狩りのレリーフでの、馬にアンカットが見える。こうした図画、彫刻にする場合、理想型を形にすると思われるので、こうしたところに見える形を理想にしていたと思って良いだろう。ギリシア彫刻にしても、理想体型を形にしたと思うし…まぁ、モデルがそうした体型であったとも考えられるけど、それにしても、理想体型のモデルを探したと思うし。

少なくとも、アッカド時代にはアンカットのが好まれたと言えるかも知れない。と言う事は、アラビア半島全体に、そうした風潮。もしくは、割礼儀式の伝播があるように見える。インドは無いから、そのままアフリカ方面へ流れていったか。と言っても、古代インドも、結構民族は入り乱れているからなぁ。一概には言えないのだけども。


ロストエイジと氷河期(2008/07/30)
氷河期と言っても、就職氷河期ですが。産経のネットニュースのこの企画。厳密には、この言葉。「全共闘世代は理屈をこね回していただけ。過去を振り返れない。場当たり的な発想しか出てこない。筋の通った発想など出てくるはずもない」と、ちょっとぶった切って持ってきましたが、全文を、きちんとリンク先から読んで下さいな。

おりしも、ちょうどこの全共闘世代が、役職に付いている時代がようやく終わろうかと言う現代。年齢で言うと、60歳からマイナス3〜4歳ぐらいが、全共闘世代に入るようです。上の方は、60年安保から続く感じらしいですが。

さて、以前に「昨今凶悪事件をおこす、20代の若者が、教育を受けたのは、50から60の世代ではないのか」と書いたわけですが、どうにも、ピンポイントで、全共闘世代が当てはまる気がしてきました。それでまぁ、よくよく考えれば、いま、ニュースを騒がす、大分の教員不正採用の審議官さん、ジャスト60歳だそうです。まぁ、役職に就く年齢だから、たまたま、かも知れませんが。

官僚の国の施策を考えてる人たちも、もしかしたら、この全共闘世代ではないかと思ってしまう事がある。年金問題からこの方、異常なまでの場当たり的、その場しのぎの施策が続いている。セクトの如く、イエスマンばかりが列ぶ会議室で、端から見れば、愚策そのものを、革命的な施策だと、誉めあっている姿さえ見える。

メタボ検診の義務化。コンビニの深夜営業の停止…は、本当にサミット終わったら、表に出てこなくなったんですけど……根本的な問題解決は何一つやらず、対処療法というか、傷が発覚するまで放置して、発覚した時には、治療方法がない。そんな事を繰り返している気がする。そのくせ、自分の保身だけは、人一倍鼻が利き、天下り先を創設しては、足が付く前に役人を退職する。バリケードの中で、良い思いダケして、いざ事が起こると、逃げ出す。そんなタイプの人とタブって見える。

学生運動そのものが、悪かったとは思わない。現代では、サッカーやなんかのスポーツの試合をダシに暴れているだけで、当時は、政治をネタに暴れるのが当たり前だったわけだ。それこそ、ナチス時代、ナチ党員でないドイツ人が生きていけなかったような、そんな感じさえする。リーダーと一部の真剣な参加者を除いて、ほとんどの人間は、単なるお祭り騒ぎに参加していたのではないか。結局サッカーの試合に勝った負けたで、暴れて機動隊とももみ合う現代と、あまり差違はないのではないか。己の信じた主義主張に命を張った人が居た事も事実だが、大多数にはお祭り騒ぎではなかったのか。

まぁ、本題はそんな事ではなく、全共闘世代が無責任一代男世代と仮定して、全共闘世代には、貯金が潤沢にあった。オイルショックはあったモノの、高度経済成長ど真ん中で、管理職になる頃には、バブル経済ど真ん中。貯金は潤沢にあった。それを、あっさりと使い切ってしまったわけだ。考えてみれば、全共闘世代もまた、すねかじり甚だしい世代。なにより、当時の大学進学率を考えれば、大学は、エリート層富裕層の集まりで、そもそも活動費は、サークルの自治会費やカンパだったと言う。自分で稼いだ金ではなく、貢がれた金で、理想を振りまいたわけだ。

そもそも、就職氷河期も、この世代が、居座り続けたために、新規雇用が出来なくなった。と言う見方をする人もいるようだ。まぁ、本来ならば、早期退職して、若い人の雇用を確保する。と言うのが正しい姿の気はするが。自分たちのリストラを避け、新規雇用の停止で延命し、団塊の世代の一斉退職で、中堅社員が居ないと騒ぐ姿は、まさに場当たり施策の権化。この中堅社員になっている年代は、ちょうど就職氷河期に当たる。そして、その氷河期世代は、全共闘世代が、指導してきた年代でもある。上の世代のスネが居なくなったから、下を食いつぶすみたいな感じになってますが。

アストロ6こと高雄球六さんのこの言葉で締めて貰いましょう。「信念のない強さは、偽物さね」。若い頃は、革命を本気で信じて、一命をかけたんだ。と胸を張れない全共闘世代の人たち。それは、信念無き戦いだったのではないか。

そしてその信念無き戦いの意識は、理解されない事への恐怖となり、理解されたいと言う渇望へと変わる。昨今起こる不可解な事件。その根底には、愛されたい、理解されたい願望が見える事が多い。連鎖している通り魔事件の犯人もまた、氷河期世代だ。そして、この氷河期世代が、中心となる時代があと10年20年でやってくる。全共闘世代には貯金があったが、氷河期世代にはない。氷河期であるが故に、自分だけが、生き残る事にかけては、なお必死だ。しかし、混迷の時代にこそ、英雄は現れる。と信じたいモノだ。



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