1,持っている
「やめて、ジーンっ」
アイリーンは既にM6901の銃口をジーンに向けている。重い拳銃にふらつく様子もなく、教本に載せたいようなな綺麗な射撃姿勢。
「お前は、なぜ戻ってきた?。お前に、その覚悟があるのか?。」
ジーンは構わず、ゆっくりと銃を抜き、構える。ジーンもまた、絵に描いたような美しい姿勢で狙いを付ける。銃口は、俺だ。
「覚悟があるなら、答えろ、………」
アイリーンの名を呼ぼうとしたであろうジーンは、そのまま崩れ落ちた。
「私は…私は…」
「アイリーン…」
「いやっ、来ないで。来ないでっ」
「アイリーン…大丈夫だから…もう、大丈夫だから」
「やめてっ。私は本当のアイリーンじゃないのよっ」
崩れ落ちるアイリーンに、なぜか近寄る事が出来なかった。
「バイオドール…なのか?」
「そうよっ、私はバイオドール。コードネームはイリス」
吐き捨てるように、叫びは、やがて、啜りに泣きに変わった。
「あなたのせいじゃないわ。ごめんなさい、全ては、あなた達を生み出した私たちの責任よ…」
ハニーブロンドの長髪の女性の、涼やかな怒声。アイリーンは疑うことなく、その女性の胸に顔を沈める。
「あなたは自ら名乗った。アイリーンで居続ける事も出来たのに、あなたは名乗ったのよ。自分の道を決めたのなら、自信を持って生きなさい」
力強くも優しい声。所長室で、モニター越しに出会った所員。Gセクションチーフのジェーン・ラディウスその人だ。
「ジェーン・ラディウスGセクションチーフですね。自分は…」
「ええ、そうです。所長室では失礼しました、中尉。」
機先を制せられ、二の句が継げなくなる。まるで、恋人の実家に初めて来たような感覚だ。何とも言えない沈黙が、辺りに重くのしかかる。
「全て…終わりましたね」
ジェーンは、誰に言う出もなく呟く。それは、アイリーンに語っているようでもあり、俺に問いかけているようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもある。
「アイリーン…いえ、イリスは、ケストナー博士の娘。アイリーンの遺伝子をモデルにしているの。本当のアイリーンは、交通事故で…」
「他の二人は…そうか、ジーンは…」
「ええ、ジーンは私。ヒューは、優秀な軍人とだけ聞いているわ。もしかしたら、あなたのかもね…さぁ、イリス。言わなくちゃいけない事があるでしょう」
ジェーンにうながされ、アイリーンが立ち上がる。
「私…アイリーンの代わりでよかったの…アイリーンのフリをしていれば、人間になれたから…でも、あなたには…あなただけには、私自身を見て欲しかったの…バカよね、私…アイリーンに嫉妬していたのよ…」
うなだれるアイリーン…いや、イリスを見て思う。そして、気づく。
「確かに、バカだよ…俺は、アイリーンの事なんて、なにも知らないんだぜ…」
手を差し伸べる。俺のかけがえ無い人に…
「俺は、君の事しか知らない。君の名が、何であっても関係ない。俺が見ているのは、君だけだよ」
呆然としながらも、喜色に満ちた顔のイリスを、衝撃波が連れ去る。なにが起きたのか、ようやく理解できた時、止まっていた衝撃波が、俺の身体を弾き飛ばす。
悔恨と地面に叩きつけられ、身動きできない俺は、射撃姿勢のままのRGM79(G)ヒルダを睨み付けるしかなかった。
「…ヒルダ1より、HQへ。作戦完了。予定外の生存者一名。アレード班ドロシィ2。現在確保中。負傷レベルB。当該者、処置については、そちらの判断を待つ」
「ソーンっ、きさまぁぁぁぁぁっ」
「私は、私の任務をこなしただけだ。君たちは、作戦のために訓練を積む。だが、私は、今日この日のために産まれてきたのだ。たった一度の晴れ舞台を、棒に振る事など出来ない。」
そう言うソーンの顔は、すこしも晴れてはいなかった。
「全ては、シナリオ通りだった。君だけが、シナリオに沿わなかった。いや、シナリオに沿わなかったのは、君を助けたアイリーン・ケストナーかも知れない。それとも、このシナリオそのものが……」
遠くを見つめるソーンの脇から、どこからか海兵隊がなだれ込んでくる。
「私は、今日のために作られた。このあとどうなるのだろうな…」
自らの影に怯え、愚かにもその影を消し去ろうとするものがいた。
だが、すでに影は、影ではない。
時は、宇宙世紀0079
人は未だ、人を越えてはいない。
1年後、ジェネラルオーガニック社ムラサメ研究室は、軍開発局へ編入。バイオドールは、強化人間と呼称を変え、正式採用される運びとなる。
【END】
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