1,目を覚ます


南米特有の強い日差しと、冬らしからぬ熱気がゆっくりと、闇を払っていく。最初に飛び込んできたのは、アイリーンの涙ぐんだ顔、そして高い火柱と爆発。基地が爆発しているのだと直感した。

「AZALEAが自爆したんだと思うわ…」
アイリーンが、遠い目をして言う。アイリーンしてみれば、我が家に等しい施設だったはずだ。その感慨は推し量れる。軋む間接にむち打って、ようやく上体を起こすと、小柄なアイリーンが、ここまでよく俺を運べたものだと実感する。

「必死だったから…女は、いざとなったら強いのよ」
そうはにかむアイリーンは、剛力と思われたくないのか、それともなにか後ろめたいことがあるのか、俺には計りかねた。

衝撃波で、満足に動けない俺は、アイリーンに看護されて一ヶ月を過ごした。どういう意図かは分からないが、ジェーンが準備していたというバッグに、結構な資金をふくめた必要なものが入っていた。

おそらく、公式には、あの爆発で、俺は死んだことになっているだろうが、それでも諜報部の連中は、探りの針を散らしていることには間違いない。難民や、焼き払われた村々から集まって出来たこの寄せ集めの村に、骨を埋めるのが一番安全だろうと、結論づけた。

南米のやせた大地で、育つ作物は、限られている。俺は迷わず、コカを選んだ。葉っぱの段階では、薬草に過ぎない。それを精製して、麻薬に変えるかは、買い付けた人間のモラル次第だ。麻薬禍は、確実に連邦軍を蝕むだろう。腐敗したこの軍に、襟を正すだけの気力があろうハズもない。

旧世紀から、麻薬は戦略物資として認識されている。自分の懐は暖まり、敵軍は、自壊していく。核よりも恐ろしい兵器と言える。だからこそ、コカの代金を、コカインで受け取るバカが出ないように、監視する必要があった。そうこうしているうちに、俺は村の代表へと祭り上げられていった。

そうなると、夫婦として生活した方が、何かと都合が良い。俺はもちろん、アイリーンにも異存はなく、村で式を挙げる第1号となった。

式まで、あと幾日もない。忙しい日常の中、ちょっとした時間が出来ると、ジーンとのやり取りを思い返してしまう。本来は、薬であったはずのコカでさえ、兵器に変える人間の愚かさ…人が分かり合える日など、本当に来るのだろうか?。

ジーン、俺は、疑うことが知恵の始まりだと君に言った。今それを痛感している。知らなければ、どれだけ幸せだっただろう。あの日、逃げ出したバイオドールは数体。だが、実際に目にしたのに、ヒューとジーンの二体だけ。そして、時折見せる、アイリーンの超人的な行動。

俺でさえ、手も足も出なかったヒューを、半壊したドロシィで撃破し、俺を担いで、ジャングルを数q駆け抜けた。そして、ジーンを撃ったときの射撃姿勢。枚挙にいとまはない。

ジーン、君は最後に、なんと呼びかけようとしたのだ?。アイリーンと呼ぼうとしたのか、それとも…

疑念は、重くのし掛かる。アイリーンの輝くような笑顔の裏を俺は見てしまう。
俺は…どうればいい?。

答えのない、いや、答えは出ているものの、それは、選択出来ない答えだ。
そしてふと気づく。目の前にある物質に。
不安と恐怖を拭い去る悪魔の薬。冥界の女王の香水。現実との接点を断ち切る、天女の鉄槌。
俺は…俺は…

END



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