1,イリスの手をとる。


イリスの手を取り、外へ出る。ジェーンの言ったとおり、そこに待ちかまえている兵士はいなかった。ジェーンが用意してくれたバッグから、着替えを取りだし、階級章を投げ捨てる。新しい身分と名前も取りだし、俺とイリスは別人となった。研究施設が上げた火柱が、俺たちの門出を祝福してくれてた。

結局のところ、何も解決していないのではないか。圧倒的な現実から、ただ逃げ出しただけなのではないか。そんな思いが、胸を締め付ける。

シャトルの発進間際、イリスが緊張したような笑顔を見せる。俺には、イリスがいる。俺はしがない一兵士で、大局や人類の指標に携わることなど出来ない。イリスを助け出した。それだけでも、俺にとっては、出来すぎたことだ。

不安も、呵責も、重力とともに地球へ捨てて行こう。地球は、これがお前への罰だ。と言わんばかりに、俺にのし掛かり、シートへ押しつける。カミカゼ、タコ、ラーナ、ローガー、アレード少佐、そして、特務部隊だった俺。全てを重力とともに捨てていこう。

月の軌道にたどり着いたとき、身も心も軽くなった気がしたが、心の隙間を隠すことは出来なかった。


「父さん、アーガマだよ」
「アーガマ?」
コロニーと違い、月面都市は、透過性のドームで覆われ、明確な天地がある。ドームの上を白い軍艦が通過している。

「ペガサス級の構想を受け継いだ高速巡洋艦だよ。揚陸艦だったペガサスと違って、艦隊戦も想定された船だよ」
「お前、詳しいな」
得意げに胸を張る息子のブライアンの頭をなでる。

「まったく、男ってのは、どうしてあーいうのが好きなのかしら、ねぇ。ドロシィ」
ドロシィは、とばっちりを食わないように、黙ってアイスクリームを食べている。ブライアンの新兵器講座は、留まることを知らない。

かつて、一年戦争と呼ばれたときも、月面都市のほとんどが、ジオンと連邦の戦争を別世界のように感じていた。今もまたまるで映画のように感じているのだろう。

はた目には、幸せな家族の休暇。
間違いなく幸せだ。

だが、この虚脱感はなんだ。月の空に浮かぶ、青い星を見る。俺は、不安と呵責とともに、なにか大切なものも、あそこへ捨ててしまったのだろうか?。
「パパ?」

娘のドロシィの不安げな顔。そうだ、妻と家族以上に、大切なものなど有るものか。
「今日は、地球がよく見えるなってね」
「今日も、だと思うけど?。変なパパね」

歩み出そうとすると何かに引き留められる。見ればドロシィが、服の裾を握りしめている。
「どうした?ドロシィ?」
「パパ、どこにも行かないでね」
「突然どうした、父さんは、どこにも行かないよ」
未だに不安げなドロシィを抱き上げる。どこにも行かない。違うな。どこにも行けないのだ。あの日、俺は重力に大事なモノを奪われた。いや、それを生け贄として、俺は逃げ出したのだ。それを毎日、眺め続けることこそ、俺に課せられた罰なのだ。

青い星は、悲嘆に暮れている。悲しみの青だ。地球に寄り添う、褐色の天女も、黄色の貫頭衣を涙で濡らしている。そんな目で俺を見ないでくれ。俺は、ただの兵隊だ。アムロ・レイや赤い彗星ほど、有能じゃない。ただ一人を守るために、何十人も踏み台にしなきゃ助け出せない無能なんだ。

褐色の天女は、悲しげに微笑んだ。いいよ、慰めてくれなくても。俺は、この程度の男さ。英雄なんて器じゃない。大切な家族を守るのに四苦八苦してる、ただの男さ。

END



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