1,外へ出る


ジェーンが残してくれたバッグには、逃走に必要なモノが全てあった。ケストナー博士が残した証拠と、俺自身で書いた記事のコピーを、非政府系、ジオン系を問わず報道機関に送りつけた。もちろん身分を明かし、本名でだ。

それらを終えると、ジェーンのくれた新しい名前で、月へ向かうシャトルに乗り込んだ。

だが、それらが報道されることはなかった。終戦まぎわの混乱と言うこともあったろうし、連邦ジオン、双方にとって触れられたくない事実でもあることは事実だ。その存在が、双方に知れることによって、バイオドールの研究が停止すれば、最低条件はクリアしたことになる。そう信じるしかなかった。


「バイオドールそのものの開発や研究が引き継がれたと言うことはないようです。ただ…」
背中越しの会話。新聞をめくる音。おそらく、読んでいるように装っているだけで、新聞の役目は口の動きを見せないためだろう。めくり終わると、言葉を続けた。

「バイオコンピューターと、メモリリライターは引き続き研究されているようです」
「メモリ…リライター?」
「あなたの記事にあった、記憶の焼き入れ機です。我々がそう呼称しています。」
「なるほど…では、実状、ジェネラルオーガニックのバイオドールは健在だと?」
「ええ…あなたの仰るとおり、クレイマン博士の横流ししたデータでは、記憶の焼き入れすら、完全には行えないようです。ですが、それを脳改造用に特化させたさせたようです。」

「なるほど、バイオドールは諦めて、強化人間の開発に専念したか。」
「ええ、頭部切開なしに脳改造が出来るのですから、それだけでも驚異です。我々の戦闘部隊が接触した強化人間は、ニュータイプと遜色ない戦闘能力だそうで…今後を考えると、こちらも対抗策を…」

「断る」
砂場で遊んでいる我が娘が、突如こちらを見る。少し不安げだ。俺の気迫を感じ取ったのだろうか?。それを払拭するべく、笑顔で手を振る。娘は、はにかんだ笑顔で手を振り替えした。

「しかし…いえ、忘れて下さい。私の失態でした」
「あのシステムは、素体を選ぶ。だからこそのバイオドールだった。あの施設が破壊されなければ、全ての人間を強化出来たかも知れ無いがな…」

男は何も答えず、新聞のページをめくる。強化はあくまで強化だ。元の数値が低ければ、二倍だろうが三倍だろうが、大差ない。それに気がついたからこそ、ジェネラルオーガニックは、クローンによるバイオドールの技術を欲しがったのだ。

「フォーラー准将からの言づてです。『我々は、外道を倒すためだとしても、決して外道に落ちぬ。』忘れるところでした」
男は、新聞をゴミ箱にねじ込み、何事もなかったかのように立ち去る。


「さぁ、ドロシィ。そろそろ、ママを迎えに行こう。」
力強い返事とともに、駆け寄る娘。俺とイリスの娘。この子が大きくなるまでには、そらを蒼くしたいモノだ。だが、蒼くするためには、この子の世代の力も必要だろう。

「なぁぁぁにが、迎えよ。ホントにすぐに逃げちゃうんだからっ」
嬉々として、特売コーナーを飛び回る姿に、疲れた俺とドロシィは、ショッピングモールの中央公園に逃げ込んだわけだが…バレ無いウチに戻るつもりが、失敗したようだ。両手に大量の買い物袋をさげた我妻は、ご機嫌斜め。山の神をなだめるには生け贄しかない。ドロシィを飛ばすと、黙って輜重部隊に成り下がる。

「ねぇ、ドロシィ。ソフトクリーム食べようか?、パパのおごりで」
くそ、買収しやがった。孤立無援の俺は、天を仰いで援軍を待つ。そこにいたのは、街頭モニター。番組はニュース報道のようだ。

『MSソフトウェアトップのジェネラルオーガニックと、ハードウェアトップのダラス・マクダネルの合併により、随一と言われるジェネラルオーガニックのムラサメ研と、のダラス・マクダネルのオーガスタ研が手を結ぶワケですが、これにより地球連邦の軍需産業が一本化され…』

地球からの憎しみは、未だ絶えることはない。そして、宇宙からの憎しみもまた絶えていない。自らに茨を巻き付け、憎しみをつのらせ続けたデラーズ艦隊。意趣返しと言える30バンチ事件。ジーン、負けそうだよ、俺は…。

空の青(あお)、山の蒼(あお)、海の碧(あお)。宇宙の「あお」は、どう表現されるのだろうか?。暗く澱んでいるのか、それとも、氷のように冷たく、無機質だろうか?。

「はい」
両手のふさがった俺に、ドロシィがソフトクリームを差し出してくる。一舐めすると、冷たく、程よい甘さが心地よかった。ドロシィの輝くような笑顔、イリスの暖かい笑顔。

俺は、まだ、戦える。

見上げた空には、黄色い衣を着た、褐色の天女が微笑みながら、踊っている。天女が舞い、微笑むごとに、透き通るように様に澄んだ蒼は、少しずつ広がっていく。深く湛えながらも、清涼さを感じさせる心地よい「あお」。あれが宇宙(そら)のあお

雑踏に佇み、気だるそうに「そら」を見上げる、名も知らぬ同志と一緒に、天女の舞に魅入る。

明日も、きっといい日だ。

「何してるの、早く来なさいっ」
イリスの機嫌を直すことに成功しさえすれば…だが。

FIN



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