1,外へ出る


ジェーンが渡してくれたバッグには、逃亡に必要なモノが全て詰まっていた。しかし、軍を、ひいては政府を相手に個人で逃げ切れるものではない。知り得た事件の真相を、連邦、ジオン、中立問わず、報道機関に書面にして送りつけた。

だが、時期にも悪かった、時勢は、ソロモン陥落、ジオン降伏と、各報道機関は、大わらわだったし、おそらく政府からの圧力もあったのだろう。どんなに小さくも掲載されることはなかった。

軍時代のコネを使って、反ジャミトフの人間との接触も試みたが、上手く行かなかった。返事はいつもこうだ。

「君の話を信じるに足る物証がない」

確かに、ジャミトフを失墜させるには、致命的な情報ではあるモノの、相手は策謀に長け、しかも、将軍職にある人間。確固たる物証がなければ、その知謀と権力で、すり抜けるだろう。そうなれば、ジャミトフは必ず反撃してくる。ツテとはいえ、親友でもない人間の話を鵜呑みにして、玉砕したがる人間はお人好しと言えるだろう。

もっとも、そんなギャンブラーな人間だったら、俺の方からお断りだが。

「だが、調べてみる価値はありそうだ」
整えた髭と柔和な表情が、昼行灯な雰囲気を出しているものの、眼光は鋭く、強い意志が感じられる。ブレックス・フォーラー准将。コロニー出身の数少ない将軍で、地球優越主義のジャミトフとは、何かと対立する人物。

「ただし、我々もただ飯を食わせるほど、ゆとりが無くてね」
柔和な笑みの奥の狡猾さ。彼ならば、ジャミトフと戦えるだろう。フォーラー准将によれば、ブレックスの私兵に対抗するため、連邦軍の規律に捕らわれない組織を組み立てつつあるという。そこへ参加しろと言うことだろう。こちらとしても、身の安全と食い扶持を確保する、有り難い提案だ。

「こちらから条件を出せる立場ではないとは、重々承知していますが…一つだけお願いが」
「いいだろう。善処させてもらうよ。同志の頼みだからね」

フォーラー准将の手のひらは、大きく温かった。


「主任、座学ばかりでは、技術は身に付かないと思うのですが」
見た目には、お行儀良く座っている生徒からの質問。その目は、俺への不信感に満ちている。今の俺の表向きの肩書きは、MS博物館の人事主任。仕事の中身は、幹部候補生の教育係だ。もちろん、有能な学芸員を育てるためではない。

「目の前の敵だけを倒したいなら、ただの兵隊に戻してやる。他にも居れば、出て行けばいい」
座した一同の顔が、屈辱に歪む。だが、席を立つモノは誰一人としていない。そうだ、それでいい。

「いいかい、君たちは、士官候補生だ。兵隊と士官の違いが分かるか?」
「指揮権の有無ですか?」
「そうだ。兵隊は、ただ言われるままに、目の前の敵を倒せばいい。そして、その技術を磨くことが第一義だ。だが、士官は、戦術と用兵を用いることが第一義だ。戦術と用兵を誤れば、MS100機を10機分の戦力にしてしまうし、戦術と用兵に長けていれば、10機のMSを100機分の戦力に変えられる。」

「ですが」
もの言いたげな生徒を手で制する。全く嫌になる。十数年前の自分がそこにいた。俺が、候補生だった時の教官も、こんな気持ちで教鞭をとっていたのだろうか?。あの時、俺の発言を制した教官も、その質問は、昔俺がしたよ。と言いたかったのだろうか?

「言いたいことは分かる。もちろん、生き残るための操縦技術は必要だ。だが、戦うことは手足たる兵隊に任せていればいい。士官の仕事は考えることだ。それに、操縦訓練は、いつでも出来る。戦術を体系的に学ぶことが出来るのは今だけだ。」

会議室は、水を打ったように静かになる。嫌悪の視線が俺を貫く。

「指揮官は、その部隊において神にならなくてはならない。誰よりも早く的確に、部下に指示と助言を与える。まるで、神様みたいに、いつでもどこでも、お前たちを見ているぞ。ってぐあいにな。そうすることで、部下は安心と尊敬を憶える。この人について行けば安心だと、信仰にも似た感情が芽生え、固い信頼となる。そうして初めて部隊として機能する。」

頷くもの、首をかしげるもの、疑いの眼差しを見せるもの。候補生たちの対応は様々だ。だが、頷くものには実戦経験がある。という見分けがつく。敵の布陣を見抜き、迂回を阻止し、全ての部下の家族の誕生日さえ知っている。そんな指揮官は、本当に神様のように見えるものだ。

「だからこそ、敵と見れば突っ込んでいくしか脳がない。数でゴリ押すしか脳がない。部下を数字でしか見れないような、小隊士官など、無用だ。そんなものは、烏合の衆に等しい無力な存在だ。君たちが士官となったとき、預かるのは、作戦の勝敗だけではなく、部下の命であることも忘れてはならない。早いが、今日はこれで閉めよう。解散。」

席を立つものはいない。みな一様に考え込む。なかなかに見込みのある候補生たちだ。

「ああ、そうだ。シミュレータールームは、今日から24時間開放となった。事務からの伝言だ。」

昼休みを待ちかねた小学生のように、生徒たちは飛び出していく。士官学校にいた頃の自分を思い出す。また、戦争になるのだろうか?。

ブレックス・フォーラー准将が作り上げた反地球連邦組織エゥーゴは、主にコロニーを主体としている。敵のティターンズは地球にいる。そのため地球上での支援組織、カラバが作られたわけだが、最低限の直接戦力は必要なわけで、その教育に、陸軍にいた俺が抜擢されたわけだ。今では、むしろ、ヘッドハントするために、俺と接触したのではないかとさえ思っている。

「やあ、主任。新人の具合はどうかな?。選りすぐったつもりなんだが」
「コバヤシ館長。MSの腕は良いですけど、頭はからっきしです。よりにもよって、候補生時代の私と同じ質問をしてきますから…」
「そうか、なら見込みはあると言うことだな」
ハヤト・コバヤシ、あのホワイトベースのMSパイロット。アムロ・レイとくつわを並べた歴戦の勇士と談笑する。コバヤシ館長の顔が、突如鋭くなる。

「…私も、人の上に立つ身になって、ブライトさんがどれだけ立派だったか、ようやく痛感出来たよ。あの当時は、アムロとよく衝突していたけど…私もアムロも、用兵なんて事はからっきしだった。ブライトさんも、付け焼き刃だったしね。」
「仕方ないですよ、ほとんどが、民間人だったのでしょう」
「ああ…良く生き残れたものだ…あの時は、アムロがいた。今は居ない。今同じ事をすれば、確実に全滅するだろう。目一杯、しごいてやってくれ。」

伝説のアムロ・レイ。彼の戦績が、人を凌駕する操縦技術を持ってすれば、用兵など無用と感じさせている。確かに、彼の技術の前では無用だ。だが、アムロ・レイは一人しかいない。そして、彼ほどの能力者は、おいそれと出てくるものではない。例え、無敵のナイトがいたとしても、キングを取られたらゲームは終わりだ。一人のナイトで、キングを守りながら攻めることは出来ない。

無敵のポーンがいたら、どうだろう。バイオドール、強化人間。アムロ・レイに匹敵する使い捨て可能な兵隊。それこそ、戦争が数字遊びになり、権力者の余興となっていただろう。あの地下カーディナルの一日が、人類のターニングポイントだったと今さら痛感している。

「ああ、そうだ。これを渡しに来たんだった」
ハヤト・コバヤシ館長が懐から、手紙を取り出す。
「早く会えると良いな」
そう言いながら、コバヤシ館長は、去っていく。

俺が出したフォーラー准将への交換条件。イリスの身柄の絶対保護。それは、安全確保だけでなく、彼女の身体を調査、検査しないと言う事を含めてだ。この約束が守られているかは、確かめようがない。

この手紙も、誰が書いているか分かったものではない。僅かな希望を信じて、手紙を開封し、印刷された文字に落胆して、ダストシュートへ投げつける。彼女がワープロで手紙を書いたって不思議はない。だが、いつもの書き出し、いつもの内容。もう暗記してしまった。

もしかしたら、俺自身がバイオドールで、俺の兄弟たちが、各地で教鞭をとっているのだろうか?。本物の俺は、温かい家庭ってヤツに浸っているのだろうか?。それとも、偽物が、家庭を守っているのだろうか?。

信じるしかない。

「外道を相手にするからとて、こちらまで外道に落ちたのでは、意味がない」
そう言った、ブレックス・フォーラーを信じるしかない。そう、ただ信じるしか…

END



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