1,グロリアと戦う


「速いっ」
グロリアの反応速度は、人間のそれを遥かに超えている。これが、バイオドールか。だが、施設内という限定された空間である事が唯一の救い。動きが制限される以上、いかに速くとも、行動予測はつく。

しかし、それは、向こうも同じ事。こちらの行動も簡単に読まれている。

自力の差と、ドロシィの蓄積されたダメージが、枷となってその差を徐々に広げていく。

>コクピットに損傷 機能維持可能
>パイロットの生体機能低下。ドロシィ2、応答せよ


ヘルメットも、ヘッドガードもしていなかった事を今さら悔いた。衝撃で、頭部を強打した俺は、回る世界と、歪む音声と下手くそなダンスを踊っている。

>メインパイロット応答無し。意識レベル低下。後席コンソール、アクティヴ

「ヒュー、やめて。お願い。この人を殺さないで」
通信モニターに、見慣れない男の顔が写る。いや、大型機械工作室で出会った男だ。いや、それ以前にも会っている。いや、似ている誰かと、間違えているのだろうか?。

「裏切るのか?。ならばもろともに死ぬがいいっ」
叫びと同時に、弾丸が放たれる。ドロシィは、驚くべき高機動を見せ、回避する。そのGで、再度強打し意識は闇の中へ落ちていった。

「気がついたのね、良かった…」
頭部は痛むが、既に手当てされている。アイリーンの膝から名残惜しみながらゆっくりを上体を持ち上げる。ダメージによってへたりこんだドロシィと、地に伏せたグロリア。アイリーンの操縦技術習得は、異常なスピードだったが、初めての実戦でここまでやれるだろうか?。それとも、自分が思っているほど、俺は、優秀なパイロットではないのだろうか?。

ともかく、ドロシィはもう動かせそうにない。グロリアも同じだ。任務の遂行は不可能だし、だからといって、撤退は認められていない。このまま死ぬしかないのだろうか?。

「動けるなら急ぎましょう。緊急用の通路か近くにあるの。それを使えば、地上の軍に見つからないと思う」

俺とアイリーンの立場は変わってしまった。何かを吹っ切ったように、アイリーンは積極的で、主導権を持って進む。俺たちは、無事に地上に出て、付近の名もない村に流れ着いた。

戦災で街を追われたり、脱走兵たちの静かな村だった。時折問題を起こすのは、連邦の脱走兵で、夜盗まがいの事をしでかす。ジオン兵は、穏和で慎ましく、こんな奴らを戦争に追い立てた、連邦政府を憎んだりもした。スペースノイドは、コロニーへの税と、地球への税の二重取り。過度なコロニー関税。コロニーが完成したら、耐用年数が残り少ないと、次の移民を促し、移民税を取る。そんなカラクリで、地球政府がいかに暴虐を尽くしているか語り、アースノイドは、取り返しのつかない貧富の差を生んだ政府を呪った。

サイド3の独立で困るのは、結局甘い汁を吸っていた連中だけで、一般庶民にはほとんど影響は無い。俺は、何のために戦っていたのだろうか?。

戦争は終わり、また、戦争の気運が漂っている。こんどは、アースノイドとスペースノイドの内戦だ。最初に、すれ違ったのは、何が原因だったのか、もはや思い出せないほど、スペースノイドとアースノイドの溝は深い。

「おい、ジャック見ろよ。かなりの数だぜ」
隣の男が、手にしたクワで、空を指す。
空一面に、オレンジの花。時折、何輪かが、その花びらを散らす。
「バリュートによる降下作戦か…あの分だと、狙いはジャブローだな」

「ジャブローか…俺たちの頃は、ガウからの空挺でも、怖いと思ったものだが…いまや、衛星軌道からの降下とはネェ」

「ジャ〜ックっ、お昼にしましょう」
「ああ、ジル。そうしよう」

俺とアイリーンは、名前を変えた。と言うよりも、この村にきたとき、丘を越えてきたせいか、勝手にジャックとジルと呼ばれるようになった。

人は、いったいどこへ行こうとしているのだろうか?。
人によって作り出された、人型。バイオドールは、どうなったのだろう?。

いまでも、ふとあの時の事を思い返す事がある。彼らもまた、作戦の本当の意味など知らず、おのれの命をかけているのだろうか?。自分の影に怯え、闇雲に拳を振り回しているのは、誰なのだろうか?

空に咲く命の花を眺めながら、トマトサンドを胃袋に納めた。



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