ゾンビは怖い?


ゾンビは怖いのか?。
日本では、ただ死体が動くだけの怪物扱いで、下手をすると、と言うよりも、ただ単にショッカーの怪物の様な感覚でとらえられています。一般的なファンタジーRPGでも、大抵、雑魚扱いですね。

動くはずのないモノが動く。そして、ゾンビに噛みつかれると、ゾンビ化すると言う、感染の恐怖も、もちろんあるのですが、キリスト教では、基本的に輪廻が否定されています。つまり、死んでしまっても、ジョン・スミスは、ずっとジョン・スミスのままなのです。そして、最後の審判の日を、墓の下で眠りながら待つのです。

キリスト教社会で死を「眠り」に例えるのは、審判の日まで眠れ。と言うことであり、個人は永遠に個人である。と言う証明でもあります。日本では「往生」とか「逝く」と称されるのは、来世に向けて、異世界(あの世)に行く。と言う意味があると思われます。

で、ゾンビですが、本来、死ぬと審判の日まで眠り続け、審判が下されるのを持ち続けるわけですが、それを途中で起こされると、審判を受ける資格を失う。と言うことを意味する模様です。例え、自らの罪で地獄へ堕ちるとしても、いずれ神による救済があるわけで、いつかは救われる身なのですが、審判を受けさせて貰えないと言うことは、生涯、救われることなく、天国にも地獄にも行けず、ただ彷徨い続けることを意味するのです。それ故に、欧米では、ゾンビは怖いのです。

宗教観による下地の違いですので、コレばかりはどうしようもありません。さまよい出ると言うこと自体、永遠に救われないと言う象徴なのですから。さまよえるオランダ人のごとく、そこから許しを得るには、達成不可能と思える困難な条件が設定されるのです。

こういった予備知識をもって見ると、また違った見方が出来ると思います。ただし、キリスト教は、と言うか欧米にも輪廻や、冥界に対して寛容になってきており、こういった救われない存在になる。と言うのは、薄れてきているようです。日本と同じく、動く死体。と言う認識になってきているようです。

また、ゾンビ映画となりますと、ゾンビ撃退にかこつけた、大量殺人の疑似体験を提供するモノか、ただの食人シーンで、生理的な嫌悪感を与えるだけの作品が多いです。ロメロのゾンビを超えるゾンビ映画が登場しないのは、そうした人間心理をうっちゃってしまっているからでしょう。

ロメロのゾンビが、21世紀になってリメイクされましたが、ロメロの描いた、真に恐ろしいのはゾンビではなく、暴徒と化し理性を失った人間である。と言う主題に乗っ取っているか、気になるところです。


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