一晩で嵐がおさまったとはいえ、損壊した橋や堤防の修復や補修、被害に遭った人々への援助など通常より急を要する対応がなされた。
 都だけでなく他の地域も状況によって物資の調達や輸送が行なわれている。
 地盤が緩んでいる箇所は崖崩れや土砂崩れの危険性もあり、注意を呼びかけていた。

 数日後、謹慎を申し渡されて仕方なく閉じこもっているサミュエルの邸へレスター候とフォスター卿が訪ねてきた。
「お忙しい中、ありがとうございます。陛下のご不興を被ったようで、長引きそうです。」
 応接間で向かい合った時に、サミュエルは頭を下げた。
 一日、二日で許しがでるかと思えば、何の連絡もない。
「確かにご機嫌斜めですね。」
 レスター候が幾分笑いを含んだ声で言うと、フォスター卿が後に続けた。
「サミュエル様がすぐにお顔を見せないから。」
「は?」
 沙汰があるまでと言われた以上、勝手に王宮に上がるわけにはいかないのだ。
 フォスター卿が補足するかのように言う。
「陛下はコーティッド公としての『出仕』を差し止めただけです。ご子息として、例えば奥にご機嫌伺いをなされても何のお咎めもありません。」
 むしろエンリックは待っているだろう。
 サミュエルが私人の立場で遊びにくることを。
「あの晩、喜んでおいででしたよ。久しぶりに『父上』と呼んでもらえた、と。」
 レスター候もエンリックの嬉しそうな顔を頭に浮べながら言った。
「貴方は我々と違って臣下ではないのです。陛下のお身内と自覚なさってますか。」
「しかし私は…。」
 困惑をした表情で口ごもるサミュエルを、やっぱりという顔でレスター候とフォスター卿は見つめる。
 サミュエルは公式な場でなくても、エンリックに対してあまり他人行儀に接しすぎだ。
 実際、距離を置き始めた頃の落ち込みようは激しく、特にフォスター卿は、同じ教育担当のストレイン伯とオルト男爵と共に、エンリックに執務室に呼び出され、
「一体、どういう教育をしてる!」
 一喝された挙句、延々とお説教と愚痴を聞かされたのである。
 サミュエルが独立し、恩師であるフォスター卿やレスター候達と公私共に付き合いが深くなるのを、妬ましくさえ思うこともあるらしい。
 人当たりが良い性格のため交際範囲も広がり色々と交友関係に幅が出るのは喜ばしいが、一抹の寂しさは拭いきれない。
「陛下がご家族への思いは格別なことは、よくご存知でしょう。サミュエル様お一人が我慢なさる必要はありません。だから陛下はご自分が避けられていると誤解されてしまうのです。」
 フォスター卿はエンリックに根掘り葉掘り指南の様子を問い質されたことを、今でも覚えている。
 三人の教官が付き始めた時は、サミュエルも何かと授業の話もしたのだが、次第に自分から語らなくなった。
「分別も時と場合によるということです。サミュエル様。」
 帰り際のレスター候の言葉だ。
 サミュエルとて公爵と呼ばれるのが好きではない。
 幼い頃から知っている者の多くは、大抵、職務外では名前で呼ぶ。
 エンリックも同じだと何故かサミュエルは気付かないのだった。
 
 二人が辞去して間もなく、ローレンスとアシューがやってきた。
「良かった。兄上、元気で。休んでるっていうから病気かと思いました。」
 サミュエルのずぶ濡れの姿を見ているので、ローレンスなりに心配したのだ。
「はい。今日のお茶会の招待状。最近誘っても来てくれないからって、姉上がわざわざ書いたんだよ。」
 アシューがカトレアから預かった封筒を渡す。
 どうやらサミュエルが謹慎中なのは聞いてないらしい。
 近くとはいえ、二人だけで来たのは帰りはサミュエルが一緒と考えてのことだ。
 結局、送るつもりで王宮へ付いていき、居間でエンリックから聞かされた言葉は。
「やっと来たか。薄情息子が。」
 足止めされていたサミュエルには返答に詰まったが、
「後で会議室に寄っていってくれ。嵐の後処理は当分続くぞ。」
「はい。」
 つまり謹慎は終ったということだ。
 途端にカトレアの声が響く。
「お父様、お兄様。お茶の時間にお仕事の話はなさらないで。」
 苦笑しつつも、ようやくサミュエルは気分が晴れやかになるのを感じたのだった。


                             <完> 


 今回はエンリックとサミュエルの親子編。
 感情表現豊かなエンリックに比べると、サミュエルはちょっとおとなしめなので、「パパ、大好き♪」とは口に出せないんです。(笑)
 言ってあげれば喜ぶのにな〜。

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