ようやく帰ってきたエンリックをマーガレットと子供達は囲むようにして出迎えた。
「すっかり難儀なさって。お身体はなんともございませんか。」
「お父様、お怪我はありませんか?」
「雨に打たれただけだよ。」
心配そうな顔をする妻と娘のカトレアにエンリックは笑顔を見せる。
ローレンスとアシューは喜びの表情を浮かべ、
「父上、お帰りなさい。」
元気の良い声で挨拶した。
ローレンスは、少し間を置いてから、
「あの、兄上は?昨夜、お戻りになった後で、父上の元へいかれてしまって…。」
嵐のさなか飛び出したサミュエルは大丈夫か、気にかけていたのだ。
「安心しなさい。ちゃんと一緒にいたから。今、邸へ帰らせたばかりだ。」
エンリックの言葉でローレンスもやっと安堵する。
奥で一心地ついた後、エンリックは執務室へと向かう。
家族は無事だったようだが、王宮内外や都の状況が気がかりだ。
宮殿の窓が破れただの、庭園の木が折れただのは直せばよいが、どれほど人々に被害があったのか。
各大臣室や執務室ではなく会議室に一同が集まって、都度協議をしているとの話を聞いていたので、
向かったら、部屋の前にサミュエルがいるではないか。
足早に近付いて、
「帰って構わぬと言ったはずだが。」
「はい。帰宅して再度参りました。」
エンリックは着替えに戻れではなく、今日は休めという意味で、出仕させるつもりはなかった。
何やら書類を手にしているところを見ると、本当にすぐ来たのだろう。
いくら近くても、早すぎる。
「もう今日はいい。」
「しかし、事後処理もあるようですから。」
このまま居続ける気なのを察したエンリックは、サミュエルから書類をもぎ取ると、
「コーティッド公、沙汰があるまで謹慎せよ。」
怒ったようなエンリックの声にサミュエルが驚く。
咄嗟に反論しかけた時、ウォレス伯が軽く腕を取った。
「ここは私達が引き受けます。どうぞお邸の方へ。」
「でも…。」
ウォレス伯は言い渋るサミュエルを、とにかくその場から離した。
おとなしく引いてもらわないと、次は怒鳴り声が聞こえるに違いない。
諦めて廊下を去るサミュエルと入れ違いに、レスター候とフォスター卿の姿が目に入る。
急いで駆け寄ると、
「このまま引き返したほうが良い。陛下と顔を会わせれば謹慎になる。たった今サミュエル様が追い返されたばかりだ。」
レスター候とフォスター卿は、間の悪い時にという顔をした。
「報告書は後で届ける。明朝、遅めに出仕してくれば陛下の気も静まる。」
二人の背を押すようにして、ウォレス伯は帰宅を促した。
せっかく嵐が過ぎ去った後に、別の騒ぎを起こして欲しくない。
悶着を恐れてというよりは、エンリックの心中を察してレスター候とフォスター卿は踵を返す。
普段でも宿直や残務で夜までいる者達には、ねぎらいの声をかける性分だ。
悪天候を共にした人間が忙しくしているのを見れば、エンリック自身、休んでいられないだろう。
案の定、会議室や執務室の辺りを見回し、
「まさかレスター候とフォスター卿はいないだろうな。」
それとなく確認していた。
何も知らずに姿を現していれば、両名とも謹慎となったことが容易に想像出来るのだった。