陽だまりの庭<番外編>
〜ドルフィシェ見聞録〜
前編

 人の賑わう商業港。
 ドルフィシェの都の近くには船も荷物も桁違い。
 近隣諸国でも有名な交易の盛んな地である。

 行き交う人間の多いことは商売人にとって、何よりの条件だ。
 グラハム・デニソンは早速頭の中で計算を始める。
 日焼けした浅黒い肌に茶色の瞳、くせのある赤毛。
 十代の時から二十年、旅商人を続ける男だ。
 国から国へと、歩き回ったその数は、並の商人の比ではない。
 ある国では日用品、別の国では珍品にと、異国の交流の面白さに魅かれて、好んでふらり、ふらりと旅商人を続けている。
 定まった住居も家族も持たず、流れ者のような生活をしていたが、そろそろ拠点を決めようかと、やってきたのがドルフィシェだ。
 隣国ダンラークも栄えているが、通行量の多さはドルフィシェが優る。
 まさに、いながらにして各国の品々が手に入る。
 もう一つは酒場の数。
 港町には自然と集まる人間も様々で、情報を手っ取り早く耳に入れたい時は、こういった店に限る。
 都との利便性からもこの国は向いていた。
 普通に暮らすのであれば、法制度の整った治安の良いダンラークも捨てがたいが、グラハムは根っからの商売人であったのだ。
 まあ、一月あれば往復も出来る距離だから、両国を行き来しても良いだろう。

 グラハムの奇妙な商売哲学に、必ずその国の法律を勉強する事がある。
 法の道に通じることは、効率の良い商売への最善策と信じている。
 どんなに悪どくても、手は汚さずにというのが、グラハムの信条だ。
 おかげで、あちこちの法に照らし合わせ、上手に世の中を渡り歩いてきた。
 長旅をする場合は商品をすべて金銀か宝石に変え、身軽にし、儲けられそうな土地で品物と交換する。
 国情が違っても宝石の価値は、ほぼ共通なのだ。
 決まったねぐらも持たないため、幾つかの店を取引場所にして、本人は酒場か、気の合った女性を見つけて、少々いかがわしい店に泊まる。
 寝物語に聞く話の重要さは、酒場の噂話より貴重だ。
 何せ情報を仕入れるには、盛り場ほど適した所はないのだ。
 ダンラークはその点でも健全すぎた。
 人から聞いて、自分で分析した情報さえも「商品」である。
 近年、新王が即位したドルフィシェは活気も充分、前途洋洋で文句なしだ。
 唯一の欠点、自分で船に乗ることの出来ないグラハムは、港の近くである利点を生かして、解消しようとした。
 グラハムは酒には強いが、船酔いに弱かった。
 ついでに過去四回、難破、遭難を経験し、さすがに海に出る気が失せた。
 命あってこその金儲け。
 何も自分で危険に飛び込む事はない。
 多少の冒険ならいざ知らず、度を越すとためにならない。
 何事も程々に。

 風変わりなグラハムは、少しずつドルフィシェの都でも評判になった。
 事情通の、不可思議な商売人で、いつも珍妙な品から日用品まで、右から左へと売り捌いている。
 市や酒場、公園に街角、家も店も持たない根無し草。
 当人はそれで満足しているらしいが、周囲の目には奇異としか映らない。
 しかし売り物は信用の置ける物ばかり。
 実際、普通の人々でもダンラークやドルフィシェは目利きが高い。
 安くて良い物という前提もあるが、少々値が張っても上質な品はそれなりに売れる。
 逆に粗悪な品は安くても捌けない。
 景気の良い土地は「質」も問われるのだ。
 暑い国で毛皮が安値でも売れ残るように、ちゃんと風土や慣習によって、手法は変えていく。
 だからこそ、グラハムは行く先々で、得する仕事をしていられる。
 信用はただでは買えない。
 グラハムのような風来坊が、何度も同じ地で商売を続けていくには、工夫も必要なのである。