群集に埋めつくされた大聖堂前。
 ローレンスが一足先に婚約者の訪れを待つ。
 到着したパトリシアに手を貸し、ローレンスの手に委ねることがウィレス伯の父親としての最後の務めになる。
 扉の内側に入った瞬間、愛娘はウォレス伯爵令嬢ではないのだから。

 居並ぶ人々の中、声にならないため息が漏れる。
 「月の乙女」と称されるパトリシアの可憐さ漂う美しさは、今日は格別に映った。
 誓いの言葉の次に、皇太子妃としての戴冠。
 身をかがめたパトリシアの銀色の頭上に、ローレンス自身の手によって、サファイアの宝冠は授けられる。
 満足そうにローレンスが微笑む。
「もう私の妻だ。」
 口付けの際の言葉は、ローレンスの腕の中のパトリシアにだけ聞こえただろう。

 大勢の喝采を浴びて、二人は王宮への道を辿り、バルコニーで姿を現す。
 庭園に入りきれないほどに集まった民から、歓喜と祝福の声が上がっていた。
「今度の皇太子妃様は綺麗な方だね。」
「皇太子殿下も立派になられた。」
 特に年を取った者の感激はさらに増す。
 共にいる現王エンリックにはない華燭の典。
 まさに平穏と安定の象徴ともいえる出来事なのである。


 大広間での祝宴は、各国の列席者も目を見張る絢爛さであった。
 招待客にティアラとクラウドもいる。
「おめでとう、ローレンス殿。とても麗しい妃殿下であられる。」
「本日はようこそいらっしゃってくださいました。ありがとうございます。」
 クラウドの祝辞にローレンスも頬が紅くなる。
 ティアラに漏らしたクラウドのパトリシアに対する感想は、
「大変な美女になるぞ。審美眼は確かだ。」
 ティアラの妹、金の髪のカトレアとは好対照である。
 ただクラウドの目にティアラ以上の佳人はいないのだが。
 エンリックも嬉しげであった。
「遠路、ようこそ。いかがか、私の新しい娘は。」
「おめでとうございます。お父様。二人ともお似合いですわ。」
「元気そうで何よりだ。ウォレス伯夫妻は改めて紹介する必要はないが…。カイザック!」
 エンリックは振返って、ローレンスの近くにいたカイザックを呼び寄せた。
「カイザック・ウォレス卿。皇太子妃の兄になる。何年か経てばクラウド殿と手合わせもできよう。」
「それは楽しみです。よろしくカイザック卿。」
「恐縮に存じます。こちらこそ以後お見知りおきください。陛下。」
 亜麻色の髪の少年が挨拶を返し、場を離れた後、エンリックが付け足した。
「外見は母親譲りだが、年齢の割りに腕は中々だぞ。未来の将軍だ。」
「頼もしくなりましたのね。」
 人形のような赤ん坊の頃を知るティアラには、弟と同じような感覚がある。
「ダンラークは大人しい顔した人間には油断ができませんね。」
 クラウドは半分本気である。
 ローレンスの傍らのサミュエルとアシュー、そしてカイザック。 
 すでに次代へ繋がる者が集い始めている。
 もっとも本人達に自覚があるかどうか。
 カイザックがサミュエルに、
「兄上と呼ばせていただいてよろしいですか。」
「喜んで。」
 サミュエルにもカイザックとパトリシアは慣れ親しんだ弟妹と一緒である。
 談笑が広がる内、音楽が奏でられていく。
 ローレンスがパトリシアの前に一歩進み出て、右手を差し出す。
「さあ。パトリシア。」
「はい。」
 周囲の視線が注がれる中、ローレンスは幸福感をかみしめている。
「ようやく、我が姫、だ。」
 踊りながら、ふいにパトリシアを両手で抱き上げた。
 ドレスの裾がふわりと宙に浮き、パトリシアの宝冠のサファイアが煌めいている。

 ひときわ高い歓声が響き渡り、ダンラークは輝く銀の髪の皇太子妃を、新たな住人を王宮に迎えたのである。
 
 
                           <完>



 エンリック・ジュニアのローレンスにお嫁さん♪
 本編から数年後の話になります。
 そろそろお兄ちゃんのサミュエルを見習って、パパの手助けをしてあげないと。
 大きくなったな〜。
 雛の巣立ちを見る親鳥の気分ですよ。(笑)

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