ドルフィシェでは、近年、年明けにある行事が恒例となっている。
「陛下。今年もなさいますか。」
会議の席で重臣の一人がクラウドに訊ねたのは確認というより翻意を促した
かったからだが、
「もちろんだ。」
と、当然のように答えが返ってきた。
(またか…。)
同じ思いを抱いた者は一人ではないに違いない…。
隣国ダンラークで子供達にお菓子を配るクリスマス行事があるが、ドルフィシェでは
クラウドが新年の挨拶の際、バルコニーから金貨をばら撒くのである。
最初はクラウド即位の年、記念のつもりだったのだが、あまりの民衆の盛り上がりに、
以来、続けるようになってしまった。
国王が金貨を撒くのはいかがなものかと、顔をしかめる臣下もあり、何より年々増えて
いるのが問題である。
せめて銀貨にと意見を述べれば、
「ドルフィシェ国王に金貨以外を手にせよと申すか!」
と、一喝される有様だ。
金貨から銀貨にしては、ドルフィシェの威信に関わるではないか。
(まったく、自分の懐から出すわけでもあるまいに、ケチくさいことを。)
クラウドは胸中で呟いたのである。
相談を受けたグラハムも、クラウドに賛成だった。
「確かに金貨だから沸き返るというのはあります。いきなり銀貨ではドルフィシェの
景気が悪くなったと勘ぐられましょう。交易にも影響が出るかもしれません。」
赤毛の旅商人グラハムは、冬の間だけ出仕するという変り種だが、クラウドにとって
良い話相手であるのだ。
「陛下の金貨撒きはいまや名物ですからね。そういえば王妃様はなさいませんね?」
グラハムの何気ない言葉にクラウドは苦笑した。
「ティアラにそんな品のないことをさせられるか。」
「だから花ですか。」
グラハムは納得したように頷く。
国王クラウドは素手か、もしくはかごごと威勢良く金貨を撒き散らすが、ティアラと
子供達は、花を撒いているのだ。
もっともティアラも金貨撒きには疑問が残るらしいが、
「人に当たったら、危なくありませんか?」
という、全然別の理由からである。
しかし際限なくばら撒かれては、特に財務大臣は頭が痛い。
妥協案としてクラウドが考えたのは、酒樽一杯分までということである。
グラハムはコルク栓を抜いた酒樽から、金貨が溢れでる様を想像してしまった。
「酒樽一杯分と、簡単におっしゃいますね。」
庶民にとっては、一生楽に暮らせる額に違いない。
グラハムの羨望の入り混じった台詞だ。
「蔵にあるだけなら、無用の長物だが、民に渡れば生活の糧になるだろう。使い道の
ある者が手にした方が良い。」
ただの余興であれば砂金でも構わないはずだ。
クラウドがあえて金貨にこだわるのは、ドルフィフェの利の還元でもあるのだった。
「いっそのこと、馬車で沿道に撒き散らそうかと言ったら、皆、真っ青になってたな。」
無論、冗談だが、やりかねないと思ったらしい。
「それはそうでしょう。酒樽一杯の金貨でも船が買えますよ。」
商船でも軍艦でも、充分に用意できる額だ。
「グラハム、船が欲しいのか。」
「一般論です。陛下。」
船酔いはする、、海難事故には遭う、でグラハムにとって、海は鬼門なのだ。
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