金屏風に雪洞、緋毛氈。
左近の桜、右近の橘。
桃の節句はひな祭り。
年に一度、雛人形が飾られる。
(ふう、何年も雛壇に座ってないわ。)
女雛のため息。
(仕方ないよ。雛壇は出し入れが大変で手間がかかるんだから。おまけに以前、嬢さんが指を切ったって騒いだから。)
男雛が慰める。
人形達は炬燵の上に飾られているのである。
(こうして緋毛氈敷いてくれてるだけで、我慢しなきゃ。)
一応、雰囲気は気にしているのだ。
多少、色褪せているのは年数のせいもあるが、洗濯機で丸洗いしたことも原因か。
もちろん綺麗に使いたいという家人の心遣いである。
(でも、お道具も持たなくなって久しいですわね〜。)
これは三人官女の声。
人形は風通しを兼ねて、全部箱から出してもらえるが、小道具はほとんどない。
気が向けば女雛に桧扇を付けてくれるくらいだ。
(本当に何の楽器を持っていたのか、忘れそうです。)
五人囃子も頷く。
(でも、嬢さんは危うく取れそうだった髪の毛を付けてくれたんですよ。)
五人囃子の一体が口を挟む。
古くなって自然に人形の髪が、すっぽりと剥がれてしまった時、坊主頭の五人囃子に驚いた「嬢さん」は急いで直してくれた。
以来、髪の毛は無事に付いている。
(そうじゃ。毎年、節句のご馳走も供えてくれているではないか。)
右大臣が炬燵の上に並べられた皿を見る。
桜餅、草餅、うぐいす餅、ひなあられ。ちらしずし。
(そうそう。嬢さんが『さくらでんぶがない!』って探して買ってきたようだよ。)
会話を耳にした左大臣が付け足した。
(結局、嬢さんが召し上がるのでしょう。)
女雛の言う事はもっともだ。
長い付き合いだから、男雛もそれくらいわかる。
(だけど、桃の花も飾ってあるし、いつも楽しそうじゃないか。)
「嬢さん」はこの時期、和菓子屋と花屋を回って、大荷物で帰宅する。
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