春を間近に控えたカルトアに一通の招待状。
「ほう。グレジェナからの誘いか。どうだ、ジェフド。行ってみぬか?」
隣国から、「春の祭り」の知らせが届いたので、ルドモットは息子に声をかけた。
十六にもなれば、そろそろ他国に顔を出す年頃だ。
周辺諸国の中でも親交も旧く、誼を通じておく必要もある。
他の国ならともかく、グレジェナがいきなりジェフドを人質に取ることもないだろう。
この頃は、それ程各国とも、緊張感が漲っていなかった。少なくとも表面上は。
「行きます!」
ジェフドは、喜んで返事をした。
面倒な式典は苦手だが、国外に出る機会など滅多にない。
棒に振るなんてもったいない話だ。
早速、ジェフドは書庫に向かった。
少しは訪問する国について知っておかないと、行ってから恥をかくことになる。
だが、何日かするうちに考えた。
やはり、本を読むより、人に聞いたほうがいい。
(最近のグレジェナの様子はどうなんだろう?)
彼としては、今日は遊びではなく、真面目に社会勉強のつもりで城を抜け出したのだが、あくまで本人の主観であって、他の者はそうは思ってくれない。
おまけに、つい夢中になって遅くなり、すっかり暗くなってから帰ってきたものだから、城ではさすがに騒ぎになったらしい。
「今度、無断で町へ出たら、グレジェナ行きは取り止めだ。国外へ出る前に勝手な行動は慎みなさい。」
「そんなあ。」
いつになく厳しい父の言葉に、ジェフドも反省した。
そんな息子に
「少しは周囲の者の事も考えなさい。」
ルドモットがたしなめる。
何かあって、怒られるのは側近だ。
ルドモットがジェフドに甘い上、国王には言いづらいとみえ、テイトは散々絞られたようである。
「何のための側近か!」と。
まして他国に赴くというなら、余計責任は重大だ。
ジェフドにとっては物見遊山も同様だが、国にとっては大切な外交だ。
「あまり世話をかけるな。お前を任せられるのはテイトしかおらぬのだから。」
「後で謝っておきます。」
多少、融通がきかないとはいえ、ジェフドにとっては大切な腹心には変わりない。
ルドモットの部屋を辞した後、自室へ戻らず、テイトの元へと向かった。
「ごめんなさい。」
扉を開けて、入ってくるなり頭を下げたジェフドに、テイトは心配そうに言葉をかけてくれた。
「どうなさいました、殿下。陛下に大分叱られたようですね。」
普段、誰に注意されてもジェフドは大して気にしない性質なのだ。
それが浮かない顔をしていれば、余程、身に応えた事がわかる。
「私のせいで迷惑かけたから。」
「平気です。いつものことです。でも、黙って出て行かれては皆心配します。盛り場でいつまでも、歩き回るのはやめてください。」
昼間ならともかく、日が沈んだ後では、酔漢もいよう。
吟遊詩人の格好をしたジェフドなど、からかいの対象になりかねない。
この一件以降、ジェフドは本当におとなしくしていた。
ただの外出禁止ならともかく、今回はグレジェナ訪問がかかっている。
これ以上何かやらかして、部屋の外側から鍵をかけられた上、外遊も中止になったら、目も当てられない。
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