笹の葉
 八幡様の七夕祭り。
 いつも大勢の人で賑わう中。
 下駄の鼻緒のすげ替えてくれた幼馴染。
−毎年、一緒に来よう。おふみちゃん。
 長屋に住む町娘と食い詰め浪人。
 仲の良い二人だったが、ある日、跡継ぎのない旗本に養子に行ったまま。
 どうやら認められて、お役目に就いたと風の便りが届く。
 何度も七夕の日、境内に行ったがおふみは文之助に会うことはなかった。

 七夕が今年も近付いてきた。
 おふみが笹の葉に結ぶ短冊に書くのは、同じ言葉だけ。
『文之助さんにもう一度会えますように』
 現在は細々と仕立物をしながら一人で暮らしている。
 もう十七になり、器量良しとして評判だ。
 そんなおふみに両替商の秤屋源蔵が目を付けた。
「娘一人で長屋暮らしも大変だろう。ウチへ奉公に来ないか。」
 奉公とは名ばかりで妾になれという誘い。
 親子以上に年も違えば、お内儀もいる。
 それどころか囲っている女も一人や二人ではない。
 当然おふみは断った。
 源蔵に借金があるわけでもない。
 第一、想い人がいるのだ。
 何度も袖にされ、源蔵も腹に据えかねてきたのか、おふみが仕立てを引き受けているお店に手を回してきた。
 注文が日に日に減り続け、たちまち生活に困るようになる。
 食べていくのが精一杯で、蓄えもろくにない。
(文之助さんにも会えないで、秤屋さんの想い者になるなんて…)
 せめて七夕の日まで待とう。
 今年も会えなかったら諦めようと、おふみは心に決めた。

 七夕の前日、おふみの家に駕籠が止まった。
 まさか源蔵の使いかと思ったら、侍である。
「おふみというのは、其方か。」
「はい。お武家様。」
 慌てて、おふみは手をついて、頭を下げる。
「実はお前を養女に迎えたいという御仁がおる。」
 おふみは思わず耳を疑った。
 自分を養女?
 突然の申し出に混乱していると、説明してくれた。
 某家のご隠居が町中でおふみを何度も見かけ、調べてみると身寄りもなさそうだから、引き取りたいという。
 家督も息子に譲り、子供も孫も男ばかりで、娘が前から欲しかったらしい。
 ゆくゆくはご隠居の養女として嫁入り支度も整えたいと、まるで夢のような話である。
 源蔵の妾にされるかと思えば、騙されて元々とおふみは承諾した。
 狭い長屋を整理して、大家に挨拶に行った。
「嘘か本当かわからないけど、私ご隠居様に会ってみます。」
「そうしたほうがいい。本当なら、こんな良いお話は二度とないよ。」
 大家もおふみが源蔵に付け狙われていることを知っている。
 かわいそうだと思っていても、両替商が相手では、所詮、手助けはしてやれないのだ。
 生まれて初めて駕籠に揺られ、おふみは武家の門をくぐった。