WEEKLY INTERVIEW 再録
(毎週土曜or日曜更新)時々臨時休業
第29回 出典:「ADLIB」86年3月号
1986年春
「インモーション」を発表してから
約3年 沈黙を守っていた当時の美
奈子さんに 突然のインタビュー。
「BELLS」リリース前。
(3回連続の1回目)
’83年の春に「インモーション」を発表してから、もう3年近く。
噂は何度か耳にしながら、吉田美奈子の音楽が彼女の作品となって姿
を現すことはなかった。いつだって彼女しか持ちえないものを届けて
くれる存在だったから、ひたすら”待ち遠しい”と思う気持ちと”ど
うして?”という疑問がないまぜになって「突然インタビュー」とい
うことになった。
インタビューQ:松永記代美
Q 「なぜ、今日インタビューすることになったかというのは、この間もちょっと電
話でお話ししたんですけど、最近はいろいろな人に作品を提供しているけど、
レコード契約はしていない、ライブもしない。で、美奈子さんの”今”を聞く
ことは、日本の音楽界というか、音楽業界の話にもつながっていくんじゃない
かって気がした。でも何よりも”どうして?”って不思議になっちゃう。ピッ
トインなんかでライブをやった時に身動きできない程に集まって来ていたファ
ンの中にも、そう思っている人達っていると思うけど…。」
吉田(以下M)「思ってるかな?」
Q 「たくさんとはいわないけど、つい最近も来たよ、吉田美奈子さんの新作は出な
いんでしょうかってハガキ」
M 「(笑)なんでって言われても、別に理由はないんだけど。もう余計なこと考え
たくないっていうか…。音楽をやるっていうことはたった1人でもできると思
うのね。だけど、レコードを作るってことは1人じゃできないわけ。どうして
も関わってくる人とか、関わらなくちゃならない人たちっているわけでしょ」
Q 「レコード会社の人たちってこと?」
M 「そう。ボクと同じくらいのキャリアでレコード会社でやってきた人たちってい
うのは、もう力がずいぶん付いてきて、権限もかなり持っている人たちが多い
んだけど。そういう人たちにボクがどういう風に映っているかっていうと”趣
味”なわけ。”彼女がコンサートやれば見に行くし、レコード出せば買うし、
もらうし。でも製作には関わりたくない”っていう感じがするのね。それで、
ボクもその人たちのためにやる音楽じゃないからさ。非常に突き放した言い方
かもしれないけど、あんまり聴衆のこと考えてない。というか、例えばずうっ
と今までいろんなセッション組んできたよね。近藤(等則)さんたちとやった
こともあった。ボクを聴きに来る人たちは”近藤等則って誰?”とか言いなが
ら入ってくる。だけど、ステージの後は、”おもしろかったねえ”ってとても
寛容に受け止めて帰るわけ。だからいいと思うの、その人たちのことを考えて
音楽しなくては。ボクは、レコード会社のためじゃなく、吉田美奈子の新しい
のがでたから聴くっていう、最終的にボクが考えてない聴衆のためにレコード
作るわけじゃない。だけど、考えろ!って言ってくるのがレコード会社なわけ
」
Q 「そのレコード会社の人の、聴衆のことを考えろっていうのは、はっきり言っち
ゃえば、もっと売り上げを伸ばすために聞き易いものを作れとか、そういうこ
と?」
M 「聞き易いものとか、いいものとか、そういう言い方は一切しないの。どうして
かっていうと、そういう人たちもボクのレコード聴いて、これはいい、と思っ
てくれてるからね。もっと売れるレコードを作れっていうの。じゃあ、売れる
レコードってどういうんですか?って言った時に、その人たちは一言も何もし
ゃべれないわけ。で、おざなりに何を言うかっていうと、じゃあボーカリスト
として考えて、フランスの映画音楽のカヴァーやったらどうか、グレートジャ
ズトリオとジャズを歌ったらどうか とかさ。それを吉田美奈子がいまさらや
ってどうするの? ね。まったくアキれるでしょう。」
Q 「いつも美奈子さんを聴いてる人が聴きたがるかしらね。少なくとも私はそうは
思わない」
M 「そこらへんを説明しなくてもわかる人っていうのが少ないよね。いいものはい
いものとして認めていいわけじゃない。そういったこと考え合わせると非常に
ややこしいわけね、レコードだすのは。ボクはすごく気楽に作って、よくでき
たなあって思って。大袈裟にしたくないし。その内容に伴って話が大袈裟にな
ような社会じゃないでしょ、日本って。」
Q 「話が先行して行っちゃうような?」
M 「うん。でね、レコード会社って広告代理店みたいになっているのね、今。制作
会議で新しい曲を聞かせる前にね、これは何の絡みがあるのかってディレクタ
ーは上司に聞かれる。で、広告が入っていたり、テレビのテーマソングに決ま
ってたりすると大きなイニシャルが決まるわけ。何にもなければ少なくなるし
。考えられないよね。アーティストはその会社からお金払ってもらっているけ
ど、その会社はアーティストの才能の代償としてお金を払っているわけだし、
その契約っていうのはお互いの保護のために有るわけでしょ。それにね、ちょ
っと疑問があるのね、今。それと、事務所をでんと構えたのはいいけど、どう
にも動けなくなって、結局ダメになっていく人たちっていっぱいいるじゃない
。でもボクはそうじゃない所で、自分のアイデンティティはっきりさせるため
には、自分一人でできることは自分でやったほうがいいと思うわけ。だから、
すごく個人的だけど、ボクは音楽続けているわけね。それが今、作家っていう
形になって出てるだけであって。で、歌を歌っていないわけじゃないし、実際
曲作ってるわけだし、詞を書いてわけだし。それが全然違う人が歌ったとして
も、結局ボクの身から出てきたことなわけでしょ。だからいいと思うのね。そ
ういった意味の自意識っていうか自我がないのかもしれないけどね。でもさあ
、どういうことが売れることを考えて作るってことなの?みんな作っている時
はさ、これは売れるといいなあと思って作っている訳じゃない、ね。で一生懸
命作っているものっていうのは、それなりの評価っていうのがついて当たり前
なんだけれど、その当たり前のところがすごく一部しかないのね。その一部っ
ていうのが、いわゆるマニアなんだけど。ちゃんとその人がやれば、マニアの
人たちがつくわけじゃない。逆に言えばそのマニアの人がいるっていうことは
売れないってことでは決してないわけ。ましてそう無駄に年齢を(笑)とって
ないと思うけど。結局ここまで来ちゃってるしね。昔のことは振り返らないっ
ていうか、別にあの時はこう楽しかったなっていうのは全然ないし。この先の
方が面白いかなって気がするの。失敗しても自分で判断できて、自分でごめん
なさいすればいいことで、すごく気が楽なわけ。精神的にすごく解放されてい
るから。」
Q 「でも美奈子さんは、いつも自分の思うままを音楽にしてきたわけでしょ?」
M 「ん、やっぱりやりたいやった方が楽しいでしょ。つらいなあ、つらいなあと思
ってやってる人って少ないと思うよ。歌謡曲の人だって、歌うことが面白いか
ら、踊ることがおもしろいから、やってるんじゃないの。ハデな格好するのが
おもしろいから、やってるんでね。同じだよ、人間が何かやろうとする姿勢な
て。それが才能ということになると、それは目に見えないもので、それに対し
てお金が払われるから、やり玉にもあげられるし。詭弁でもなんでもくっつけ
られるでしょ。でも、そこらへんは自覚だけ…していればいいんじゃないかな
。」
Q 「一般的に考えてのことなんだけど、たとえばある程度のキャリアを積んで、作
品を何枚か発表してきましたっていう人がね、今の美奈子さんのような状況に
置かれたとしたら、音楽をやっていく上での自分の存在みたいなものに対して
不安のようなものが生まれるんじゃないか…なんて思ったのだけれど…」
M 「(笑)ボクは、すごくケロっとしていると思うんだけど。でも不安になるのは
才能に自身がないからだよ。だって実際記録を残さなくたって、才能のある人
はいると思うのね。絵描きだってそうだしさ。音楽以外でもいっぱい才能のあ
る人たちっているでしょ。いつも根本は変わらないっていうところに自分を置
けばね、平気だと思うんだよね。ぬるま湯に入ってるって、とっても楽じゃな
い。何か脱脂綿にくるまれてるみたいな。そういうのってすごく楽だけど、な
んていうかな、はげ落ちているっていうか、もともとのありのままでいて、そ
こにいろいろなパーツが増えていくっておもしろいじゃない。髪の毛が伸びる
のと同じ。自然体でいて、それで感動するものってすごく新鮮じゃない。ね。
何かいつも見ているようなことでも、たまたま感情の起伏があったために感動
することだってあるし。そういうことが大事だっていうか、そっちの方に目が
向いているみたいね、今のボクは。自信はあると思うのね、ボクは。誰だって
それなりの自信はあるだろうけど、余計なことを考えてしまっているから、そ
んな環境に置かれた時に不安になったりするんじゃないのかなあ」
Q 「余計なことって、自分以外の周りのこと?」
M 「そうそう。考えてあげることはすごくいいことだけど、冷たいのかもしれない
けど、考えてあげてもそれが自分のメリットにならなかったら何にもなんない
と思うのね。転んでもタダじゃ起きない方式(笑)の方がいいと思うわけ。そ
れに起きる時だって楽じゃない、自分に身についてるものだけだったらさ」
〜以下 次回〜
※次回は、3回連続の2回目。(キツいこと言ってますよ。お楽しみに)