WEEKLY INTERVIEW 再録

 

(毎週土曜or日曜更新)時々臨時休業


               
   

            第52回 
            出典:「毎日新聞(関東版)」
                1998年12月5日(土曜) 夕刊
                吉田美奈子さんへ
                
            
            資料提供:平谷則子さん


               女神じゃないから幸せなんだ


                                        by 川崎浩

    吉田美奈子がレコード会社(ユニーヴァーサルビクター)との契約を「あきれて、あきらめた」きっかけは
    契約更改の話しあいの席で、会社幹部に「いや〜、今の時代は美奈子さんのような歌手には不幸な時
    代ですね〜。」と同情されたことだ。
  「不幸??」
  美奈子は不思議に思った。
  「私はこれまでどんな時でも、歌うことを不幸だなんて思ったことはない。いつも幸せいっぱいなのに…」

    この幹部に悪意にないことくらい美奈子にも理解はできる。ただ、悪意がないぶんだけ、より悪質であり
    情けなく感じた。
  「この人たちは何も、私の歌を感じたことがないんだ」と。

    美奈子は自分がいつしか歌う”ディーバ(DIVA〓歌姫)”として神格化され、アーティスティックに内奥だけ
    を追求する”変わり者”扱いされていることに、薄々気がついてはいる。歌が好きで、歌うことが大好きで、
    と、ごく普通の”シンガー”であることから一歩も別の何かに踏み込んだことはずだった。いや、神格化して
    いるのならば、なぜ「不幸」という言葉がでてくるのだ。神に「不幸」が存在するわけはないではないか。「幸
    ・不幸」は神が作り出すものではなかったか。神は、そこから超越しているからこそ、神ではなかったか。

    とすれば、彼らにとって「吉田美奈子」という「不幸の記号」は、何者なのだろうか。
    「疫病神」の人格化?美奈子は、微笑んでしまう。時代は自分に対して、後ろを向くわけでも、置いてけぼり
    を食わせるわけでも、裏切るわけでもない。ただ、時代は静かに横を歩いているだけだ。美奈子は、それを
    観察しているに過ぎない。美奈子と時代は、幸・不幸の価値観の外にある、希薄な、しかし別れられない友
    情に結びついてる。互いに「疫病」のやりとりをしたことなんかない。

  「不幸なのは、単に、あなた方だけじゃないのか?」
  美奈子は「記号化した不幸」を面白そうに背負って、それまで顧みることのなかった本当の「幸せ」を、「時代」
  のせいにして、いいかげんに消費し尽くしてしまう人々を、信頼することが出来なくなったにちがいない。
  
  「普通のただのミュージシャンにもどります。」
    昨年のクリスマスカードに、そう書いた美奈子は、1年後の21日、22日、新宿ピットインで、普通の歌がい
    かに幸せかを聴かせることが出来ると思う。


                        

                       お ま け
                 出典:「CREA」(90年3月号)

       「お客さんに媚びたことはないし、逆にボクの方から選んでいいと思ってます」

                                                  by三宅久美子

     少し前の映画だけれど、ジャンジャックベネックス監督の『ディーバ』を覚えているだろうか?。
     黒人のオペラ歌手を敬愛する郵便配達の青年が思わぬ事件に巻き込まれる話だが、彼は仕
     事中も、家に帰ってからも彼女の歌を聴いていた。彼の心を捉えたのはオペラではなく、ひとり
     の歌手がつくり出した豊かな音楽の世界だった。
     『ディーバ』を初めて見た時、きっとこんなファンが多いのだろうな、と思い浮かべたのが、吉田
     美奈子だった。

吉田(以下M)「ボクのファンはいい人が揃ってるんだけど、あまり口数の多い人がいなくて。音楽業界の人も新
   作は聴きたいけど、自分の趣味になっているんですね。でもべつに気にしてません。お客さんに媚びたことは
   ないし、逆にボクの方から選んでいいと思っていますから。ファンとは対等につき合っていきたい」

     吉田美奈子は自分のことをボクという。
     これまでに12枚のアルバムを出しているが、彼女の音楽を聴いたことがない人でも、例えば山
     下達郎のアルバムに数多くの詞を提供しているといえば、思い起こす人も多いだろう。ほかにも
     CMソングや歌謡曲を幅広く手がけ、300曲近いソングリストの中には、松田聖子や中森明菜、
     薬師丸ひろ子などの名前も。

M 「自分の名前を出すのがイヤなので、依頼があってもシングルではなく、アルバムの中の曲をやらせてもらって
   るんです。」

     彼女のライブを体験した人はまず、力強く、それでいて繊細な歌の表現力に圧倒される。「巧い」
     というより、「スゴい」と表現したほうがしっくりする。

M 「歌は言葉がなくてもいいものだと思っているから。肉声で、ただ声を出すだけで感情が伝わるものでしょう」

     そのある種のナマナマしさが、感情を受けとめる準備のない人を一瞬、戸惑わせる。けれどもそれ
     さえも押し切ってしまうような魅力に、ファンはのめりこんでいく。『ディーバ(歌姫)』の虜になった郵
     便配達の青年のように。

     レコード会社からのラブコールを断って自主制作盤『BELLS』を出したり、昨年はゲストに呼ばれガ
     ーシュインやデュークエリントンのナンバーを歌ったりと、常にマイペース。それが今年は春にニュー
     アルバムをNYでレコーディング。9月頃にリリースした後はコンサートにまわる予定という。今から首
     を長くして待っていよう。



                       お ま け
                  出典:「CREA」(90年12月号)


                                                    by三宅久美子

     やたらせわいしない音楽シーンの中で、独自の活動を続けている吉田美奈子が昨年の『ダーククリ
     スタル』に続いて、ニューアルバム『gazar』をリリース。一分のスキもないような完成度の前作に対
     し、新作はちょっぴりソフトな印象だ。

M 「それはね、キーを変えたからだと思う。今回はキーを変えて、女性らしい声を出すようにしたのね。メロディーラ
   インをはっきり出そうと。だから、全部地声でやろうと思って作って『ダーククリスタル』とはトーンが違うものにな
   ってる」

      ファンキーで独特のグルーヴ、とてつもなくロマンチックなバラード、心が弾むような楽しいナンバー
      。そんなリズムやメロディーにのって耳に残る刺激的な言葉。ヴァラエティーに富んでいるものの、
      全編まぎれもなく吉田美奈子の音楽だ。

M 「最近、少し心理状態が変わったのね、自分がスキになったっていうか。頭で鳴る音が出せるようになったし、や
   らなきゃ、と思わなくても出来るようになった。年齢相応っていうのかな。詞にしても、いままでは裏に隠してい
   たものが、今回はダイレクトに出せるようになった。消えていくものの切ない感じとか…。今、自分の持ってる能
   力や思考、プライベートなことも含めて全てが自然に出てるから、私小説でも作り物でもないリアリティーがある
   んじゃないかな。完成度は前作のほうが高いけど、今回は今の自分が自然に出ていて、それもいいなと」

      クリスマスには待望のコンサートも開かれる予定だ。

M 「パンフレットにポケットをつけて、シングルCDを入れるつもりなの。曲目はまだ決めてないけど、前作と新作の
   2枚のアルバムからの他に、バンドのメンバーからリクエストを募っているところ」

      変幻自在の迫力に満ちた彼女の歌を一度はナマで体験しよう。
              




          ※  以上、おしまい。(次回は年末までにもう1回)

    

HOME