「ただ、そう思っただけ」

 タイミングが悪いというのは、こういう場合を言うのだと、俺は部室のドアノブに手を掛けた体勢のまま固まった。

 朝比奈さんのコスプレ衣装の手入れをするのだと女子三人が家庭科室に出向いており、俺は俺で、カエルの着ぐるみを陰干しするべく風通しのいい場所を探してうろつき、使命を果たしたので、依頼人が来るかもしれないからと待機を命じられた古泉が一人で残っているはずの部室に帰還したところだった。
 どうせ古泉しかいないのだからと、ノックをせずに開けたドアの向こうで、その古泉が北高男子標準服であるところのブレザーを両腕で抱くように胸のあたりで支え持ち、俺の被害妄想でなければだが、切ない視線を注いでいたのだ。
 古泉は自分の上着を着込んでいる。となると必然的に、古泉が抱えているブレザーは、作業の邪魔になると思い、さっき脱いで置いていった俺のものだ。

「あ……」
「古泉お前、何してる?」

 俺と古泉の声が重なった。同時に、ばさり、と俺のブレザーが床に落ちる。
 落下したブレザーから視線を古泉に戻し、せめて長机の上に置けよ、と言おうとして俺は息を飲んだ。もちろん、嫌な意味で。
 こともあろうか古泉は、おおよそ世間一般的な高校生男子がする仕草としては驚愕に値する動きを披露した。
 そう、古泉は――両手で顔を覆ったのだ。
 小さな子供が泣き出すように、怖いものから自分を守るように、そして恐るべきことに表現としてはこれが一番近いかもしれない、乙女チックな少女向け漫画の主人公さながらに。

「すみません……」
 と、手のひらの向こうから古泉が謝罪の言葉を口にした。
 それは何だ、俺のブレザーを無断で――許可を求められても困るわけだが――抱き上げていたことにか、それとも、床に落としっぱなしにしていることにか、あるいはその両方にか。
 俺は床と仲良くなっている自分のブレザーをこの手に取り戻すべく、ドアノブから右手を引っぺがして部室に踏み入った。
 近づくと、古泉がその細長い指をもってしても覆いきれていない部分――耳の端まで赤くしているのが、はっきりと見えた。
 拾ったブレザーをパイプ椅子の背に掛けて、俺は目の前で硬直を続ける古泉に向き合った。
 こんな、俺より背が高く、俺とは比べようもない程ハンサムで、細身とはいっても俺より体格がよく、どう考えても気持ちの悪い行動を取る同い年の男を、可愛いだなどと思うわけがない。

 ただ、その両手を外させて、全部暴いてやりたいと思っただけだ。

(2008/05/28)
久米川さんのところ(裸足)で拝見した古泉(乙女泉その1)があまりにきゃわゆかったので、
そのシーンと乙女っぷりを私なりに勝手に想像してみました。ら!(memo_13に続く)