「ああ、たった今、」

 どうしてそんなことをしてしまったのか、自分でも分からない。
 そして、よりにもよってそれを彼に見られてしまうなんて。

 部室にて待機を命じられた僕は一人、めずらしくぼんやりとした時間を過ごしていた。次はどのボードゲームを持ってこようかと、誘った彼が、あまり乗り気ではないような顔をしながら、けれど律儀に丁寧に付き合ってくれるいつもの様子を想像した。
 ふと、長机の端のブレザーが目に付いた。涼宮さんに追い立てられるようにして出て行ったせいで、彼にしては少々乱暴に置かれたそれを、このままでは皺になってしまうなと、僕は立ち上がった。
 手に取った瞬間、ああ、これは彼のブレザーなのだ、と思った。その時に湧き上がった感情を表す言葉を僕は知らない。ただ、それが今ここにはいない彼のものなのだということが、それだけで僕の胸を詰まらせた。僕は彼ではない。友人のようで同志のようでもあり、それでも、それでも僕と彼との間にはこれ程の距離があるのだと、なぜだか唐突にそんな感傷に襲われて、手にしたブレザーを胸元に引き寄せた。
 予告もなくドアが開けられたのは、まさにその時だった。

「古泉お前、何してる?」
「あ……」

 思わず僕は両手で顔を覆ってしまった。ばさり、とブレザーが落ちる。
「すみません……」
 勝手にあなたの持ち物に触れてしまってすみません。思わず床に落としてしまってすみません。その上それを拾えずにいてすみません。自分でもわけの分からない感傷にあなたを巻き込んでしまってすみません。
 彼の足音が近づいて、僕の足元からブレザーを拾い上げる気配がした。
 どうしたらいいのだろう。動悸が自分のものではないみたいで、尋常ではなく顔が熱い。きっと両手でも、見られたくない顔の全部を覆いきれてはいない。
「え、」
 両方の手首を掴まれたかと思うと、閉じた視界の向こうが明かされた。
 驚いて目を開けると、彼がいた。強くはないのに決して逆らえない力で僕の手首を掴んでいるのは彼だ。
 彼は僕の両手を顔から遠ざけると――

 これは、キス、されているのだろうか?

 僕の右手は彼の左手によって彼の肩の上あたりに固定されており、距離の近さに反射的に押し返そうとした左腕は、手首から移動した彼の右手で同じく封じられている。そして顔を少し上向けた彼が、驚きのあまり開いたままの僕の下唇に噛みついているのだ。

 時間が止まったような一瞬の後、唇を離した彼が、震える僕を見て言った。
「古泉、お前は俺が好きなんだ」

(2008/05/28)
memo_12からの続き)なんと、久米川さんが、つ、続きのキッス(!)を!
あまりに私の想像通りな二人を描いてくださったので(乙女古泉とガチキョン)、
ほとばしる萌えに倒れそうになりながら、古泉視点で続きまで書いてみました。
久米川さん、本当にありがとうございました…! Yes!ガチキョン!(乙女泉は?)