2008年7月

コロンビア軍の越境攻撃事件

FARCを利用した米国のエクアドル革新政権つぶし策動

 

これまで割りとペリフェラルな話題から手をつけてきたのですが、そろそろ本番にとりかからなければなりません。そもそも、小なりとはいえ一国家の外務大臣がなぜ我々ごとき旅行団と会見したのか。それは目下の外交問題がきわめて重大であり、その解決のためには国際連帯が何よりも必要だという認識が、エクアドル外務省側にあったからでしょう。この会見は現地のメディアにも報道されたようです。

試しに、グーグルで「Ecuador FARC」と入れて検索してみてください。エクアドルがFARCを支援し、麻薬戦争に介入していたという記事が山盛り出てきます。コロンビアの軍事筋のリークにもとづいて、大手通信社が未確認情報を垂れ流しているのです。それを米国内のメディアがせっせと記事にしているのです。事態はメディア戦争の様相を呈しています。

とすれば、我々の最大の答礼は、今回の一連の出来事を、出来るだけ詳細に日本の人々に報告し、事件の性格をできるだけ正確に伝えることだろうと思います。

ちょっと下品な言い方で申し訳ないのですが、もしあなたが「お前の母ちゃん、出べそ!」と言われたら、最初に必要な行動は、言った相手の鼻先に拳骨を突きつけることです。少なくとも、家に帰って母ちゃんのスカートをまくることではありません。これがこの事件を見る上でのポイントです。

 

事件の発端

3月1日朝、コロンビアのフアン・マヌエル・サントス国防相がメディアに登場し、重大発表を行いました。この発表の概要は以下のとおりです。

コロンビア軍の小部隊がエクアドル国境地帯をパトロール中、エクアドル国内から攻撃を受けた。攻撃地点は国境から1.8キロ離れた地点と想定された。

コロンビア空軍はゲリラ野営地の所在地を突き止め、節度ある攻撃を行った。コロンビア国軍はその土地に対する統制を確保すべく進入し、エクアドル軍が到着するまでのあいだ、コロンビア警察に統轄を委ねた。

これだけでは良く分かりませんが、はっきりしていることはコロンビア軍がエクアドル領内に侵入し、越境攻撃を行ったということです。続いてコロンビア軍当局から発表がありました。その内容は以下のとおりです。

コロンビア軍はまず固定翼機による事前爆撃を開始した。ついで数機のヘリボーンを投入し爆撃を加えた。その後、地上部隊60人をエクアドル領スクンビオス県内に侵入させた。

コロンビア軍に攻撃を加えたのはFARC第48戦線だった。FARCのナンバー2と目されるラウル・レジェス司令官が一隊を率いていた。この部隊はコロンビア領グラナダからエクアドル領内に逃げ込み、国境から7Kmのラゴ・アグリオにキャンプを構えていた。

この「反撃」によって、メキシコ人4名を含む24名が死亡(後にエクアドル人1名も含まれていたことが判明)した。戦闘の後、部隊はレジェス司令官の遺体のみを収容し、他の死体はそのまま遺棄された。

 

コレアは事件を容認した?

この事件は、70年前の「盧溝橋事件」と類似しています。当初、攻撃を受けたための反撃とされていたのが、後で調べるとそのような事実はなく、結局は侵略のための口実にしか過ぎなかったというのです。

事件発生直後、コロンビアのウリベ大統領は、コレアに緊急電話を入れました。話の中身は国防相談話と同じ内容だったようです。彼はこう語りました。「襲撃は国連安保理決議1373条に基づく正当な防衛であり、エクアドルの主権を侵害してはいない」と。この連絡が攻撃前か攻撃後かは明らかにされていませんが、コロンビア軍当局による発表の前だったことは間違いないでしょう。

その日の午前 コレア大統領は一回目の談話を発表しました。ここでは「コロンビアの自衛権に基く行為である。深刻な事態ではあるがウリベ大統領と電話会談を持ち、話し合いで解決する」と述べています。これは事実上コロンビア政府の主張を受け入れ、容認する発言です。

その前からコロンビア軍の国境侵犯事件は頻繁に起きていました。国境に難民が殺到し、コロンビアで撒かれた枯葉剤がエクアドルまで飛来し、住民の間に深刻な被害が出ており、エクアドル当局はこれまでも何度となくコロンビアに抗議の申し入れをしてきた経過があります。

本当なら、コレアはすでにこの時点で怒るべきですが、コロンビアと、さらにその背後にいるアメリカと、事を構えたくないという姿勢がありありと見て取れます。

しかしコロンビア軍当局の発表は、そのような偶発事件ではなく、事前に十分準備された攻撃であることをうかがわせました。すなわちコレアはウリベに裏切られたということになります。その後のやり取りの中でも、コレアのウリベに対する不信感は際立っています。

 

コロンビア軍・警察当局の跳ね上がり

しかし平静を保とうとするエクアドル側に対し、コロンビア軍は次々に挑発をかけます。軍内に松井=牟田口=一木ラインが存在したのでしょうか。

1日の午後になって、コロンビア警察庁のナランホ長官が記者会見を開きました。「掃討作戦の際に回収したレジェス司令官のパソコンから重大な事実が判明した」というのです。

彼は「パソコンからプリントアウトした書類」を振りかざしながら、こう主張します。

エクアドルのグスタボ・ラレア内相がレイエスと接触し、関与していたことを示す資料が発見された。資料によれば、これにはコレア大統領も関与している。

さらに追い討ちをかけるように、ウリベ大統領の広報官も、「FARCがコレア大統領へ献金していたことが明らかになった」と発表します。真相はパソコンのハードディスクの中にあって、彼ら以外には見ることが出来ないのですから、「情報」の打ち出の小槌です。

これらの行動はチャベスやコレアを怒らせるには十分でした。

チャベスはこれらの行動は「戦争行為」にあたると非難しました。そして「ベネズエラ国境を越えた場合には戦争に発展する可能性がある」と警告し、軍部隊の国境地帯への移動を命令しました。

夕方になると、エクアドル政府もコロンビアとの外交関係断絶を発表。たちまち一触即発状態です。

このあたりの一連の経過については、南瞑さんのブログからいただきました。次の文章はとてもリアルです。
ウリベが最初にコレアとの電話で説明したのは「偶発事件」としてでした。ところが、警察長官会見はそれを根底から否定し、エクアドル現政権とFARCの関係を強調するものでした。このギャップが意味するものが、コロンビア軍の軍としての意思であるならば、戦乱は避けられないかも知れません。それは軍の暴走を意味するからです。エクアドルもベネスエラも南米最大規模の陸軍を持つコロンビアに対抗する能力はありません。

 

コレアの怒り

1日の夜になって、エクアドル側が収集した情報にもとづく事件の経過が発表されました。現地調査と生存者からの聞き取りが中心で、まだ本格的な調査には至っていません。

「キャンプに残された状況は、コロンビア機から4発の爆弾が発射されたことを示している。軍諜報部の調査は爆撃が南部から行われたこと、すなわちコロンビア機がエクアドル領内深く侵入(推定10キロ以上)し、反転して爆撃したことを示している。

飛行機からの爆撃の後、複数の「スーペルトゥスカン」ヘリコプターが侵入し、エクアドル領内に位置するFARC野営地への攻撃が継続された。爆撃後、ヘリコプターに搭乗した特別奇襲部隊が侵入し、負傷したゲリラ兵を並ばせた後、止めを刺した。部隊はラウル・レジェスとフリアン・コンラドの遺体とともに、ふたたびヘリでコロンビアに戻った」

経過の骨組みだけを追った報告にしか過ぎませんが、それでも、コロンビア側の発表とは明らかに異なり、計画的な襲撃であったことは間違いありません。

2日午前、コレア大統領が声明を発表しました。それは怒りに満ちたものでした。たんなる偶発的な国境侵犯ではなく、計画的なものであったこと、さらにそのことに関して、ウリベが「汚い嘘」をつき、コレアをだまし、恥をかかせたのは許しがたいことでした。しかもそれを謝るどころか、コレアがFARCの一味であるかのような中傷を行い、襲撃を正当化しようとするのですから、コレアが怒り心頭に達したのも無理ありません。

コレアは、ボゴタのエクアドル大使館を閉鎖し、コロンビアの駐キト大使に、即時国外退去をもとめました。さらに「コロンビアとの国境付近にエクアドル軍を配置する」と発表します。コレアの指示に基づき、ただちにラレア内相とサンドバル国防相がスクンビオス県のアマゾン地帯に赴きました。

慎重なコレアでさえ、ここまで怒るのですから、あの大口チャベスが吠えないわけがありません。恒例のテレビ番組「アロ、プレジデンテ」に出演したチャベスは、両腕を振り回してどなりまくります。

「南米大陸というわれわれの世界で、コロンビアが第2のイスラエルになるのを、われわれは受け入れるつもりはない。われわれは戦争を望んでいないが、北米帝国とそれに従属するウリベ大統領の政権が、われわれを分断し弱体化するのは許さない。

コロンビア治安部隊は、ベネズエラ領内で同じことをするなどという考えは持たないほうがいい。戦争開始の正当な理由となるからだ。私はコロンビアに宣戦布告し戦闘機を送るだろう」

そしてコロンビア国境に軍や戦車を派遣。戦闘機を出動待機させるとともに、ボゴタのベネズエラ大使館の閉鎖を命じました。これでエクアドルとの足並みをそろえたことになります。

ただ、番組の中で、亡くなったFARCのレジェス司令官を「知り合いだった。よい革命家だった」と悼んだのは、この場面では言わずもがなのセリフでした。もちろんFARCをテロリストと呼ぶのは不正確ですが、その麻薬疑惑、無差別の誘拐作戦などについては毅然とした態度をまず示さなければなりません。

 

コレアの水際立った判断

余談はさておき、コレアは予定していたキューバ訪問を急遽中止し、その日一杯、各国首脳や国際機関の指導者に電話をかけまくりました。

そして夜になって緊急テレビ番組に出演しました。コレアは開口一番、「エクアドルはFARCを支持しないし彼らのやり方を認めない。しかしエクアドルは主権国家であり、逮捕を実行するのはエクアドルの公的部隊であるはずだ」と述べました。さすがに各国首脳と話し合っての発言ですから、見事につぼを押さえています。

報道によれば、彼は怒りをあらわにして、「遺体は下着姿やパジャマ姿だった。つまり、寝ているところを爆撃され、虐殺されたのだ」と叫んだといいます。つまりウリベが、「FARCの攻撃をきっかけとする偶発的な戦闘だった」と「汚い嘘」をついたことを激しく糾弾しているのです。

このテレビ番組にはラレア内相も出演しました。コロンビア側の宣伝では、FARCと連絡をとっていたとされる当事者です。彼はFARCとの接触を認めたうえで、それは誘拐者解放のための交渉だったと弁明しました。彼は襲撃の直前に、イングリッド・ベタンクール上院議員を含む人質12人の解放について、FARCと合意直前だったと言います。

ベタンクールは元保守党の幹部で、大統領選挙にも立候補した経歴を持つ大物。2002年2月以来6年にわたり、FARCに拘留されていた。フランスとの二重国籍を持つことから、フランスも救出に乗り出していた。コロンビア年表を参照のこと。

この発言には、コレアも言及。「FARCへの接触目的は人質解放交渉のみであった。交渉は、3月には人質解放もありうるほどに進展していた。ベタンクールの母国であるフランス政府も交渉に関与していた」と付け加えました。、

司会者からは「なぜFARCのエクアドル領内侵入を阻止しなかったのか?」との質問が出されました。これに対しては、「阻止すべきはコロンビア軍の隣国に対する責任」と開き直りましたが、このあたりはちょっと苦しいところです。本音から言えば、「とてもエクアドル軍にはそれほどの力はありません」というところでしょう。

枯葉作戦やゲリラ掃討作戦を逃れて多くのコロンビア人が流れ込んで、国境地帯で難民化している状況の下で、それを受け入れざるを得ないエクアドルにとって、難民に紛れ込んで侵入するFARC戦闘員を区別するのは至難の技です。

たしかにFARCの流入を阻止できない弱さはありますが、少なくともコロンビアの側から四の五の言われる筋合いはまったくありません。

それに引きかえ、この日のコロンビア政府の対応はどうもあやふやなところがあります。ウリベは、作戦はコロンビア領内から指揮された「合法的な防衛」行動だと主張しますが、「FARCにより引き起こされた偶発的な戦闘だった」という当初の説明が間違っていたのかどうかについてははっきりしません。

アラウホ外相も、襲撃作戦が「テロリスト」に対する防衛作戦の一環であり、両国の利益にかなうものだと主張しますが、肝心の「計画性」についてはあいまいなままです。このことは、政府が軍や警察の跳ね上がり(おそらくはその背後のアメリカ軍)に対してどう対処すべきか、この時点では態度を決めかねていたと考えられます。

ひょっとしたら、ウリベはコレアをだましたのではなく、自分もだまされていたのではないか?、とすら思えます。

 

ハードディスクは打ち出の小槌?

3日、右往左往するウリベを尻目に、コロンビア警察庁のナランホ長官がふたたびさっそうと登場します。彼はレジェスのコンピュータから、新たにとてつもない情報を発掘しました。

彼は記者会見を開き、「ベネズエラ、エクアドル両政府はFARCと連携していた。そのことを示す書類が発見された。ベネズエラはFARCに3億ドルを提供していた。これはたんに両者が親しいというだけではなく、両者の間の軍事的結びつきを示唆するものだ」と大見得を切ります。

彼の怪気炎は「FARCがウラン50キロを入手していた」ことを明らかにしたとき、最高潮に達しました。FARCはこのウランを売りさばき、ウランに通常爆弾を組み合わせた「汚い爆弾」で、テロ活動を推進しようとしていたとされます。その「証拠」はすべて彼らが確保したハードディスクの中にあります。

さすがにこれは受けませんでした。かえって彼の発言の信憑性に疑いが持たれるようになってしまいます。オーム事件のときの偽ドルとか覚せい剤とかの公安情報垂れ流しのときと似ています。ベネズエラのカリサレス副大統領は、「コロンビアのうそには慣れっこだ。どんなものでもでっちあげられる」と強く反発します。

たとえ100人中90人に信用されなくても良い、10人だませれば上等というのがこの世界です。大事なのはタイミングであって、いま流さなければたとえ10人でもだますことは出来ません。かなりおぞましい世界です。

軍の最高実力者であるサントス国防相も、「エクアドル政府はゲリラ組織を黙認していた。それはある意味で、ゲリラと共謀していたことと同じだ」と言い募りました。そしてパソコンのデータを証拠として国連および米州機構に提出する予定だと述べます。

サントスは声高に叫んだ後、そっと述べます。「越境攻撃には米国が提供した情報も一部使われた」と。

 

各界の反応

事件後2日を経ち、各界の反応が出揃ってきました。

中南米諸国からは、ほぼ完璧にコロンビアを糾弾し、エクアドルを支持し、米国の介入を憂慮する声があがりました。チリのバチェレ大統領は、「我々はエクアドルが攻撃されたと聞き、嘆いている」と語りました。アルゼンチンも「領土主権の侵害を失望し、憂慮する」との声明を発表しました。フェルナンデス大統領は質問に答えて、「コロンビアの行為が正当だと主張することは不可能だ」と述べます。

キューバのカストロ元議長は、「我々の大陸の南で、ヤンキー帝国の戦争のラッパが激しく聞こえる」と警告を発しました。

カストロは従来から「ウリベを敵に回してはいけない」との立場で一貫しています。「さまざまな考えの違いがあっても、南米の統一と団結を最優先していけば、それはおのずから対米自主という最大公約数に到達せざるを得ない」というのが彼の確信です。それはコレアの思いでもあります。

ブラジルとペルーは、両者の対立から一歩をおきつつも、南米自立・自主解決の立場から仲介の意思を表明しました。ブラジルのアモリン外相は、作戦を非難する一方、平和的解決に向けて具体的に動きを開始したと明らかにします。

これに対し米政府は、コロンビアの今回の行動を全面的に容認する声明を発表。コロンビアを対テロ戦争の同志と評価するとともに、この問題を機に南米問題への干渉の意思を明らかにしました。

声明はベネズエラのチャベス政権を非難し、「テロ組織」であるFARCとの戦闘に対する「奇妙な反応」だと批判しました。明らかにベネズエラの他国との離間を狙った発言です。さすがに転んでもただでは起きません。

ブッシュ米大統領は記者会見でコロンビアへの「全面支持」を表明します。「全面支持」が何を意味するのか、「やれやれ!」とけしかけているのか。周辺諸国にも緊張が走ります。

アンデス共同体で構成するアンデス議会は、ブッシュ発言に関連して緊急会議を開き、「米国が干渉するときではない」とけん制する決議を採択しました。事態を受けた英国誌「エコノミスト」は、事態が「ここ10年あまりの南米でもっとも深刻な危機」に入ったと報道しました。

ブッシュ発言に対してはエクアドルの駐カラカス大使レネ・バルガスがただちに反論しました。「キャンプ地で眠っているゲリラへの攻撃には軍事的正当性はない。それは平和を望まない、統合を望まない、戦争を望む人びとによる挑発であり、全ての南米の人びとが反対しなければならない」

この発言はコレアの意図を踏まえていますが、カラカスからの発信というところに意味があります。ベネズエラとエクアドルが、この一点で国際世論に訴えようと意思統一したものと見ることも出来ます。

 

 

米州機構常設理事会、まずは一勝

コロンビア側の一方的な攻撃により事態が紛糾する中で、米州機構(OAS)はワシントンで常設理事会の緊急会議を開きました。

エクアドル代表は、コロンビアによる主権侵害を非難し、非難決議の採択、事実関係にかんする調査委員会の設置、外相協議会の開催を求めました。またエクアドル代表は、FARCによる誘拐行為なども批判。さらにコロンビアの内戦そのものにも言及し、紛争は武力をもってではなく平和的に解決すべきだと主張しました。

コロンビア代表は、エクアドル領の侵犯については謝罪したものの、「テロリスト掃討は当然」と主張。平和解決の道を拒否しました。さらにベネズエラとエクアドルはFARCと関係していると非難します。報道によれば、ラテンアメリカ諸国の大勢はエクアドルの立場に理解を示したといいます。

こうして5日、常設理事会は決議を採択するに至ります。決議の内容は、コロンビアが「エクアドルの主権および領土保全を侵害し、国際法に違反した」とするものです。ただ、それは結果として主権を侵害したというだけのものであり、当事者であるコロンビアに対する非難はふくまれていません。

エクアドルのサルバドル外相は、「今日、OASは歴史的試練を乗り越え、平和維持の監視役としての存在意義を証明した」との声明を発表しました。

決議は米国の激しい抵抗にあいましたが、最終的には米国とコロンビアを含め満場一致で採択されました。これは米国の手を縛る大きな一勝です。

事実、採択当日には、ホワイトハウスは、「コロンビアへの軍事援助を検討するのはやや時期尚早だ」との見解を示しました。随分いやらしい言い方です。それでも、3日のブッシュの進撃ラッパと比べればトーンダウンはしています。

さらに翌日には、ライス米国務長官が、「コロンビアは友好国である」としつつも、紛争の「外交的な解決を望んでいる」と発言するまでに至ります。これで当面、「テロリストを支援する国家への懲罰作戦」という最悪の筋書きは消失し、即時開戦の危機は回避されました。

しかしコレアにとっては、とても満足のいくものではありませんでした。これでは殴られ損です。これでは事件の再発を防ぐ担保にはなりません。どうしてもコロンビアに対する非難決議が必要です。

 

コレアの諸国行脚

つかの間の小康を得たコレアは、ただちに諸国歴訪を開始します。コロンビアに対し「明確な非難」を発するよう、ひざ詰めで要請しようという狙いです。

最初の訪問国はペルー、ついでブラジルでした。コレアはルーラ大統領と会見しますが、華々しい返事はなかったようです。ブラジルもコロンビアと国境を接していますから、FARCの浸透する可能性を抱えています。エクアドルは小国ですから、逆に「力不足」と申し開きが出来ますが、ブラジルはそうは行かない。

さらにブラジルでは、軍事独裁時代の軍幹部がそのまま居座っていて、基本的には親米・反ルーラですから、素直に政府の言うことを聞くとも思えない。

とにかくコロンビアのバックには米軍がついていますから、うかつに先陣を切るわけには行かない。となれば、ルーラ個人としての思いがどうであれ、簡単に即答は出来ないでしょう。しかし諸国歴訪の真っ先にブラジルを頼ってきたコレアを無碍に追い払うわけには行きませんから、文章には出来ないにしても、なんらかの前進はあったと思われます。

ついでコレアはベネズエラに飛びました。チャベスとの会談で、コレアは、「国際社会が“コロンビアは侵略者だ!”と非難しない限り、エクアドルに休息はない」と述べました。会談終了後、チャベスはエクアドルに対して「無条件の支援」を約束したと発表しています。

会談ではおそらく、この件に関してはあくまでエクアドルが主役であることを確認したものと思われます。うがった見方をすれば、訪問の目的は「チャベスを黙らせる」ことだったのかもしれません。

チャベスは同時に陸軍10個大隊を国境に増派する方針を明らかにしました。時期を前後して、ベネズエラのブリセノ国防相は、「国境付近に戦車部隊10個大隊を展開、部隊配置をほぼ完了した」と明らかにしています。かなりの大勢力です。まあ本気でぶつかれば、コロンビア軍の前にはひとたまりもないでしょうが。

休むまもなくコレアは、今度はニカラグアへと飛びます。共同記者会見でオルテガ大統領は、「エクアドル国民と連帯する」として、コロンビアとの断交を宣言しました。彼は、「コロンビア国民と絶交するのではなく、ウリベ大統領の『テロ政策』とは関係を断つということだ」と説明しました。

かなり唐突な感じの断交宣言ですが、キューバとベネズエラの要請を受けての行動かも知れません。なおニカラグアはコロンビアの隣国でもあります。ニカラグアのカリブ海岸の沖合い240キロのプロビデンシア島はコロンビア領となっており、島の帰属をめぐる論議は以前からくすぶっています。

 

コレアの大勝利 リオグループ首脳会談

当面する最大の外交上の山場は、7日からドミニカの首都サントドミンゴで開かれるリオグループの首脳会談でした。この会議ではエクアドルの勝利は最初から約束されていましたが、問題はOAS常設理事会の決議からどれだけ踏み込めるかにありました。

リオグループというのは、中南米諸国の諸組織の中でも、比較的リベラルな傾向を代表する組織です。もともとはコンタドーラ・グループと称していました。1983年、米国のニカラグア侵略に反対し、ラテンアメリカ諸国の支援の下に自主的解決を図ろうとして作られた政府間組織です。

当時のラテンアメリカでは軍事独裁国が主流でしたが、その頃から「民主政治」を続けていたメキシコ、ベネズエラ、コロンビアなどが中心となっていました。その後の経過については省略しますが、自主・民主のラテンアメリカを作り上げるという目標の下に活動を続け、今ではほとんどの国が参加する政治組織となっています。

いわばアウェイでの論戦を強いられたコロンビアのウリベ大統領は、一種の奇策に出ました。会議の直前、ウリベは襲撃が「エクアドル政府の理解や事前の同意もなく実行された」ことを認め、左翼ゲリラに対する闘いにおいて、「同じ事態を繰り返さない」と表明したのです。

つまり、最初から「ごめん」といって、OAS常設理事会の決議の線までは譲ってしまい、そこで「計画的な領土侵犯と武力行使」という国際犯罪としての本質をうやむやにしてしまおうというのです。そして一国の大統領をだましたことに頬っかぶりをしてしまおうというのです。

その上で、ハードディスク問題をちらつかせながら、参加各国がゲリラに対してより強硬な姿勢で臨むよう、改めて強く要請しました。これで痛み分けにしようという魂胆です。しかしこの手は通用しませんでした。

会議では、冒頭から「けじめ」を求めるコレアとウリベとの激しいやり取りが続きました。しかしコロンビアに味方する国は一つもありません。最後にウリベは頭を下げて謝罪するほかありませんでした。席を立って脱退するというような行動に出るわけには行かなかったのです。これがいまのラテンアメリカにおける力関係なのです。

7日、リオグループの首脳会談が終了しました。会議は「主権侵害を拒絶する」宣言を発表。コロンビアによる領土と主権の侵害の事実を確認しました。宣言にはコロンビアが公式に謝罪し再発の防止を約束したことも明記されました。

会議の最後に突然、ホストであるドミニカ大統領が立ち上がり発言をもとめました。彼は危機を脱したことを確認するために、コロンビア、エクアドル、ベネズエラ、ニカラグアの各大統領が握手することを提案します。

どちらにとっても耐え難い握手ですが、ホスト国大統領の依頼とあれば、拒否するわけにも行きません。みんなまっすぐ手洗いに走ったことと思います。

 

とりあえずの勝利宣言

リオグループ宣言を受けたエクアドルは、コロンビアとの和解に関して基本的に合意に達しました。コレア大統領はウリベの言明を受け入れ、「事態の解決」を宣言しましたが、「外交上の絆が回復されるには、もう少し時間がかかるであろう」と語りました。

その念頭には、おそらく米国をもふくめた米州機構の場で、コロンビアの責任を認めさせなければ、事態の真の解決はないと腹をくくっていたのだろうと思います。どうみても、ウリベに全面的な当事者能力はなさそうです。米国からしっかりした言質を取らない限り、「謝罪」はいつでもひっくり返される可能性があります。

ベネズエラも宣言を受けコロンビアとの外交及び通商関係の正常化を宣言しました。そして国境地帯に展開した軍の撤収を決定します。10個大隊の国境地帯貼り付けはさすがに重かったでしょう。ニカラグアも国交回復に合意しました。

8日、フィデル・カストロが語った言葉は、ラテンアメリカの左翼勢力の気分を代弁しています。

「アメリカ帝国主義者はラテンアメリカの地に軍事的な紛争を起こそうと陰謀をたくらんだ。しかし諸国民の友愛の精神のおかげで、陰謀は打ち破られ、平和がふたたび確かなものとなった。一連の事態を見れば、今回の紛争の唯一の敗北者が帝国主義であることは明らかだ」

コロンビア政府を敵に回さないよう、ラテンアメリカの構成メンバーの重要な一員として囲い込もうとするカストロの姿勢は一貫しています。チャベスといえども、この大枠を無視することは出来ません。フィデルが健在の間は、チャベスは若頭であっても組長ではありません。なお、カストロはコレアを知性と倫理性を兼ね備えた有能な指導者として非常に高く買っています。「グランマ」紙の「同志フィデルの省察」をご覧ください(あまりにひどい英訳で翻訳は断念しました)。

 

ウリベの反撃

米州機構(OAS)は、19世紀末の汎米会議以来、南北アメリカを結ぶ統一機構でした。本部は米国の首都ワシントンにおかれ、基本的には米国の利益に奉仕するために機能し続けてきました。1953年のグアテマラの政府転覆、1962年のキューバ制裁、1965年のドミニカ侵攻など米国にたてつく政府を葬り去るために、OASは利用され続けてきました。

しかし最近では大きく変わってきています。その典型が2006年の事務総長選挙でした。それまでは米国の押す候補が半ば自動的に当選してきましたが、このときラテンアメリカ諸国が一致視して推すチリのインスルサが、米国の推薦する候補を破り当選したのです。

インスルサを推したラテンアメリカ諸国、とりわけチリにとって、今回の事件は一つの正念場となりました。

10日、チリを訪問したコレアに対して、チリのバチェレ大統領は、「チリは、コロンビアによるエクアドル領土侵犯を繰り返し批判する」と語りました。これに対しコレア大統領は、「チリ政府がとった確固とした姿勢に感謝する。自分はチャベス主義者になるかどうかは分からないが、自分はバチェレ主義者である」と述べたといいます。バチェレにとっては最大級の賛辞でしょう。

さて、いったんは謝罪に同意したウリベでしたが、13日、OAS外相会議を前にふたたび話を蒸し返します。もうすでに謝罪はしてしまっていますから、後は言い放題です。「確かに俺が悪かった。だけどなぁ…」という具合に語れば、それなりに真実味を帯びて聞こえてきます。

今度は「FARCの掃討作戦をエクアドル大統領が妨害した」という穏やかならざるものです。ウリベは「エクアドル大統領が自国内で行うFARC掃討作戦の際、エクアドル軍にFARC攻撃の許可を与えなかった」と述べました。

これは明らかにエクアドル軍内部からのリーク情報にもとづいていると考えられます。これまでの「ハードディスク」ネタとはソースが異なっています。しかしこれはやばいです。一国の大統領が軽々しく口にすべき情報ではありません。根拠を示せといったらたちまち答えに窮するでしょう。

ウリベ発言の数日前、コレアは突如サンドバル国防相を解任しました。この措置に抗議しカマチョ統合軍司令官、ガベラ空軍司令官、バスコネス陸軍司令官が辞任しています。そのときはまったく理由が不明でしたが、いま考えれば、このリーク疑惑との関連が強く疑われます。

海軍はいまのところコレアの改革に対し積極的に関与しています。国営石油会社の経営改革は海軍将校が担っています。

エクアドル軍内の一部幹部がアメリカと内通し、コロンビア計画の下に行動し、襲撃事件にも関与し、コレア追い落としに動いていた可能性は否定できません。それは後にマンタ基地と襲撃作戦のかかわりの中でも明らかになっていきます。

コレアは、サンドバル国防相をその責任者として処分したというよりも、サンドバルを更迭することによって軍の綱紀粛正を促したのだろうと思いますが、それに対する軍の反応がトップの一斉辞任となれば、話は一気に生臭いものとなります。コレア政権は相当危ない橋を渡っていることになります。

新任のポンセ国防相は、ウリベが「侮辱的かつ偽り」の情報を広めたのは「明らかな内政干渉」だとし、「発言の責任を取ってもらうよう要求する」と応酬します。そしてエクアドル政府は、この問題を米州機構へ提訴しました。

こういう修羅場になると、ふたたび豪腕チャベスの出番です。彼はこういってコロンビアを非難します。

「コロンビアは、気に食わないものがいれば、だれでもテロリストだと言い張り、それがいつであっても、どこであっても、好きなように攻撃できるものだと確信している。彼らはそれを自分たちの権利だと信じ、他のものに対して権利を認めるように迫っている。その行動と考えはブッシュ政権のやり方とまったく変わりはない」

 

エクアドルの最終的勝利

こうした中で、17日、米州機構外相協議会が開かれました。すでにコロンビアは両手を上げて降参し(降参しながらも毒づいていますが)、残るはアメリカ政府のみとなりました。

エクアドルはリオグループ決議を振りかざしながら、領土侵犯を非難し、主権尊重の厳守を求める文言をもとめます。これまで「親米国」とされてきたチリも、親米保守派が政権を握るメキシコさえも、エクアドルを強固に支持する論陣を張ります。

結局アメリカだけが、当事者であるコロンビアさえ認めた奇襲作戦の不当性を、「自衛権」の名の下に弁護する奇妙な形となりました。アメリカの強硬な抵抗により会議は紛糾しますが、所詮は勝てる勝負ではありません。

結局アメリカは決議に反対さえ出来ず、保留ということで辛くも体面を保ちました。コロンビアはリオ・グループ会議に続いて、この会議でもエクアドルへの侵入を謝罪する羽目に陥りました。

合意文書は、リオグループ会議の決議よりもはるかに具体的にコロンビアの責任を問うものとなりました。文書は、「リオグループの宣言を積極的に受け入れる」ことをまず確認します。そして「軍事力の行使やそれによる脅し」を自制すべきことを加盟各国にもとめます。

次いで、米州機構の憲章に立ち帰り、領土的主権の原則は「米州諸国間の共存という最も重要な原則」であり、「いかなる例外もない」ことを確認します。また「国際法の原則、主権の尊重、武力行使や威嚇の放棄、他国への不干渉の完全な有効性」を確認します。

そして「コロンビア軍及び警察が、エクアドル政府への事前通報及びその同意なしに、3月1日にエクアドル領域に侵攻したことは明白なOAS憲章第19条及び21条違反であり、これを容認しない」と明確に非難しています。

さらに米州機構事務総長に対し、決議の遂行を監視し、エクアドルとコロンビアの信頼醸成メカニズムをつくるよう求めます。

ほぼ完璧な勝利です。エクアドルのマリア・イサベル・サルバドール外相は、OAS外相会議の決議により「米州機構の全加盟国の確認を勝ち取った」との声明を発表しました。ベネズエラのマドゥーロ外相は、この「競技」における最大の勝者は、ラテンアメリカ人民であることを強調する声明を出します。

翌日、コレアが正式な声明を発表しました。「真実と原則により危機は乗り越えられた。エクアドルは小国ではあるが、気高く堂々とその権利を主張し実現した」

 

国防相の「狂気の発言」

これで、国際的には一件落着したかと思われましたが、コロンビアは陰湿なメディア策動を止めようとはしません。

23日、コロンビアのフアン・マヌエル・サントス国防相は、驚くべき発言を行いました。「エクアドルへの攻撃は正当な戦争であった。コロンビア軍はテロリストを一掃するためには、同様の行動をもっていかなる場所へも出動する用意がある」と述べたのです。

1週間前の米州機構の合意文書はどこへ行ったのでしょうか。コロンビア政府が決議を受け入れたのは、またしても「汚い嘘」だったのでしょうか。そもそもこの発言は国際法のコの字もわきまえない、公然たる侵略の宣言ではないでしょうか。

チャベスはサントス国防相の発言を「狂気の沙汰」と非難、ウリベ大統領に善処を求めました。しかしサントスにはまったく反省の色は伺えません。4月18日にもふたたび、「また同じような状況が発生すれば同じような行為に及ぶことも辞さない」と発言しています。。

もはや問題はウリベの統治能力であり、コロンビアの軍・警察という「暴力装置」の暴走の危険性にあります。

コロンビアが、イスラエルのように、国際法も米州機構の合意も無視して、直接行動に突っ走るとすれば、エクアドルにはどんな手が残されているのでしょうか。

 

コロンビアの陰湿な策動

軍を司る政府のトップがこういう発言を繰り返すのですから、後は推して知るべしです。グーグルでエクアドル、FARCと入れて検索をかければ、山のように情報が飛び込んできます。ほとんどが大手通信社の発信で米国内のメディアによる報道です。

「ラレア内相はFARCとつるんでいる」、「コレアは大統領選挙に出るとき、FARCから資金援助を受けた」、「エクアドルはFARCに基地を提供している」、「チャベスはFARCを軍事援助している」、「FARCはウラニウムを手に入れ、汚い爆弾の製造に手を貸した」など枚挙にいとまありません。

コロンビアが「ハードディスク」という打ち出の小槌から、小出しに情報をリークして、それに通信社が飛びつくという構図です。そのなかでも大掛かりなキャンペーンが、「インターポール」作戦でした。

「インターポール」は日本語では国際刑事機構。麻薬やテロなどの国際犯罪にあたる組織です。独自の操作機構を持っています。コロンビア政府はこの組織に連絡をとり、パソコンと「ハードディスク」に改ざんの形跡がないかどうか、政府が発表した情報に偽りがないかどうかを調査するよう要請しました。

4月、インターポールはこの要請に応え、コンピューターを調査しました。その結果は、「改ざんの後は証明できなかった」が、同時に「真正性」も証明できないというものでした。

捜査を要請した側は、よほどのコンピュータ音痴だったのでしょうか。私も音痴だから偉そうなことはいえませんが、会社のコンピュータに不正操作が行われたかの捜査とはわけが違います。中古のパソコン屋に行って適当に見繕ってきたパソコンを、日時設定だけ変更して、「これこそがあのFARCパソコンだ」といっても、誰も「嘘だ」とは言えないのではないでしょうか。

エクアドルはこれに対抗して、コロンビアからの非難をやめさせるよう米州機構に要請。コロンビアの言う「FARCのデータファイル」なるものを徹底調査するよう依頼しました。インスルサOAS事務総長は、「加盟国が調査を要請するならば積極的に応えたい」とし、コロンビアの動きをけん制しました。

しかし通信社は、インターポールの一挙手一投足を細大漏らさず発信し続けました。こういう神経戦こそ、CIAがもっとも得意としているところであり、「不安定化作戦」と呼ばれます。

しかし政府間の対立なら、エクアドル政府として打つ手はいくらでもありますが、こういった不規則な攻撃には決定的な撃退法がありません。くりかえし対応するうちに消耗し、国民の間に嫌気を生み、支持基盤が弱体化していくことになります。

コレア大統領は悲痛な叫びを上げます。「我々はコロンビアとの対立を深めたくない。しかしウリベは反エクアドルの言動を止めようとしない。ボゴタが誤報に基づいて我々の名誉を傷つけようとした政治工作は、多くの害を与えた。ボゴタのうそ、悪意そしてメディア・キャンペーンが続く限り、外交関係を再確立することは難しい」

 

マンタ基地が新たな争点に

3月21日、ある通信社が特ダネをすっぱ抜きます。この記事は襲撃事件にマンタ基地が関与していたことを明らかにした最初の報道です。ある軍幹部の発言を中心に編集されていますが、前後から見て政権に近い人物からのリークと思われます。

記事の全文を載せましたので、そちらをご参照ください。キトでマンタ基地撤去運動の活動家から、「コロンビア軍はマンタから飛び立ったといわれ」びっくりしたのですが、真相はマンタ基地に陣取る米軍が計画し、指示し、支援したということのようです。

その後、裏づけが取れるようになってから、政府も公式にマンタ基地が襲撃作戦に利用されたことを認めるようになりました。エクアドル政府もしたたかなもので、わりと情報を小出しにリークしながら、「マンタ・カード」として使っている節があります。

この時期、マンタ基地をめぐる動きのなかで重要なものがあります。それは4月初め、エクアドル制憲議会が、外国軍基地を国内に置くことを禁止する条項を賛成多数で可決したことです。

いうまでもなく、マンタ基地の撤去はコレア大統領の選挙公約でした。したがってコレアは基地撤去に政治生命をかけているわけですが、だからといって基地撤去がすぐに現実のものになるわけではありません。米軍だけではなく、国内の野党勢力からも基地撤去には強い抵抗がありました。

日本でもおなじみの論だて、「エクアドルの存立のためには、米軍のプレゼンスが不可欠だ」というものです。エクアドルは歴史的に隣国のペルーとコロンビアから攻撃され続けてきました。建国時の領土の半分が両国に奪い取られました。

私が、「いぢめ続けられてきたかわいそうな国エクアドル」といったとき、国会の基地対策委員長を務める女性議員は苦笑していましたが、その中から国家としてのアイデンティティーを形成してきた歴史が、エクアドルにはあります。だから今回の襲撃事件には国民はきわめて敏感なのです。

制憲議会はコレア派が多数を握っていますが、それでも基地撤去を憲法に組み込むことについてはためらいがありました。「アメリカ軍がおとなしく出て行くだろうか」、「アメリカが本気で怒ったら大丈夫なのだろうか」という不安もあります。過去にはアメリカに逆らった民族派の大統領が、CIAの差し金によるクーデターで打倒された歴史もあります。

しかし、事態が明らかになるにつれ、国民の怒りがそれらの不安をかき流すことになりました。あろうことか、エクアドルに駐留する米軍が、隣国コロンビアとグルになって、エクアドルを攻撃したのです。エクアドルの安全を守るどころか、獅子身中の虫、害悪以外の何者でもないことがはっきりしたのです。

憲法草案には、「国家主権」について次のように書き込まれました。@エクアドルは平和の地である。外国軍基地あるいは軍事目的を持った外国の施設は認められない。国の軍事基地を外国軍あるいは外国の治安部隊に譲渡することはできない。Aエクアドル領土は不可侵であり、だれも領土の統一を乱したり、分離を助長したりすることをしてはならない。

このほかにも資源主権条項など、合わせて5つの条項が書き込まれることになりましたが、中核はこの二項です。

とても大事なのは、「エクアドルは平和の地である」という言葉です。「平和」を、エクアドルという国家のアイデンティティーとして掲げたということです。「平和の地」だから外国軍基地は認められないという論理です。まさに一直線、単純明快ですが、それだけにきわめて重みのある言葉ではないでしょうか。

草案決定後、制憲議会のアウグスタ・カジェ主権・外交関係・統合委員会委員長は、「歴史的な勝利だ。それは外部からの強力な圧力とのたたかいだった」と強調していますが、その感慨がひしひしと伝わってくるようです。

コレア大統領は、制憲議会の決定を受け、「米軍の撤退を実現した後、マンタを国際空港として拡張し、物流の拠点となるよう整備したい」と語りました。

米国大使館は、エクアドル政府との協議を続けると表明しますが、10日後には、マンタの米軍基地の機能をコロンビアに移転する可能性を検討していることを明らかにしました。まさに巨大な前進です。

 

情勢をめぐる二つの変化

さすがの非難の応酬合戦も、6月に入ってようやく下火になるかと思われました。

その背景に二つの大きな事件があります。一つは4月下旬に米軍が第4艦隊の再発足を発表したことです。第4艦隊は中南米・カリブを守備範囲とする艦隊で、第二次大戦中に対独戦のために編成されましたが、その後廃止されていたものです。

米軍は「これまでもこの地域には、実質的に艦隊規模の艦船が配備されていた。作戦上は何も変わらない」と、影響を小さく見せようと計りますが、いずれにしても攻撃力強化に結びつくことは間違いありません。

時期が時期だけに、ニュースはラテンアメリカ諸国に衝撃となって走りました。「着剣」をしながら「大丈夫、何もしないから」といわれて誰が信じるでしょうか。ブラジルのジョビン国防相は、「ブラジル領を監視するのはわれわれだ」と語り、米海軍が許可なしに同国領海を移動することを許さない姿勢を示します。

それとともに、エクアドル・コロンビア両国間の関係修復をもとめる周囲の声も高まります。5月末に南米諸国連合(UNASUR)の準備会が開かれました。設立条約は、「多極的で均衡のとれた公正な世界」の実現をめざし、主権の尊重と民族自決、民主主義と人権の尊重などを共通理念として謳いあげました。

条約はとりわけ、「対話による問題の解決」を、UNASURの関係のあり方として強調しています。

もうひとつは、50年(!)近くにわたってFARCを指導してきたマヌエル・マルランダ司令官が死亡したことです(いつか伝記を書かなければ、とは思っていたのですが)。心臓発作によるものといわれます。

理由のいかんを問わず、FARCのナンバー1とナンバー2が相次いで死亡したことは、一つの時代の終わり、もう一つの時代の始まりを予感させます。

そもそも今回の襲撃事件は、元をただせば政府、軍隊・準軍事組織とFARCのあいだの事実上の内戦であり、その一部です。それにアメリカが深くかかわり、エクアドルのマンタ基地までが絡むことによって重大な国際問題にまで発展したのです。

まさに「対話による問題の解決」のチャンスです。FARCの問題が平和的に解決すれば、アメリカの脅威も遠ざかり、エクアドルにも平和が訪れることになります。

コレア大統領は、「民主的な政府とたたかうゲリラにどんな未来があるのか」とし、FARCに「武器を捨てなさい。平和を勝ち取るために政治的、外交的な対話をしよう」と呼びかけました。FARCよりと見られていたチャベス大統領も、FARCに武装闘争をやめるよう呼びかけました。

「軍事独裁政府のもとで、民主的な変革の道が閉ざされていた80年代初めまでと、今とは違う。選挙を通じた政治革新が可能になっている。こうした現状を踏まえるならば、ラテンアメリカでは今ではゲリラは場違いだ。戦闘はもう十分だ。平和について話し合うときだ」

コロンビアのオルギン内務・法務相はチャベス発言を積極的に受け止めました。「FARCがチャベス大統領に耳を傾けるように願う」と呼びかけます。コロンビアの左派勢力である「民主代案同盟」の代表も、「ラテンアメリカの左翼がチャベスの立場に結集し、武装闘争が不必要だというなら、FARCに政治的出口を選ばせる強力な圧力になるだろう」と、この発言を歓迎しました。

水面下では具体的な動きが始まっているようです。私の滞在中も、チャベスがFARC内の和平派と会談を行ったことが報道されていました。「ベタンクール救出劇」は、コロンビア軍特殊部隊の手柄と大々的に報道されていますが、いち早くチャベスが歓迎声明を出すなど、何か裏がありそうな感じもあります。

ただしコロンビア軍とパラミリタリー、そしてその庇護の下に成立しているウリベ政権、さらにその背後にいるアメリカが、果たして本心から和平を歓迎しているか、このあたりは疑問が残ります。

かつてFARCとの和平交渉を推進したセサル・ガビリア元大統領は、「情けないことだが、現在の政府の下では、FARCとの開かれた対話は不可能としか思えない。ウリベ政権は好戦的態度を断固追求するつもりだ。それはFARCが政府への態度を変える可能性をますます失わせている」と、語っています。

 

最近の動き

6月初め、ようやく両国間の関係修復に向けた動きが始まりました。コロンビアとエクアドルは、通商官級の外交関係を回復することで合意します。

これに際して、コレアは談話を発表しますが、それは怒りというよりは悲しみの感情を表に出したものでした。一応言うべきは言って、幕引きにしようという意図が感じられます。

「コロンビアの攻撃で味わった苦汁を忘れることは出来ない。信用というものは水晶のようなものだ。もしそれがこれが壊れれば、それが再接着できたとしても、この傷跡は永遠に残る」

このあと、世界のネゴシエーターであるカーター元大統領が登場します。カーターは両国間の関係修復案を提示。両国はカーター提案に沿って交渉を開始することで同意します。米州機構も、声明の応酬を止めて関係回復に動くよう求めました。13日には、「両国が公式の国交を復旧し通商代表を指名する準備に入った」と報道されています。

ところで私たちがエクアドルの外務大臣と会見したのが10日、火曜日のことでした。しかし外相の話の内容は極めて厳しいものでした。とにかく誰にでも訴えたい、エクアドルの厳しさを救う道は国際世論を喚起する以外にない、というのがこの当時の状況だったのかもしれません。

いま考えれば、この時点ですでに交渉が暗礁に乗り上げていた可能性があります。

カーターが登場するということは、交渉の相手がコロンビアではなく、米国であるということです。エクアドルとしては、当然OAS決議の線での合意を図りたいところですが、そこで突っ張っていたのでは、まとまる話もまとまらなくなります。

当然妥協するところもあるわけですが、どうしても譲れないのは米軍の関与の停止であり、マンタ基地の不使用でしょう。おそらくそこのところで、アメリカ側も相当強烈な逆ねじを噛ませてきたのだろうと思います。

20日、カーターは改めてコロンビア=エクアドル間の関係修復を促しますが、おそらくこれが最後のメッセージになったものと思われます。2日後には、コレア大統領が記者会見を開き、怒りの発言を行います。

コレアはまず、「軍事筋の情報によれば、この攻撃に参加したコロンビア機には、このような爆撃を行う能力はなく、アメリカ軍が直接攻撃に関係していたとしか考えられない」と爆弾発言をおこないます。

別報に記載したように、使用されたのは5発のスマート爆弾といわれます。あのイラク戦争で暗闇の中のイラク兵士を抹殺した爆弾です。この爆弾を利用した爆撃には特殊技能が必要とされ、米軍兵士のほかには不可能とされます。

その上で、コレア大統領は、「我々は、その国土を隣国によってなんらの予告なしに攻撃された。その行動がエクアドル主権の侵害であることは、国際社会とOASによっても確認されている。完全な関係を確立するために、攻撃が完全に解明されるよう要求する」と述べました。明らかにアメリカを念頭に置いた発言です。

翌日、コロンビアのアラウホ外相は、「コレアが攻撃態度を続けるため、外交関係の修復が延期された」と発表しました。まだエクアドルの決意を甘く見ていた節があります。

アラウホ外相の発言を受けて、エクアドルの我がマリーア・イザベル・サルバドル外相はただちに声明を発表しました。「彼らは決定を延期する措置をとった。我々はコロンビアとの関係修復を行わないと決定した」

これまた、すごい発言ですが、さらにコレアは追い討ちをかけるように、「コロンビアとの関係を“まじめな政府”が作られるまで無期限に停止する」との声明を発しました。つまり、ウリベ大統領が退任する2010年まで国交回復の見込みはないということです。

 

ウリベは」もともと、準軍事組織と深い関係を持つ人物です。若いときにはメデジン・カルテルのメンパーとも浅からぬ関係を持っていました。そのような人物を大統領に選んだコロンビア国民には、いわば「毒を持って毒を制する」期待が込められていました。

例えばニクソンが中国との関係を正常化したように、ラビンがPLOとの関係改善に努力したように、「悪い実力者」のほうが「無力な善人」よりましと見たのかもしれません。

しかしウリベには「良心」もないが「実力」もないことが、明らかになってきたようです。

 

思わぬ長さになってしまいましたが、とりあえずいったん脱稿します。(12Jun.2008)