「は、走れ!!」
焦りを含む、張りのある少年の声が廊下に響き渡る。
それと同時に、バタバタと数人の足音が重なった、耳障りな音も木霊していく。
足音の主の姿は見えないが、全く騒がしいことだ。
少女は軽く溜め息をついた。
小 魔 ち 宴
悪 た の
1 . 宴 の 幕 開 け
「小僧共…!!今日という今日こそは…報いを受けろ!!」
一言一言に日々の恨みが篭ったフィルチの怒鳴り声が、少年達の後ろから追いかけてくる。
「だ、誰だよ!あのタイミングで良いっつったのはよ!!」
「君だよシリウス、忘れたのかい莫迦だねぇ」
「ムカつく!!後で殴らせろジェームズ」
「君達、口を動かす前に手足を動かしなよ」
「ぼ…僕…もう走れない…!!」
騒がしく走り抜ける4人の少年達が、階段近くの廊下まで逃げてきたところだった。
角を曲がったところで突然、目の前に黒い人影が現れた。
お互い死角にいたようで、双方共すんでのところで慌てて足を止める。
「あ…」
黒い人影は、1人の少女だった。
緑のネクタイに、胸元には蛇の紋章―狡猾なるスリザリン寮の制服。
肩辺りまでの、前髪を眉上まで切った黒髪に黒い瞳。
鼻の上辺りに、薄いそばかす。
ホグワーツではあまり見かけない、生粋のアジア人のようだ。
手元に本を2、3冊、それに羊皮紙を抱えている。
突然のことに一瞬立ち止まってしまった少年達だったが、後ろからボリュームを上げてくる怒号にはっとなり
そのまま少女の横を抜けて走り去ろうとした。
その時、先頭を行くジェームズのローブをおもむろに少女の腕が掴んだ。
「君、離してくれよ。スリザリンはこんな時まで嫌がらせをするのかい?」
苛立ちを隠せない声でジェームズが言うと
「嫌がらせじゃないよ」
真顔で少女が答えた。
そのまま、近くの階段の影へジェームズを押し込む。
「そこに隠れてて。あたしがミスター・フィルチを撒いてあげる」
そう言って少女はフィルチの来る方へ向くと、肩越しにニッと笑ってみせた。
少女はジェームズたちの寮、グリフィンドールを毛嫌いするスリザリンの生徒である。
(勿論、グリフィンドールも同じようにスリザリンを目の敵にしているが)
そんな少女が、敵寮の生徒達に有利なように動くわけがない。
そうは思ったが、その少女からはどうにもジェームズ達4人を嵌めようという空気は感じられない。
4人は運を天に任せ、狭い影に身を潜めた。
「よし…」
少女は何かをひらめいた様に呟いた。
階段の方角とは逆の廊下へすばやく走り、そこでいきなり
「きゃあ!!」
大きな悲鳴を上げて、本を投げ出しそこに尻餅をついた。
その声を聞きつけたフィルチが、ジェームズ達のいる廊下とは別の方向へ曲がる。
「お前、グリフィンドールの4人を見かけなかったか!?」
その場で倒れている少女にすぐさま問いただすと
「あの…グリフィンドールかは分からないけど、男の子達が3、4人くらい
私にぶつかって来たんですぅ。
男の子達は、あっちに走って行っちゃいました…」
そう言って、自分の背後を指差す。
4人の隠れている廊下とは正反対の方向を。
「あっちだな!?」
倒れている少女には目もくれず、フィルチはすごい勢いで彼女の横を走り去っていき、すぐに見えなくなった。
「…もう出てきてもいいと思うよ」
ローブについた埃を払って、少女が立ち上がった。
落ちた本や羊皮紙も拾い集める。
少女の声を合図に、階段の影から少年達がぞろぞろと出てきた。
「あー…なんだ、その、ありがとう」
まさかこの危機に、スリザリン生がまともに手を貸してくれるとは思ってもみなかった4人。
言葉が上手く出てこなかったが、とりあえず礼だけは言ってみたジェームズだった。
「いいのいいの。ていうか今の見た?あたしの名演技!!」
頬を紅潮させて話す様を見ると、先ほどのは彼女自身から見ても良い出来だったようだ。
「ミスター・フィルチ、疑いもしなかったんだよ!
やっぱりグリフィンドールとスリザリンっていうのが功を奏したのかなぁ」
「それだよ」
にこにこと笑う少女の横から、少年達のひとり、リーマスが口を挟んだ。
「君ってどう見てもスリザリンだよね?僕達を嫌ってないの?」
その言葉に、少女はあっさりと返した。
「だって、別にヤな事とかされてないもん」
ホグワーツに1年もいれば、馬の合わない寮が何処かというのは嫌でも分かってくる。
お互いにいろんな面で足を引っ張り合い、1年目の終わりごろには馬が合わないどころか犬猿の仲になるのだ。
もしこの少女が2年生以上ならば、この少女の頭には1、2本ほどネジが足りていないかもしれない。
「僕ら3年生なんだけど、君は?」
「さんねんせい」
本当にネジが足りていないかもしれない。
それにしても、こんな変わった少女がいるのなら、なぜ3年生になった今まで気付かなかったのか。
ジェームズの横にいた長身の少年、シリウスは尋ねてみた。
「お前、名前は?」
「お前とはご挨拶ね。
あたしは。・っていうの」
ホグワーツ悪戯仕掛け人達の冒険的な毎日が、もっと色濃くなり始めた日だった。
|