今まで、僕の傍にいることを好む者はあまりいなかった。大きな見返りを求めぬ者なら尚更、見つけるのは難しかった。
それなのにお前は、僕が傍にいればそれで良いんだと言って笑う。
僕に何を望んでいる?僕はきっと彼女に何もしてやらないだろうに、見返りなしで傍にいるなんて事、有り得るだろうか?
それが、分からない。お前のことを、何も掴めない。怖い。
突き放すのか、何があっても傍にいてくれるのか、どちらかにして欲しい。両極端だと笑われてもいい。
もし絶対に僕の傍を離れないと言うのなら、確かな証が欲しい。ある日突然拒絶されて、痛い目を見ないように。

痛いことは嫌いだから。










フ ラ ジ ャ イ ル ・ ハ ニ ィ [ 5 ]










「今日もセブルスの隣だよ。あたしってなんて幸せ者なのかしら!」
かつては誰からも予約などされず、また誰にも居座らせなかった僕の左側(たとえ右側であってもそれは同じだったが)。
今やの特等席とでも言おうか…いつの間にかそうなってしまった。もう僕は何も言わない。文句を並べることに疲れてしまったのか、それともこの状況が自分にとって好ましいものなのか、自分でもよく分からない。
かつてはこんな、人の集まる廊下から外れた通りにすらついて来る女子を邪険にすることなど、難しくなかっただろうに。



窓越しの空は今にも雪が降りそうな、重い灰色の雲を抱え込んでいる。
雪が降る時期ということは、もうすぐあの、モミの木が鬱陶しいほど飾り付けられる時が来るのか。
故郷に帰る生徒達でごった返した後は学校に残る者も極小数になるはずなのに、賑やかさは普段の生活に勝るとも劣らない季節。

僕にとってはいつもと何ら変わりのない季節。…そう、例年ならば。

今年の僕はどういった風の吹き回しだろうか、自分の『左側』の為に何かしてやろうかなどと考えている。
自分でもよく分からないが、きっと義理のようなものだろう。
一体何のための義理なのかと聞かれれば自分でもはっきりしないが、こんな気分になるのは、僕がのことを憎からず思っているという証拠なのだろうか。


「なに?セブルス」
「お前、クリスマス休暇はホグワーツに残るのか?」

何気なく聞いたつもりだった。が、が不意に立ち止まる。
僕がクリスマスと言う単語を口にしたことがそんなにおかしかったのかと思いながら後ろを振り返ると。
の顔は、紙のように白くなっていた。

衣擦れの音すら聞こえない沈黙が一瞬あって、それからが青白い顔で苦笑いした。
「あ、休暇は家に帰ることになってるんだ。お父さんが帰って来いってうるさくって。一度くらい、ホグワーツでクリスマスを過ごしてみたいけどね。なんだか新鮮じゃない?」
「毎年帰ってるのか」
「うん」
他人のことは普段気にかけなくても、こんなあからさまな態度が何を表すのかくらいはなんとなく察しがついた。
「ここで過ごしてみたいなら、一度くらい残ってみればいいだろう」
が弱々しく首を振ってみせる。
「毎年帰って来いって言われてるから」
「その辺りが分からんな。帰る帰らないはお前の決めることじゃないのか」
普段より切れの悪い返事に少し苛ついて、僕の声にもそれが表れてきたが、に動じた様子はなかった。
「いいの、一年の中でホグワーツにいる期間の方が長いんだし。家、帰る」


その後、また沈黙が辺りを埋め始めた。
外に垂れ込めている雲もその重みで今にも落ちてきそうで、ローブを着込んでいるのに此処には居がたいほど周りが冷え込んでいくような気がした。とにかく何か口に出さなければ、寒さに埋もれてしまうような錯覚に陥った。

「ホグワーツは気に入らないのか」
先程のの顔色を見れば答えは否だと明確なはずの、莫迦な質問をしてみた。
「そんなことないよ」
しかしその質問は意外との頬に少し赤みを差せるくらいの力を持っていたようで、彼女の顔は少しづつ、普段の柔和な笑顔に戻っていった。


「ホグワーツは、あたしの幸せそのものよ」
の瞳が優しげに潤む。それは普段の彼女の瞳の色とは違う輝きをしていて、それはもしかして幸せの色というやつだろうか、などと陳腐なことを考えた。そんなもの、見たことも無いのに。

「ここにいる間は、あたしに魔法がかかるの。何でも出来る気になれちゃう。
それでも前は時々、落ち込んだりしたこともあったけど…。でもね、セブルスに会ったらそんなこと、なくなっちゃった。
セブルスがどこかにいるって考えるだけで、何処にいたって、どんな目に遭ったって平気」
先程の苛立つような濁りをもつ発音とは、まるで別人が口に出したかのように違って聞こえる言葉だった。
何より、そこで自分の名前が出てきたことに反応してしまう。

「それは…その、僕のことを好いていると?」
「えっと…」
は困ったように、それでもくすぐったそうにはにかむ。
「好きってだけじゃ、表せなくて」
そう言ってまた柔らかく笑って、両手の細い指先を自分の胸元で絡ませた。

こんなに想ってもらったことは今まで無かった。偽りや冗談でさえ、誰かからこんな風に言われた記憶がない。
胸の辺りに、僕の知らない痛みが走る。
痛いのは嫌いだけれど、こんな柔らかな痛みは、ツキンと胸に響くくせに不快だとは思わなかった。不快ではなかったけれど、僕には返す言葉も、取るべき行動も見つけられなくて。
こんな痛みにも、誰かに向き合うことにも慣れていない僕はそのまま、踵を返してしまった。
きっと、一番してはならない事だっただろうに。

の声が、ローブの背中に跳ね返ってかすかに響く。

「セブルス、あのね」

1歩。
背後から声が聞こえる。

「あたしのこと、好きにならなくても良いから」

2歩。
普段と比べてなんて弱々しい声だろう、と思う。

「嫌いにならないで」

3歩。
最初会った時は確かこのような声をしていたか、と記憶を巡らせる。

「お願い」

4歩。
…お前にとって僕と出会ったことは、良いことだったか?
僕にとっても、お前にとっても。

そう、僕にとってこの出会いは…。


僕は、5歩目を踏み出そうとする足を止めた。


「何をいえばいいのか、僕には分からない。だが…僕の左側は、空いているぞ」
その途端、が小さく息を呑む音が聞こえた。
「そこは今、誰もいないの?」
「いないも何も、お前が来るまでここには誰もいなかった」
「そうなの?」
「悪いか」
「ううん…」

また歯切れの悪くなったの言葉だったが、今度は苛立つどころか苦笑するしかなかった。
「いつもの厚かましいくらいの勢いはどうした?」
その途端、まだ微かに青白かったの顔がいつもの赤みをしっかりと取り戻した。
へらりと笑って、定位置に歩みを止め。
「じゃあ、厚かましいついでにね…って呼んで、セブルス」

やや機械的な僕の呼びかけにも、いつもの笑顔で応えたのだった。




見返りは相手がそこに居ること、それだけで十分なのであれば。
それは、僕のもとに残る確かな証になるだろうか?
たとえばそれが、この手に掴めないものであっても。











だーらだーらと続きます。終わらせるだけの気力と暇があるのかどうか…。
なんとか終わりまでこぎつけたい!セブルス好きだから!!(笑)


n e x t      b a c k