それは、シロツメクサの約束。
まるでお伽話の一場面のような、白い花咲く丘での約束。
遠くには古いお城が見えた。
なんてロマンチック。










月 並 み 恋 物 語 [ 1 ]










「おれ、大きくなったらをお嫁さんにする」
ほんのりと頬を染めた黒髪の男の子は、あたしの手をとって真っ直ぐに瞳を見つめてくれる。
まだ5歳だったあたしでも、同い年の彼の眼がどれだけ真剣だったか分かったから、ちゃんと返事を返した。
「わたしもね、大きくなったらシリウスのお嫁さんになるの」
そうしたら、彼は花がほころぶ様に笑って―男の子にこの表現はあんまり適切じゃないのかもしれないけど、確かに例えるならそんな感じだったの―握っていたあたしの手をもっと強く、だけれど優しく握りなおした。
そのままあたしの手を胸の辺りまで持ち上げ、その薬指にそっと、シロツメクサの指輪をはめる。
「これ…」
あたしがびっくりして問いかけようとすると、シリウスは得意げに笑った。
「おれな、知ってんだ。コンヤクユビワ、っていうんだぜ。ダディとマミィが教えてくれたんだ」
「でもこれ…たしか左手にするんだよ?シリウス」
白く丸い花と黄緑の茎がおさまっていたのは、見事にあたしの右手薬指。
「あ、やべぇ!」
シリウスはあたしの右手からひったくるように指輪を外して、急いで左に付け替える。その慌てぶりが彼の綺麗な顔とかみ合わなくて、そのギャップに思わず笑みがこぼれる。あたしの笑った顔を見たシリウスが、ばつの悪そうな顔をする。
「だれにもいわないからね」
「うん、たのむ」
小さなくだらない約束も、くすぐったくて嬉しくて、大切で仕方がない。

丘の周りを包む風も、指に触れる白くて小さな花びらも、暖かいシリウスの手も。
何だか全てがくすぐったく思えてきて、あたしはいぶかしげな顔を向けるシリウスを尻目に、けたけたと笑い出した。
「なんだよ
「あはは、うれしいんだよ!」


なんてロマンチック。











「あー…」
そうしてあたしは、また現在へと戻ってきた。10年前の白い丘の上から、寮のベッドの上へと。
夢で見た光景も、シロツメクサの指輪も、シリウスの暖かい手もすべて、かつては本当にすぐ傍にあったものなのに、今ではすべて生ぬるい映画の中での出来事のように思える。
客観的にしか見られない、目の前に映し出されるだけの光景。自分で実際に感じなければ、作り物に思えてしまう世界。
なんてロマンチック。
夢の中なら甘い響きを含んだ言葉でも、今は皮肉にしか聞こえない。
(もうやめなさいちゃん!そんなこと考えたって余計に空しくなっちゃうだけでしょ)
そう自分を叱咤して、のろのろとベッドから起きた。


「おう!!」
「んあ、シリウス…」
「元気ねーな、なんだその間の抜けた返事は!シャキっとしろシャキっと!」
かつてあたしに愛を囁いてくれた5歳の少年はすっかり成長して、15歳の見目も麗しい美少年になった。
それと同時に、あたしを好きになってくれたことも、シロツメクサの指輪も忘れた。
そして今あたしは、朝食時からこうやって彼に肩をばんばん叩かれるだけの友達。

もちろんあたしはずっと覚えていて、彼も当然覚えていてくれているだろうと思っていた。
だけどその考えは、ホグワーツに入学したときにほぼ絶望的な形で崩れ去った。



ホグワーツへと向かう汽車を前に、蒸気立ち込めるプラットホームであたしはシリウスを探していた。
あの指輪を貰って1年ほど後に遠方へ引っ越したシリウスは薄情なことに手紙もくれず、そのまま音信不通。だけど、あたしの両親もシリウスのご両親も魔法使いだったし、シリウスのご両親はどちらもホグワーツの出だったから、シリウスがホグワーツに入ってくるのは間違いないと踏んでいた。
きっと、ここでまたシリウスに会える。そんな淡い期待であたしの胸はいっぱいだった。
(あたし、見た目は大丈夫かしら?)
せわしなく自分の姿格好を見回す。淡い水色のブラウスに赤いチェックのスカート。あたしのお気に入り。
背伸びをしたくて、つい最近髪も茶色く染めた。皆から似合ってるねと言われたから、シリウスも気に入ってくれるかな?
そう思ってふふっと笑ったその瞬間、あの丘で見たのと同じ輝きをした黒髪が、人込みの中に見えた。

「シリウス!」

シリウスが振り返る。やっと会えた。
だけどシリウスの顔はあたしのようにほころんではいなくて、その相変わらず端正な顔は何かを思い出そうとしているような微妙な表情をしていた。あたしの笑みも思わず引きつってくる。
「あ…えっと…?」
その顔はまさに、「えーと、あなたのお名前なんでしたっけ?」と語っていた。

「あの…あたし、っていうの。9年か10年くらい前に、あなたのおうちの近所に住んでたんだけど…」
「…あ、まじで?じゃあ、久しぶりだな!」
じゃあって何よ、という文句も言えないほど、あたしは打ちのめされていた。
差し出されたシリウスの手を握るのも、嬉しいはずなのに半ば上の空だった。

彼は、あたしのことなんて覚えてない。

その後は2人とも同じグリフィンドール寮に入り、いつしか恋人という呼び名には遥か遠くとも、近しい友人にまでなれた。
だけど、納得いかないのだ。彼があたしに言ったこと、してくれたことを何も覚えていないというのが。
…確かに、覚えていない、思い出せないと言われても文句は言えないかもしれない。
彼は昔も今も綺麗な顔をしていて、背もすらりと高くて、何でも出来て楽しくて。きっと王子様ってこんな感じかなって思う。
かたやあたしは、まさに十人並み。顔もスタイルも目立って良いわけでもなくて、成績も普通ね。
あの丘の上で王子様とお姫様だったはずのあたし達はいつの間にか、王子様と村人Aになっていた。
(…だから、ダメなのかな)
あまりに開いてしまった差に、切ないを通り越してなんだか泣きたくなる。

あたしはこの格好いい王子様に、夢を見ていただけだったのかしら?
あたしが本当にあったと思っていたあの出来事は、ただの空想でしかなかったのかしら。



「おいおい、そんな通路でボーっとしてんなよ。通行中の皆様にご迷惑だろーが」
「うるさいわね、今座るわよ」
入学時の出来事を思い出したら急にこの美少年が憎たらしく思えてきて、シリウスから少し離れた席に座る。
「なんでそんな離れんだよ。こっち来いよ」
「今あんたの顔見たくないの」
「ふーん…ま、無理にとは言わないけど」
それでおしまい。
自分から遠ざかっといて何だけど、あっさりしすぎて寂しいな、なんて我侭な事を考えてみる。



もしかしたら。
小さい頃の約束なんて、覚えてるほうが莫迦なのかしら。











キ〜レ〜が〜わ〜る〜い〜(泣)とりあえず、シリウス連載夢です。
オールキャラ夢(逆ハーもどき)とセブルスの連載夢も全然終わってないのにね。
余談ですがどうしてもあたしの書くヒロインは外見的にパッとしない設定になってしまいます。なんで…。


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