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エゾナキウサギの生活を追って

                       小野山敬一



1.エゾナキウサギのプロフィール

 草食哺乳類であるウサギ目は,現生ではナキウサギ科とウサギ科からなる.ナキウサギ属は,ナキウサギ科の唯一の現生属で,中新世後期(1600万年前)以後に出現する18種の化石種(Erbajeva, 1988)と約20種の現生種が知られている.現生種は北アメリカに2種,他はアジアに分布する.生態的には巣穴を掘らず岩塊地に住む「岩ずまい」,巣穴を掘り草原や潅木帯に住む「草原ずまい」,そしてそれらの中間型と3グループに大別できる(川道,1991;Smith, 1988).
 日本では北海道だけに生息しているエゾナキウサギ Ochotona hyperborea yesoensis Kishidaは,キタナキウサギの1亜種とされている.キタナキウサギ Ochotona hyperborea はウラル,シベリア,モンゴル,中国東北部,朝鮮半島北部,カムチャツカ半島,サハリンと広く分布している種である.エゾナキウサギは巣穴を掘らず岩塊地に住む「岩ずまい」のタイプにはいる.ただし土を掘る能力はある.
 エゾナキウサギ(図1×4)は尾のないネズミに見える.実は数mmの尾があるが,体毛にかくれている.耳介は丸く短い.脚は短く,前肢は5指,後肢は4指となっている.前肢でものをつかむことはできない.つかまり立ちはできる.野外で立木に登る場面はまず観察されないが,登攀能力はある.年2回毛変わりし,夏毛は赤褐色,冬毛は灰褐色から暗褐色だが,個体変異がある.
 切歯(門歯)は上顎に2対,下顎に1対ある.上顎第1切歯の後面に接して,細く小さな第2切歯が並ぶ(図2).第1切歯2本の先端での幅は上下ともに3mmである.切歯の後方は歯隙となっていて,その後方に上顎で前臼歯3対,後臼歯2対,下顎で前臼歯2対,後臼歯3対がある.下顎の左右の臼歯列の間は狭く,上顎臼歯列よりも内側に位置する.臼歯の咬面は波板のようになっており,下顎を左右に動かして食物をすりつぶす.
 フンはふつう直径約3〜4mmの固くて丸いフンで,排出直後は表面がぬめっていて黒褐色だが,乾くと黄土色や薄茶色になる.岩や苔の上,まれに倒木の上にフンは見つかる.また,ときには暗緑色の柔らかくて細長い軟便が見られる.岩の上や貯食物の間に多数あったりする.軟便は排出時にすぐにあるいは生乾きのときにも食べるが,消費されなかった貯食物といっしょにそのまま残っている場合もある.
 性別の判定は繁殖期の鳴き声によるのが容易である.キチッという音を数回から十数回連続して発するものが雄で,このような連続音を発しないものが雌である(Kawamichi, 1970).ただし,雄も雌と同様に単音は発するので,注意が必要である.
 エゾナキウサギの捕食者として一般にあげられるのは,エゾオコジョ,イイズナ,キタキツネであるが,資料はほとんどない.大雪山系でキタキツネが捕食した観察例(桧座,1991),シロフクロウのペリットにエゾナキウサギの骨格が含まれていた例(川辺ほか,1991)ぐらいである.エゾオコジョはエゾナキウサギの生息する岩塊地で観察されるが,捕食の証拠は得られていない.

2.分布とすみ場所

 図3→拡大]にアンケート調査による334箇所の生息地,文献による報告,そして現地調査によってえられた合計570箇所の生息地を示す(小野山・宮崎,1991).分布域は北海道の中央部の地域に限られていて,北見山地,大雪山系,日高山脈,夕張山地となる.北限は渚滑岳の少し北で,南限は豊似岳南東の三枚岳,東限は置戸町勝山付近,西限は夕張岳である.
 夕張山地での生息地は13箇所しか得られておらず,大雪山系からは約20kmの隔たりがあり孤立的な状態にみえる.また,佐幌岳とその南の生息地とは28キロメートルの距離があり,大雪山系と日高山脈の間がやや切れている状態となっている.
 垂直分布では,様似町幌満川流域の標高50m(川辺,1990)から大雪山系白雲岳頂上の2230mにわたるが,主に標高600m以上の山地に分布し,特に1500から1900mに多い(図4).
 すみ場所は露岩帯とかガレ場とかいわれる,岩塊が積み重なったところか,岩塊地上に森林が成立しているところである.このような岩塊の堆積は,高温に弱いエゾナキウサギにとって,好適な低温環境を提供する.また,捕食者から逃れるための地下への出入り口を数多く提供する.逆に,このような岩塊地の有無が分布の制限要因となっていると考えられる.
 568箇所の生息地について国土庁の20万分の1土地分類図から読み取った結果,岩塊地を生じさせるような火山岩,深成岩,あるいは変成岩の地質となっている生息地は98.2%になった(小野山・宮崎,1991).10箇所は粘板岩・砂岩となったが,詳しく検討した川辺(1992)によると,うち5箇所は火山岩,深成岩,あるいは変成岩で,他の1箇所もそうと考えられた.日高山脈では,エゾナキウサギの生息地の分布は深成岩や変成岩からなる日高変成帯とほとんど一致する(川辺,1989).
 エゾナキウサギは,氷河が発達して海面が下がり,間宮海峡と宗谷海峡ともに陸橋があったヴュルム氷期の3.5万〜4万年前に大陸から北海道に渡ってきたと考えられている(Vorontsov & Ivanitskaya, 1973).その後,氷期が終わって氷河が北へ後退していった後も,山岳地帯に生き残ったので遺存種とか生きた化石といわれる.
 石狩低地帯以南での分布は確認されていないが,アンケートや個人的情報としては,生息情報が数件寄せられている.はたして,渡来期に石狩低地帯を越えては分布しなかったのか,到達したがその後絶滅したのか,あるいは現在でもわずかながらも生き残っているのか.道南地方にも岩塊地はあるので,詳細な現地調査が望まれる.

3.生活史

 交尾期は5月から6月で,出産は6月から7月である.妊娠期間は約30日と考えられる.胎児数あるいは産子数についてこれまでの資料をまとめると,3がもっとも多く7例,2は4例,4が3例,5が2例,1が1例である(小野山,1991a).年2回出産する場合もあると思われるが,多くは年1回の出産であろう.
 出産直後の個体は体長6cm,体重10gほどで,急速に生長し,2週間ほどで離乳する(芳賀,1958).その後もしばらく親のなわばり内にとどまるが,8月以後に体重120g以上の成体となり,9月(2〜3か月令)には成体の鳴き声とほとんど区別できなくなる.子は7〜8月,親に追い出されて分散していく.あるいは雄は父親を雌は母親を追い出して,親のなわばりに定住する.分散していった個体は,なわばりを持った成体が死亡して空きになったところに定着し,翌年,繁殖に参加する(Kawamichi, 1971).

4.地上活動

 地上での活動は夜間にも見られるが,ほぼ昼行性である.地上活動の内容は,採食,休息,警戒,日光浴,鳴き,排糞,頬こすりが主なものである.日周期活動のパターンは置戸(標高500〜600m)では朝と夕にピークのある二山型(Kawamichi, 1969, 1971)だが,然別地方(標高870m)では昼間にもかなりの活動が見られる(小野山,1991b).気温がおよそ20℃以上になると,地上活動は抑制されはじめるようで(小野山,1991b),活動パターンの違いは気温の違いによるものであろう.活動の抑制要因としては,日射(高温),大雨,風,積雪があげられる(Kawamichi, 1969).
 エゾナキウサギの地上活動時間は少なく,姿を見ることは難しい.顕著な活動は鳴きである.鳴き声には長鳴,短鳴,震え声の3タイプが認められる(Kawamichi, 1981).長鳴は一定間隔で連続して強く発せられる4〜16音からなる鳴きで,雄だけが発する.構成音数は3月から6月の十音前後から秋の数音へと減っていく.短鳴は単独であるいは不規則な間隔で連続して発せられる鳴きで,雌雄ともに発するが,雌の多くの鳴きは短鳴である.震え声は尻下がりの柔らかい鳴きで,多くの場合岩中へ逃げ込む時に発せられる.
 冬には鳴きはほとんど聞かれず,姿も見られなくなる.積雪20〜30cmまでは雪の上を歩くが,それより深く積もると雪の下にトンネルをつくって活動する(芳賀,1968).

5.なわばりと行動圏

 置戸地方での観察によると,一年中つがいでなわばりが持たれるが,9月から12月では雌雄の行動圏が一致し,オスはオス,メスはメスに対して防衛する同性間なわばりとしてほぼ全域が防衛される(Kawamichi, 1970;川道,1991).多くの場合,つがいでのなわばりの直径は40〜70mで,80,000m2に10つがいがいた(Kawamichi, 1970).1つがいあたりのなわばりは,4つがいについて図から計算すると2,600〜3,200m2である.
 小野山ほか(1991)は電波発信機をつけて,エゾナキウサギの行動圏を調べた(図5).目視のみによる行動圏の最大長と面積は個体Bで48mと387m2,個体Dで73mと1,572m2だったが,ラジオテレメトリ法による行動圏の最大長と面積は,6日間の追跡をした個体Bで191mと11,372m2,8日間の追跡をした個体Dで155mと11,530m2だった.一頭の行動圏は露岩部と森林部とにまたがっており,森林部がかなりの面積割合を占めていた.また,一日の間でも露岩部と森林部の間を往復していると推定された.この調査地の露岩部には植生が少なくまた風が強いことが多いので,森林部での活動が多いのかもしれない.

6.採食

 地上活動のうち,生存に関わるものとして重要なものは採食である.大雪山国立公園の然別地域での小さな露岩地で調べた(宮崎・小野山,未発表)結果,植物55種のうち32種が採食物として確認され,多くの種類を食べていた.しかし,採食時間割合からみるとコケモモ,ヒメスゲ,エゾムラサキツツジ,シラネニンジン,イソツツジ,ヒメノガリヤスの6種で80%以上になる.これらは,調査地で優占的なイソツツジを除いて,植物現存量に比較して選択度が高い.採食部位はほとんどが葉・茎である.採食は岩間から出てすぐ近くで行なう(Kawamichi, 1971).出入り口から食物を取った場所までの距離は2m未満が多く,68%を占め,8m以上の場合はわずかだった(宮崎・小野山,未発表).

7.貯食

 ナキウサギは冬眠をしない.積雪下での採食も行なうが,それだけでは食物不足となる.冬季6か月を越すための食糧問題への解答が貯食である.積雪後の食物は大部分を貯食に依存する(Kawamichi, 1971).
 然別地域では貯食活動は9月から始まり,10月中旬にピークとなり,10月末にはほとんど終わる(宮崎・小野山,未発表).しかし,置戸地方では7月中旬に始まり,8月中旬から9月下旬にピークとなり,10月上旬にはほとんど終わる(Kawamichi, 1971)というように,地域によって時期的ずれが見られる.
 ときに少量で短期間の貯食が見られるが,一時的あるいは断片的貯食(Kawamichi, 1971)として区別すべきものだろう.これは置戸地方では5月から6月に最も頻繁に見られ,然別地域では5月下旬から8月に見られる.
 貯わえられる場所(貯食場)は,岩の下の隙間や木の根の下である.色々な種類の植物を貯食しており,草本類,木本類,シダ類,蘚苔類,キノコ類を利用する.これまでの報告とその後の調査結果をまとめると,貯食植物はおよそ120種になる.採食と同様に,出入り口の近くで貯食物を獲得する.出入り口から貯食物を取った場所までの距離は2m未満で87%を占めた(宮崎・小野山,未発表).したがって,貯食物は貯食場の周囲の植生を反映し,貯食場によって種類と割合構成はかなり異なるものとなる.例えば,クマイザサだけという場合もある.しかし,選択性は見られる.
 1貯食場での本数は数本から千本以上になる場合もあるが,多くは数十本である.種数では20種以上の場合もあるが,数種類程度のことが多い.小さな露岩地で調べた結果(宮崎・小野山,未発表),本数割合では1991年秋にナナカマド,オガラバナ,ダケカンバ,ヒメノガリヤス,ハウチワカエデの5種で80%,1992年秋にナナカマド,ツルツゲ,オガラバナの3種で80%を占めた.ナナカマド,オガラバナ,ダケカンバ,ハウチワカエデについてはほとんどが落下した葉または葉条が利用されている.
 コケモモ,ツルツゲ,イソツツジ,ヒメノガリヤスについては,茎のところで切り取って運ぶ.貯食されたものの切り口での直径は,それぞれ0.5〜1.4mm,1.0〜2.9mm,0.9〜2.9mm,0.5〜1.2mmで,一対の切歯の幅(約3mm)以下となっている.また,生重量ではほとんどは1g以下である.このように,貯食植物の選択について形態的な制約が関係していると思われる.

8.おわりに

 エゾナキウサギの生活のついては多くが明らかにされたが,地下での生活や他の動植物との関係についてはまだ不明のことが多く,これからの課題である.また,キタナキウサギの他の亜種についての調査が進めば,分布南限で生活するエゾナキウサギとの比較も興味深いところである.さらに,エゾナキウサギの保護もひとつの課題となっている.
 エゾナキウサギがはじめて捕獲され正体が明らかになったのは,植林されたカラマツを加害する害獣としてだった.しかし,その後山岳地帯での生息が少しずつ判明していくとともに,学術的価値(氷期遺存種,キタナキウサギの分布南限,特異なすみ場所・貯食習性など)が認められてきた.幸いにも,その生息地は人には近づきにくいところだったのでそっとされていたといえる.それがまた,人間にとっての精神的価値を加えているといえよう.しかし,近年の北海道での道路建設や森林伐採などの開発は山奥にまで踏み込んでおり,あちこちで生息地が脆い状況になったり,なりつつあるのが現状である.また実際に,道道鹿追糠平線の駒止湖付近での車による交通事故例が知られている.
 野生動物の保護のためには,生息地の保護が必要だという理解がますます広まったと思われるが,さらには土地と動植物が相互につながりを持った系として保護すべきだとの認識が必要であろう.例えばナキウサギが生活していることは,それを支えあるいはそれに支えられあるいはそれと競うなどして関係を持ちあるいは持たない数多くの植物や動物が生活していることを意味する.その意味で,ナキウサギの存在は,多様な生物が多様な場を通して多様な生活を営んでいることの総体を表わすひとつの象徴である.
 ひがし大雪博物館の川辺百樹氏には原稿を読んでご意見をいただいた.厚くお礼申しあげる.


引用文献

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芳賀良一.1958.ナキウサギの実験動物化に関する生態学的研究.実験動物,7(3): 69-80.
川辺百樹.1989.ナキウサギと地学.郷土と科学,(100・101): 14-16.
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川辺百樹.1992.ナキウサギの分布と地質要因(1).ひがし大雪博物館研究報告,(14): 103-106.
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Kawamichi, T. 1969. Behavior and daily activities of the Japanese pika, Ochotona hyperborea yesoensis. J. Fac. Sci. Hokkaido Univ. Ser.VI. Zool., 17:127-151.
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Smith, A. T. 1988. Patterns of pika (genus Ochotona) life history variation. In M. S. Boyce, ed., "Evolution of life histories of mammals: theory and pattern" pp. 233-256. Yale University Press, New Haven and London.
Vorontsov, N. N. & E. Yu. Ivanitskaya. 1973. Comparative karyology of north Palaearctic pikas (Ochotona, Ochotonidae, Lagomorpha). Caryologia, 26:213-223.


図の説明

図1.岩の上のエゾナキウサギ.(小野山撮影) →×4
図2.上顎切歯の正面図(a),側面図(c),腹面斜方図(d)と下顎切歯の正面図(b).(小野山原図)
図3.エゾナキウサギの水平分布. →拡大(小野山・宮崎(1991)にもとづき作成)
図4.エゾナキウサギの垂直分布.(小野山・宮崎(1991)より)
図5.ラジオテレメトリによるエゾナキウサギの行動圏(実線).破線は個体BとDの目視による行動圏.白抜き部分は露岩部分,横線部分はトドマツ・アカエゾマツ・ダケカンバの森林部分.個体BとDは成体雄,Aは性別不明の成体,Cはその年生まれでおそらく雌.(小野山ほか(1991)より変写)


出典:小野山敬一.1993.6.エゾナキウサギの生活を追って.東 正剛・阿部 永・辻井達一編『生態学から見た北海道』: 258-265, 363.北海道大学図書刊行会,札幌.
Broadcasted with 30 May 1996 agreement of Hokkaido University Press.