お題 かっちん 『邂逅』 こうたろうバージョン |
起の章 こうたろう 最近私は同じような夢を見る。 妙に懐かしい。 だがそれだけで、 それが過去の出来事なのか それとも前世の記憶なのか解らない。 そう、一般的に言うデジャブー、既視観というものか。 夢なので、 はっきりとしたことはよく覚えていない。 ただの風景だ。 そう、ただの風景・・・。 澄んだ川では魚が気持ちよさそうに泳いでいる。 その川のそばには一本の大きな木がある。 小鳥はさえずり、 青々とした葉たちはお互いをこすりあわせて歌っている。 そんな風景。 そこで、子供が元気よく走り回っている。 だがこの子の顔はよく解らない。 男の子なのか、女の子なのかさえも解らない。 頭の片隅に「まーちゃん」という愛称が残った。 そう夢なんだ。 すべては夢なのだ。 だが何か気になる。 最近同じような夢を見ているからではなくて、 なぜだか解らないが気になっている。 このようにして最近の私の1日は始まる。 何かしこりのようなものを残して。 |
承の章 かっちん 1999年の新年を半月余りに控えた師走のこの日 私は会社の業務で神田にあるビルを訪れていた。 私の仕事はコンピュータSE技師で、最近話題に なっている『西暦2000年問題』を対処するため 各企業を回ってプログラムを修正する毎日が日課となっている。 このビルの5階にあるコンピュータ室を訪れ、早速 作業に取りかかった。 プログラム言語を1つ1つチエックする緻密な作業である。 おそらく、夕方までこの作業が続くものと予想される。 私がプログラミングと格闘しているちょうどその時 『コーヒーをお持ちしました。少し息抜きして下さい。・・』 くっきりとした二重瞼で切れ長の目で鼻立ちが整った卵型の 輪郭で肩まで延びたロングヘアーで粋な制服姿の女性が 私の側のテーブルの上 にそっと差し出した。
私は彼女の差し入れたコーヒーを啜りながら暫く彼女と雑談した。 時刻は、あと5分で正午である 。
『そろそろランチタイムだけれど、この近くの旨い店紹介してくれる。? 』
『あなたの味覚に合うかどうか分からないけれど、私と一緒にどうぞ・・・』 私は彼女に連れられてエレベーターに乗り下に降りた。 少し華奢に見えるその躰に艶のある黒髪が肩まで垂れ下がり 彼女の後ろ姿の甘い臭いに私は暫く包まれていた。 |
転の章 れいむ 不思議な雰囲気の店だった。アンティークというより、古いだけ。 昼間だというのにほの暗い店内。オレンジ色のカンテラがふらりと揺れる。 そのたびに、壁のレンガの凹凸が、ゆらゆらとさざめく。 昼時だというのに、客は一人もいなかった。 『何になさいますか?』 「あ、あぁ」 音もなく水を運んできたウェイターに、料理を注文する。 (なんだろう、この女の目は・・) 会社で話しているときも感じていた。今も、少しでも目が「遭う」と くらりと意識がゆらぐ。 視線が、はずせない。 『私の顔に何か?』 「あ、いや・・」 何度目かになる言葉。慌てて視線を逃し、すぐ下にあったコーヒーカップを 覗き込む。 ゆれている。 琥珀色の液体。 女の瞳と同じ色。 とける。 女の少しさみしそうな微笑みが、滲んで消えた。 |
結の章 和香 横断歩道を渡ったあと女を見失った。 見回していると、呼ばれた。 道路に沿った公園の植え込みの向こうからだった。 「ごめんなさい。いつもの癖でこっちに来てしまって」 公園というより、遊歩道に近かった。樹木といえるものは少なく、白っぽい砂利敷きで、広場があったり、ベンチが並んでいたり、たまにブランコやシーソーがあった。 ピンクの象や、黄色いキリン、そんな遊具彫刻のある遊び場にでた。 女は、その一つに腰掛けると、タバコを出した。 「すいません、火、あります?」 私も、象にもたれて一服した。 女は脚を組んだ。しばらく互いに紫煙を漂わせていた。 「お生まれはどこですか」 「東京のはずなんですが。ここら辺にも住んだことがあるかもしれないんです」 「え、かもって」 「転々としてたんです。わりと。ははは。小さい頃です」 「へぇ・・」 初めて、女が澄んだ笑顔を見せた。 でも、また、会話が途切れた。 なまじ何か話したために、気まずくなったようだった。 「・・あなたの座っているのは、オットセイでしょうか」 「この子? かもね、ふふ。 ・・トドかな。ええと、もう一つ似たのがいましたよね」 「もう一つですか」 「あれ、出てこない。なんだっけ」 「もしかして、それは、あの、・・そうだ、アザラシでしょう」 女はそうそう、と言って、からだをこちらに向け人なつこく頷いた。脚を崩したその姿勢がやけに色めいて、まともに見られなかった。腰掛けになっている青いやつの彫り込まれただけの髭面に、タバコを挟んだ白い手をのせていた。
「まーちゃん」のことを、その時、はっきり思い出した。
「どうしました」
私は、誘われるまま、あの頃のことを話した。 |