ねっとCafe/nc:小説工房談話室


タイトル  :『邂逅』 こうたろうバージョン 結の章
発言者   :和香
発言日付  :1998-12-14 07:51
発言番号  :729 ( 最大発言番号 :829 )
発言リンク:651 番へのコメント

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お題 かっちん

  『邂逅』   こうたろうバージョン
 
 
 

起の章 こうたろう

 
 
最近私は同じような夢を見る。  
妙に懐かしい。  
だがそれだけで、  
それが過去の出来事なのか  
それとも前世の記憶なのか解らない。  
そう、一般的に言うデジャブー、既視観というものか。  
夢なので、  
はっきりとしたことはよく覚えていない。  
ただの風景だ。  
そう、ただの風景・・・。  
 
澄んだ川では魚が気持ちよさそうに泳いでいる。  
その川のそばには一本の大きな木がある。  
小鳥はさえずり、  
青々とした葉たちはお互いをこすりあわせて歌っている。  
そんな風景。  
そこで、子供が元気よく走り回っている。  
だがこの子の顔はよく解らない。  
男の子なのか、女の子なのかさえも解らない。  
頭の片隅に「まーちゃん」という愛称が残った。  
 
そう夢なんだ。  
すべては夢なのだ。  
だが何か気になる。  
最近同じような夢を見ているからではなくて、  
なぜだか解らないが気になっている。  
 
このようにして最近の私の1日は始まる。  
何かしこりのようなものを残して。  
 
 
 
 
 

承の章 かっちん

 
 
1999年の新年を半月余りに控えた師走のこの日  
私は会社の業務で神田にあるビルを訪れていた。  
私の仕事はコンピュータSE技師で、最近話題に  
なっている『西暦2000年問題』を対処するため  
各企業を回ってプログラムを修正する毎日が日課となっている。  
このビルの5階にあるコンピュータ室を訪れ、早速  
作業に取りかかった。  
プログラム言語を1つ1つチエックする緻密な作業である。  
おそらく、夕方までこの作業が続くものと予想される。  
私がプログラミングと格闘しているちょうどその時  
『コーヒーをお持ちしました。少し息抜きして下さい。・・』  
くっきりとした二重瞼で切れ長の目で鼻立ちが整った卵型の  
輪郭で肩まで延びたロングヘアーで粋な制服姿の女性が  
私の側のテーブルの上 にそっと差し出した。  
私は彼女の差し入れたコーヒーを啜りながら暫く彼女と雑談した。  
時刻は、あと5分で正午である 。  
『そろそろランチタイムだけれど、この近くの旨い店紹介してくれる。? 』  
『あなたの味覚に合うかどうか分からないけれど、私と一緒にどうぞ・・・』  
私は彼女に連れられてエレベーターに乗り下に降りた。  
少し華奢に見えるその躰に艶のある黒髪が肩まで垂れ下がり  
彼女の後ろ姿の甘い臭いに私は暫く包まれていた。  
 
 
 
 
 

転の章 れいむ

 
   
 不思議な雰囲気の店だった。アンティークというより、古いだけ。  
 昼間だというのにほの暗い店内。オレンジ色のカンテラがふらりと揺れる。  
 そのたびに、壁のレンガの凹凸が、ゆらゆらとさざめく。  
 昼時だというのに、客は一人もいなかった。  
『何になさいますか?』  
「あ、あぁ」  
 音もなく水を運んできたウェイターに、料理を注文する。  
(なんだろう、この女の目は・・)  
 会社で話しているときも感じていた。今も、少しでも目が「遭う」と  
 くらりと意識がゆらぐ。  
 視線が、はずせない。  
『私の顔に何か?』  
「あ、いや・・」  
 何度目かになる言葉。慌てて視線を逃し、すぐ下にあったコーヒーカップを  
 覗き込む。  
 ゆれている。  
 琥珀色の液体。  
 女の瞳と同じ色。  
   
 とける。  
 女の少しさみしそうな微笑みが、滲んで消えた。  
   
   
 
 
 
 

結の章 和香

 
 横断歩道を渡ったあと女を見失った。
 見回していると、呼ばれた。
 道路に沿った公園の植え込みの向こうからだった。
「ごめんなさい。いつもの癖でこっちに来てしまって」
 公園というより、遊歩道に近かった。樹木といえるものは少なく、白っぽい砂利敷きで、広場があったり、ベンチが並んでいたり、たまにブランコやシーソーがあった。
 ピンクの象や、黄色いキリン、そんな遊具彫刻のある遊び場にでた。
 女は、その一つに腰掛けると、タバコを出した。
「すいません、火、あります?」
 私も、象にもたれて一服した。
 女は脚を組んだ。しばらく互いに紫煙を漂わせていた。
「お生まれはどこですか」
「東京のはずなんですが。ここら辺にも住んだことがあるかもしれないんです」
「え、かもって」
「転々としてたんです。わりと。ははは。小さい頃です」
「へぇ・・」
 初めて、女が澄んだ笑顔を見せた。
 でも、また、会話が途切れた。
 なまじ何か話したために、気まずくなったようだった。
「・・あなたの座っているのは、オットセイでしょうか」
「この子? かもね、ふふ。 ・・トドかな。ええと、もう一つ似たのがいましたよね」
「もう一つですか」
「あれ、出てこない。なんだっけ」
「もしかして、それは、あの、・・そうだ、アザラシでしょう」
 女はそうそう、と言って、からだをこちらに向け人なつこく頷いた。脚を崩したその姿勢がやけに色めいて、まともに見られなかった。腰掛けになっている青いやつの彫り込まれただけの髭面に、タバコを挟んだ白い手をのせていた。

「まーちゃん」のことを、その時、はっきり思い出した。
 子供のくせに、髭があった。なぜ「まーちゃん」だったのだろう。
「丸い」からかもしれない、頭の上が。
 二人だけで、水辺でよく遊んだ。
 ・・・まさか。ちがうよ。
 まぼろしだったんだ。子供特有の、夢想。思い込み。
 あんなのが、いるわけないんだ。

「どうしました」
「あ、あはは。つい、変なこと思い出して」
「どういうことです」
「このごろ、変な夢見るんですよ。大昔、遊んだ友達のことですけど、どうもあいつは人間じゃなかったらしい」
 女は、首をかしげて、でも、興味ありげだった。
「男の子でした? 女の子でした?」
「どっちだったか。大きくなったらお嫁にするんだとか言った記憶もあるな。女の子だったかな。いや違うんです。いるわけないんですから、幻と遊んでいただけです」
「え、聞きたいです。もっと」

 私は、誘われるまま、あの頃のことを話した。
 一つ思い出すと、あとからあとからみずみずしい輝きとなって湧いてきた。
 昼休みの時間はとうに過ぎていたかもしれない。
 女の隣のそいつの顔の上に、いつしか腰を乗せていた。
「いったいどこであんなことがあったのか。あなたに話していたら、あながち、幻ではなかったような気がしてきました」
「水掻きがあって、言葉も話したのね」
「ええ、そうです。不思議な生き物だった・・」
 女が、私の手に触った。
 びっくりして、女を見おろした。女の手は濡れていた。
「・・・う、うそだ。どうして、こんなところに」
「待っていたのよ。ずっと、ずっと。迎えに来てくれるのを」
「ここが? 川なんかないのに」
「ここは暗渠になってるの」
「あんきょ?」
「人間たちが、川にふたをしてしまったの。この細長い公園の下には、今でも川が流れているわ」
 私の手をつかんだまま、まーちゃんは立ち上がった。目に涙がたまっていた。
「暗いんだけど、わたしたちの場所よ」
 どうしようもなく、ふるえた。唾を二度三度飲み込んだ。
「待って。あれは、せい、せいぜい、二十年前だよね」
 ここがあんな田舎だったとは思えなかった。
「忘れたの、あなた。 ・・あの頃は、おさむらいさんがいたでしょ」
 優美で、やさしげな仕草で、しかし、ふりほどくことなどできない、力だった。
「こっちよ」
 
 
 
 

 


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