はっきり言うとこの日は「初日授業・タコ・15分のあまり」と言う単語しかまともな印象として残っていない。
一つ一つゆっくりと思い出していくことにしよう。
実習校の授業開始時間は9:00からで、朝会や朝のSHRというものは存在していない。また、教師側も同様に朝の打ち合わせというものがない為、授業に間に合うように登校すればよいことになっている。
俺は初日、コバと共に日直であった。そのため、授業開始10分前までには出席簿としての実習生名簿をもらってきていなければならない。
2人で教務室に取りに行く。
「○○先生いらしてますか。」
「まだいらしてないみたいだけど。」
「わかりました」
と応答して2人で教務室から出る。
――が。
本当ならば○○先生がいなくても名簿だけ持ってくることになっていたのである。しかしすっかりてんぱっていた俺は、そんなことをすっかり忘れていた。以降、コバに任せっきりに。
すまん、コバ。
1限目の授業が始まる前にコバが持ってきた名簿に出席印を押し、宛名用シールをもらう。
シールに名前を書き、授業参観用に持ち歩くパイプイスに貼る。わざわざこのような処置をするのは、昔実習生用いすの行方不明が続出したからだそうだ。
持ち物に名前シールを貼るなんて、何年ぶりだろう。
そういえば、中学で唯一そのようなことをしなければならないものに美術のポスターカラーがあった。
入学当初に配布されたとき、後ろの席に座っていた女の子に
「字上手いねー。俺のも書いて?」
といって、あのちまちました書きにくいの、全部書かせた記憶がある。
・・・・・。
話を戻そう。
社会科は持ちコマ数の関係で皆初回から授業をやる。
そんなわけで2人は1限目から授業、俺を含めてトータル5人が本日やることになっている。
英語や数学はコマ数が多いから初めは見学、生物もそうらしい。
2限に授業をやる俺、ハル、スミの3人を残し、各々授業or見学に散る。
さて、2限の授業準備をしよう。
作成した資料プリントを印刷室にて刷り、部屋に戻ってくる。紙の癖になかなか重い。
後はノートを見てできる限り復習していたような気が。
1限目終了のチャイムが鳴り、皆が帰ってくる。
「時間全然足りなかった」
「少し余った」
人によってまちまちであるが、大方が思ったよりも進まなかったようだ。
ああ、どうなる事やら・・・・。
教員室で担当講師と合流し、教室に向かう。
クラスは1Fで、普段教えているのは講師の若い女性である。
「授業のやりやすいクラスだよ」
と道々1Fについて少しばかり教えてもらったが、情報は右耳から左耳へとするりと抜けていく。
一年生のF〜Hの3クラスは俺ら卒業後に建てられた新4号館の方にある。
何故このようになったかというと、定かな話か不明であるが、3年前に入試合格者を出す際、1クラス分多く取ってしまったらしい。
それで2号館にぴったり収まっていたクラスがはみ出してしまった。
当時はまだ新4号館ができていなかったため、1号館旧図書室の上、自習室が教室に割り当てられていたとか。
以来、一学年8クラスに増えたらしい。
丘の斜面に建てられた新4号館。
教室に入り、担当講師より紹介してもらい、授業にはいる。
とりあえず資料プリントだけ配って・・・・・。
緊張のため、あっさり自己紹介すっ飛ばしました(爆)。
ああ、これで5分は潰す予定だったのに。
当初の予定では全く内容については板書するつもりが無かったのだが、担当講師が結構まじめに板書しているクラスだったため、板書する羽目に。
「書いた方がいい?」
との投げかけに、Yesと帰ってきたためである。
しかし予想通り惨憺たる有様。
「先生、それなんて書いてあるのー?」
はい、解読できませんね。まぁだからこそ、「字はでかく、少しでも見えるように書き、かつ後で読み上げる」という手法を取ったのだが。
「先生、それ字間違ってるよ。」
おや?
書いた板書を見直す。
本当だ、伊勢"湾"が伊勢"港"になっている。
「どういう字だっけ。」
その子に聞く。
「中が"己"じゃなく"弓"だよ」
「ありがとう」
書き直す。
「他にも違う字とかあったら教えてね」
生徒にそんなこと促す先生って一体。この後も一つ、これは俺の完全な覚え間違えのものがあった。
流石にこれらについては後で、
「間違えないように事前に調べておいてね」
と指摘されたが。
本日の授業内容は「ゴミ問題 第一回」で、ゴミ問題がいつ頃、何故起こったかという歴史的背景を見て、そして現在のゴミ問題の具体例として一つ、不法投棄と野焼きを取り上げた。
大方思った通りに進んでいった。
だが、心にゆとりがないため、ノートは手放せないばかりか、あまり生徒の顔も見ることができていない。前を向いているはずなのに、見えていない状態である。「芋カボチャと思え」以前の問題であった。
声の出し方も「教室内全部に聞こえる声」であることが前提であるので、普段の発声とは全く違う。「腹から出すようにすると良い」というアドバイスを後からいただいたが、この時点ではそんなことを知るべくもなく、だんだんと後ろの方まで声が届かなくなってきて、掠れてくる。
この辺りまでは一応ある程度は予想済みであった。
そのため後ほどの反省でもさしてへこみはしない。
しかし。
「予定は未定」とは言うものの、授業案で時間配分していたにもかかわらず、時間が余ってしまった。
それも15分も。
授業が予定の所まで終わる少し前、腕時計を見る。
長短両方の針が「12」を指している。つまり12時just。
2限終了は12:15。
一瞬思考が止まる。
(時間潰すのにどうしよう)
そんな風に焦れば焦るほど口調は早くなる。
まさに秋葉、ドツボに嵌る。
内容が終わってしまい、どうしよう、と後ろで見ている担当講師に視線を送るが勿論苦笑い。
時間つぶしのネタも持ってきていなかったため、意を決し、授業を終わらせた。
いや、本当にどうしようもなかったので。
授業の"流れ"の中ですっ飛ばしてしまった話は2,3あったのだが、後から付け足すのがことさら難しいのを痛感。
あれらさえ入れられれば、丁度終わったはずなのに・・・・・。
事後反省にて以上に挙げたもの以外にも色々あったはずなのだが、印象に残ったのはこれぐらい。
いや、これでも十分すぎるが。
担当が講師と教師の2人なので、先の講師の方に行く。
内容については「教師の方に」と言うことので、主に授業のやり方のほうを指導してもらった。
とても具体的でわかりやすい。実際に、「私はこうやっている」と言うのを教えてくれるので、即戦力となった。
教師の方は教育実習打ち合わせの時と同様、まず「自分での反省点」を挙げさせ、それについて掘り下げ、その他構成や細かい点等を抽象的に挙げていく。
考えるのが苦手な俺にはちと辛い人だ。
実際に俺は2人の授業を受けたことはないが、やはりかなり異なるようだ。
これは後に2クラスの授業を行っていて思ったことだが、教師は「ノート使わない、黒板書き写させるやり方でない、とくに「班づくり」と言うものはしていない」。講師は「コートに板書写させる、「班」があり、それを用いて行うことが多々ある」感じであった。
まぁ、双方うちの学校で
教えている人々だから「個々に考えさせる授業」であることに違いはないが。
初回はこんな感じだったねぇ。
焦りに焦った15分の空白以外は、ほんと、時間のたつのが早く感じた。
え、もう75分たったの?って感じに。
自分の話している言葉すら、自分の耳に入ってきてなかったもんなぁ。
反省点について子細に挙げていけば本当にキリがないのでこれぐらいにしておく。
「秋葉が教師もどきをやっていること自体が欠陥」と言えば一言ですむのだが、それではあまりに辛すぎる。
事後反省も終わり、実習生控え室に戻る。
既に3限が始まっている。
俺同様、2限に授業をやった人などがバラバラと残っていた。
とりあえず水分を取る。のどがカラカラだ。
既に初回授業珍話がいくつか出ているようだ。
ハルが自己紹介に「生徒みんなのことも知りたいから」と言って一人一人に紙を書いてもらったことにより30分つぶれて、授業内容自体は1/3しか進まなかった、とか。
ソウ(イラストレーター兼キャラクター作家のひよこ)が授業中に自己紹介として黒板に漫画書いた(しかも同板書は生徒にプリントして渡してある)とか。
流石に双方「時間使いすぎ」「あれはやり過ぎ」と諫められたそうだが。
あー、見てみたかったなぁ。
なにを、って生徒の反応。
パフォーマンスも気になるが、生徒の反応の方が気になるなぁ。
午後はもう授業見学に行く気力も残っていないため、反省によって出てきた改善点を追求することに。
言い忘れや板書内容の追加、構成し直し、後は生徒から出た質問「オイルショックなのに何故トイレットペーパーを買い占めているのか」の返答を考えなくてはならない。
やらねばならないことは色々ある。
こうして、3、4限が終わり、授業及び見学に行っていた人々も戻ってきた。
その後続けて実習生係の先生が入ってきた。
「貴重品管理用にロッカー貸し出しますが、借りる人は付いてきてください。」
そういえば貸してくれると前回打ち合わせ時に言ってたっけ。
数人が先生について、2階校長室前にある灰色ロッカーの前に行く。
俺も何とはなしに付いていく。
「ちょっと待っててね、今鍵持ってくるから。」
南京錠型の鍵をかけるタイプのロッカーである。
あ、このロッカー、俺らが3年の時に新しくなったロッカーの、前のやつだ。
・・・・・おや。
しげしげとそのロッカーを見てみると、名札が昔のまま、はめ込まれていた。そしてそこには知り合いの名があった。
「おー、懐かしい、○○だ。」
「△△のもまだ残っている。」
先生方せめて名札くらいはずしときゃいいのに。ま、知り合いの名札は実習記念に御本人に渡してやろう(結果受け取り拒否されたが)。
戻ってきた先生が、一人一人に鍵を渡していく。
バヤシに渡すとき、
「バヤシ君、学校に宅配便送った?学校に君宛で届いたんだけど。」
と言った。
「はい」
そう答えて、バヤシは荷物引き取りに先生と消えた。
俺らは実習生控え室に戻る。
しばらくしてバヤシはミカン箱サイズの段ボールを抱えて戻ってきた。一体何をそんなに送って来たんだ。かくして室内の本棚の一部は「バヤシ私有物置き場」と化したのである。
時計を見ると15時過ぎであった。
帰宅は各自自由で、担当に許可得なければならないなどの時間的拘束はない。
「もう帰ってもいいかな、用事あるし。」
誰かがそう言った。
毎日書いて出さねばならない日誌も書き終え、手持ちぶさたらしい。
「いーよね、別に。でも一応30分までいようか。」
雑談をして時間をやり過ごしている。
まだ授業を行ってないし、すぐには授業をしない人々もいて、その中の一人マユは盛り上げ役に徹していた。初日から既に話題が「打ち上げやろうね」である。
彼女曰く、
「楽しいこと考えてないとやってられない」
である。
確かに。
そんなマユが持ってきていたのものがタコであった。
オレンジ色のアクリル樹脂でできた手のひらサイズのタコ。足をがばっと広げ、その先が下向きに少し曲がっている。
気が付くとそれがテーブルの上に鎮座ましましていた。
「どうやって使うの?」
「これはねー」
と、実演してくれる。
タコの頭を持ち、足を2の腕に当て、腕に沿ってタコを上下に動かす。
「いっぱい書くと腕痛くなるからそのマッサージにいいと思って。」
使ってみると確かに気持ちいい。
「買おうとは思わないけどあったら便利だよね。」
とはマユの弁。後日、テツはタコが気に入って自ら購入したらしい(笑)。
時間つぶしに自己紹介のネタをどうするかなど話している。
こんな感じで何人かが15:30を過ぎた頃、下校した。
俺はと言うと、日誌書きに四苦八苦しており、とてもすぐには帰れる状態ではなかった。苦手なんだよ、こういう公文書関係のって。
日誌は開いてA3サイズで、左側に本日のスケジュール、右側に本日得たことを書いていく。これに関して俺はまだまだ楽な方だった。
左側に「○限○○先生なんの授業」と書いて、右側に「こんな内容だった」と書くのでOKだったからである。スミとザワの担当はそれらを全部左側に書き、右側は純粋な考察のみを書かねばならない。毎日苦労してたなぁ。
日誌を提出し、校門を出たのは既に暗くなっていたので、18時頃であろうか。
こうして初日は終わったのである。
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