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October 2002
<10月分日記 21-31>
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21日
予定は未定

本日予定としては朝7時に起きて免許取得のために試験場に行くはずだった。
起きたら既に13時を回っている。
おや?
まぁいっか。雨降っていてどうせ自転車も使えなかったことだし。
かくして久々の日記UPとColumnに"自動車教習日誌"の追加に精を出すことにしたのであった。
続く。


22日
公安委員会筆記

都内最寄りの試験場にて筆記試験を受けに行く。
視力検査の受付時間が8:30からであるので、それにあわせて家を出る。
17,8分自転車を駆って到着。
あ、ここ位置的に路上教習していたとこから一本入ったところだ。
近いっていいねなんぞと意味不明なことを思う。
持ち物は俺の場合、卒業証明書と住民票・お金、そして筆記試験の申込書である。
書式は整っているので後は日付記入して申込書の裏にある簡易健康申請にチェックを入れてOK。
試験場にはいるとその雰囲気は病院のようだった。
廊下の感じがまさにそんな感じ。
入り口の所に案内職員が立っており、全て指示してくれる。
「まず視力検査に行ってね」
右前方を指す。
3列に別れて各15人ほどが並んでいた。
視力検査はおなじみ「"C"の切れ目はどこか」というのと「何色か」というものだった。
検定印をもらい、証紙発行窓口へ。
免許交付代1750円と受験料の2100円、併せて3850円を支払い、交付代の方の証紙は証紙の形のまま受け取る。
次に筆記の受付窓口へ行き、卒業証明書・住民票・申込書をまとめてもらい、受験番号をもらう。
試験は9:05分から。実際には長々とした説明があったので、30分から始まる。
同教室では2種免や一発試験の人もいる。もっとも後者は主に免停・取り消し関係の人のようだが。
90問が正誤問題、5問が危険予測の計95問で50分。
正答率90パーセントで合格。
この試験場の合格率は65パーセントだという。どうなる事やら。
試験が終わったら再び合格発表にこの教室内に戻ってくる。
待ち時間およそ15分。今日は結構空いているので早めに判定が終わったそうだ。
教室前方黒板の上に付けられた電光掲示板に番号が次々と流れていく。
あ、あった。
これでひとまず合格確定である。
落ちた人はこの時点で教室を出て、証明書類を返却してもらって後日またどうぞ、となる。
半分くらい、落ちてたな。
俺らはこの後申込書が一端返され、免許交付代1750円の証紙を張り付け、記載事項に間違えがないか再び確認し、免許交付引き替え部分だけ切り取って免許用写真を撮る。
全員がこれを終え、再び教室に揃った時点で講習が行われる。
内容は免許更新時期についての注意と、初心運転違反について。
20分ほど話して11:30になったので終わる。
免許交付自体は13時からだそうだ。空いている関係上、早く交付開始されるかも、と言っていた。
俺は一端飯食いに帰った。
落ち着いて時間潰せそうにもなかったし。
普通だったら「一端家に帰ろう」なんて考えないんだろうな。これが近場の良いところ〜♪
交付時間5分前に指定教室に着いた。
丁度交付が始まったところだった。
受験番号順に呼ばれていく・・・・・って俺ケツから3番目じゃん。
「受け取ったら氏名・本籍や住所が間違ってないか確認してください」
とのことであるが、やはり気になるのは写真。
うーあー。予想道理というかなんというかかなりひどい。
普段眼鏡の下に隠していた素顔(誤)が出ているため微妙な状態。
唇紫だし。血色悪りー。寝不足が祟ったか。
こんな免許を後3年も持ってなくちゃならないのか。
自分で自分が憎い。

こうしてようやく本当に自動車教習は終わった。
今のところな。

この後図書館行ってインターネット導入に伴って新機に変わったパソコン達の微妙さに引きつつ、帰宅。後は学校行かないとな。


23日
もうそんな時期なんだ

久方ぶりにゼミでほぼ全員揃った。
一人は本日試験で来れないらしい。
出席率が微妙によいのは卒業アルバムのため集合写真を撮るからだ。
・・・・誰が買うのだろう、あんな高いの。
うちのゼミの人殆ど買わない方向でいるようだ。
元隊長がサークルで温泉行ったらしくおみやげもらう。
某K氏が先先週のゼミ中に行っていた北海道旅行の土産、赤ワインを先生に渡す。
先生御満悦。
さて。
3限始まってしばらく経ったとき、アルバム委員が来た。
「いつ頃撮りますか」
「14時くらいに・・・・」
「14時40分くらいに来てもらおうか」
先生決定。
どちらが先生かは言わずもがなである。
ゼミ内容は今週はまだ3年生の発表であるが、来週からは4年も入ってしまう。
各々の予定聞いて、スケジュールが組まれていく。
「来週再来週は来れません」
「じゃぁささ来週元隊長ね」
・・・先生、『ささ来週』ってなんすか。意味は分かるけど。
因みに俺の発表日は未決定。
3年の発表終わった後、アルバム委員が来て撮影開始。
「3年生も入りますか」
「じゃ、入ろう。」
3年9名4年9名の少なさだから、問題ない。
しかし、元隊長にやらされたあの意味不明なポーズ、一体どれが使われることになったんだろう。
「個人写真持ってきてない人は今撮りますよ」
全体終わってからそう言われる。俺ともう一人、持ってきてなかったので撮ってもらうことに。
撮ったのは2枚。焦点合わせ用の一枚と載せるの一枚。
前者の方は、氏名と合わせる為なのだろう、A4版の画用紙を持たされた。
『15』
胸の辺りに持っているそれ。
「まるで犯罪者みたい」
はい、そうですね。特に俺じゃぁね・・・・・。

話は前後するが、生協でお金を振り込んできた。
普通2輪自動車教習代。
はは、MT車とってから2日しか経ってない。
いやでも善は急げと言うし(何か違う)。
単に「今」とりたかっただけさ。
これから始めれば誕生日前後に卒業できる予定だから、丁度良い。
免許の更新って、誕生日基準だから、「誕生日少し後」にとる方が期間長くて良いのだよねぇ。
今の免許だと、昨日とったばかりなので一年目が「今年の誕生日まで」つまり一ヶ月で、誕生日迎えたら2年目となるから。
まぁそれはさておき、冬で寒いががんばろう、うん。


24日
申し込み

学校行く前に教習所行って入所手続きしてくる。
「免許とったばかりなんですね」
はい、なんかもう先週出所してったばかりなのにもう戻って来ちゃいました。ってこの言い方じゃまるで刑務所みたいだ。
普通免許と同じ手続きをして同様の説明を受ける。
違うのは、技能教習の時間帯のみ。
普通車は(項目にもよるが)大抵のは毎時間やっているが、普通2輪は大型と交互らしく、キャンセル待ちの際には注意してくださいとのこと。
また、今の時期2輪結構混んでるらしい。
みんな俺と同じ穴の狢か?(にやり)
まず初めに適性検査を受けなくてはならない。
俺の行ける日は・・・・日曜か。
当初の予定よりとるのに期間がかかりそうだ。


25日
眠い

今週に入ってから再び夜型になっているため朝が眠い。
虚ろなまま昼も眠い。
夕方ぐらいも眠い。
ああ、眠くてむずかる赤ん坊の気持ちがよくわかる。
金曜ロードショー「Casper」。
「セットしとくから後はよろしく」
そう言いおいていったのだが、録画し始めるとき、すこーしばかり見始めてしまったのが間違いだった。
結果、23時迄そのまま見終えてしまった。
うう、こうして明日も眠い日が続くんだね・・・。


26日
胃に鈍痛

授業数の一番多い日だが、最近なんか気楽である。
出席してるだけでろくに授業聞いていないせいだろうか。
有意義な睡眠時間と化している。
特にこれと言ったことはなかったなぁ。
そういや雨が降っていて、かつむちゃくちゃ寒かったな。


27日
一日寝て曜日


マジで寝てました。
本当の予定は、9:30頃に起きて教習所で適性検査受けてくる予定だったのだが、あっさり寝通した。
昼飯だとたたき起こされ飯食って布団に潜り、夕飯だとたたき起こされるまでグースリープ。
あまりに寝過ぎたせいか、首と股関節が微妙に寝違いっぽくなってしまった。
日の出ているうちに寝ていると、当然活動し始めるのは夜になるわけで。
教育実習日誌進めるのに精出してました。
おかげで結構進んだ。
そして思った。
高校時代も、あまり(善悪的に考えると)善い思い出ってのは無いんだな、って。
本人的には色々と良い思い出になってるんだがなぁ。
文字で書き表すとろくでもない事ばかりだ。
まぁ、事実は小説よりも奇也ってね。


28日
「ネタになる!」と喜んだ自分が悲しい。

前日夜から引き続き、日誌うち。
段々足取り(もとい、指先)重くなってきてます。
記憶が曖昧な部分、曖昧にしたい部分が色々出てきたからかねぇ。
それはさておき。
昼飯食って少し寝る。
流石に眠い。
寝てから17時頃おもむろに起きる。
先日、行きそびれた適性検査を受けに行くためだ。
本日は夜18:40〜。
学科免除者でも適性検査受けないと実技予約もできないのである。
「まず適性検査受けて下さいね」
と説明の時も言われたしなぁ。

学科教室に入る。
平日だが夜のため、結構人数がいる。
つい3ヶ月前にやったのと同じ内容を次々に解答していく。
「三角形を如何に早くたくさん書くか」「斜線を如何に多く書くか」「引き算の数を多くこなす」「同じ文字の羅列を探す」「同じ図形を探す1,2」そして「心理的な適性検査」である。
前者5つは速さ的確さだなぁ、と思うが、残り一つは著しく疑問が残る。
はい・いいえで答えるのだが、『今までに人を疑ったことがない』『どうしようもなく死にたくなる時が時々ある』『世の中の全ての人が自分を欺いていると思う』と言うような設問がずらりと並んでいる。
受け狙いの方向に進みたくなる俺は間違っているのだろうか。
一応、この適性検査の結果が要注意であっても、運転はさせてもらえるが、自分的にその結果が残るってのはねぇ。
うーむ、悩みどころだ。
説明・諸注意・解答全て終わって計30分ほど。
「すいません」
事務員が入ってきた。
「秋葉さんいますか?」
え、俺?
「最近適性検査やりましたか?」
「いえ」
ここ最近なんぞやった記憶はない。
「普通4輪とかで適性検査やってから9ヶ月経ってますか?」
あ、そういうことか。
「経ってません。」
9ヶ月どころかその半分すら経っていない。
「ああ、じゃぁ適性検査も免除だったんだよ」
何ぃ?
適性結果が9ヶ月は適用されるなんて話し、一回も聞かせてもらった記憶、無いぞ?
「お疲れさま」
やり損だったんかい。しかも、「適性受けてないから予約もできない」と言ってほぼ一週間が無駄になったってことだし。
あー、一気に疲れた。
だがしかし、このとき同時にネタ帳も輝いた。
こんな自分にまた、疲れてしまった。

予約機の前に立つ。
初めにやる集団教習は時限が決まっている。
俺の行けるのは土曜と日曜か。
運良く両方開いていた。
集団教習は2コマ行う。
で、2つ入れようとしたら2個目で
予約時限over
の赤文字が出た。
おや。俺の申し込んだプランは、同じ項目なら6コマまで常時保有のはずなのだが。
受付のおねぇさん(+20歳)に聞いてみる。
「集団教習は初めから2時限セットになっているんですよ。」
そうだったのか。ありがとうございます。
って、なんか今回初めの説明が色々不足していた感があるなぁ。


29日
風邪っぴき

岡っ引きの間違えではない。
今年の風邪は喉・鼻・腹に来るらしい。
特に鼻。
机作りつけの本棚上方に置いてあるティッシュペーパーを一々取るのが面倒くさいぐらい、止めどなく流失する。
鼻栓していても、だ。
風邪薬飲むと多少緩和されるが、起きていると同様の症状は続く。
そして一日、布団の国の住人となった。


30日
馬鹿ではない証拠

はい、その証拠今日も引きずってます。
いい加減治ってくれなけりゃ困る。
というか、本当は今日も治ってて欲しかったんだが・・・。
おかげでゼミ休んだ。
すまんな、皆の衆。
そういや先週撮ったゼミ集合写真取り直しになったようだが、どうなったんだろう?
寝っ放しなので体が痛い。
熱風邪でないだけ、まだましかもしれないが。
それにしても夕飯の鶏肉、ショウガが利いていて風邪で傷ついた喉にひりひりした。


31日
ハロウィン

風邪もなんとか克服し、学校へ行った。
しかし大教室での授業はすきま風ピープーだったため、風邪ぶり返しそうな勢い。
寒かった。

10月31日。
カボチャのランタン持って待ちを練り歩き、お菓子をせびるという日。
日本でいえば「ローソクだーせ」みたいなもんですな。
あれも提灯持って町内の家を回っていって、「ローソクだーせーだーせーよ、出さなきゃひっかくぞ♪」と歌いながらろうそくをせびる(大抵はお菓子)ものだからなぁ。
あっちは夏だったが。
北海道ではやってたが、他に同じ事をやっている地域はあるのだろうか。
これの思いでと言えば、中学前の頃だったろうか。恒例の夏休み一月帰省中の事であった。

従兄弟のうちに泊まりに行っていたとき、丁度これにぶつかった。
参加するべ、と俺ら兄弟プラス従兄弟の計5名が適当にその辺の家のインターホンを押していく(いたずらではない)。
3,4件回った頃だろうか。
見るからに一人暮らしっぽいおっさんが出た。
「お菓子無いからこれみんなで分けて」
渡してくれたのは1000円札である。代表に兄が受け取る。
少量のお菓子をもらうため(?)のこの行事、思いがけない収穫である。
例え一人頭200円でも現金収入は嬉しい。
一同ほくほくしたことを、鮮明に覚えている。
確かこのときに「俺に似ている子」その一を従兄弟に紹介されたんだよなぁ。
どうにも、「世界には自分とそっくりな人間が3人はいる」と言うが、俺自身そう周囲に言われたのは既に6名を越えている。
秋葉流的人間は内装・外装共に繁殖しやすいのだろうか。
本人自体は全く似ていないと思うのだが。
・・・・・。
話を戻そう。

そんなハロウィンの日であるが、うちにとっては同時に両親の結婚記念日でもある。
覚えやすいし忘れるのは至難の業である。
「ひどい!私たちの結婚記念日を忘れていたのね!!」
などという展開が起きることなく、安心である。
回数としてはとうに銀婚式は過ぎている(年齢は気にしないでくれ)。
「普通こういうのは子供が祝ってくれるもんじゃないの?」
と彼らは言うが、そう言いつつ彼らは自分たちで普通に夕食準備しているし、毎年同様、
「なんか欲しいものある」
と聞いても、
「特にない」
と言う。
使用率低そうなものは貧乏性である秋葉家にとって、あまり歓迎せざる客な為、あげようと言う話さえ出ない。そして今年も流れる。
貧乏性が徒になること、きっと出てくるなそのうち。
とにもかくにも、品目がすき焼きであっただけで普段と変わらぬ夕餉であった。


2002.October
長雨の季節、10月


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