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December 2002
<12月分日記 21-31>
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21日
授業終了

今年分の授業は今日で終わりである。
25日辺りに補講期間は設けてあるが、今年の俺には関係ない(民1の先生が「今年中に全部終わらせて来年の授業なくそうかとも考えたんですけどね」という危うい発言もあったが、これは無くなった)。
新たな課題が出されることなく、全ての授業が終わった。こういうと非常に平和な感じだが、既に来年の土曜授業はレポート2本の締め切り日となっている。たんなるつかの間の平穏って奴に過ぎない。
早く本当の平和に辿り着きたいものである。


22日
FF8終了

ラスボス直前で中途半端なレベルのせいでラスボスが倒せなかったため、暫く放って置いたのだが、このたび何となく取り出してプレイ再会。レベルも上げて、いよいよリトライだ!と思ったところで背後に気配を感じた。
姉である。既に観戦モードに入っている。
「またか・・・。」
奴は前回、FF9のラスボスの時にもこのような状態であった。
つまり、ラスボス〜エンディングしか見ていない。
人の苦労(?)も省みず、エンディングムービー中、
「これ誰?」
「何やってた人?」
始終この始末。確かにエンディングしか見てなかったらわかんないだろうよ。だったら自分でやればいい。そう言うと決まってこう返す。
「ファミコン時代で既についていけなくなっているから。」
これには返す言葉もございません。
だからといって、終わりだけ見るってのもなぁ?


23日
寝床

昨日、一昨日と夜に寝床を奪われた。
寝るとわかってりゃはじめから自分の布団に入ってりゃいいものを。
それがあったので、自分の夜型に更に磨きがかかってしまった。
おかげですっかり夕方17時に起きて、朝8時くらいに起きる生活に定着。


24日
上野

ゼミの4年で空いてる奴が集まって、上野動物園へ行こうツアー。
事の起こりは先週、ゼミ飲みの時であった。
一次会が終わった後、某K氏が、
「24日、卒業旅行のこと決めよう。決定。17時元隊長宅集合。」
突然言い出した。すると元隊長が、
「その日バイトも無くなったし、一人だから一日空いてる。早くからでも大丈夫。上野動物園に行きたい」
と言った。その為、
「12時上野駅集合」
と相成ったのである。
妙にこの日にこだわった某K氏。彼女と別れたかららしいが・・・・詳細は不明である。
上野に着いたはいいが、殆どこの駅を使わない俺は早速ゆうひに電話。迎えに来てもらうことに(苦笑)。結局、目の前にあったでかいツリー前にて待機。
遅れていた2人を待って、いざ、上野動物園へ。
公園入り口で不吉な看板発見。
「本日休園」
・・・。誰も調べてこなかったもんなぁ。公立の施設は月曜休館で、且つ、月曜が祝日だった場合はその翌日が休館になるらしい。
そんなわけで上野公園内の施設、全滅。
元隊長、パンダにも振られる(といってもパンダも現在故郷に帰っているらしいが)。
一気に本日の目的その1を失う6人。
じゃあ浅草でも行くべ、と移動する。
上野駅の左右を乗り越える陸橋を渡ったのだが、その名称が『パンダ橋』。すげーネーミング。
地下鉄で3駅ほど先の浅草で降り、浅草寺に詣でる。
雷門をバックに写真を撮ってもらったのだが、撮ってくれた人がなんかすごい人だった。俺らが他の人も撮ってるなぁ、誰かに頼もうかなんて話をしていると、他の集団を撮ってあげているそのおじさん、「ほらほら、他にも撮って欲しいって奴いないのかい?撮ってやるからカメラ貸しなよ、さぁさぁ」と言わんばかりの身振り手振りをしている。頼むしかあるまい。
なんか不思議なおっちゃんだったなぁ。
仲見世を通ると明らかに間違った着物の着付けをして、「特攻隊じゃけん」と言わんばかりに「日本」と書かれた手ぬぐいを額に巻いている外人風マネキン家族が置かれていたり、何故かカツラ店があったりとなかなか楽しめる。勿論、煎餅や人形焼きを売っている店もきちんと存在する。
仲見世通りを抜けて、浅草寺に至る境内には鳩がこれでもか、と言うほどいる。鳩の落とし物には注意せねばならない。久しく嗅いでいなかった線香の香りを堪能する。
参拝自体は殆ど人がいなかったので、すぐ済む。
横に置いてある御神籤に目が引かれる。いざ引かん。
がらがらと番号の書かれた棒の入った缶を振り、一本取り出す。目の前には番号の書かれた引き出しがいくつもあり、引き当てた番号に従って、引き出しから御神籤を一枚取り出す。
引いたのは4人。吉2人、凶2人。
引き当てた番号が7番だったため、「絶対結果はよい」と豪語していた一人が凶。因みに俺も凶。しかも結果が、そいつよりも更に内容の悪い凶であったことが些か納得いかなかったりする。
あまり宜しくないくじだったため、御神籤を境内に結んでいくことにした。
悪いくじを引いてしまった場合、自分の利き手と逆の手(俺の場合左手)だけで御神籤を枝等に結びつけると、厄が祓えるらしい。早速実践。結構難しかったが何とか成功。皆様もお試しあれ。
その後、目の前にある花やしきに行こうか、となったが、その前にもんじゃ焼きを食おうと言うことで、花やしきのチケット切りのお姉さんに美味い店を聞きに行く。
徒歩3分ほどのその店。店入ってすぐの所に広げてある駄菓子に心引かれたが、取り合えずはもんじゃを。
もんじゃ4つとお好み焼きを頼み、しばし待つ。
「卒業旅行、結局どうしようか。」
あ、本日のメイン、それだったっけ。すっかり忘れてた。
「暖かいところが良いよね」
「熱海以南だと結構暖かいよ」
「でも乗馬したいなぁ」
「北海道は雪に埋もってるから無理でしょ」
「じゃマザー牧場は」
「私あそこで羊に踏まれた思い出が・・・・。」
「箱根で温泉も良いなぁ」
「いや山だから寒いでしょ」
色々出るが結局まとまらないうちにもんじゃが来る。来たはいいが、一同焼いた経験無し。1枚目は焼いてもらうことに。
「はじめは具だけ入れて、その真ん中を開けて、そこに生地を流すんですよ。」
てきぱきと作業していく、この店の息子さん。
「今回は浅草の焼き方で行きますね。具を鉄板の上で行ったり来たりして、鉄板に薄い膜を作るんです。この後具は横によけておきます。そして暫く置いて乾かして、もう一度それを繰り返す。膜が乾いたところで剥がすと浅草煎餅のできあがりです」
鉄板からパリパリッと剥がされたものをいただく。うーむ、なるほど。のり同様、唇にくっつくのが難点である。
2枚目からは自分たちで実践。
土手に生地を流し入れるのがうまくいかない、と言うか、流れ出てしまうので焦る。焦がした方がうまいらしい。最後にお好み焼きを食べた俺らの結論。
「お好み焼きの方が腹膨るるなぁ」
因みに各自に小さいコテが食べるようとして配られていたのだが、コテで最後まで食っていたのは元隊長だけであった。
食った後、今度は本当に花やしきへ。
ぱっと見るだけで園内が一望できてしまう狭さ。そして閑散としたおもちゃぽい雰囲気。それが浅草花やしきである。
入園料900円。入ってから、フリーパスで回し乗りしようか、と言う話をしたが、手首に固定するバンド型であったため、断念。とりあえず園内ぐるっと回ってみることに。
ものの数分で回り終える。元隊長が、
「ここどっかで見たことある雰囲気だと思ったら、地元にある、動物園と併設している遊園地にそっくりだ。この廃れっぷりと良い・・・。」
と言った。ゲーセンある所も似ているらしい。そう言えば、俺も中学校の修学旅行で奈良・京都行ったときに、昼飯食ったところがこんな感じの遊園地だった。あそこはまだ、直通のロープウェイで琵琶湖につながっているのが救いであったが。
各々乗るのも決めてチケット購入。え、一枚100円?よく見ると、「メリーゴーランド2枚」「ファンキーダック4枚」等と書かれている。ああ、そういうことか。
フリーパス買うほどでもないので、気になったものの分だけ買った。
まず、スペースショットに乗る人たちが行く。因みに俺は乗っていない。
シートに座り、地上60メートルまで一気にのぼり、そのまま一気に降りてくる。誘導員が、「手を離しているともっとすごいですよ」等と説明しているのが下から見える。俺ともう一人は見学で、気分は子供を待っている親な感じである。
上りはじめはゆっくりだろうと思って、友人はシャッターチャンスを狙っていたが、ブーッと言う音がして上昇するな、と思った途端、急上昇していったので、まともに撮れているかは疑問である。
あっという間に降りてきて、戻ってきた。
曰く、
「係員の言うとおりに初め手離していたけど、上り始めたと同時にバーを掴んだ」
そうだ。だが、景色及び気分は良かったらしく、
「絶対乗ってくるべきだって」
とかなりのお勧めらしい。
次はローラーコースター。あの「民家のすぐそばを走るコースター」といううたい文句のやつである。そのフレーズに心引かれたのも確かだが、決定するポイントとなったのはパンフレットに書かれている「丸秘ポイント」である。気にならないわけがない。最高時速たったの42キロで昭和23年生まれの日本最古のコースター。壊れそうなところがみそらしい。
2人がけのシートで、今度は3人が乗る。
さて、行って来ます。がたごと走り始めた、と思ったら急加速。やばそうな音を立てて上っていくと、銭湯の中に突っ込んでそのまま急降下。この部分が丸秘ポイントらしい。そのまま再び加速したと思ったら民家に作ってある部分に突入。左方には食事中で驚いた親父が、上方には吹っ飛ばされたお母んが。そしてゆるりになったと思ったら終了。
何が楽しいって、一体何処で加速するかが解らないって所でしょうか。あまりにも距離が短すぎて。
降りると、TDLのスプラッシュ同様、写真が撮られていた。丸秘ポイントの部分である。うぁ、相変わらず変な顔じゃ。
後残るはパンダである。浅草なのにパンダである。
4つんばいになったパンダのゴーカート風と言ったらわかりやすいだろうか。ふさふさの毛皮に包まれ、きちんと鞍もついている。のっそりのっそりと4本の足を動かして前や後ろに移動することが出来る。ただし200円の餌代は必要となる。元隊長が園内に入ったとき、これに一目惚れしたようだ。
普通のパンダのサイズであるため、大人も乗れる優れもの。元隊長がまたがった。
げらげら笑う一同。のっそのっそと歩くパンダとパンダ上の元隊長。俺らの前を通り過ぎ、大分先まで行き、バックして戻ってくる。ぷりてぃーな両者の後ろ姿。撮るしかあるまい。
「絶対ゼミ掲示板に張るべきだ」
とは皆の主張であるが、カメラが元隊長の物なので、どうなるかはわからない。しかしあれは記念すべき一品であると思う。
そんなこんなで16:20を回り寒くなってきた頃、園を出る。
再び仲見世通りを通り、駅へ行く。とりあえず上野に出ることに。うーあー、眠くなってきた。そもそも寝てないんだ、当たり前か。
上野に着いたは良いが、少々時間が早いので、丸井内部で時間を潰すことに。長いこと眼鏡屋にいたのだが、最近の流行は細いのらしい。今俺がかけているのは割と丸くて大きめのだから、試し掛けしたらかなり視界に違和感があった。サングラスかけたら「メンインブラック」と言われる。まぁ「フィンガーファイブ」と言われた友人よりはましか・・・・。
17時を回ったところで友人の知っている居酒屋へ。と言っても北の家族。
後は普通に飲んだ・・・のだが。
一応クリスマスイブと言うことで、ワイン飲んだのがいけなかったようだ。眠い。めちゃくちゃ、眠い。
「流、目据わってるから」
え、まじですか。ただでさえ目つき悪いのに、これ以上ひどくなっているのか。やばいなぁ。
大分眠そうにしていたようで、見かねて壁側の席を譲ってくれた。すまんな。
この後壁に寄っかかって寝ていたはずが、いつの間にかテーブルに突っ伏して寝ていた。おまけに1人途中で帰ると行っていた人が消えていたのにも気がつかなかった。うーむ、なんかもったいない気がする。でもなんか久方ぶりに睡魔と仲良くしたって感じだったなぁ。
一応、寝てしまう前に卒業旅行の予定とか決めていたので、今日の予定はクリアである。行き先は白馬。学校の施設である。そして昨年の4年生+アルファが春合宿と称して行った場所である。今回はそれより安く上げるため、バス使用。何処までも安い旅行になりそうだ。
家に帰ると、
「あれ、流今日泊まってくるんじゃなかったの?」
と言われた。俺もゆうひもその予定だったのだが、肝心の部屋主が忙しい日程らしく、今回も見送りと言うことになったと説明。
「ふーん。」
あ、なんかむかつく。けっ、振られ続けで悪かったな。


25日
クリスマス

何ですか、その単語?と言う感じに全く縁がなかった。なんせ昼頃「飯食え」と起こされ、飯食った後布団入ったらいつの間にか寝てて、夕方「いい加減起きろ」と起こされる始末。なんか今回やけに母が「ケーキ買ってくれば。クリスマスだから色々なの出てるよ」と騒いでたな。俺は家から出る気更々ないですが。
夜は久々に日記書きを。あまりにも更新滞ってる気がしたので。


26日
中華街とミレナリオ

午前中から昼にかけて、小用で横浜中華街に行った。
正月前だからそれようの飾り付けとかなっているのかと思ったら、別段通常と変わりなかった。ううむ、時期がまだ早いのだろうか。中華街に来たのはかなり前にやった横浜オフ以来なので、懐かしい気がした。
昼下がりに地元の某大型スーパーでうろついていると、見慣れたおばちゃんを発見。
母である。
そのまま済し崩しに買い物をすることに。しばし後、鞄を一つ得る。著しく腹は減ったが、なかなかの収穫だ。
夕方、家に帰り遅い昼飯を食い、姉からの電話を待つ。
夜は毎年恒例東京ミレナリオを見に行くのだ。
神戸のルミナリエを模して(名前も似ているからややこしい)始まったものだが、今年でかれこれ3回目になるだろうか。東京から国際フォーラムのある有楽町までの一駅区間、アーチ状の電飾が続いており、その中を通り抜ける。イブから元旦までの陽が暮れてから21時位までやっている。
毎年、そのデザインは変化しており、始めの年はアーチと言うにふさわしい円形、昨年はクジャクがモチーフな躍動性のあるものであった。今年はどのようなものなのだろうか。
電話待ちしている間に、衝撃の事実を知った。父がこう言っていたらしい。
「あれって毎年デザイン変わっているのが。俺同じものだと思ってた。」
おい、父よ。俺ら毎回証拠写真撮ってきて見せてるよな?おまけに同じ物を出すかよ、こういうイベントで。デザイナー泣くような言いぐさである。
ちゃらら〜ちゃ〜ら〜ら〜ららら〜ら〜ちゃらら〜♪
お、漸く電話がかかってきた。姉の仕事が終わったようである。
「私より遅れたらしばくから。」
相変わらずの声音でそう告げる。了解。
電話を切ると母が、
「心臓に悪い音ね、それ」
着信音についてそう言った。音量は『中』にしかしていないから音楽が問題なのか。
確かに心臓には悪いかも知れない。必殺仕掛け人のBGMだから。
急いで支度して東京駅で待機する。
改札口前にいたのだが、手持ちぶさたであったので何気なく人間観察をしていた。
いつもと変わらない相変わらずの人の多さ。たくさんの人が吐き出され、再び吸い込まれていく。人がたくさんいれば、それだけ変わった人が含まれる率は多くなる。
さて、これは一人の女性の例である。
20代半ばとおぼしき女性の2人連れが改札をくぐろうとしていた。洒落た格好をしているところから見ると、どこかへ出かけて来たのだろうか。現在JRの改札口は通常の切符以外に2種類のカードが使えるようになっている。イオカードと以前日記に出したsuicaである。一人の女性は切符らしく、片手に用意してくぐろうとしていた。もう一人は、と目をやると、くぐるときに鞄を持ち上げ、suicaを反応させる場所に鞄の底を押し当てている。・・・・確か夏場に同じような例を見たことがある。夏にビニール仕立ての小さい鞄の底にsuicaを入れ、颯爽と改札を通り抜けていった女性がいた。あのときも、「世の中には強者(?)がいるもんだなぁ」と思ったものだ。
では今回の女性は。
改札口、反応無し。扉閉まりっぱなし。
あれ〜?という顔をしている当人と、苦笑しているその連れ。
それはそうであろう。冬用の厚地の鞄である。いくら反応範囲がそこそこ広いsuicaでも、流石にそれは読み取ってはくれまい。
仕方無しにその人、鞄からsuicaがしまってあったものを取り出す。
財布であった。しかもかなり分厚い。あの大きさだったら、財布上からでも読みとりは困難に思える。
厚地鞄+厚財布でsuicaを行使しようとしたあの無謀さ。悪いとは思いつつ、しっかり観察してしまった。いい暇つぶしになった。
姉と合流後、東京駅デパートの大丸地下食品街を徘徊するが、食べたいところもなければ食べたいものもなかったため、諦めてそのままミレナリオを見に行くことに。この間ロスタイム30分ほど。時刻は19時を回っていた。
いつもの通り東京駅から信号を渡り、左に曲がって進もうと思いきや、既に信号の所で
「現在非常に込み合っています。迂回措置をとっているため、右側に進んでください」
明らかに昨年よりも誘導の人員が増え、かつ今回は制服警備員(警察?)も導入されている。確かに訪れる人が増えている。道ばたには「ミレナリオ見学ツアー」とでも言わんばかりの観光バスが数台、停まっている。でもそれだけではこの人数の多さには至らない。何が原因だ??
「いつもより来る時間帯が遅いのと、新丸ビルのせいでは」
とは姉の言。
・・・・ねぇさん、食品街で俺がうろうろしていたから余計遅くなったこと、静かに恨んでますな。
それはさておき、やはり一番の原因は新丸ビルであろう。
新丸ビルの建っている位置は丁度、ミレナリオの通りに面した所になる。また、これらと連動してこの通りの両面はブランドショップが建ち並んでいるところでもある。
「ミレナリオ見に行くついでにその辺りで買い物でもしていこうか」
と言った感じなのであろう。全く持って良い迷惑である。
昨年までは『26日なら行事中日だから全く問題ない』という感じで通り抜けるのに30分少々しかかからなかったのだが、今年はアーチに差し掛かるまでに前回よりも2ブロックも遠回りする羽目になった。
遅々と進行していく行列。一寸離れた道ばたで、『ミレナリオ公式グッズ』なるものが販売されていた。公式グッズって一体・・・。
漸く形らしき物が見えてきた。
今年は『城門』であろうか。昨年よりも豪華に見える・・・・と思いきや、前の方に集中しているだけで、後ろの方は割にアーチの間隔が広かったので、「昨年と変わらないアーチの本数であろう」という結論に至ったのは秘密である。
ミレナリオ内部に突入する前に、東京駅からまっすぐ皇居に抜ける大通りを横切ることになる。この位置から東京駅を見ると、駅の両脇にも電飾が施されていた。もしかして11月のきゅーてぃ☆・吹雪両名との会合(笑)時の帰り道、吹雪と見たあの骨組みはこの準備だったのかもしれない。
人にもまれて流れていく。アーチの終わり付近には丸の内カフェがあり、ここに休憩のためいつも立ち寄る。
丸の内カフェ。
内装はアジアンテイストで、インターネットや雑誌が配備されており、飲食自由のフリースペースである。今年は何故か入り口にドアマン風(風、というのはただ立っているだけであったため)の男が立っていた。落ち着いた雰囲気でくつろげるので、近くを通った際には立ち寄ることをお勧めする。
一息ついてから、フォーラム内部(ミレナリオの終着点)を通って帰宅する。
これで今年の俺の行事は終わりである。


27日
慌ただし

姉が北海道に顔出しに行くことになった。
そこで急遽チケット取り・・・をするのは俺。
頼むからネットぐらいまともに使えるようになって下さい・・・・。
流石にこの時期になると、行き帰りとも都合のいい日時に羽田←→旭川便はない。仕方ないので羽田←→札幌便に。後は電車で頑張って行っておくれ。
冬、極寒の地北海道。
果たして姉はその環境に耐えることが出来るのだろうか?!
続く(嘘)。


28日
WA3

略語で書くとなにやら文字化けしたっぽい感じである。
ワイルドアームズアドバンスド3rdである。
PS2のソフトなのに何故話題に上がるか。
(唐突に)一般的社会人は休みである。そして里帰りをする季節でもある。故に兄も里帰りをしている(とはいえ、奴はそうでなくても帰ってきているが)。そこで持ってきてもらったのがPS2本体及びソフト。いやぁ車って便利で良いねぇ♪
ゲームを一旦やり始めると(何故か)ラスボス直前までノンストップでやり続ける俺。
今年の年末年始はWA3漬けになりそうである。


29日
見送り

早朝、兄が出ていく。
そこそこ朝早めに、姉が旅立つ。
普通の朝時間に、父が家を出る。
そしてそれら全てを玄関先で見送る、俺。
みんないなくなったなぁ。
寂しさに頭がぼんやりする。
・・・・と言いたいところだが、単にゲーム明けだからだったりする。
何でなんだろうねぇ。昼間にやろうが、夜にやろうが時間的には変わりないのに。


30日
晦日

布団って気持ちよいよねぇ。
寒い日には特にそう思う。
ああ、何やら小学校の頃に国語の教科書の『読んでみよう』みたいなところに書いてあった本の紹介文を思い出した。
確か中身はこんな感じであった。
『時代背景は昭和頃、2次大戦以前の日本。
病気になったらしい男の子が蔵で寝て過ごさなければならないようになった。それを受けてその友人が、
「いいなぁ、君はふとんの国へ行くのか。うらやましいなぁ」
と本当にうらやましげな顔で男の子に言った。
そんなにうらやましいなら替わって欲しい。男の子は恨めしげにそう思うのであった』
と言うものであるが、果たしてこれにはどのような教訓が含まれていたのだろうか。
内容読んでいないからわからんが、今何となく気になった。


31日
大晦日

世の中は紅白と年末ジャンボの抽選で大忙しのようだ。
我が家は・・・・特に何もしていない気がする。
何やら良い一年だったのか、どうなのか。
『終わりよければ全て良し』とはいうものの、その結論さえわからないまま一年が終わる。


2002.December
今年も終わり、12月


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