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July 2003
<7月分日記 11-20>
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11日
手書きとパソコン

文章などの文字を修正する際には、パソコンは非常に便利である。
少しばかり付け足したり、減らした際に文章は自動的に整列してくれる。
手書きであればこのような修正は面倒なだけである。

打って変わって図の方は、修正するのに手書きの方が楽である。
パソコンで行うと、ほんの一寸した作業でもすこぶる面倒くさくなることがある。

本日、某座席表の改訂を数回、行わなければならなくて(Word形式)非常に面倒くさかったな、と。
それだけのことなんですけどね、ええ・・・・。


12日
姉誕生日

親に言われるまですっかり忘れていました。
まぁ、覚えていたからと言って、贈り物なぞ用意したりはしないのですが。
年月過ぎるのは早いねぇ。


13日
寝心地良い気温

布団を掛けて寝るのに丁度良い気温である。
夜であろうと、昼であろうと。
少しばかり風が抜けるようにしておくと、まさに絶好の寝環境となる。
今年は、この時期にしては涼しい。
昼寝でも布団を軽く掛けておくと何時までもまったりと寝られる。
・・・昼まわっても寝ていた事へのいいわけでは、決してありませんよ?


14日
慣れ

人や環境に慣れてくると、ふと自分の場所を客観的に見てしまうことがある。
自分は本当にここにいる人間なのだろうか、と。
ここにいていい人間なのだろうか、と。

微妙に鬱っぽくなってるのかな。


15日
送別会

班内の送別会があった。
俺が今まで事務補助をしていた人が異動し、他の人が代わりに来た。
いつもなら、定時で上がってその辺ぷらぷらしてから待ち合わせ場所に行くのだが、この日は17日の資料作成で残っていたため、うろついている暇が無かった。

創作焼き鳥料理店で乾杯。
美味かったなぁ、焼き鳥。
飲みはしなかったが、それだけしか覚えていない。
飲まなくても記憶無くなるんかい、俺。


16日
やり場のない脱力感

明日の会議のための資料づくり等で、ここ2,3日ごたついていた。
だが、今日の午後会場に資料を運び込めば、後は当日設置だけで終わる。
午後3時頃、資料を置き帰ってきた。
これで明日は手ぶらで行けば済みますね、と言いながら。

一刻後、課長が
「資料、一部見せて」
と言ったため、担当者が一部持っていった。
その少し後、担当者が再び呼ばれ、何やら話した後資料を持って帰ってきた。
苦笑している担当者。
「今課長に見せたら、『ここ、こうしてくれる?』って朱入れられたから、修正してもらえますか」
・・・・。
秋葉、崩壊する。
今日、昼間持っていったばかりだぞ?
しかもその直し、一部差し替えでは済まなく、全取り替えだぞ?
俺が費やした時間は一体?
ふふふ、はははは。
やってやろうじゃないか。
っていうか、課長。
これ既に決裁降りたやつで、しかも課長だってしっかり目を通しているのに。
何故に今。
それもこんなタイミングで。
言ってくれるかなぁ。

なんかもう、こういうときってわらうしかないんですね(虚ろ)。

定時上がりは流石に無理だったので、ある程度残っていたら担当者に
「先に帰って良いよ」
と言われた。
ありがたう。

不必要に、疲れた。


17日
なにやら目まぐるしく疲れた

ここ何日かの日記は、少々愚痴りモードが入っていますがお気になさらずに。
本日分でこれ関連のは終わります故。

とりあえず前期を総まとめのための、実行委員会が本日あった。
まぁ、これのためにここ数日、落ち着かなかったりしていたのだが。
出欠確認が大幅にずれ込んだり、代理出席者が更に代理になって名札変更したり。
ええ、ホントに色々ありました。
・・・などと感慨に浸れたのは当日実行委員会(約一時間)が半ばを過ぎた頃になってから。
なんせ、当日も直前の癖して大わらわとなりましたからねぇ。

本日事前に部長のところに持って行った資料の一部が何故かページが飛んでおり(数十部一緒にコピー機かけているのに数部だけその現象が起きていた。明らかにコピー機のミス)、直前差し替えになったり。
おかげで待機要員が駆り出されたり。
連絡係となっていた人の携帯電話の電池が通話途中に切れたり。
「当日貼る」と言っていたものの大きさがあからさまに事前に聞いていたものとは違っていたり。
実行委員会始まる時間になっても来ない人が複数名いて、結局連絡なしに休んでいたり。
飯食ってくる時間がなかったため、ともに受付をやっていた人が、隣の会場であった食事の残りにふらふらとつられていったり。
隣会場から運び出されて来ている花などを見て、
「菊の花って食べられたよな。竹はどうなんだろう」
と言いながら、活けられた花を食い入るように見ている人がいたり。
空腹時ののど飴がやけにおいしく感じられたり。
飲み食い禁止のところに、お菓子を運んできてぼりぼり食べてみたり。

ええ、ほんとうに色々ありました。
俺は会議場の外で待機だったので議事進行等はどうだったのか知らないが、委員長が居眠りしており、話を振られても全く起きなかった、と言う話は聞いたなぁ。

委員会終了後の撤収作業等はスムーズに行ったのだがね。
何が悲しいって、昨日持ち込んでおいた資料を全てもって帰らなければいけなかったこと。
手ぶらで帰るはずだったのにねぇ。
とりあえずはこれで一段落。
明日からは通常業務にようやく戻る・・・・。


18日
台風一過

昨日で前期まとめの会議は終わったのだが、欠席者への封書発送作業が未だ残っている。
それで半日が潰れ。
残り半日で普段の作業をしていたら、いつの間にか帰宅時間になっていた。
この日ばかりは、晴れやかに職場から退出したねぇ。


19日
つきあい

つきあい方は、人それぞれ。
広く、狭く。
深く、浅く。
色々ある。
俺は、「関係を維持する」というのをすこぶる面倒臭がる人間である。
その為、人間関係は「あっさり、さっぱり、すっきり」している。
そんなわけで、俺と未だに(?)交友関係を保っている人は、非常に面倒見のいい人だと言えよう。
p さて。
上記からすれば、職場の人とのつきあいは、それこそ最低限しかしない予定だった。
・・・のだが、少々予定がずれてしまった。
何時だかの日記に、俺が主に事務補助をしていた人が、異動になったと書いた。
その人から、
「秋葉さんにはお世話になったので、私の家族と共に食事をしたいのですがいつが空いていますか?」
と誘われた。
平日は無理なので土日となる。
当然ながら一度は断ったが、
「では何時空いていますか」
と聞かれて、妙な気迫にうっかり「土曜日は大丈夫」と言ってしまった。
面倒くさいからと言って、あんまり強硬に断るのも失礼だしねぇ。
そこで本日某ホテル内レストランで昼食と相成ったのである・・・。

それにしてもいくら(ほぼ)専属の事務補助やっていたからと言って、家族での食事に誘うかねぇ。
約4ヶ月、しかもアルバイト同然の人間を。
ある意味ではいい勉強になったけどさぁ。

美人な奥さんと、今年4歳になる娘さんが一緒に来ていた。
お子さん、俺が幼少の頃とは違い、かなりおとなしい(笑)。
食事中の会話、一部再現。
「秋葉さんは買い物とかどちらに行っているの?銀座とか、代官山とかその辺り?」
(俺、胸中絶句及び爆笑)
「いえ、近所に某大型スーパーや、デパートがあるのでそこで済ませています。」

誰が銀座なんぞで買い物するかー!!(いや、むしろ出来ない)
あんなところ、散歩するだけで十分じゃ。
このとき、心底思いました。
「これだから、○○の人間は!」と。

ええ、本当に住んでいる世界が違います。
つきあいも千差万別あるからおもしろいんだろな(棒読み)。


20日
花火

横浜花火大会。
別名、横浜オフ。
果たして、どんなメンツが来るのだろうか。

・・・俺は、花火大会というものを甘く見ていたかもしれない。
人出の多さを、身をもって体験してきた。
行きの電車の中で死にかける。
久しぶりの満員電車。
通勤時の朝は、ラッシュ時より少しずれているため「電車にまぁ入り込める」程度の混み具合である。
だが、このときの混みようと言えば。
 圧 死。
これに尽きる。
手が千切れるかと思った。

それにしても浴衣の女の子、多いねぇ。
目の保養じゃ。

少し早く着いて、駅構内をぶらぶらとしている。
人出誘導のために、流動規制されており、何処で待ってればいいのやらうろうろしてしまった。
待ち合わせ時間少し前にまっさんに電話をする。
適当な位置を告げ、待機。
それにしてもまっさん、俺の顔なんか覚えているだろうか。
まっさんに会ったのは以前の横浜オフだから云年前である。
密かにあれこれ心配していたのだが、それは全くの杞憂であった。
数分後、まっさん登場。
素晴らしき鼻眼鏡を着けて。
流石だまっさん。
一発で誰だが判別が付く。
まっさんに連れられ、少し離れたところにいたSieg氏及び、ばびろん氏と合流し会場に向かう。
先にうわさ氏ときゅーてぃが場所取りをしているそうだ。

赤煉瓦倉庫が二棟建っている場所に着き、食料少々買い出しに行って落ち着いたところで花火が上がりはじめた。
鮮やかに弾ける光。
少し遅れて腹に響く花火の音。
その景色はまさしく。
・・・見えないでやんの。
正確に言うと、低い方に打ち上げられている小降りの花火は、赤煉瓦倉庫が3分の2程隠してしまっていた。
ときには音と周囲に漏れた光が見えるだけのことも。
俺らの周囲にも、たくさんの人が腰を落ち着けていたのだが、花火が始まるやいなや、牛の群のように赤煉瓦の前方の方に押し寄せていった。
しばらくすると、俺らが座っていた場所辺りを境界に、横が通路になっていた(とはいえ、それでもここは微妙に離れ小島になっていたのだが)。

どん、どん、と小気味良く花火は打ち上げられていく。
赤煉瓦倉庫上方に、大輪の花が咲く。
小さい光は、倉庫の窓や周囲からぱちぱちと漏れている。
型を模した花火が数発、打ち上がる。
「あ、ニコちゃんだ」
「回転してる」
「ああ、隠れて見えない」
ひげがぴょいっと出ているものが、打ち上がった。
「ドラえもん?」
「いや、西玉男だ」
おおそうか、横浜市だからか。

一時間強の花火大会は、華やかに、緩やかに終わった。
その後しばらく人波が空くまで、その場で話していた。
途中、あわ氏、天竜、虹之流氏との電話あり。
あわ氏、すみません声変わりしたばびろん氏を名乗ってしまって(笑)。
それにしても、参加していないつるるを求める声が一番高かったのには笑えた。
久しぶりにきゅーてぃとも話せたし、初めましての2者とも話せたから良かったのだが。
・・・俺ってそんなに毒吐いてますかね?

花火も良かったが、本日は本当に「素」の自分で息が吸えたなぁ、というのびのび出来た日だったな。


2003.July
いつまでも涼しく、7月

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