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August 2003
<8月分日記 21-31>
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21日(水)
腹減り減り腹・・・

腹減った。
最近、涼しくなったせいか異常に腹が減る。
というか、腹が減るのが早くなった。
いつもと同じ量の飯を食っているのだが、食い終わったときには普通に腹が膨れているのに、少し経つともう腹がなにやら抗議をし始める。
腹が減りやすくなったからと言って、腹周りの肉が薄くなったかというとそう言う事象は起きていない。
むしろ腹の脂肪の厚みは増している。
「空腹は最上のスパイス」という言葉通り、最近やたら白米が美味い。
米の旨みがどんどん腹にしみこんでいくようだ。

この腹の減り具合は秋の到来から来ているのだろうか。
食欲の秋、転じて空腹の秋(勝手な判断)。
空腹時に秋刀魚を焼く煙の匂いは、腹に堪える。

さぁて「腹」って一体何回使ったかな。
・・・その使うじゃなく、腹筋も使ったら?という心のつっこみはおいておく・・・。
(計18回)


22日(金)
Walkmanの些細な反抗

もう、寿命なんだろうか。
また今日、Walkmanが反乱を起こした。
以前にリモコン部の窓に溜まっていたほこりを取るため、リモコン部のカバーをはずして掃除したのだが、このときに各部品の接続があまり良くなくなったらしい。
それとも、古くなって部品自体が錆びたりし始めているのだろうか。

リモコン部の機能として、右回りに順に
・カセット再生ボタン
・停止(切り)ボタン
・ボタンHoldスライド
・音質等切り替えボタン
・チューナー
・巻き戻しボタン
・早送りボタン
という形に隣あっている。
カセットを再生しようと再生ボタンを押すと、早送りが始まったり、停止ボタンを押したはずがカセットの裏面再生に切り替わったりとそのへんの誤作動は日常茶飯事だった。
だが、この度ラジオを聞こうとチューナーボタンを押したところ、音質等調整ボタンの方に繋がってしまった。
これではラジオ等が聞けない。
仕方ないので、一度全部停めるために停止ボタンを押す。
おし、これで再挑戦だ。
ぽちっとな。
チューナーボタンを再び押す。
「ザーッ、ザーー」
あれ、またおかしい。
先程よりも態様がひどくなっている。
電池を抜いても最後に使っていた機能は記憶されている(例えば、カセットB面を再生していたならB面からの再生に、テレビの6チャンネルを聞いていたなら、チューナーボタンを押せばそこから始まる)のに、全てがリセットされている。
放送局の周波数を見ると、北海道の局だ。
真夜中でFM局ならいざ知らず、夕方早くてAM局局なら聞こえるはずもない。
登録されている局を次々にクリックしていくが、やはり購入当初の状態にリセットされている。
うーむ、打ち所が悪かったのか。
仕方なく、本体の方を開けて地域を選択し、現状に適した状態に直す。
本体の方でしか出来ない機能にまで干渉するような狂い方をするとは、既にもうリモコン内部をいじっただのという些細な問題では無いのかもしれない。

思えば高校入学祝いに自ら購入(笑)したので、かれこれ10年近く使っていることになる。
据え置きカセットデッキとしての使用ではなく、その名の通り「Walkman」として使っていたのでその分痛みもあるのだろう。
だけど捨てたりはしないさ、My Walkmanよ。
使用機能が0になるまで、使い続けてやるから覚悟とけ。


23日(土)
ネタりよったり

なにをもってネタとするか。
どこまでが、ネタにできるか。
毎日がそれとのたたかいである。

探せば、山のように題材は見つけることが出来るが、その山はよく見るとスクラップで出来ていたりする。
ときたま、未だ使えるようなものもあるが、それもじっくり観察してみれば、昔のものの刷り直しだったりする。

どこにいるんだ、俺の探し求めているネタは。
出来うる限り、鮮度の良い、しかし鮮度(時節)を感じさせないものが良い。
どこかに必ずあるはずだ。

そして今日も、ネタ探しに彷徨う。

・・・などともっともらしいことを言って、本日のネタとしておこう。


24日(日)
麻布十番納涼まつり

暑い。
非常に、暑い。
昨日は「この夏一番」の気温を記録し、そのときの天気予報によると本日は「少し涼しくなる」と言っていた。
だが、本日も引き続きどころか昨日よりも暑い。
「天気予報」の前に、「『希望』天気予報」と付けたいくらいに、恨めしい。

こう暑くては動くのも辛い、と言うことで家でぐうたらしていた。
外が暑い盛りの14:00過ぎ。
おもむろに布団から転がり出る。
寝ても暑いし、起きても暑い。
転がっていてもそれは同じである。

転がり廻るまでもないスペースでのびていると、姉がやって来た。
「麻布十番でやっているお祭り、今日までなんだけど。」
ふぅん。
「毎年やっているんだけど。」
へぇ。
「3時頃から行かない?」
行けばぁ?
ごろりん、ぐてりん、としながらのらくらと応える。
俺は全く行く気がない。
祭りの喧噪は嫌いではないが、わざわざ暑い中に飛び込んでいくぐらいに好きなわけではない。
姉が立ち去るのを確認してから、再びのそっとうごく。

ほんとに暑いなぁ。
少ししてから再び、今度は地図を携えてやって来た。
「ここだから、この駅から降りて手前から向こうに抜けていけば、一通り見られるよ」
聞いてもいないのに説明を始める。
そんで?
「で、行きたいのはここの国際バザールと向こう側の骨董品市」
むしろ、約30カ国の食物屋台が出ているという、国際バザールがメインだろ。
「交通費出すから行こう?」
だから、一人で行って来れば?
「・・・祭りって、一人で行っても楽しくないよ?」
それは判るが俺も巻き込むな。

・・・だが、この2日ほど暑かったといえども全く身動きすらしていなかったからなぁ。
夕涼みがてらに行ってみるか。
こうして、重い腰を上げた。

甘かった。
判断基準が甘かった、全てにおいて。
「気温」、「祭り最終日」、「日曜日」そして「人の出」。
無茶苦茶疲れた。
感想と言えば、これに尽きる。
地下鉄の最寄り出口は一ヶ所封鎖され、交通制限がなされていた。
不思議なことに、外気よりも地下の方が冷房が効いていて過ごしやすかった。
俺のイメージとしては、
「地下鉄は暑くむわっとしていて恐らく息も絶え絶えになるだろう」
と言う感じだったのだが。
地上に上がると、人、人、人。
とりあえず、国際バザールに流される。

国際バザール。
約30ヶ国の屋台が出されており、各国大使館員とおぼしき人々がそれぞれ自国の料理なり、特産物なりを売っていた。
ブラジル、イタリア、ドイツ、フランス、ラオス、ギリシャ、インドネシア、タイ等々。
北も南も関わらず、色々出ていた。
まぁ、売っているのは割と馴染みがあるソーセージやパン等で挟んだものが主流であった。
横浜開港祭で出店していたものをそのまま流用しているところもあり、
「○○共和国 横浜開港祭」という看板がかかっていたりもした。
様々な国の料理を目と鼻で味わいながら、姉がブラジル共和国のファラフィルサンドを食いたいというので、それを買って食った。
ナンのような皮で挟まれた具は、鶏肉とキャベツ等野菜。マヨネーズベースの味付けで、食べやすいものであった。
軽く腹を満たした後、国際バザールの出口に向かい、車道向こう側にある大通りに出る。

こちらは大通りの両側に「これでもか!!!」と言わんばかりに屋台がずらりと軒を並べている。
たこ焼き、いか焼き、お好み焼きにかき氷。
りんご飴から金魚すくいに射的まで、ありとあらゆる屋台が揃っている。
ここを歩くだけで祭りを堪能した、と言えるほどの充実っぷりだ。
・・・屋台だけでなく人混みも十二分に堪能できるという注記も付くが。

少しばかり人混みと屋台と昼間の残りの熱気にさらされ、大通りを練り歩く。
そしてすぐに横道に逸れる。
長時間居られませんがな。
そんな感じでゆっくりと奥まで通り抜けていく。

大通り向こう端には骨董市がある。
一体どんな古物が在るのだろう。
人波と熱気に揉まれてくたくたとなっていたが、歩を進めた。

・・・がらくた?
いや「古物」といっても、そう大層なものを期待していたわけではないが、あまりにも、なぁ?
30年ほど前に使用していたとおぼしき、ヒビが入り茶染みのある茶碗。
聞こえよく言えば「年代物」に見える、ほこりを被った食器。
その手のものがちょぼちょぼと並んでいたのである。
ただ、中には古銭や、下町博物館のようなところでしか見られない旧型のラジオやカウンター式目覚まし時計も見受けられた。

懐かしかったのは、カウンター式時計。
朱と白のツートンで平たい長方形型。
電動力はコードによる電気で、表示はパネル。
パネル部分は12時間表記で、一分経つと分の位がぱたり、と卓球等で点数パネルをめくるように変わっていく。
時間が過ぎるのに合わせて、
「ジー、パタ。ジー、パタ。」
と小さなモーター音と共に変わっていく様を見ているのが好きだった。
大昔にだが、家にもあったので非常に良く覚えている。
そういえばあれ、タイマー付いてたっけ?
本当に懐かしい記憶だ。

骨董市を見た後、速攻大通りから横道に抜ける。
思ったよりは掘り出し物(と言ったところで買うわけではない)なかったなぁ。

人混みと熱気と屋台がごちゃ混ぜになっている「麻布十番納涼祭り」。
行くならば、大量の根気と、多大な体力を擁して行くことをお勧めする・・・。


25日(月)
説明書の大切さ

「宛名ラベル作るのエクセルだと楽らしいのよね。すぐではないので、勉強しておいてもらえるかな」
唐突に、それはやって来た。
いや、元データであるExcelのデータ入力等は俺自身が行っていたので、
「いずれはこれを宛名ラベルとして印刷するんだろーな、誰かが。」
などと思っていたのだが、俺がやることになるとは。
いやはや困ったことである。

説明書や解説書が在れば、こんなのはそれこそ迷い無く一発で終わるのだろうが、不運なことにそれがない。
後は己の閃きによるExcel付属のヘルプだけが頼りである。

・・・。
・・・。
こうして一日が暮れた。
いいのかなぁ、こんな時間の過ごし方で。


26日(火)
昨日に引き続き

宛名ラベル作りのためにあーだこーだパソコンをいじくっていた記憶がある。
手順は正しいはずなのだが、どうにも上手くいかんなぁ。
うーむ。
こうなったら図書館等で、「これであなたもExcelの達人!」のような手引き書を借りてくるしか無いか。

(追記:宛名ラベルはワードで作れることが判明)


27日(水)
火星、大接近

実際もっとも近づくのは、昨日だったような気がするが、この日に俺が見たので。
普段見る火星よりも、色が赤く、そしてまたサイズも大きい。
元々がそこそこの大きさに見えていたものだから、余計にその大きさが感じられる。
薄曇りだったので輪郭が淡くぼわっと光る感じだったのでそのせいもあるのか。
帰宅時に時折見上げる空と、何か違う感じを受けた。


28日(木)
秋刀魚の残したもの

昨日、今年水揚げの初秋刀魚を食べた。
こんがり焼けた身を骨から剥がし、たっぷりの大根下ろしと軽い醤油でいただく。
脂ののった秋刀魚の旨みが大根下ろしのさっぱり感と絡み合い、絶妙な味を醸し出している。
んー、美味い。
秋の味覚やねぇ。
しみじみと味わい、腹に収めた。

翌日。
朝御飯を食べ終え、いつものように歯を磨く。
しゃこしゃこ。
ぶくぶくぶく。
ついでにうがいもしよう。
がらがらが・・・?
勢い良くうがいをし始めたとき、喉に異変が生じた。
同時に、気管にものが詰まったのと同様の苦しさが襲ってきた。
痛い。
喉に何かが刺さっている。
痛いわ苦しいわの状態をひしと耐え、喉をこじ開け状態を確認する。

思い浮かべて欲しい。
くわっと喉の奥まで見えるように口を開ける。
鏡に映るのは、喉の奥とその左右にある扁桃腺。
扁桃腺は通常であれば、肉の壁に阻まれてその姿は少しばかりしか確認できない。
これが普通の状態である。

だが、このときは恐るべき事態が起きていたのだ。
口内及び喉の中はピンク色だけが存在しているはずなのに、そこには一本の白い線が走っていたのだ。
しかも、頭少しだけはみ出して見えている右扁桃腺の上に。
白い線の正体は・・・昨日美味しくいただいた、秋刀魚の骨(あばらと思われる)であった。
長さ約3センチ強。
このように存在感があるものなのに、何故今まで気が付かなかったのだろうか。
昨日は夕飯後にだって、水物も固形物もとっていたというのに。
よっぽど上手い具合に入り込んでいたのだろう。

骨を取ろうと、必死にうがいを繰り返す。
がらがらがら。
お、少し動いたようだ。
鏡で確認しつつ、手で取ろうとする。
あ、失敗した。
再び目で見えない部分に隠れてしまう。
うーむ、視界から扁桃腺を隠してしまうこの肉壁、邪魔だなぁ。
がらがらがら。
すかっっ。
がらがらがら。
・・・う、指が喉の奥に・・・。

幾度かの失敗を重ね、約5分後、骨を取り除くことに成功した。
死闘であった。
「美味い」話には裏がある、とはよく言ったものだ(違う)。


29日(金)
再び、迷い人

これは既に、「広告・荒らし」の類と言った方が良いのだろう、おそらく。
前回(8月5日の日記参照)に引き続き、第2段。
放置掲示板に対する出会い系サイトの宣伝。
ええ加減にせえよ。
・・・やはりこういった類のものは、見つけたら速攻削除しておくのが良いのかなぁ。


30日(土)
ベット復帰

涼しくなってきたので、布団をベットの位置に戻した。
それに伴い、ベットの上に借り置きされていた諸々の物体を今度は逆に下ろした。
単に場所を移動されただけの諸々の物体。
一体何時整頓しようかなぁ。


31日(日)
運動

ここ2週間ほど、土曜日は家で寝転がっていたが日曜日はそこそこ運動(散歩?)していた。
最近涼しくなったせいも在るのだろうが、本日家でごろごろしていたら体中が
「運動不足っぽいぞ。どうにかせいや」
と訴えているように鈍った感じであった。
スポーツの秋と言う言葉は、伊達ではないのだな。


2003.Augst
再び盛夏、8月

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