阿波々神社ホームページ

歴史



粟ヶ岳


 阿波々神社の鎮座する粟ヶ岳は掛川市の東北に位置し 標高532メートルの山頂にある社殿を中心に原生林が広がった所が だいたい当社の境内及び社有林です

 境内には杉の巨木をはじめ 多くの樹木が混在している貴重な森です

 尚 この貴重な森は全国でも珍しい航行安全のための保安林として林野庁より指定を受け合せて掛川市の天然記念物の指定も受けています

 さらに平成21年11月に静岡県より 天然記念物の指定を受けました



由緒


 当社は天平8年(736年)の創建と伝えられ 延喜式内社(※1)として1,270年余りの昔より掛川の里々はもとより 駿河(≒静岡県中部)・遠江(≒静岡県西部)地方の人々に広く崇敬され その名ははるか京の都にも知られておりました

 古来 人々の崇敬を集めた当社は 特に今川家の家老職であった掛川城主 朝比奈氏に代々篤く崇敬され 寄進された社殿は荘厳であったとされていますが 元亀(1570年〜1573年)・天正(1573年〜1592年)の間の武田・徳川の遠江をめぐる攻防で兵火を蒙り 社殿は焼失してしまい その後は神仏習合もあり 神社の整備は思うに任せなかったようです

 明治の世に移り、神仏分離令(※2)により神社と寺院がはっきり分離され 明治6年(1873年)12月に社格が郷社となりましたので 明治17年(1884年)には本殿を始め拝殿等も改築され 氏子・崇敬者も昔のごとく広い範囲に広がっていきました

 大東亜(太平洋)戦争終了後の車社会の発達に伴い車道の整備が進み登りやすくなったことや 貴重な森と眺望のすばらしさ 桜の名所としても有名となったことで粟ヶ岳に登る人が多くなってきました

 昭和57年(1982年)社務所を新築し 昭和61年(1986年)には創祀1250年を記念して 本殿を山頂の現鎮座地に移築し 拝殿を改築する奉賛事業を進め 昭和62年(1987年)3月に竣功しましたので その年の4月9日に遷座祭を 翌4月10日例祭に合せて遷座奉祝祭を賑賑しく斎行しました

 その後平成14年(2002年)3月には社務所を社殿東側に移築・改築し 平成18年(2006年)には御鎮座1270年 平成28年(2016年)には御鎮座1280年記念式年大祭を斎行し 現在に至っております

 今後も境内の整備を進め 延喜式内社に相応しい神社に戻すべく 来る平成38年(2026年)に斎行を予定しております創祀1290年式年大祭に向けて準備を進めております



御鎮座1280年 記念事業



 阿波々神社は(御祭神は阿波比売命)悠久一千二百七十年余りの昔 天平八年(西暦七三六年)に粟ヶ岳山頂に御鎮座になり  延喜式内社として広く崇敬を集めて京の都にも知られておりました

 人々の崇敬を集めた当社は 御鎮座一二五〇年記念として社殿を山頂の現鎮座地に移築・改築する奉賛事業を進め 昭和六十二年四月に記念大祭を斎行し その後も十年毎に周年大祭を斎行しております

 これまで 来る平成二十八年四月に斎行を予定しております御鎮座一二八〇年 式年大祭記念の奉賛と平成二十五年斎行された第六十二回伊勢神宮式年遷宮を記念して 左記@〜Eの事業を実施致しました

 今後も平成二十八年に向けて 奉賛事業を継続しております  出費御多端の折とは存じますが御理解 御賛同を頂き 左記により御奉賛賜りますようお願い申し上げます



   @ 神社東側入口 石造鳥居改築  50万円

      平成24年 木造鳥居が傷んだため石造で改築 建立 済

   A 磐座正面に石造の鳥居を新設と整備  50万円

      平成25年3月 磐座跡に 新しく鳥居 建立 済

   B 本殿前 御神鏡 奉納  50万円

      平成25年3月

   C 神社東側入口 石灯篭新設  53万円

      平成25年3月 

      神社東側入口の夜間照明と神社の尊厳護持の為 建立 済

   D 社殿・社務所南側石段の改修等  80万円

      平成25年3月

      社殿東側にスロープを設置し 社務所南側の石段 新設 済

   E 追加奉賛事業 境内祓戸の整備 東鳥居に社名額  70万円

      平成27年11月までに整備 新設済

 奉賛金 1口 1,000円(一口以上の御奉賛をお願いします)

   竣工後は 奉賛者名簿を神前に奉り永久に保存致します

   同封『郵便振替用紙』にて御送金下さるか

   同封の『御奉賛用封筒』にて 神社に直接お納め下さい




※1

延喜式内社とは 平安時代の延喜年間(901年〜923年)に著わされた延喜式神名帳に載せられている古い格式高い神社のことです

※2

神仏分離令とは仏教伝来以後 神社においてはいくつかの段階を経て神仏が習合してきましたが 明治元年(1868年〜1869年 ですが 西暦と一致しません)にこの令により ほとんどの神社と寺院は明確に分けられるようになりました
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