マガンと共存する「ふゆみずたんぼ」宮城県蕪栗沼ツアーに参加して(1日目) |
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■2月19日(土)の行程(■2月20日(日)の行程) 14:00 ロマン館・集合、開会挨拶 14:15 参加者紹介・行程等説明 15:00 ロマン館・発 「蕪栗沼・雁のねぐら入り観察」講師:蕪栗ぬまっこくらぶ・戸島氏、鈴木氏 17:45 ロマン館・着 18:00 夕食 19:00 トークショー「雁の研究と蕪栗沼の保全」講師:雁を保護する会 呉地会長 21:00 終了 入浴・就寝 2月19日から20日、1泊2日の日程で開催された『マガンと共存する「ふゆみずたんぼ」宮城県蕪栗沼ツアー』に参加した。 今回の行事は、宮城県観光連盟「カキコミ情報」のホームページから知った。特に蕪栗沼の雁のねぐら入りと飛び立ちを見ることが できるということに魅力を感じた。 一昨年の冬に伊豆沼で雁の飛び立ちを初めて見た。数千羽の雁が夜明けとともに一斉に飛び立つ迫力ある風景には身震いをした。 その後、蕪栗沼が雁の飛来で有名なところと知り一度は見学したいと思っていた。 今回のイベントは、雁の「ねぐら入り」や「飛び立ち」の観察だけでなく、渡り鳥と農業の共存を目指した「ふゆみずたんぼ」の取り組 みを地元のガイドが案内してくれるということ。日本雁を保護する会の会長さんによる「雁の研究と蕪栗沼の保全」に関するトークシ ョー、更に、地元の食材を使った料理を食べることができるなど盛りだくさんの行事が予定されていた。 |
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◆ツアーに参加するための準備 案内状が郵送されてきたが観察用具として双眼鏡、図鑑を持参するようにと記されていた。双眼鏡は観光用として自宅にあるものを代用することとしたが鳥の図鑑は手許に無かったので図書館から借りていくことにした。家内にお願いして借りてもらったが、その図鑑はB5版の大きさで厚さも5pあった。もう少しコンパクトなものが無かったかと尋ねたがそれしかなかったということだった。図鑑を持参しなければ観察にもならないかと思いながら取り敢えず準備した。参加する2日前に(財)日本生態系協会事務局から観察場所は足元がぬかることから長靴などを準備するようにと電話があった。参加する前から事務局の心配りに感動した。宮城蔵王の樹氷を見に行った時に持って行った背の高い長靴を履いていくことにした。自宅から履いていったので長靴の背丈が見えないようにスラックスの中に入れてファッションを気にかけた。 |
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◆JR東北線で田尻駅まで 仙台発午後12時40分の各駅停車に乗った。電車の中を見回したが今回のエコツアーに参加しそうな人は私の目からは見えなか った。車両は4両、そのうち2両は小牛田駅で切り離されて他の2両は一関駅まで行く車両だった。定刻どおり小牛田駅に到着し た。車両が切り離され一関駅行きの電車は出発した。電車は田園の中を走っていった。はるか遠くには群れをなしている雁や白鳥 を見ることができた。こんなところまで餌を求めて飛んできているのかと思った。最終の到着先は今日宿泊する予定の田尻町ロマ ン館だった。午後1時40分には田尻駅に到着し出迎えのバスが来るはずだ。改札口を出ると迎えの車が待機していた。バスなら ぬ自家用車が待っていて4名の参加者を乗せて走った。 |
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◆宿泊先のロマン館へ 約10分位で宿泊先のロマン館へ着いた。小高い丘にあるロマン館の周辺は工事中だった。出迎えてくれたイベントの関係者はロマン館の近くに温泉が湧きだし日帰り温泉の建物を建設中と言っていた。今度来る時は温泉でゆっくりくつろいでいって欲しいと言われた。 |
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◆堀江田尻町長が開会式に出席 今回の参加者は40数名だった。地元の参加者が多いのではと思ったが予想に反して遠くは、静岡、新潟、東京から参加していた。埼玉からは20数名の人がバスをチャーターして参加していた。 今回のツアーは田尻町長がご挨拶に見えるなど町あげてのイベントだった。関係者の話によると町村合併関係の多忙な毎日で時間を割いて挨拶に見えられたようだった。 「蕪栗沼には毎年3〜5万羽の渡り鳥が飛来し周辺の水田地帯に餌を求めてやってきている。自然の形で見てきた蕪栗沼は日本で13ヶ所あるエコツーリズムのモデルとして指定を受けている。マガンのねぐら入りや飛び立ちの様子を見ていただき次のエコツアーにつなげていきたい。埼玉県とは養豚で30年来のお付き合い。そのような結びつきもあり親しみを感じている。温泉施設もオープンする予定なので次の機会には是非温泉に入ってゆっくりしていっていただきた。」と挨拶をされていた。今回、埼玉の人たちが多いのもうなずけると思った。 |
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◆いよいよ蕪栗沼・雁のねぐら入り観察 ロマン館を大型・小型のバス2台に分乗し蕪栗沼までは約20分雨模様の中での出発だった。途中、バスの中では「蕪栗ぬま っこくらぶ」のメンバーが蕪栗沼と雁についていろいろ説明してくれた。 蕪栗沼は縄文時代までは海だった。南北に約1.5km、東西で約1km。渡り鳥の越冬地で多くのマガンやヒシクイ、白鳥が飛 来している。雁はカモではなく白鳥の仲間。首の頚椎は白鳥が20〜23個。カモは10数個。世界の雁は北アメリカで300万 羽、ヨーロッパで2〜300万羽、アジアで10万羽。アジアの殆どが日本に飛来している。1971年頃の日本の雁は狩猟により 2000羽に落ち込んだ。30数年で10万羽になり50倍に増えた。昔の飛来地は皇居のお堀だった。現在、蕪栗沼や伊豆沼な ど宮城の沼へ飛来している。雁は今年の1月14日現在で9万5000羽。宮城への飛来は日本へ飛来している数の9割を占め る。14haで住める雁の数は7万羽位。蕪栗沼や伊豆沼の面積を考えると飽和状態になっている。雁にとっては決して住みや すい環境ではない。雁は早い速度で飛ぶ。ロシアのシベリアカムチャッカが繁殖地。カムチャッカから蕪栗沼までは約4000 キロ。1日400キロを飛び10日間で飛来する。時速平均100キロで飛ぶ。 大型の鳥ほど早く飛ぶ。大鷲や隼や時速300キロだ。雁は長く飛べて1日たりとも同じ場所に滞在していない。田んぼにいる 雁の群れは同じ顔をしているが全て違う雁だ。早朝に新潟や福島にいた雁は昼には八郎潟、旭川、蕪栗沼へと移動している。 雁は茶色であるが定説はない。保護色になり、白雁もいたが狩猟でいなくなった。「雁首を揃える」という言葉があるが同じ面 構えをして一斉に同じ方向を見ている。横向きが真正面。横向きになっているのが相手を見つめて警戒している状態である。 今年は白雁を2羽見た。去年は4〜5羽。希少価値の雁である。今日の雁は天気も悪いので早く戻ってくると思う。日の出と日 の入りで太陽と一緒に行動する。コミミズクもいる。本来夜行性の鳥であるが昼間も見られる。蕪栗沼には雁のマガンのほか にオオヒシクイ、白鳥、カモ、猛禽類が生息している。猛禽類はカモを狙って食用としている。 【双眼鏡を片手に観察】 双眼鏡を片手に観察をしたが、双眼鏡では見えないところは倍率の高い望遠鏡を利用して観察することができた。専門家の 方がきちんと焦点を合せてくれて難なく観察することができた。初めて望遠鏡から見るマガンやヒシクイを見て感動した。丸々 と太った鳥たちは一生懸命餌を啄ばんでいた。足首に赤い管をつけた1羽のマガンを見た。遠くシベリアの繁殖地で生態系観 察のために取り付けられた標識のようだ。元気に頑張ってと願わずにいられなかった。 夕闇の迫る頃、蕪栗沼は雨模様だった。ガイドが遠く加護防山を背にして群れをなして帰ってくる雁の群れを見つけて教えてく れた。米粒程の小さい黒い集団が蕪栗沼を目指して飛んでくる様子が見えた。素人では見つけられない黒い点だったが何時 も鳥の観察をしているガイドは視力も良いのではないかと感心した。蕪栗沼に近づいてくるに従い鳥の無き声が大きくなり空に 広がる黒い大河となって着水した。ガイドによると集団の中にリーダーがいるという。そのリーダーが誰であるかガイドはわか るらしい。鳥に詳しくなるといろいろなことが分って観察する喜びも倍増すると実感した。 |
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◆ 地元の食材を使った夕食 雁のねぐら入りの観察で余韻の残る中宿泊先に帰り夕食をご馳走になった。地元の食材をふんだん に使った料理が出てきた。天ぷらは地元で採れたふきのとう。古代米を使用した紫色の豆腐。ずんだ 餅、地元の野菜を入れたお雑煮。「ふゆみずたんぼ」で収穫した米で握ったおにぎり。小松菜のお浸 しなど盛りだくさんのメニューだった。 「ふゆみずたんぼ」の米で作ったおにぎりは、田んぼに水を張り鳥を呼び寄せ自然の恵みで作った 米。自然の生き物を活かし無農薬で人工の肥料もやらない収穫を欲張らない安全で美味しい米とい っていた。雁や白鳥と農業の共存を目指し歌も作ろうということでCD化を目指しているそうだ。 |
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◆トークショー「雁の研究と蕪栗沼の保全」と題して | ||||||
夕食の後約1時間にわたり雁を保護する会の呉地会長さんによる講演があった。 日本人と雁の関わり、日本の雁の飛来地、どこから日本に渡ってくるのか、越冬した雁は何処へ帰るのか、伊豆沼や蕪栗沼 の雁の生活、蕪栗沼の保全など飽きることの無い講演が続いた。 |
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【日本人と雁の関わり・雁のルート】 昔から日本人と雁との関係は物語や切手の図柄などに取り入れられて繋がりが深かった。雁の飛来 地は90年前に約40箇所もあったが今ではその数は1%位に激減した。何処から日本に渡ってくるの か標識調査によると2ルートがある。秋田県八郎潟から蕪栗沼へ渡ってくるルートと北上川を南下して 渡ってくるルート。雁の道は水の道であり、雄物川、迫川、北上川の川を中心に飛来してくる。人工衛 星用位置発信機で追跡調査した結果のデータということだった。蕪栗沼で越冬した雁は春になると北 帰行をするがその経路をたどるとロシアのハルチェンスコ湖へ約2週間、20時間かけて2000キロを 一気に飛ぶらしい。その後、繁殖地のペクニイ湖やヴァーモニカ湖へ飛び約4000キロの旅をする。 鳥の中で鶏のように白い肉は瞬発力があるが飛ばない。赤い筋肉を持った鳥は持続性があり筋肉が 発達している。雁もこの部類に入るという。蕪栗沼から4000キロ飛んで繁殖地に戻るという。繁殖地 のペクニイ湖やヴァージニア湖は川、湖が入り組んでいて繁殖がしやすく天敵が近づきにくいところ である。雁は水際の約1mのところに巣をつくる。それは天敵がきた時に逃げやすくするためだ。 生れた雛は羽が生え揃うまで集団で生息する。1ヶ月くらい雛を暖める。雁が飛べない時期に首に標 識をつける。ロシアで生れた雁は7割以上が日本へ飛来してきている。 |
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【雁はどんな生活をしているか】 蕪栗沼と伊豆沼のマガンはどんな生活をしているかというと川が作った平野と沼に生息している。迫 川、仙北平野、伊豆沼、蕪栗沼、化女沼、平筒沼、内沼が多い。マガンは約10kmの範囲を移動する。 マガンのすみかは安全で広い沼、安全で広い田んぼ。田んぼはどのくらいあるのかというと東北地方 と全国を比べると全国の4分の一は東北。秋田県が第1位で宮城県は第2位。宮城県の16%は田ん ぼ。身近なところに田んぼがある。ねぐらの広い沼はどうかというと宮城に90年前は40箇所あった。 今残っている沼は9箇所。沼の9割が干拓され8割が完全に消えた。半減した日本の湿地帯である。 100年前の6割以上の湿地が消えた。北海道、青森、宮城、茨城など広いところほど減少が大きい。 消えた湿地は田んぼになった。 自然の湿地の中で湿田は水鳥にとっては住みよい環境であり乾田は田んぼの水はけも良いことから 水鳥にとっては住みにくい環境である。補助整備の遅れているところは水鳥にとって住みよい環境に なる。生産性をあげるために補助整備が行われているが水鳥にとっては天敵である。補助整備にも 関心をもっていただきたい。 |
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【雁の住みやすい環境は】 日本国内の雁の数、生息地の数は1970年代から危機的な状況になり保護に努め最近では約8万 羽、全体では10万羽にもなるが、生息地の数は変わっていない。一極集中型になっていてこれを何 とかしなければならない大きな課題である。 数は増えたが分布が広がらない。ねぐらの沼である湿地が約9割消えた。水鳥にとってオアシスのふ ゆみずたんぼが重要になってきている。湖沼復元100年計画を進めている。100年かけてかつての 湖沼や湿地環境の改善、復元をしていこうという取り組みである。作付け放棄水田は集約して湿地の 復元に努める、休耕水田は通年湛水し水もちの良い田んぼにする。蕪栗沼のしらとり地区水田は湿 地化した。ふゆみずたんぼを用いた水鳥のねぐらの分散化と採食地の拡大が必要になってきている。 雁は遠くの田んぼにはいかない。それだけエネルギーが必要になってくるからだ。10km以内にふゆ みずたんぼを作り水鳥のねぐらになるネットワークを作る必要がある。 |
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【マガンとの共存・新しい農法のふゆみずたんぼ】 新しい農法としてのふゆみずたんぼ。屋根の下に人と鳥が共生するふゆみずたんぼ。水田に水を張る と田んぼの生き物が増える。生き物を生かしたたんぼになるとイトミミズが発生し赤にごりが出る。イトミ ミズが発生すると雑草の生長を妨げる効果もある。マガンが集まりマガンの糞が肥料になる。 ふゆみずたんぼのネットワークで雁の群れを全国に拡大することができる。田尻町で鳥を活かした農業 を実行している農家は12軒。冬水田んぼの取り組みである。中でも伸萌地区では19haのふゆみずた んぼになっている。ふゆみずたんぼは2つの側面を持っている。湿田をすすめることにより雁の生息環 境の復元。湿田をすすめることにより新しい農法、ふゆみずたんぼの農法となり農業と自然の共生に なる。ふゆみず田んぼにザリガニが発生して水路を通り隣の田んぼに移動するということで反対してい る人もいる。また、観光客の駐車場や第三者が入ることによる問題も発生している。雁の飛来による作 物の被害に対して行政による助成金などの取り組みなど専門的な指導を行っている。ここで大事なこ とは身近な人だけでなく遠くからでも支援していくということである。乾田化の阻止運動など行政を取り 込んでいく。 |
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■2月20日(日)の行程へ(2日目) |