< 青年部座談会 >

新時代を勝ちまくれ!

<21> 日顕一派の謀略は全て大失敗
<22> ロシア各界が名誉会長を賞讃
<23> 野党議員が経歴を詐称
<24> 埼玉の勝利が全国の勝利
<25> 愛知から完勝の一番星を!
<26> 大東京が全国勝利の決定打を
<27> 台湾SGI 社会貢献の世界の模範
<28> 世界の憧れ「正義の神奈川」
<29> 栄光の「大阪大会」から50周年
<30> デマの狙いは「選挙妨害」

 

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<21> 日顕一派の謀略は全て大失敗
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、奥村東京青年部長、吉峰東北青年部長、広瀬九州青年部長

竹内 それにしても我が学会は、この5月も千客万来だ。日本中から、また世界中から、多くの方々が訪ねてきてくださる。
谷川 学会本部の来館者も、このゴールデンウイーク期間中で約10万人にものぼった。
原田 ありがたいことです。5月3日の東京は「創価学会の日」にふさわしい、日本晴れ、五月晴れだった。
谷川 文字通り、正義の学会は、一点の曇りもない大勝利の歴史を刻むことができましたね。
吉峰 その一方で、陰々滅々の大惨敗の姿をさらしているのが、あの日顕宗だ。
竹内 何しろ、あの悪名高い「C作戦」の陰謀といい、海外での檀徒づくりといい、日顕や日顕一派が仕掛けた謀略は、ことごとく大失敗した。
谷川 日顕という坊主は、とにかくあくどいやつだ。陰謀を仕掛けるにも、自分の手を汚さずに他人にやらせる。そういうやつだ。
原田 だが、いくらコッソリやろうとしても、必ずバレる。
奥村 そして必ず失敗する(爆笑)。

ペテン師で失敗

竹内 極悪ペテン師の山崎正友なんかを使った陰謀も、ことごとく発覚した。そして失敗したじゃないか(笑い)。
谷川 日顕のやつは、あの悪辣、陰険な「C作戦」の陰謀を始める時に、山崎のやつに頭を下げた。
 ウソつきと言って悪かった。勘弁してください=Bこう山崎に言って、ペテン師にひれ伏した。
竹内 2004年8月には大石寺の坊主の集まりで山崎正友は宗門の信徒となって、学会対策の急先鋒に立ってやっている≠ニまで持ち上げた(笑い)。
原田 とうとう日顕は、自分の口から、公式の場で、山崎との結託を認めたわけだ。
谷川 だが、山崎みたいな疫病神を使った結果は見るも無残(大笑い)。
吉峰 日顕宗は最高裁で7回も断罪。日顕本人も自分が主導したデマ事件で最高裁から2度も断罪された。
奥村 一方の山崎。「懲役3年の実刑判決」を受けた凶悪な恐喝事件。300万円の賠償命令が下った不倫事件等々、これまで18件もの裁判で敗北している。命じられた賠償金の総額も680万円を超えている。
広瀬 結局、日顕はペテン師の山崎もろとも断罪地獄≠ノ堕ちたわけだ(大笑い)。
谷川 それにまた日顕は、あの恩知らずの竜年光を使って、謀略を仕掛けようとしたっけな。
広瀬 竜というのは、もともと神奈川あたりで塩汲みか何かをしていたところを、学会に拾ってもらったやつだ。
 都議会議員にまでさせていただきながら、金、女、酒に狂い、さんざん学会に迷惑をかけたあげく、日顕の手下になり下がった。不知恩、忘恩の畜生野郎だよ。
奥村 ああ、あいつは最近、死んだよ。さんざん生き恥をさらして、惨めに消えたよ。
竹内 御聖訓には不知恩は無間地獄(むけんじごく)≠ニ説かれている。
 裏切り者の恩知らずの連中は、必ず地獄に堕ち、未来永劫にわたって苦しみ続ける。これが峻厳なる仏法の裁きだ。
吉峰 たとえば竜のやつは1992年に、日顕宗から1000万円もの大金をもらっていた。
竹内 ほかでもない、動かぬ証拠の「領収書」が出てきて発覚した。竜の裏に日顕がいたことが明白になった。
奥村 その後、竜のやつは、学会の支援活動に何か問題でもあるかのように騒ぎ始めた。
 揚げ句の果ては、東京都まで訴えて大騒ぎした。
谷川 バカバカしい。当然のことながら、竜の訴訟なんか裁判で一蹴されたよ(爆笑)。
竹内 結局、竜を使って、学会に嫌がらせをしようという日顕の目論見も全部が全部、大失敗に終わったわけだ。

下劣な詐称兄弟

広瀬 あの「学歴詐称」の竹入だって、そうじゃないか。
 あいつは98年、大ウソだらけのデマ回顧録≠出した。その当時、大石寺の法華講の集まりに出て今後、お仲間になりましたので、よろしく≠ネんてヌケヌケと言い放っていた。
吉峰 全部、日顕宗と奥深く結託しての動きだったということだな。
広瀬 この竹入のやつも、下劣な学歴詐称が発覚して、社会的にも大問題、大事件になった。
奥村 あいつの学歴詐称が判明したのは、日顕一派の「仲間入り」してからだ(大笑い)。
原田 「相承(そうじょう)詐称の日顕」と「学歴詐称の竹入」。まさに下劣千万の詐称兄弟≠セな(爆笑)。
竹内 あの狂言訴訟事件を起こした函館のウソつき夫婦も同じだ。亭主はギャンブルに狂った揚げ句に死んだ。
吉峰 あのバカバカしい狂言事件も、日顕直属の檀徒連中と雑誌が結託してデッチ上げたものだ。前代未聞のデマ事件だった。
奥村 だいたい檀徒の幹部が、ウソつき夫婦やデマ記者と「打ち合わせ」までやっていたんだからな。
広瀬 裁判所も事実無根∞不当な企て%凾ニ、一派の謀略を厳しく断罪した。100万件に1件あるかないかという「訴権の濫用」として訴えを却下した。
吉峰 要するに「裁判制度を悪用した悪辣な嫌がらせ」だったということだ。
原田 日顕一派が仕組んだ謀略は、裁判所から「不当な企て」とまで一蹴され、断罪された。陰謀に乗せられた政治家も軒並み謝罪したじゃないか。
谷川 時の総理大臣までもが2度にわたって謝罪した。
 その大デマ事件の元凶こそ日顕一派だった。悪辣きわまる正体が満天下に知れ渡った。
竹内 結局、何を仕掛けても、どう動いても失敗だらけ、失敗続きの日顕は、とうとう退座に追い込まれた(爆笑)。
奥村 正義は必ず勝つ。また、正義だからこそ勝たねばならない。インドのマハトマ・ガンジーが「正義は必ず勝たねばならぬという信念のみが、私たちを鼓舞する」と明言した通りだ。
原田 御聖訓には、こう仰せであられる。
 「修羅(しゅら)は帝釈(たいしゃく)をあだみて日天(にってん)を・いたてまつる其(そ)の矢(や)かへりて我(わ)が眼にたつ」。今の大惨敗の日顕の姿じゃないか。
 正義の学会は勝った!

(2007. 5.10. 聖教新聞)

 

<22> ロシア各界が名誉会長を賞讃
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、奥村東京青年部長、後藤関東青年部長、中村北海道青年部長

竹内 新緑の5月。今の季節は、各種の展示会、展覧会が賑やかだ。東京・上野の東京都美術館で開催されている「国立ロシア美術館展」も好評のようだね。
原田 東京富士美術館の企画・協力、東京都美術館、産経新聞社の主催による展示会だね(7月8日まで)。
谷川 国立ロシア美術館。実に40万点ものコレクションを誇る、ロシアを代表する美術館だ。
 今回は、その所蔵品から選りすぐりの絵画、工芸などを展示するものだ。
原田 先月27日の開幕式も感動的だった。
 約400人の来賓を前に、同美術館のグーセフ館長が東京富士美術館の創立者である池田先生への感謝を強く語った。
 そして池田先生は、日本とロシアの文化交流に対して長年にわたって多大な尽力をされた方である≠ニ賞讃された。
竹内 この発言は、著名な美術館関係者、ロシアに詳しい文化人などが多数、列席した式典でのことですね。
原田 今回の美術展をはじめとして、池田先生は、日本とロシアの学術、教育、文化芸術の交流のために、大きく貢献なさってきた。
谷川 ロシアの各界から池田先生に顕彰が相次いでいるのも、よく分かりますね。
後藤 その通りです。
 モスクワ大学をはじめ、主要な大学、学術機関から池田先生に贈られた名誉学術称号は「12」になります。旧ソ連のウクライナ、キルギスなどを含めると18にもなります。
中村 どれほどロシアの学術界が池田先生を尊敬し、敬意を払っていることか。
奥村 本年3月にはロシア連邦バイカル国立経済法律大学から先生に「名誉教授」の称号が贈られました。
 それにまた、ロシア国立人文大学からも名誉学術称号が贈られることが決定している。

「言葉の天才」

谷川 モスクワ大学前総長のログノフ博士は最近、こう言われていた。
 「池田先生は、私の人生の師匠です。先生との出会いに心から感謝しています」と語っておられた。
竹内 そして「もともと日本に対して良いイメージをもってなかったのですが、池田先生とお会いすることができ、すっかり日本が好きになりました。(大学の)総長になって一番よかったことは、池田先生と出会えたことです」とまで明言されていた。
原田 ゴルバチョフ元ソ連大統領も、池田先生のことを「我が親友、我が親友」と敬愛してやまない。
 先日、学会の江藤副会長が池田先生からの伝言を伝えた際も、ゴルバチョフ氏は、こう言われていた。
 「ありがとうございます。池田先生は言葉の天才ですね。私の心からの親友である池田先生に、くれぐれも宜しくお伝えください」と顔を紅潮させて言われていたそうだ。
谷川 それにまた、池田先生と対談集を発刊された、モスクワ大学のサドーヴニチィ総長。
 「池田先生と私との対談集が発刊されてから、会う人ごとに『素晴らしい対談集ですね。読みましたよ』を声をかけてもらっている」
 「心から尊敬する池田先生に一日も早く再会したい」と言われていた。
原田 それにロシアの著名な社会活動家のセルゲイ・フィル氏。こう感激していたそうだ。
 「昨年11月にモスクワで開催された池田先生のご撮影の写真展は、素晴らしかった。自分自身、何度も行きましたし、何人もの友人を連れて見に行きました。
 先生の写真に表れていた日本の美しい景色をロシアの子どもたちにも見せてあげたいと強く思いました」と感動を語っていた。

各党が本格始動

谷川 それにしても、世界では各国の大統領選挙の話題が、ひっきりなしに出ているね。
奥村 アメリカでは、いま大統領選挙の選挙戦の真っただ中だ。来年秋には新大統領を決める投票が行われる。
中村 韓国でも今年の12月の大統領選に向けて、選挙ムードが、だんだん盛り上がっているようだ。
後藤 フランスでも先日、大統領選挙があったばかりだ。
竹内 日本でも、今月に入って、いよいよ7月の参院選に向けて、各党が本格的に動き始めている。
奥村 各党とも今月から、参院選に向けての党首の街頭演説をスタートさせる。
 マスコミも「参院選へ本格始動」(朝日)、「参院選公示、あと2ヵ月 『選挙後』早くも攻防」(毎日)等と注目している。
中村 先月行われた時事通信社の世論調査でも、7月の参院選の「投票に行く」と答えた人は8割を超えていた。
 「必ず行く」を答えた人だけでも65%にのぼった。
谷川 国民の関心は極めて高いということだ。
竹内 選挙の争点も明確になってきた。
 その世論調査でも、争点となる政策として「年金などの社会保障制度」「教育改革」「景気・雇用対策」「格差問題」「政治とカネ」などが挙がっていた。
原田 いずれにしても国民の願いは一つだ。日本のため、国民の幸福に奉仕する政治だ。
谷川 我々が支援する公明党は先月の統一地方選挙では全員当選の完全勝利を成し遂げた。
 市町村議選では党派別の当選者数で見事、第1党の座に輝いた。
後藤 それだけ、公明党の実績を高く評価する有権者が増えてきた。その証拠だ。

慢心、油断は禁物

谷川 だが、選挙は勝った時が危ない。どうしても慢心、油断、心の隙が生まれるものだ。
原田 その通りだ。大事な参院選を前に、公明党の議員が問題や不祥事なんかを起こしたら、どうなるか。支持者は、やりきれない。とんでもないことだ。
谷川 公明党議員は今こそ「勝って兜の緒を締めよ」だ。
 イギリスのことわざにも「口笛を吹きたくなったら、自分の足下(あしもと)を見よ」とある通りだ。
原田 公明党の議員は、絶対に油断するな! 思い上がるな! 心のタガを引き締めよ! 断じて支持者に迷惑をかけるな! 支持者に恥をかかせるな!

(2007. 5.14. 聖教新聞)

 

<23> 野党議員が経歴を詐称
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、奥村東京青年部長、後藤関東青年部長、中村北海道青年部長

竹内 ところで7月の参院選に向けて、いよいよ各党とも本格的に動き出したようだ。
後藤 与党も野党も必死だ。いかに若者の支持をとりつけるか、真剣に取り組んでいる。
中村 最近の新聞にも「若い世代の選択が焦点」(朝日)と出ていたっけな。
竹内 公明党は総力、全力をあげて頑張ってもらいたい。
 とにかく実績が勝負だ。公明党には、若い世代の支持を集められるだけの立派な実績があるんだ。堂々と、誠実に、真剣に実績を語り抜いてもらいたい。
谷川 さっそく今月の地方選挙でも、公明党が候補を立てて戦う地域がある。
原田 北海道の石狩市だ。そして長崎県の島原市だ。
谷川 そして来月早々には、千葉県の市原市、埼玉県の蕨市でも選挙がある。
竹内 いま全国的に、自治体の合併がすすんでいる。今回が合併後の初めての選挙というところも多い。
谷川 だからこそ、絶対に勝ってもらいたい。
 議員と家族が先陣を切って戦い、堂々たる勝利を断じて勝ち取ってもらいたい。

1等書記官とウソ

竹内 選挙といえば、先月の統一地方選挙で区議になったばかりの男が大問題になっている。
中村 何と経歴を詐称していたという重大事実が発覚した。
奥村 そうなんだ。
 先月の東京・世田谷区の区議選で、野党から出馬してトップ当選した男が、ウソの経歴を選挙公報やポスターに掲載していたんだ。
竹内 この男は実際には大使館の3等書記官だった。それを「1等書記官」と偽って、大々的に宣伝していた。
後藤 大ウソじゃないか!
奥村 しかも、だ。事実が発覚するや、何と言い出したか。
 「勘違いしていた」「有権者からの指摘を受けて調べたら、1等書記官だったことはなく、3等書記官だった」なんてぬけぬけと言い訳を並べはじめた。
中村 何いってんだ! 自分が1等書記官か3等書記官かも分からないやつに議員が務まるとでも思っているのか。
 有権者をバカにするのも、いい加減にしろ!
奥村 この男は、インターネット上のブログ(日記)で自分のことを「世田谷の情報公開男」と名乗っていた。
後藤 言うにこと欠いて、何が「情報公開男」だ。
 だったら、いつ、なんで経歴を詐称したのか。どういう経緯で詐称するに至ったのか。
 全区民が分かるように、ハッキリと「情報公開」してもらいたいものだな!
中村 まったくだ。このインチキ野郎!
竹内 報道によると、当然、世田谷区選管事務局も事態を厳しく見ている。
 「外交官としての等級を偽っていたのが事実なら、外交官としての職歴を売りものとしていただけに、公職選挙法に抵触する可能性がある」と話しているという。
谷川 だいたいウソの経歴をかたって選挙に出れば、公職選挙法の「虚偽事項公表罪」にあたる。
奥村 有罪になれば「4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」と厳しい罰則が定められている。
後藤 これは事実を徹底的に調査して、法的に厳しく対処してもらいたいものだな。

連続「詐称事件」

谷川 それにしても、この詐称男が所属していた党は、同じような不祥事だらけじゃないか。
竹内 あそこは、2004年にも福岡県選出の代議士による「学歴詐称」事件が大問題になった。
後藤 結局、その代議士は、さんざんごねまくり、開き直り、大騒ぎした揚げ句に議員辞職した。それも事件発覚から1年近くたって、ようやく辞めた。
奥村 あの事件で党の信用はガタ落ちになったな。
谷川 現役国会議員の詐称問題で、あれだけ有権者に迷惑をかけたんだ。当然、今後はキチンとするだろうと、国民の誰もが思っていた。
竹内 ところが今度は、地方議員レベルでも、悪辣な経歴詐称問題が起きた。
後藤 その通りだ。先月の統一地方選の時に、埼玉県で県議候補の学歴詐称が発覚。行ってもいないのに「玉川大学教育学部中退」などと真っ赤な大ウソをついていた。
奥村 発覚するやつい見栄を張ってしまった≠ネんて言い訳していたな!
後藤 当たり前だが、この候補は立候補を取りやめ、謝罪した。党の幹部が記者会見するという騒ぎにまでなった。
中村 さらに別の野党でも、神奈川県の横浜市議候補が弁護士を詐称する事件が勃発した。
 詐称した候補は、詐称を認めて選挙運動を中止。党の幹部が公式謝罪する事件にまで発展した。

政治家を監視せよ

竹内 要するに、有権者をナメている。国民を愚弄している。民主主義をバカにしている。
 だから、こんな愚劣な連中が出るんだ。
原田 だからこそ、われわれ有権者が厳しく政治家を監視することだ。
 騙されてはならない。鋭く、厳しく、正体を見極めなければならない。こんな連中に騙されたら、われわれ有権者が損をするだけだ。
竹内 「政治家は民衆の幸福のために奉仕せよ」
 これは、インドの哲人政治家ネルー首相の魂だ。すべての政治家が肝に銘ずるべき言葉だ。
中村 いわんや有権者をウソで騙す政治家など、言語道断だ。
原田 だからこそ公明党が戦え! 有権者が誇りに思える立派な議員に成長してもらいたい。「公明正大」な政治を実現してもらいたい。
谷川 まじめな庶民のために、誠実に、真剣に戦いきってもらいたい。有権者の熱い期待にこたえてもらいたい。そのために我々は支持しているんだ。

(2007. 5.17. 聖教新聞)

 

<24> 埼玉の勝利が全国の勝利
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、奥村東京青年部長、後藤関東青年部長、松尾中部青年部長

まず極悪を倒せ

竹内 さあ「青年の月」7月へ! いま全国の青年部員が「断じて勝利の新記録を」と大前進している。
後藤 その通りだ。とくに我が埼玉では今月8日、池田先生が埼玉池田研修道場を初めて訪問してくださいました。
 この大ニュースに全県の青年部は勇気百倍! 「埼玉の勝利が全国の勝利だ」と立ち上がった。
原田 「常勝埼玉たれ」「師弟不二の団結を」。池田先生は埼玉で渾身の激励を続けてくださった。
谷川 数々の和歌も詠んでくださった。
 「日本中/皆が見つめむ/憧れて/大埼玉の/栄光輝け」との一首が、私の胸に強く刻まれている。
松尾 私は「破邪顕正」についての御指導が忘れられない。
竹内 先生は、こう指導してくださった。
 「『破邪顕正』といっても、あくまで『破邪』が先である。まず悪と戦い、悪を打ち破るのだ。それでこそ『顕正』がある。
 悪を倒してこそ、初めて正義を明らかにし、宣揚することができるのである」と教えてくださった。
原田 「御義口伝」にも「悪を滅(めつ)するを功(く)と云(い)い善(ぜん)を生(しょう)ずるを徳と云う」と仰せであられる。悪を倒してこそ妙法の「功力(くりき)」が輝く。
 悪を倒すことだ。極悪に勝利していくことだ。そこに広宣流布が広がる。これが勝利の方程式だ。

師を守った舞台

後藤 埼玉の同志は、先生のご来県を祈りに祈ってきた。
 男子部の郷弘昌狭山県主任部長。彼は、2001年に研修道場の建設が発表された時に一大奮起した。
 「聖教新聞の拡大と自身の勝利の結果をもって池田先生を埼玉にお迎えする」と固く決意した。
 以来「67ヵ月連続」で聖教新聞の購読推進を達成し続けている。
原田 すごい。67ヵ月といえば5年7ヵ月。見事な拡大だ。
奥村 それにまた埼玉は、池田先生の青春時代の戦いの舞台となった地ですね。
原田 厳然たる勝利の歴史です。
 昭和25年(1950年)当時のことです。
 池田先生は、ただ一人、苦境にあった戸田先生の事業を支えておられた。事態を打開するために、事業の顧客の多かった埼玉に、連日のように通っておられたのです。
谷川 当時、戸田先生は学会の理事長職も辞任されていた。
 事業は絶体絶命。債権者が容赦なく押し寄せていた。
原田 その師匠の大難を救うために、若き池田先生は、師子奮迅の激闘を続けられた……。
谷川 その戦いの歴史の舞台が、ほかでもない、埼玉だった。どれほど師と縁(えにし)のある天地か。

渉外戦でも勝利

奥村 マスコミとの渉外戦においても池田先生は、埼玉を舞台に戦われたと伺っていますが。
原田 昭和30年当時のことです。先生は学会の渉外部長であられた。
 ある新聞の埼玉版が、既成仏教宗派が流したデマを鵜呑みにしたかたちで、学会を中傷する記事を掲載した。
谷川 そこで池田先生は自ら、その新聞社の本社と浦和支局を訪ね、厳重に抗議した。
 その結果、新聞社側は非を認めて再調査を約束。そして約2週間後に記事は既成宗派のデマ宣伝≠ニの学会の主張を大きく掲載したんだ。
原田 当時は、庶民がマスコミに記事の訂正を求めたり、抗議するなど思いもよらなかった。そういうことは学者や知識人のすることだと諦めていた時代だ。
谷川 その心の壁を先生は打ち破られた。
 デマ、ウソ、悪意の記事に、泣き寝入りしてはならない。堂々と、猛然と、正義の叫びを上げよ!
 埼玉こそ、その一大宣言をなされた地なのです。

会長推戴に先駆

竹内 そして戸田会長ご逝去の後「池田先生を学会の第3代会長に!」と最初に声を上げたのも、埼玉の青年だった。
後藤 池田先生は青年部の時代から、埼玉県の羽生や川越など、都心から遠いところ、交通の便のよくないところにまで足を運ばれた。個人指導、御書講義、座談会……一人一人の心に勇気と希望の火を灯された。
原田 埼玉の青年たちは知っていた。分かっていた。
 誰が本当の戸田先生の弟子なのか。誰が第一線の学会員の最大の味方なのか。
 埼玉の青年たちは肌で感じていたにちがいない。
後藤 だからこそ3代会長推戴(すいたい)の声を、いち早く上げた。埼玉青年部の永遠の誇りです。
谷川 池田先生直結の埼玉だ。それだけに埼玉青年部の責任は重い。重大な使命がある。
後藤 戦います! 勝ちます!
 まず埼玉青年部は来月13日から7月22日まで「師弟勝利月間」と銘打って戦う。

日顕一派は自滅

竹内 それにしても、あの日顕一派は、埼玉でも惨敗続きだな!
奥村 その通りだ。
 大恥をさらして法主の座から逃げ出した、あの大ウソつきの日顕! その子分の水島公正(所沢市・能安寺)も裁判で敗北したじゃないか。
後藤 水島は、あの「シアトル事件」に絡んで、学会を「人殺し」呼ばわりしたんだ。あの有名な悪党野郎が!
松尾 バカバカしい。いかにも日顕の子分らしい、言語道断の大ウソだったな!
後藤 結局、水島は裁判で断罪。賠償金の支払い命令を厳重に受けた(2002年、さいたま地裁川越支部)。
奥村 親玉の日顕本人もウソで断罪。子分も同じ。ウリ二つじゃないか(大笑い)。
後藤 それに、埼玉の日顕一派の檀徒。公明党を中傷するデマビラをバラ撒いて断罪されている。賠償命令が厳しく下り、最高裁で確定している。
谷川 デマで自滅。ウソで自滅。日顕宗は埼玉で自滅したよ。よほど懲りたのか、最近では全然、動きがない。話を聞かない。とうとう手も足も出なくなった(大笑い)。
原田 御書には「軽慢(きょうまん)止(や)まざれば舌(した)口中(こうちゅう)に爛(ただ)る」と厳しく仰せだ。いまの日顕宗の姿じゃないか。

(2007. 5.21. 聖教新聞)

 

<25> 愛知から完勝の一番星を!
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、奥村東京青年部長、後藤関東青年部長、松尾中部青年部長

原田 いま大中部、なかんずく「愛知」の友の活躍が目覚ましい。
松尾 ありがとうございます!
 本年は、池田先生が「広布の堅塁・中部たれ!」との永遠の大指針を贈ってくださってから、ちょうど40年。
 我が愛知の同志は、この意義深き40周年を勝利で飾ろうと進んでいます。
原田 この40年――愛知の同志は、嫉妬の政治屋、極悪の坊主の陰謀を打ち破り、大勝利してきた。
 世界が「愛知から完勝の一番星を」と祈り、待っている。断じて、皆の期待に応えてもらいたい。
松尾 勝ちます! 必ず勝利の結果を勝ち取ります!

議員が傷害事件

奥村 愛知といえば、先年、愛知県選出の国会議員が傷害事件を起こしたな!
松尾 その通りだ。野党の参院議員が女性を蹴るという傷害事件を起こした(2005年12月)。
後藤 現職の国会議員が傷害事件か。まったく、あそこは事件、不祥事ばかりだな!
竹内 愛知県警は昨年2月、その議員を書類送検した(4月に起訴猶予処分)。
谷川 党も離党。所属する野党の会派からも離脱した。
松尾 ところが、だ。
 事件が一段落した半年後の昨年9月、その議員は元の会派に復帰した。
後藤 多くの有権者が、事件のことを忘れかけたころになって、コッソリ「会派復帰」か!
谷川 まず会派に復帰。もう少しほとぼりがさめたら、党にも復帰させようという魂胆か?
松尾 多くの愛知の有権者が厳しく見ている。「本当だったら議員辞職すべきじゃないか」「議員も議員、党も党だ」と厳しい。
奥村 不祥事だらけの党だからな。もう慣れっこになっているんじゃないのか?
竹内 いずれにしろ、有権者をバカにした話だな!

宗教弾圧の構図

竹内 ところで私たちが支援する公明党が衆議院に進出して今年で、ちょうど40年になる。
谷川 思えば、ずいぶん多くの政治屋どもが卑劣な「宗教弾圧」に狂奔してきた。謀略を仕掛けてきた。
後藤 そして、最後は自滅していったな!
原田 「悪王の正法(しょうほう)を破(やぶ)るに邪法(じゃほう)の僧等(そうら)が方人(かたうど)をなして智者を失(うしな)はん時」とは「佐渡御書」の有名な御聖訓だ。
 権力者が仏法を迫害する。その裏で坊主や嫉妬の他宗教が片棒を担ぐ。これこそが、大聖人が喝破された「宗教弾圧の構図」だ。
谷川 この原理、この方程式は、今もって全く変わらない。一見すると複雑な図式に見えても、根本の構図は全く同じだ。
松尾 その最たる例が、かつて民主党の委員長まで務めた塚本某だ。
竹内 あの男も、立正佼成会のヒモつきだったな。
谷川 1988年(昭和63年)のリクルート事件が発端になって、委員長を辞任。その後も、落選に落選を重ねて、惨めに政界から消え去った男だ。
後藤 いつ消えていったのかも分からなかったな(爆笑)。
松尾 この塚本は、1969年(昭和44年)の衆院選で街頭で平然と宗教弾圧の演説をしていた。
 「創価学会を叩き潰すまで戦う」などと抜かしていた。
 その後は国会で「証人喚問」云々と騒ぎたてた。
奥村 何が「叩き潰す」だ。結局、自分のほうが世論や有権者の怒りに叩き潰されたよ(爆笑)。

「烏合の衆」

原田 それにしても、真実というものは怖い。隠せない。当時の宗教弾圧の構図も、時とともに、一段とハッキリしてきたようだ。
谷川 その通りだ。
 64年(昭和39年)、公明党は初めて衆議院に進出することを発表した。
 これに仰天し、腰を抜かしたのが、当時の他の宗教団体だった。
竹内 事実、新宗教の集まりである新宗連(新日本宗教団体連合会)は、総掛かりで学会に対抗するべきだと決議していた。
松尾 新宗連の機関紙「新宗教新聞」(昭和40年9月5日付)には、こうハッキリ出ている。
 「新宗連理事会で決議 創価学会・公明党と断固対決 傘下七百万の組織をあげて」云々と大見出しで出ていた。
原田 一つ一つの教団では太刀打ちできないが、束になってかかれば倒せる。そう踏んだんだろう(笑い)。
 だが、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負を仕掛けようというのに、どこまでも他人を頼る。その性根自体が、すでに負けている(大笑い)。
竹内 所詮は「烏合の衆」だった。牧口先生の「チリも積もれば山となるというが、実際にチリが積もって山になったためしはない」という言葉が思われますね(大笑い)。
松尾 結果は、昭和42年の選挙で公明党は大勝利。彼らは大惨敗した。
谷川 それで今度は、政治権力を利用して学会を弾圧しようと考えたわけだ。

政治屋の裏事情

竹内 一方で、政治家たちは、どうだったか。
 昭和42年時点で公明党は25議席を獲得。あと5議席で第3党の民社党に並ぶという勢いだった。
谷川 それだけに民社党の危機感は尋常ではなかった。なんとしても公明党の勢いを止めたい。
 そこで「公明党の勢いを止めたい嫉妬の政治屋」と「学会を妬む宗教団体」の利害が一致し、結託したというわけだ。
原田 政党や議員や候補を攻撃するなら分かる。だが、政党の支持団体を攻撃する。
 まさに民主主義を破壊する暴挙だ。その愚劣さも分からないほど、狂っていた。
 これが今も昔も変わらぬ「宗教弾圧の構図」であり、選挙といえば甦る亡霊のようなものだ。
松尾 その結果、張本人だった塚本は没落。ご存じの通りだ。
谷川 そういえば、以前、四月会とかいう宗教弾圧の野合集団があったな。
 あれもまた宗教団体と政治屋の野合だったが、いつの間にか潰れてなくなった(大笑い)。
原田 正義の学会は勝った。
 御書には仰せではないか。「彼等は野干(やかん)のほうるなり」「日蓮が一門(いちもん)は師子(しし)の吼(ほう)るなり」と。
 師子の学会は厳然と勝った! 大勝利したのだ。

(2007. 5.24. 聖教新聞)

 

<26> 大東京が全国勝利の決定打を
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、奥村東京青年部長、後藤関東青年部長、松尾中部青年部長

竹内 今月19日の首都圏代表協議会で池田先生は、全世界の同志に記念の句を詠み贈ってくださった。
谷川 そうでしたね。
 「師弟不二/晴れ晴れ勝ちゆけ/広布かな」
 このように詠んでくださり、世界広宣流布の前進を祈ってくださった。
原田 池田先生の励ましに呼応して、全国の同志も、ダイナミックに大進撃を開始した。
 東京、大阪、愛知、神奈川、埼玉をはじめ、全国各地の友が堂々と大前進を始めた。
松尾 わが中部の愛知も「正義の大行進」をスタートした!
後藤 池田先生の埼玉池田研修道場への初訪問(今月8日)の喜びにわく埼玉も、戦います!
原田 埼玉といえば、先日の研修道場訪問の折、池田先生は、居合わせた分部総埼玉長らと唱題し、埼玉の全同志の幸福・勝利を祈ってくださった。
谷川 分部さんは以前は、東京の練馬区の総区長などを歴任された人ですね。
原田 それを御存じの先生は、埼玉に隣接する「練馬」の様子を尋ねられた。すかさず「練馬は戦っております。すごいです」と申し上げた。
 先生は「新時代の練馬に贈ろう。練馬が大事だ」とおっしゃり、和歌を詠み贈ってくださった。
谷川 「断固して/練馬本陣/築きゆけ/広宣流布の/創価の勇者は」と詠んでくださった。
奥村 本当に、ありがとうございます!
 先生は、いずこの地にあっても、東京の同志の前進を気に掛けてくださる。感謝しても、しきれません。
 東京の青年部は戦います! 全国勝利の決定打を放ちます!
竹内 戸田先生は「勇敢に戦え。痛烈に叫べ」と指導なされた。その言葉の通りに青年部は、戦います! 断じて、勝ちます!

本陣の責務

谷川 今月9日には、台東区の東京上野平和講堂で、昭和32年の、あの「正義の東京大会」を顕彰する碑の除幕式が行われた。
原田 この東京大会は昭和32年(1957年)7月12日、無実の冤罪で不当逮捕された池田先生の即時釈放を求めて開催された。
 有名な「大阪事件」の渦中でのことです。
後藤 この7月が、ちょうど50周年になりますね。
原田 あの日、降りしきる雨のなか台東の蔵前国技館に詰めかけた4万人を前に戸田先生は叫ばれた。
 会長になった時から、この身は捨てる覚悟は出来ている。何も恐れるものはない。悪に対しては、断固、糾弾していく。仏法の勝負は厳しいぞ。やがて、すべては明確になる。学会に敵対するならば、いかなる者であれ、日蓮大聖人が許すものか
 このように師子吼された。
谷川 正義の怒りが炎となって燃え上がった。東京から全国へと正義の大攻勢の烽火(のろし)が上がった。
竹内 そして5日後の7月17日、池田先生は釈放された。
 池田先生は戸田先生と御一緒に中之島の公会堂での大阪大会に出席。最後は、信心しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか≠ニ、烈々たる気迫で呼びかけられた。
原田 これが、50周年を迎える7・12「東京大会」、7・17「大阪大会」の歴史です。東京そして関西から全国へと広がった、創価の人権闘争の歴史です。
 あの時、集った同志が、今も正義の学会の前進の基盤を支えてくださっている。どれだけ深い意義があったか。どれだけ関西とともに東京には崇高なる使命があるか。
奥村 東京大会の顕彰碑の碑文に、先生は綴ってくださっています。
 「万年の創価の勝利を決せんは 本陣・東京の責務なり」
 「三障四魔(さんしょうしま)の烈風に胸張り莞爾(かんじ)と起(た)ちゆくは 本陣・東京の誉れなり」
 「師弟凱歌(がいか)の旭日(きょくじつ)を元初(がんじょ)の朝(あした)に示さんは 本陣・東京の使命なり」と。
 我ら池田門下の東京青年部は断じて、この大使命に生き抜きます! 必ずや勝利します!

自他共にある人

松尾 東京といえば、昭和34年(1959年)の、あの「東京の戦い」も、池田先生の陣頭指揮あっての大勝利でしたね。
原田 その通りです。
 昭和34年の東京の戦いで、池田先生は徹底して第一線、最前線の友を一人一人、励まし抜かれた。
谷川 昭和34年といえば、東京が戦後の復興期を終え、いよいよ高度経済成長期を迎えるという転換期の年だった。
 5月には、東京オリンピックの開催が決定。東京の人口も900万人となり、世界一の大都市になっていた時だった。大都市・東京の象徴ともいうべき東京タワーも前年の12月に完成している。
原田 当時の東京は、全国各地から移ってきた人が多かった。
 それだけに、さまざまな政治勢力、労働組合、宗教団体等が、それぞれの思惑でひしめき合う決戦場だった。
谷川 学会にとっても、池田先生のもと、戸田先生ご逝去後の体制を盤石にすることが急務となっていた。
原田 そのようななかで、池田先生は本陣・東京の構築のために指揮を執ってくださったのです。
谷川 まず本陣を固める――。そのために、先生は、一にも二にも最前線へ、最末端へ飛び込んでいかれた。東京の隅々に足を運び、一人一人の友を全力で励まされた。
竹内 東京の東の端に位置する葛飾区では、小型トラックの助手席に乗られて、家庭指導に動かれた。
奥村 南の大田区では、工場で働く青年を訪ねて激励することもあった。
原田 その激闘の合間をぬっては、学会本部で、個人指導に全力を注がれた。
竹内 著名な脚本家の橋本忍氏も言われています。
 池田会長は、何百万人という学会員の一人一人をよく知っていて結びついている。池田会長ほど「自他共にある人」は見たことがない≠ニ言われていた。
谷川 橋本氏といえば『七人の侍』など多くの名作を手がけた日本映画界を代表する脚本家だ。
 池田先生原作の映画『人間革命』『新・人間革命』のシナリオも執筆されている。
原田 先生は、東京のいたるところで一人の友を励ました。心の絆を結ばれた。その戦いから、爆発的な勝利の波動を巻き起こしていかれたのです。
谷川 日蓮大聖人は仰せであられる。
 「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱(とな)へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又(また)しかるべし、是(これ)あに地湧(じゆ)の義(ぎ)に非(あら)ずや」と。この広宣流布の方程式通りの戦いをされた。
原田 そして勝利の三日後、先生は数人の幹部とともに戸田先生の墓前で報告をされた。
 池田先生は、ある折に語ってくださった。
 「私は戸田先生のおっしゃることなら、何でもやっちゃうんだ。誰が何と言おうが、どう思おうが関係ない。私は戸田先生に『大作、よくやったな』と言っていただければ、それでいいんだ。それだけなんだ」。このように語ってくださったことが忘れられない。
竹内 東京といえば、7月に投票が行われる参議院選挙。公示まで、あと5週間だ。参院選の東京選挙区は特に注目されているな。
奥村 その通りだ。
 自民2人、民主2人の有力候補のほか、公明、共産、社民の各党も候補を立てる予定だ。
 それ以外にも、いろいろな人間の出馬が取り沙汰されている。
谷川 マスコミも注目している。雑誌にも「東京選挙区は早くも乱戦模様」等と出ていたな。
原田 公明党は断じて勝利してもらいたい。
 全議員、OB、家族が先陣をきって、全力で戦ってもらいたい。

(2007. 5.28. 聖教新聞)

 

<27> 台湾SGI 社会貢献の世界の模範
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、奥村東京青年部長、後藤関東青年部長、松尾中部青年部長

世界の友が前進

谷川 いま世界中でSGI(創価学会インタナショナル)の同志が大前進している。
松尾 イタリアでも、4万4000人の人間主義の連帯を達成したそうですね。
後藤 イタリア全土4200会場でザダンカイを開催。2万5000人の教学部員が誕生するなど、大発展している。
谷川 台湾SGIの発展も目覚ましい。素晴らしい興隆の姿だ。
竹内 池田先生に世界の都市から贈られた「名誉市民」称号が5月で500を超えました。その栄えある500番目は台湾の都市からでしたね。
原田 その通りだ。5月6日、台北県の土城市から名誉市民証が贈られ、ちょうど500番目となった。
谷川 今年になってからも、台湾の数多くの都市から池田先生に「名誉市民」の称号が贈られている。
後藤 どれほど台湾社会が、池田先生を尊敬しているか。また台湾SGIを、どれだけ評価しているか。その厳然たる証拠だ。
竹内 台湾の教育界も池田先生を顕彰している。
 最近も高雄師範大学、高苑科技大学、科学工芸博物館のほか、数多くの高校、中学校、小学校等が池田先生を顕彰し、感謝状を贈っている。
松尾 これまで台湾各界から池田先生に贈られた顕彰は400を超えています。
奥村 たとえば、台湾の内政部が文化・教育に貢献した人物に贈る最高栄誉である「1等内政賞」。2002年に日本人として初めて授与されたものです。
後藤 台北市から外国人初の「名誉市民証」も授与されています。
松尾 このほか中国文化大学、屏東科技大学などの名門大学から名誉学術称号が贈られています。
谷川 台湾SGIは、本年で広布45周年を迎える。同志の連帯も10万人。「100万対話」を目指して続けてきた友好拡大も、320万を達成した。

空港でのドラマ

竹内 台北支部が結成されたのは1962年。翌年1月には池田先生が、台北の空港に立ち寄られた。
原田 ほんのわずかな時間だった。空港に駆けつけたメンバーを、先生は抱きかかえるように励ましてくださった。
 「冬は必ず春となります」
 「何があっても、どんなに辛くとも、台湾の人々の幸福のために、絶対に仏法の火を消してはならない。本当の勝負は、30年、40年先です。最後は必ず勝ちます」
 このように激励してくださったのです。
谷川 その後、台湾全土に発令されていた戒厳令のもと、SGIの組織にも解散命令が出た。
 自由に活動ができないなか、SGIのメンバーは「よき市民」として社会に貢献しようと奮闘した。「何があっても」「どんなに辛くとも」との池田先生の言葉を胸に刻みながら、社会貢献の活動を進めたのです。
原田 地道な社会貢献の活動が認められて、1990年には正式に法人が認可された。
谷川 その後、台湾SGIは、台湾内政部から、14回連続で「社会優良団体賞」を受賞している。
 これは内政部が文化・社会団体に授与する最高表彰です。それが毎回続けて台湾SGIに贈られている。
奥村 李逸洋内政部長も台湾SGIの活動を称賛している。
 台湾SGIは、社会のために尽くすという精神を発揮し、他者のために行動してきました。
 その行動が、社会の繁栄と幸福を構築しています≠ニまで称えている。それほどの信頼を勝ち得ている。
原田 また台湾の教育部が社会教育の模範の団体に贈る「社会教育功労団体賞」も7度も受けている。
谷川 このほか、基隆市の市議会からは池田先生に「平和教育貢献賞」が授与された(5月12日)。
竹内 同市の市議会副議長は「台湾SGIの皆さんと出会ってから、いかに民衆の力が偉大かを深く認識しました。
 池田先生が世界中に民衆の力を広げておられることに感動しています。池田先生に、くれぐれも宜しくお伝えください」と語っていた。

相次ぐ称賛の声

奥村 この4・5月にも、台湾SGIが主催する地域友好文化祭が台湾全土で開催された。大盛況だったようですね。
竹内 宜蘭県の頭城鎮で行われた地域友好文化祭には、地元の呂国華県長(知事)が出席した。
 知事は、同文化祭で展示されている「世界児童平和文化展」を見た感想を語った。
 「SGIは教育・文化を通して世界平和を達成するために活動しています。教育を重視している展示であり、社会の調和に寄与するものです」と絶讃した。
谷川 雲林県の虎尾科技大学で行われた地域友好文化祭には、約2万7000人が来場。同大学から「教育の光」賞が池田先生に贈られました(5月13日)。
竹内 林振徳学長は、次のように挨拶した。
 「今まで何回もSGIの方々にお会いしてきました。SGIが社会に存在していることに、大きな価値を感じています。平和・文化・教育というSGIが進めている運動・理念は、わが大学と一致するものです」
 「私はかつて、トインビー博士と池田先生の対談を読みました。35年前の対談にもかかわらず、今の社会に必要なことばかりが書かれてあり、大変に感銘を受けました。本日、大学として池田先生を顕彰できるのは、本当に光栄です」。このように感銘深く語っておられた。
原田 台湾SGIの友が進めてきた活動が、社会から着実に評価されるようになってきた。
 社会貢献の世界の模範だ。大勝利の姿だ。
谷川 大聖人は四条金吾に対して、こう仰せであられる。
 「中務三郎左衛門尉(なかつかささぶろうざえもんのじょう)(=四条金吾)は主(しゅ)の御(おん)ためにも仏法の御(おん)ためにも世間の心(こころ)ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口(くち)にうたはれ給(たま)へ」と仰せです。
原田 まさに台湾SGIの友の姿だ。

日顕一派は大恥

後藤 そういえば、かつて、あの日顕一派は台湾でも大恥をかいたっけな(大笑い)。
奥村 日顕のやつが台湾に遊びに行った時、台湾中のマスコミから「東洋花和尚(とうようはなおしょう)」(=東洋のハレンチ坊主)云々と騒がれたのは有名だ(大笑い)。
竹内 実は、日顕の跡目をついだ早瀬のやつも、最近、台湾に行って、恥の上塗りをしてきたらしい。
谷川 台湾のマスコミでも日本の坊主が豪勢で贅沢な訪台∞花和尚の後任者が宿泊費一晩7万元(=約25万円)、夕食一人3500元(=約1万3000円)♂]々と書かれていた(笑い)。
原田 あえて言うのもバカバカしいが、台湾SGIの堂々たる興隆、発展にひきかえ、日顕宗はマスコミから、いよいよ嘲けられ、あざ笑われている。
 日顕は池田先生への嫉妬で海外、海外≠ニ海外の檀徒づくりに血眼になってきたが、ものの見事に大惨敗だ。完全に「勝負あった」だ。

(2007. 6. 1. 聖教新聞)

 

<28> 世界の憧れ「正義の神奈川」
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、後藤東海道青年部長、森井関西青年部長、松尾中部青年部長

谷川 先日の本部幹部会(5月24日)で池田先生は、日本全国の同志を心からたたえ、励ましてくださった。
松尾 その通りです。
 戸田先生の「関西は盤石な土台が出来上がってきた」「次は中部だ、愛知だ」とのお言葉を紹介され、渾身の激励を贈ってくださいました。
後藤 我が「正義の神奈川」についても、エマソン協会会長のワイダー博士の言葉を紹介してくださった。
森井 ワイダー博士といえば、アメリカを代表するエマソン研究者で、著名な女性詩人ですね。
竹内 それは、こんな感動的な内容だった。
 「私は昨年、神奈川で講演をさせていただきました。
 婦人部の皆さんは、私の話を心から受け入れ、支持してくださいました」
 「このような聴衆を、私は見たことがありません。心と心で結ばれた共同体の強さに、深い感銘を受けたのです」と。
後藤 われわれ青年部も本当に喜んでいます。本当に、ありがとうございます!
原田 それに今回の本部幹部会には、はるばる海外から参加された同志も多数いらっしゃった。
谷川 とくにペルーの壮年部の皆様は、3日間もかけて日本に到着された。
 飛行機の事情で、当初の予定より2日ほど遅れてしまったからだ。
竹内 ようやく到着したのは幹部会の前日だった。
 時差だってある。本来なら、当然、1日ゆっくりと休養をとって、幹部会に参加しても、よかった。
後藤 ところがペルーの同志は「なんとしても、日蓮大聖人が戦われた鎌倉に行きたい」と、旅の疲れをものともせず、鎌倉のSGI教学会館での研修に参加されたんです。
原田 この求道心! 私たち日本の同志も、真剣に見習っていくべきだ。
 先生も、海外の同志の「信心の志」を最大に讃えてくださった。「海外の同志の方々、万歳!」と諸手をあげて讃嘆してくださった。
谷川 神奈川といえば、SGIメンバーが横浜の神奈川文化会館を見学して感動していた。
 「先生の『正義』の御揮毫(きごう)も拝見し、神奈川は学会の『正義の魂』が留められた地なのだと実感しました」等々と語っていた。
原田 「世界中の憧れ」の神奈川だ。
 世界中の同志が、どれほど神奈川の大勝利を期待しているか。

勝利の実証

竹内 その期待に断じて応えようと、いま、われわれ青年部のメンバーも、ありとあらゆる分野で勝利の実証を打ち立てている。友情を広げている。
後藤 たとえば、横浜の鶴見区の男子部メンバー。
 彼がリーダーを務めるロックバンドが、鶴見区の区制80周年を記念する歌をつくった。この歌が、区制80周年の公式ソングとして採用された(拍手)。
竹内 新聞各紙も報じていたね。
後藤 それに川崎の幸区の男子部メンバー。大手自動車販売会社の営業マン。営業成績は常にトップクラス。本年は、なんと自動車会社から贈られる「年間最優秀賞」を受賞した。
竹内 すごい! 素晴らしい!
後藤 女子部の活躍も目覚ましい。
 西大和王者県のメンバーは、職場での信頼が厚く、今年から若くして保育園の園長になった。それに茅ケ崎県には、内科医として勤務し、地域の信望を集めるメンバーもいる。
谷川 さすが「人材の大神奈川」。多士済々の人材が揃っているじゃないか。

人権蹂躙の報い

竹内 それにしても、今、国民の政治家を見る目は一段と厳しくなっているな。
松尾 本当に、国のため、社会のため、国民の幸福のために一身をなげうって戦う。
 それだけの大信念をもった政治家は、なかなか見あたらない。
後藤 それどころか経歴詐称、秘書給与のネコババ、傷害事件、弁護士法違反等々、悪辣千万の議員が、わんさといるじゃないか。
森井 学会の前進にドス黒く嫉妬し、卑怯卑劣にも宗教弾圧を仕掛けてきた権力の亡者もいたな!
 あの連中の末路も、ことごとく絶滅だ。屍累々じゃないか。
原田 御聖訓に「ものにくるうを見よ」「彼(か)の一門皆(みな)ほろぶるを各(おのおの)御覧(ごらん)あるべし」「必ずほろぶべし」と仰せの通りの姿だ。
谷川 たとえば、あの新潟選出の元代議士の白川某!
 あろうことか雑誌のデマ記事を使って、国会の場で平然と宗教弾圧したやつだ。
松尾 その人権侵害、人権蹂躙の当然の報いだろう。最近は、全然、姿を見ないようじゃないか(笑い)。
森井 今じゃあ、相手にするのは、せいぜい日顕一派か、その仲間ぐらいじゃないのか、バカが(爆笑)。
谷川 あの男は2000年、秘書の交通事故もみ消し事件が発覚。これがもとで評判がガタ落ちした。
竹内 結局、その年の衆院選で無残に落選した。
原田 あれには驚いたな!
 何しろ、自治大臣、国家公安委員長まで務めた人間が、あっけなく落選だ。誰もが驚く大敗北の姿だった。
松尾 01年には、新党とやらを立ち上げて参院選に出馬。日顕直属の檀徒までも動員して、さんざん学会を中傷した。
後藤 それどころか日顕本人までもが応援しろ≠ニ宗内にハッパをかけた。それほど、日顕宗全体が肩入れしていた。
森井 結局、10人もの候補者を立てたが全員落選。供託金6000万円も全額没収という惨憺たる結果に終わった。
松尾 選挙ハガキの印刷代金の未払いでも訴えられて、みっともなく敗訴したっけな(爆笑)。
竹内 もともと、あの男のバックは立正佼成会だった。
谷川 その佼成会からも見放された。この参院選の時だって、期待した票なんか全然、取れなかった(笑い)。
竹内 03年には、往生際悪く、自分の地盤とは別の選挙区から衆院選に出た。だが、これも、またまた惨敗だった。
松尾 05年には、新潟県十日町市の市長選に出馬したが、やっぱり落選。しかも次点すら取れない大惨敗だった。
原田 完全に地元からも見放されていたんだな(笑い)。
松尾 市長選に落ちた後も、地元の反応は厳しかった。
 「誰が見ても聞いても異常、異様な姿だった。選挙でも、口を開けば学会の悪口。あんなバカをやったから、地元からも見捨てられた。自業自得だ」
 このように嘲笑っていた元支持者もいる。
谷川 要するに、とことん地元をバカにしていた。いつまでも大臣気取り、国会議員気取りで支持者を睥睨(へいげい)していた。その当然の報いだ。

(2007. 6. 4. 聖教新聞)

 

<29> 栄光の「大阪大会」から50周年
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、後藤東海道青年部長、森井関西青年部長、松尾中部青年部長

日顕一派を断罪

森井 前回は、宗教弾圧の元代議士、白川某の話が出た。
 あの男の秘書の「交通違反もみ消し事件」が発覚した直後のことだ。
 日顕宗の檀徒らが大阪府内で、この「もみ消し事件」に絡めて公明党を中傷するデマビラをバラ撒いた。
松尾 そうだったな。あれもまた、事実無根の真っ赤な大ウソのビラだったな。
谷川 当然、公明党に対する悪辣な名誉毀損であり、公職選挙法に違反するデマだった。
森井 公明党が、ビラをバラ撒いた檀徒と、檀徒が所属する日顕宗寺院の坊主を訴えた。
 裁判の結果、大阪地裁堺支部は坊主らを断罪。賠償金60万円の支払いを命じる判決を厳しく下した。
竹内 檀徒らがビラを撒いたのは2000年5月のことだ。
 ちょうど6月には衆議院選挙を控えた時期だった。
森井 誰が見たって「選挙狙い」の悪辣な陰謀だった。はじめっから狙いは、明々白々だった。
竹内 だからこそ、裁判所も日顕一派の謀略を厳しく糾弾したんだ。
松尾 その通りだ。判決は「衆議院選挙に向け、原告(=公明党)の勢力伸張を阻止するための一種の事前運動」と厳しく断罪している。
谷川 それにまた「組織的な行為」「極めて悪意に満ちたもの」とも深く、鋭く糾弾している。
竹内 この判決は03年7月に厳然と確定している。
後藤 とにかく宗教弾圧するような権力の亡者というのは、必ず、別の宗教団体と結託するものだ。この白川にしても、日顕宗と野合して、陰湿に学会を弾圧しようとした。
谷川 まさに佐渡御書に「悪王の正法を破(やぶ)るに邪法(じゃほう)の僧等(そうら)が方人(かたうど)をなして」と仰せの通りの姿だった。
原田 だが正義の学会は厳然と勝った。堂々と勝った!

関西男声合唱団

竹内 話は変わるが、先日の本部幹部会での関西男声合唱団の歌声は、感動的だった。そういう声を、多く聞くよ。
森井 当初は「常勝の空」「威風堂々の歌」の2曲の予定でしたが、急きょ、もう一曲「滝の詩(うた)」も歌わせていただいたのです。
原田 そうでしたね。1971年(昭和46年)6月、池田先生が青森県の奥入瀬の滝を訪問された。その時に詠まれた詩に曲をつけたものです。
後藤 作曲されたのは青森県出身の芸術部員で、現在は総神奈川の副芸術部長をされている方です。
谷川 今回の話の始まりは、まず先日、イギリスのグラスゴー大学のマンロー博士が奥入瀬を訪れたことだったそうだね。
原田 グラスゴー大学での池田先生への名誉教授称号の授賞式で推挙の辞を述べた方だ。
 その推挙の辞を、池田先生が詠まれた滝の詩を引用して締めくくった。
谷川 その博士が奥入瀬に来られる。このことを知った地元・青森の壮年部が即興の合唱団を作った。そして「滝の詩」を歌って歓迎したんだ。
原田 東北人らしい、温かいエピソードだね。
森井 そうした経緯を、わが関西男声合唱団が、本部幹部会の前日に耳にした。
 そして、ぜひとも「滝の詩」を自分たちに歌わせて頂きたいと皆が強く思った。
谷川 さすが関西は反応が違う!
森井 そこで急きょ譜面を手に入れ、夜遅くなってから、宿舎のそれぞれの部屋で練習した。夜中だから、大きな声は出せない。小さな声で練習した……。
原田 この関西の合唱団メンバーの真情を先生は、十分に汲んでくださった。
 それで、スピーチの中で、素晴らしい合唱団の歌声が披露されることになったわけです。
森井 関西男声合唱団は96年の「関西合唱コンクール」で初めて金賞を受賞。その後、8回連続で金賞を受賞した。2000年には「全日本合唱コンクール」で初めて金賞を受賞した合唱団だ。
松尾 立派な発展、勝利、成長の証しだ。
森井 合唱団の発展の立役者が指揮者の金山顕博さんだ。
谷川 幹部会でも先生は、金山さんに、きれいな花のレイをかけ、赤い帽子まで、かぶせてくださった。
森井 そして感極まって涙する金山さんの肩をたたかれながら「男は泣くんじゃないよ。頑張れ!」と大激励されたのです。
後藤 あの光景は、本当に感動的でしたね。

京大から感謝状

松尾 それに関西といえば、関西21世紀交響楽団が京都大学大学院の記念行事で演奏したそうだね。
竹内 その通りです。5月14日、同大学院医学研究科の記念行事に招聘されて祝賀演奏を披露した。女子部や学生部のメンバーの陰ながらの奮闘があって実現したようだ。
森井 関係教授らが、後日、関西池田記念会館を訪問。真心の演奏に対して京都大学から「感謝状」が贈られた。
 教授は京都大学に素晴らしい音色が響きました∞今後とも、よろしくお願いします≠ニ感謝を述べておられた。
原田 今年は、57年(昭和32年)7月の栄光の「大阪大会」から50年。関西は、どこもかしこも、歴史の佳節にふさわしい勝利の姿を示しきっている。
谷川 前年の「大阪の戦い」の時、池田先生は、まずは「大変なところ」「皆が行きたくないようなところ」から足を運ばれた。そして徹底して、一人一人を励ました。最前線の一人の心の奥底に勇気の炎を灯された。
原田 「まさかが実現」とマスコミも驚いた大勝利でした。まさに「不可能を可能にした」大闘争でした。
 その勝利も徹底した最前線への激励があってのことだ。
森井 今でも、関西中のいたるところに、当時の池田先生との思い出を誇らしく語る方が、たくさんいらっしゃる。
 「あの時、私が住んでいる狭い路地にまで池田先生は入ってこられ、励ましてくださった」
 「幹部で初めて来てくださったのが池田先生でした」。歴史の証言を口々に語っています。
原田 その通りです。
 「全軍が勝利するためには、一番大変なところで勝つことだ。自分の陣地だけ守ればよいなどという姿勢では絶対に勝てない」。これが池田先生の信念であられた。
 だからこそ先生は自ら率先して、一番、大変なところへと飛び込んでいかれた。この勝利の大鉄則を、大阪の戦いで教えてくださったのです。
森井 おっしゃる通りです。
 関西は断じて勝ちます! 全国の勝利は、我ら常勝関西の手で断じて勝ち取る!
 直系の池田門下生として、必ずや、勝利の証しを打ち立てます!

(2007. 6. 7. 聖教新聞)

 

<30> デマの狙いは「選挙妨害」
出席者:原田会長、谷川副会長、竹内青年部長、奥村東京青年部長、後藤東海道青年部長、松尾中部青年部長

谷川 これまで、世界の大学・学術機関から池田先生に贈られた名誉学術称号は「215」にのぼります。
原田 まさに「世界一」の壮挙です。日本はじまって以来の快挙です。
 池田先生が、どれほど偉大な平和・文化・教育の業績を残されてきたか。いまや世界中が讃嘆し、感謝し、瞠目している。その何よりの証しです。
竹内 その215番目にあたるロシア国立人文大学の名誉博士号授与式(5月31日)。たいへんに感動的だった。
後藤 その通りだ。
 ピヴォヴァール総長も、語っておられた。
 「(池田)会長は、すでに30年以上にわたり、人文分野におけるロシアとの交流を積極的に推進され、露日の友好関係の強化に、素晴らしいご貢献をなされました」
 「異なる文明や文化を持つ人々も、芸術を通して、無理なくお互いを理解し合えるということを、自らの行動をもって証明されました」
 このように高らかに宣言しておられた。
奥村 それにまた今回の式典には、イギリス・グラスゴー大学のマンロー博士も駆けつけ、祝福してくださった。
 博士は、英国の名宰相チャーチルの名前をあげて池田先生は、チャーチル卿以来の大指導者≠ニ讃えた。
後藤 チャーチル首相といえば、世界的に高い評価を受けた大指導者だ。
竹内 実際に、イギリス、ベルギー、デンマーク、アメリカ、カナダの各国の大学から、18の名誉博士号、3つの名誉学長称号――全部で21の名誉学術称号を受章。ノーベル文学賞なども受けている。
奥村 当時、チャーチル首相は世界的に評価されていたが、池田先生は、それを超える規模で現代の世界で評価されている――そういう意味で、マンロー博士は、チャーチル首相の名前をあげたようだ。
谷川 このマンロー博士は、1994年6月、池田先生がグラスゴー大学の名誉博士号を受章された時に「推挙の辞」を述べた方でもある。
原田 池田先生が、いかに偉大な歴史を刻み、残されてきたか。この一点を見ても、ありありと分かります。

亡霊の如きデマ

竹内 ところで、注目の参院選が迫ってきた。
奥村 昔から、選挙の時期になると亡霊のように出てくるのが「住民票移動」云々のデマだな。
谷川 このデマが初めて流されたのは1964年(昭和39年)4月と言われているな。
原田 その通りだ。当時は、前年の統一地方選挙で公明党の前身である公明政治連盟が大躍進した。64年5月には、公政連の衆議院進出が発表され、11月には公明党が結党された。
 今では、その大躍進に対する嫉妬で「選挙妨害」を狙ったデマであると、ハッキリ判明している。
谷川 もともと全くの事実無根のデマだ。当然、このデマを流した連中は、みな「謝罪」「撤回」「没落」している。
竹内 64年4月には、当時の社会党代議士・島上善五郎がデマを放言。追及されると集団移動の事実は、つかんでいなかった≠ニウソを認め、発言を撤回した。
奥村 68年9月には、当時の自治大臣だった赤沢正道が夕刊紙で同様のデマを流した。
 これも追及されると「根拠は何もない。恐縮している。今後、根拠のない発言は慎む」と明確に謝罪した。
後藤 これについては東京都の選挙管理委員会も集団移動は有りえないことだ≠ニ表明している。
松尾 それに1993年には朝日新聞徳島版がデマを掲載した。同紙は翌日付で、お詫びの記事を掲載。
 「うわさのような事実はありませんでした。十分な裏付け取材をせず、掲載したことで、関係者並びに読者にご迷惑をおかけしました。おわびします」と陳謝した。
奥村 2005年には、永田とかいう千葉県選出の代議士が国会でデマを言い放ったな。
後藤 永田は学会員を傷つけたことは残念≠ニ釈明した。さらには彼が所属する政党の理事までもが「大変、遺憾に思う」と公式に謝罪した。
竹内 残念≠ネんて、まるで他人事のような対応だったな。謝罪、誠意が、まったく感じられない態度だったな。
 そんな傲慢無礼なやつが、そのままで済むわけがない。皆が「いまに何か事件をおこすぞ、大事故をおこすぞ」と思っていたら、案の定、大事件を起こした。
松尾 その通りだ。翌年2月、永田は、あの有名な「偽メール事件」で国会を大混乱に陥れた。
奥村 それがもとで永田のやつは完全に失脚。結局、06年4月に議員辞職した(大笑い)。
松尾 あいつは今、どこで何をやっているんだ?
竹内 選挙区の千葉県にいられなくなって、今じゃ、神奈川あたりに引きこもっているようだな。
谷川 国会の場で平然とウソをつき、他党の支持団体を攻撃するような男だ。
 そんな人権蹂躙、人格下劣のやつだから、ガセネタをつかまされて、国会にいられなくなるんだ。当然の報いだ(爆笑)。

裁判地獄の山崎

後藤 大ウソつきといえば、あの極悪ペテン師の山崎正友のやつ! 最近は、身体もガタガタのようじゃないか。
奥村 そうらしい。
 裁判所で、あいつの姿を見かけた人が言っていた。
 「身体も顔も一回り縮んでいた」と言っていたな。
竹内 それに、先月、山崎が出廷する裁判が予定されていた。ところが、あいつのほうから「目の病気で字が見えないから」と言い出して、延期になった。そういうことがあったというんだな。
松尾 まあ、山崎が裁判から逃げ回るのもムリはない。近年の山アといえば断罪地獄≠フどん底じゃないか(大笑い)。
後藤 あの凶悪な3億円恐喝事件で「懲役3年」の実刑判決。そのほか、不倫事件、悪辣な人権侵害事件など、全部で18件もの裁判で敗北している。
竹内 裁判所から命じられ、確定した損害賠償金だけでも、680万円以上にのぼる。
奥村 断罪地獄のうえに、こんどは裁判にも出られないほどの「病気」か。
谷川 これこそ「泣きっ面にハチ」だ(爆笑)。

(2007. 6.14. 聖教新聞)