第二章 英雄の息子

「もっと手を早く出せ!脇を絞れ!相手に組まれるぞ!」
ときは三百と二十年近く前、モーコ帝国のある高級な一軒家。そこからは毎日のように男の怒号が聞こえていた。
声の主はムンフ。モーコ帝国では最強を誇る格闘天使だ。
しかし、異国嫌いが災いして、ジパングの天使試験に出場したことはなかった。そこで、自身の果たせなかった夢を息子のハクホウに託そうとしていたのだ。
ハクホウには長兄がいたが、生まれつき体が弱く、格闘天使には向いていなかった。
「よし、このくらいにしておこう。」
ハクホウは全身を真紅に染め、荒い息をしていた。無理もない、ハクホウはまだこのとき、人間でいえば十歳だったからだ。ムンフはハクホウに過酷なトレーニングを五歳の時からしている。
「とうさん…そろそろ…天使試験に出してよ。もう、バサルサは出場しているんだよ…。」
ハクホウは荒い息のままムンフに言ったが、ムンフは顔色一つ変えず
「まだだ。まだ早い。もっと成長してからだ」
この言葉の繰り返しはそれから三年も続いた。三年目にしてようやくハクホウがムンフを倒すことができたからである。
「ハクホウ、よくここまで成長した。私から教えることはもう何もない。天使試験に出るがよい」
「やったー」
ハクホウにとっては長年の願いがかなった瞬間だった。
しかし結果は思わぬ形で終わってしまった。初戦の相手が親友であるバサルサだったのだ。いくら修業を積んでいるとはいえ、天使試験の経験が勝り、ハクホウはバサルサに敗れてしまった。
「仕方ないよね、相手がバサルサだったもん。やりづらかったし、経験があるもん」
ところが、ムンフの答えは意外なものだった。
「お前は勘違いしている。親友だから負けたのではない、心が弱いから負けたのだ。格闘天使に感情は必要ない。次からは相手を殺すつもりで行くことだ。」
ムンフの言葉に納得のいかないまま試験後で疲れていたハクホウはそのまま深い眠りについた。
が、ムンフの答えは言葉だけではなかった。翌日、起きたハクホウが見たのはもぬけの殻になった自分の部屋だったのだ
「とうさん!これはどういうこと…」
ハクホウが言いかけた時、ムンフは鋭い目線でハクホウを見つめ、こういった
「ハクホウは昨日の晩から、私の家からいなくなった。ジパングで格闘天使になるためにな」
そういうと、ムンフはジパング行きの通行証を渡し、息子を家から追い出してしまった。
「とうさん!とうさん!」
ハクホウは手に血がにじむほど何回もドアを叩いたが、その扉は決して開かれることはなかった。
ハクホウは後ろ髪をひかれながらジパングのほうへ飛び立っていった。

第一章へ戻る 小説TOP HOME 目次 第三章へ進む