その日、ビクトールはホウアンに呼び出されて医務室に向かった。彼に呼び出されるようなマネをした覚えがなかったので、首を傾げながら。
「おう、何の用だ?」
「ああ、スイマセン。わざわざ来て頂いてしまって」
「別に暇だからそれは良いんだけどよ」
ホウアンの言葉に軽く首を振りながら、彼に示されるまま素直に椅子に腰掛ける。そんなビクトールに、ホウアンはこれ以上ないくらい真剣な眼差しで語りかけてきた。
「実は、ビクトールにさんに頼みたいことがありまして」
「俺に? なんだ?」
彼が自分にそんな事を言ってくるなんて珍しい事だと思いながら問いかけると、彼は大きく頷いた。
「はい。実はコレを………フリックさんに、飲ませて欲しいんです」
言いながらホウアンが取り出したモノは、二つの小瓶だった。



黄色い瓶と、赤い瓶。



デザインは若い女が好みそうな可愛らしいモノだった。パッと見では飲むものが入っている瓶ではなく、香水の瓶のように見えるほどに。
今までそんなデザインの瓶に入った飲料を見たことが無かった。アイテムにも、無い。
果たしてコレはなんなのだろうかと首を傾げたビクトールの疑問に気付いたのだろう。ホウアンは声を潜めて答えを返してきた。
「媚薬です」
「び――――っ!」
予想もしていなかった言葉に、ビクトールは思わず大きな声を上げてしまった。
だが、直ぐさまホウアンに掌で口を押さえられた為に、その声が城中に響き渡る事は防がれる。
「静かにして下さいっ! フリックさんに聞かれたら大変ですから!」
ビクトールの口を塞いだ状態で動きを止めていたホウアンが、眦を吊り上げて抑えた声で怒鳴りつけてきた。
「スマン。…………って、なんでそんなモノを、フリックに?」
その言葉に軽く頭を下げてから、ビクトールは感じた疑問を口に上げる。実験台に出来る人間は他に沢山居るだろうに。何も一番危ない所を狙わなくてもと、思いながら。
ビクトールの疑問はもっともなモノだと思ったのだろうか。ホウアンは一度深く頷いた。
そして、もの凄く真剣な眼差しでビクトールの瞳を見つめ返しながら口を開く。
「彼は、面白いくらいに薬が効かないんです」
キッパリと言い切られた言葉に、だからどうしたと瞳で問い返せば、ホウアンは声を潜めて続けてくる。
「その薬が効かないフリックさんに効くようなな薬なら、誰にでも効くと言うことです。間違いなく、確実に。私はそんな薬を作りたいんですよ。どこの誰が口にしても効き目がある薬をっ! ですから、協力して下さいっ!」
「…………はぁ」
真剣なホウアンとは裏腹に、返すビクトールの声には力が抜けきっていた。
その願い事が、もの凄く自分勝手なモノのような気がして。
というか、それは気のせいではなく、自分勝手な頼み事だろうと思う。
はっきり言って、それに自分がつき合ってやらねばならない義理はない。グレッグミンスターで負ったフリックの怪我を治して貰った借りはもう返しきっていると、勝手に判断しているし。そんな自分勝手な願い事に巻き込まれてフリックの怒りを買い、痛い思いをする価値が見出せない。
此処はさっくりと断りを入れて置いた方が良いだろう。
そう判断したビクトールの考えを読み取ったのだろうか。ホウアンがキラリと瞳を煌めかせた。そして、甘い誘惑の言葉を吐いてくる。
「成功した暁には、貴方も良い目を見られるはずですよ。何しろ、コレは媚薬ですから。しかも、強力な。その薬をフリックさんに使えるんです。悪い話じゃ無いでしょう?」
「…………う〜〜〜〜ん……………」
言われてみればそうかも知れないが、そうそうフリックが怪しげな薬を飲んでくれるとも思えない。失敗したら間違いなく痛い目にあうし、成功した後でも痛い目を見る確率が極めて高い。はっきり言って、チャレンジする価値がその薬にあるのか、判断しかねるところだ。
「まだ実験段階ですが、上手く行けば理性が綺麗さっぱり消え去ります。いつもは出来ない様々な要求に恥じらいつつも応えてくれること、間違いなしですよ!」
悩むビクトールに、ホウアンは熱い口調でそうセールストークをかましてくる。
その言葉に、ビクトールの心は揺らいだ。『恥じらいつつも』と言うフレーズに。『いつもは出来ない様々な要求』と言うフレーズにも胸が高鳴るモノを感じたが。
その揺らぎを敏感に察知したのだろう。ホウアンはキラリと瞳を輝かせ、更に言葉を足してきた。
「大丈夫です。何かあった時の責任は、私が取りますから。雷だろうがなんだろうが、甘んじて受け入れましょう。ビクトールさんは、薬を飲ませて楽しい思いをするだけです。どうですか?」
ホウアンがニコニコとなんの陰りもない笑顔で問いかけてくる。
その姿から、表情からは、溢れんばかりの自信が見て取れた。実験に失敗する事などないと、言うように。本当に、ビクトールは美味しい目を見られるだけだと言うように。
ビクトールは、しばし考え込んだ。
これ以上ないくらい真剣に、考え込んだ。






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