「悪いな。今は重要な任務中なんだ。遊ぶのはまた今度な!」
「えーーーーっ!」
「やだーーーっ! 遊んでーーーーっ!」
「悪いっ!」
軽く両手をあわせて拝むように頭を下げたビクトールは、それ以上何かを言われる前に駆け出した。途端に、背後で非難の声が上がった。
「あーーーーっ!」
「待ってよ、おじちゃんっ!」
追い縋るような言葉と共に、小さな気配がいくつも背後から追いかけてきた。それを振り切るようにスピードを上げたビクトールは、ある程度引き離したところで目についた図書館の中に飛び込んだ。
一気に階段を駆け上がり、余程熱心な者しか入らないであろう学術書ばかりが集められている部屋へと飛び込み、ドアを閉める。
呼吸を整えながら閉めたばかりのドアに背中を預け、外の気配を窺った。
しばらくの間その体勢で動きを止めて外を行く気配を探っていたのだが、何者の気配も窺えなかった。どうやら子供達を完全に振り切ることは出来たようだ。
「まぁ、あんなガキに捕まるようじゃ、俺もおしまいだけどな…………」
呟きながらほくそ笑む。出来て当たり前の事ではあるが、微妙な勝利感を感じながら。
子供達をまけた様なので、すぐにでもこんな辛気くさい場所からから立ち去りたい所だが、子供というのはしつこい生き物だ。近場を彷徨いている可能性が無いわけではない。むしろ大いにあり得る。もう少し時間をおいた方が得策だろう。
そう判断したビクトールは、室内にあるであろうイスに座って昼寝でもしておこうかと室内を見回した。
途端に、
「ぐわっ!!!!」
と、大きな声を上げた。
そして、ドンっと大きな音がするほど激しくドアに背中をぶつけるようにして、身体を引く。
「おっ…………お前っ! いつからそこに居やがったんだっ!」
なんの気配も無く振り向いた先に立っていた人物に向かって指を指しながら、動揺も露わに怒鳴りつける。
すると、怒鳴られた人物は不快を露わに眉間に皺を刻み込んできた。
「後からこの部屋に入ってきて、随分な口の利き方だな」
「あ?」
「俺はずっとこの部屋に居た。その事に気付かない自分の鈍さを恥じろ、アホ熊」
男が、フリックが、冷ややかな眼差しと馬鹿にするような口調でそう返してきた。そこには、自分に対する愛が欠片も見あたらない。探そうとするだけ無駄だと思われるくらいに、綺麗さっぱり無い。
その事がもの凄く寂しくて、腹立たしくて、ビクトールはムッと顔を歪めた。
「俺は人並み以上に鋭い神経を持ってるぜ。てめーが気配無さ過ぎなのが悪いんだろうが」
「気配を振りまいてどうする。殺してくれと言っているようなモノだろうが。そんな事、したいとは思わないね」
「――――城の中でまでそんなに神経質になる必要はねーんじゃねーの?」
「別に神経質になっているわけではないが?」
軽く首を傾げながらそう答えを返してきたフリックは、そこで改めてビクトールの瞳を見つめ返してきた。
「で、何しに来たんだ? この部屋の本はお前には理解できないモノばかりだから、ここに用があるとは思えないんだが」
不思議そうに、だがどこか馬鹿にしたようにそう問いかけてくるフリックの言葉に、ビクトールはムッと顔を歪めた。それは言い過ぎだろうと。
だが、フリックが言うことは確かなことなので反論できない。反論は出来ないが、言葉を返さないといけないだろうと、ビクトールは不機嫌を露わにしながらも静かに言葉を返した。
【お前を捜していた】 【子供達から逃げてきた】