「とりあえず、まずは風呂場かな……………」
風呂好きのフリックは、休日に良く風呂に行く。暇があるときには、日に数度行っている時まである位に良く風呂に行く。
一日に二回も三回も風呂に入りたがるその心理は、風呂なんてモノは一週間に一二度入れば良いだろうと思っているビクトールには理解できない事だが。
「まぁ、別に良いんだけどな」
日に三度風呂に入ろうが四度入ろうが。自分が無理矢理風呂に連れ込まれているわけではないのだから、止める事でもない。好きにしてくれて全然構わない。
フリックが風呂に入るたびに、その均整の取れた肢体を多くの男共が目にする事になるので、その事についてはもの凄く気に入らないのだが。
だが、嫉妬心を剥き出しにして騒ぐのは大人げないので黙しておく。余裕の態度を見せていた方が男らしいと言うモノだろう。
そんなことを考えながら風呂場にやってきたビクトールは、番台に座るテツにフリックが中に居る事を聞き、脱衣所に足を踏み入れた。そして、しばし考えた後服を脱ぎ捨て、風呂場に入る。突発的にやってきたのでタオルの一枚も持っていなかったので、前を隠しもしないで堂々と、男らしく。
風呂場は、湯気で白く煙っていた。
その湯気を振り払うために右手を左右に動かしながら洗い場に足を踏み入れたビクトールは、ドカリと勢いよく備え付けの小さめなイスに腰を下ろし、備え付けの石けんを使って念入りに身体を洗った。
念入りにと言っても、身一つでやってきたために備え付けの石けんしか洗う道具が無いので、石けんを身体に擦り付ける程度の事しかできなかったのだが。
それでも精一杯綺麗に身体を磨き上げ、全身にまとわりついた泡を落とした後、湯船に向かって歩を進めていった。
少し熱めの湯に足を踏み入れ、壁際に向かって一直線に突き進む。
そこに、湯船の中に肩が沈むまで身を沈めて壁に背を預け、気持ちよさそうに瞳を閉じているフリックの姿を確認したために。
「――――珍しいな。昼間からお前が風呂に入るなんて」
あともう少しで傍らに腰を下ろせると言う距離まで来たところで、瞳を閉じたまま、フリックが声をかけてきた。
その言葉を耳にして、ニヤリと口角を引き上げる。
「うん? まぁ、たまにはな」
妙な含みを持たせて返せば、フリックは閉じていた瞳を薄く開け、チラリと視線を流してきた。
そして軽く片眉を引き上げる。
「何を企んでいやがるんだ?」
「ひでぇ言いぐさだな。なんも企んでねーよ。まぁ、強いて言えば、俺の愛の力でお前の居場所を察知出来た………って、所か?」
半ば本気で告げたのだが、その言葉は鼻で一笑されてしまった。
普通の人間だったらそんな冷たい反応に項垂れ、会話を続ける事が出来なくなり、すごすごとこの場から立ち去る所だろうと思うのだが、フリックのつれない反応に慣れているビクトールはそんな事ではへこたれなかった。
そんな反応を示してくる事は予定の範囲内の事だから。
だから何事もなかったかのように、機嫌良く問いかける。
「お前、この後の予定は?」
「特にない。研ぎに出したオデッサを引き取りに行くくらいだ」
「じゃあ、風呂から上がったら一緒に酒でも飲みに行こうぜ」
「昼間からか?」
「店は開いてんだろ」
サクリと答えた言葉を耳に受け、フリックは暫し黙り込んだ。どう答えようか、悩むように。
「――――お前が、俺に合わせて風呂からあがれたらな」
しばしの間の後、クスリと軽い笑い声を零しながらそう答えたフリックは、そこでもう一度瞼を閉じた。
どうやら長居をするつもりらしい。
フリックの様子を見てそう判断したビクトールは、肩まで浸からせていた身体を持ち上げ、壁からせり出して段になった所に腰をかけ直し、膝から上を湯の上に出した。
これで湯当たりすることなく長風呂が出来るはずだ。
自分の考えに同意するように小さく頷いたビクトールは、肩まで湯船に浸かったままの男へと視線を向けた。
白い肌がほんのりと朱色に染まっている。整った面には柔らかな表情が浮かび、その口からは緩やかに息が吐き出されている。
その珍しく穏やかな表情を見ている内に、ビクトールの股間は力を持ち始めた。それに気づき、慌てて湯船の中に戻る。そう軽々しく人目に触れさせて良い物では無いだろうと。
前を隠すタオルを持っていれば座ったままで居たかもしれないが、今はそれすらもないので。
キョロキョロと周り様子を窺い、自分の股間状況に気付いているモノが居ないことを確信してから、小さく息を吐き出した。
こんな所でこんな反応をするなんて、俺も若いなぁなどと言うことを内心で呟きながら。
「さて、どうするかなぁ………」
呻くように呟きを漏らす。
こんな所でと思いはしたが、勃ってしまったものはどうしようもない。前を隠すタオルを持っていないから、今の自分の股間状況で風呂場から立ち去る事ははばかられるし、だからといってここで抜くわけにもいかないだろう。一応ここは公共の場だ。そういうことをしてはいけない。そう思う常識くらいは持ち合わせているから、そんな事をしたいとは思わない。身体の高ぶりが引くまで大人しくしていようと思う。
しかし、フリックがこの場で相手をしてくれるというなら話は別だ。
風呂場でやると言うのも、燃えるシチュエーションだと思えてくる。
「……頷いてくれねーかなぁ……」
思わずそう呟いていたが、そんなことは世界が滅亡しても無いだろう。
何しろ、昼間っから風呂に入りに来ている物好きはフリックだけではないのだ。今現在、男風呂の中に数人の男達が入浴している。そんな中で、フリックが自分の願いを聞き入れてくれるわけがない。願いを口にした途端、きついお仕置きをされるのが関の山だろう。
だから、この状況を乗り越える良い方法を編み出さねばならない。
そんなことを考えていたビクトールに、幸運の女神が微笑みかけてくれたらしい。
自分達の他に数人いた男達が全員、示し合わせたように立ち上がり、湯船から出た。そして、洗い場に向かうことなく、脱衣所に向かっていく。
その動きを静かに見守っていたら、風呂場の中にはフリックとビクトールの二人しかいなくなった。
しばし無言でやり過ごす。この後誰かがやってくるだろうかと、脱衣所の気配を窺いながら。だが、人が来る気配はない。
それを確認してから、ビクトールは深く頷いた。
「――――よし」
【洗い場で抜こう】【フリックに相手して貰おう】