「まぁ、どうせ夜になれば部屋に戻ってくるんだろうし。慌てる必要はねーよな。しばらくコレを見ていくか……」
そう決めたビクトールは、手合わせの様子が見えやすい位置を探しながら足を動かした。その間にも二人の手合わせは終わる気配を見せない。淀みなく動き、剣を打ち合わせている。
カミューの綺麗だが型にはまりすぎていない自由な感じのする剣と、マイクロトフの基本に忠実な、お手本にもってこいの剣捌き。
相反する剣の動きは、見ているだけでも勉強になる。自分とは戦い方が違い過ぎるから真似しようとは思わないが、敵の動きを研究するための材料としては大いに役立つ。
そう言えば、剣の振り方にも性格が出るから面白いよなと、以前フリックが言っていた。言われるまではさして気にした事が無かったが、言われてみれば確かにその通りだなと頷く事しかできない。
誰に師事したのかも、その剣捌きで分かるくらいに特徴が出てくるものらしい。そこまで分かる程人様の剣をじっくり観察した事がないから、自分には分からないが。
そんな自分の事を呆れた眼差しで見つめていたフリックだったが、そう言うフリックの剣筋からは、彼の人となりを読むことが出来ない。
その上、同じ村で育ち、同じ人間から師事を受けたはずのヒックスとテンガアールの二人の剣筋とフリックの剣筋は、大きく違う。ヒックスの話によると、戦士の村出身の者達は、全く同じではないものの、似かよった部分があるらしいのに。フリックにはそれがない。
どんな熟練剣士でも、言われなければ彼が戦士の村出身だと分からないかも知れないくらいに大きく違う。
それは、なんでだろうか。
ヒックスやテンガアールと違って多くの経験を積んできたからだろうか。実戦の中で腕を磨く内に、自分のスタイルが確率されてきたと言うことなのだろうか。
赤と青の騎士が手合わせする様を見つめながらそんなことを考える。
と、一際高い金属音が辺りに鳴り響いた。
空中にキラリと、目映い光が走る。
マイクロトフが、カミューの剣をはじき飛ばしたのだ。
「――――参った。降参だ、マイク」
清々しい笑顔でそう告げたカミューは、空になった両手を軽く上げてみせる。どこか戯けた仕草で。
そんなカミューの態度に、手にしていた剣を腰の鞘に入れながら、マイクロトフが不機嫌そうに言葉を返した。
「どうしてお前はそう、最後の最後で手を抜くんだ?」
「抜いていないよ」
「嘘をつくな。負けたことを少しも悔しがっていないだろう。手を抜いていなかったのなら、もっと悔しがっているはずだ」
「コレでも十分に悔しがって居るんだけどね」
クスクスと笑いながら、カミューは肩をすくめた。そして、落とした剣を拾い上げるために腰をかがめる。
その時にビクトールの姿を目にしたらしい。驚いた様に目を見張ったカミューは、次の瞬間、柔らかな笑みを浮かべ、ビクトールに向かって軽く右手を挙げてきた。
「ビクトールさん。いつからそこに?」
その言葉に、自分の前で二人のやり取りを見つめていた人間達がサッと左右に分かれて場所を空けた。カミューとビクトールの会話がよりスムーズになるようにと。別にそんな事をして貰わなくても全然良いのだが。
とはいえ、わざわざ開けてくれたモノを無視するのは悪い。ビクトールは一歩二歩と足を前に踏み出した。
「ちょっと前からだ。良いもん見せて貰ったぜ」
「ありがとうございます。貴方にそう言って頂けると、自信がつきますね」
目の前で立ち止まったビクトールに、カミューはニコリと笑いかけてきた。
そんなカミューの隣に立ったマイクロトフが、ビクトールの顔を見つめながら声をかけてくる。
「ビクトールさん。お暇でしたら、一本お付き合い頂けないでしょうか」
その突然の申し出に、ビクトールは軽く目を瞬いた。そして、宙を見つめながらしばし考える。
「うん? そうだなぁ……………」
【引き受ける】 【断る】