「しっかりしろっ!」
大声で怒鳴りながら倒れ込んだフリックの身体を抱き起こすと、彼は眉間に深い皺を刻み込みながら、苦しげに息を吐きだした。
「――――人に妙なモノを飲ませておいて、よく言うぜ…………」
荒い息の下で憎々しげにそう呟いたフリックは、ビクトールの腕から逃れようと大きく腕を突っ張り、二人の間に距離を作った。
どうやら支えられているこの状況が気にくわないらしい。そう判断し、ビクトールはフリックの身体を床の上に座らせてから、ゆっくりと腕を外していった。
支えの手がが無くなり、自由を得たことにホッと息を吐いたフリックは、気持ちを落ち着けるように僅かな間を取った後、彼にしては緩慢な動きで立ち上がった。
そこで一旦動きを止めて小さく息を吐いたフリックは、いつも軽やかに歩く彼とは別人のように思い足取りで一歩踏み出した。
その瞬間、ユラリと身体が傾げた。
慌てて腕を伸ばして彼の身体を支えようとしたのだが、その手が触れる前にフリックは体勢を立て直し、彼らしくない頼りない足取りでベッドへと歩み寄っていった。
そして、バタリとベッドの上に倒れ込む。
「――――おい、大丈夫か?」
尋常じゃないフリックの姿に本気で心配になってきた。声に焦りの色が混じる。
そんなビクトールの顔をベッドのうつぶせた状態のままほんの少し顔だけ動かしたフリックが、もの凄く剣呑な瞳で睨み付けてきた。その瞳に気圧され、自然と一歩、足が下がっる。だが、ここで逃げ出すわけにもいかない。雷覚悟で一歩、二歩と近づいていった。
そんなビクトールを威圧する様に睨み続けていたフリックが、低く押し殺した声で問いかけてきた。
「――――ホウアンか?」
「え? なにが?」
「さっきの薬を作ったヤツだ」
「え? なっ………なんでだ?」
なんでその事が分かったのだろうか。自分はホウアンの「ホ」の字も出していないのに。
不思議に思って首を捻ったビクトールに、フリックは憎々しげに顔を歪めながら吐き捨てるように告げてきた。
「こんな薬がそこらの薬局にゴロゴロ売っているわけがねーだろうが。すげー高価な薬草が混じってたんだよ。それ一つで家が一軒建つ位の高価な薬草がな」
「げっ…………マジで?」
「嘘をついてどうする」
ギョッと大きく目を見開いて問いかければ、フリックはけだるげに息を吐きながら呻くようにそう返してきた。
そして、ビクトールに向けていた瞳をベッドの上に戻すよう顔を伏せ、力無い仕草で右手の手首を振ってくる。
「こんなモノを飲ませてくれた礼は、後でキッチリ返してやる。手加減なんかしてやらねーから、死なないように体力を温存しておくんだな」
口調は軽いから一瞬冗談だろうと思われる言葉ではあるが、それが本気で言われたもの凄く重い言葉であることは、長年の経験から嫌と言うほど良く分かった。そう言ったからには、元気になった彼は間違いなく、手加減なしに自分に攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなると、惚れた弱みがあるだけに自分が勝てる見込みはかなり低い。惚れた弱みよりも何よりも、今回の事は自分に非があるので反撃するわけにも行かないから、やられることは決定したも同然だ。
ゴクリと、唾を飲み込んだ。自分の命の火が風前の灯火であることを自覚して。
そんな自分と同じ状況に立って居るであろう男の姿が脳裏に浮かび、問いかけた。
「ぁ〜〜……………ホウアンにも、するのか? 礼は」
「当たり前だ。二度と下らない真似をしたくなくなるよう、キッチリと返してやるよ…………」
肩を揺らしてクツクツと笑うフリックの様は、もの凄く怖い。
いったい彼は、どういう方法でホウアンに「礼」をしようとしているのだろうか。彼にも、手加減するつもりは無いのだろうか。いや、手加減しなかったら死んでしまうから、ホウアンにはするのだろうか。
ほんの少しだけ、それが気になった。コレでホウアンが死ぬことになったら、大層後味が悪いので。だからそこら辺の事を詳しく聞いてみたかったのだが、触らぬ神に祟りなしだ。ここは黙っておくのが一番良いだろう。明日の朝になったら分かることだし。いくら怒り心頭だと言っても、軍にとって重要な有能な医者を私怨で殺すことはないだろうし。
そう考えてホウアンの事は脳裏から追い出した。人のことよりもまずは自分の事だ。明日の朝痛烈な一撃を受ける準備をしておかねば。さっさと寝床に帰って体力温存に励まなければ。
そう考え、自室に戻ろうと一歩足を引いたビクトールだったが、そこで一旦足を止めた。そしてジッと、ベッドの上に倒れ込んだままで居るフリックの姿を見つめる。
ベッドに顔を伏せているので、その表情を見ることは出来ないが、その肩が大きく上下している事は見て取れる。苦しみを誤魔化そうとするように、深く呼吸をしていることが、見て取れる。
こんなフリックの姿は、今まで見たことがない。







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