「いやぁ、久々にいい汗掻いたなぁ。麦酒がうめーーーーーっっ!」
酒場に入り、良く冷えた麦酒を一気に飲み干したビクトールは、ガンッと大きな音をたてて空になったジョッキをテーブルの上に戻し、満面の笑みを浮かべながら大きな声で今の気持ちを言い表した。
そんなビクトールの言葉に、同じテーブルに着いていたカミューがクスリと小さく笑みを零しながら頷き返してくる。
「そうですね。不思議なモノです」
「今日はありがとうございました。良い経験が積めました」
「堅っ苦しいこと言うなって! お前等も、もっと景気よく飲めよっ!」
ワハハっと大声で笑いながら、隣の席に座るマイクロトフの肩を力一杯叩いてやった。その攻撃に、ほんの少しだけ痛そうに顔を顰めたマイクロトフだったが、文句の言葉一つ言わず、目の前のグラスに口を付ける。
二人の勝負は、ビクトールの勝利で幕を閉じた。
我流で磨いてきた腕なので洗練された動きではないけれど、経験値が違う。片手分は年下の男に負けるわけがない。長い放浪生活の間で、どんな手を使ってでも生き残る為の知恵と技術を身につけてきたのだから。囲いの中で生きてきた男なんかに負けるわけがない。
だからといって、そんな「卑怯だ」と言われそうな手は使って勝利したわけではない。ちゃんと正面から正々堂々と戦って勝ったのだ。仲間との手合わせ程度の事でそこまで必死になる必要は無いだろうと思うので。
それでもきちんと勝てたので気分が良い。力一杯身体を動かした事も気分が良い原因の一つかも知れないが。
こんなに良い気分が味わえるのならば、たまには手合わせするのも良いかも知れない。
そんなことを考えていたら、なんの前触れもなく突然、頭上から声をかけられた。
「――――随分盛り上がってるな」
笑みの混じる声に振り向けば、そこには整った相貌に薄く笑みを浮かべたフリックの姿があった。
彼はいつも身につけている細身の剣はもちろんのこと、マントも胸当ても全て身につけ、完全武装していた。今日一日休みだったはずなのに。
「なんだ? 急な仕事でも入ったのか?」
「いや。ちょっと散歩に出てただけだ」
「――――あぁ、成る程」
首を傾げながらの言葉にサクリと答えを返され、深く頷いた。
フリックの『散歩』は『近隣に出没するモンスター退治をしに行く』のと同義語だ。晴れ晴れとした表情をしていることから、彼が存分に敵を打ち倒してきたことが知れる。
そのわりには返り血一つ浴びていないのが怖いところだが。
『散歩』をしていたのならばその格好にも頷けるし、一日彼を捜し回ってもその姿を発見出来なかったのも頷ける。手合わせを断ってフリックを探し回っても見つける事は出来なかっただろう。
あの時断らなくて良かったぜ、と胸中で呟いている間に、フリックが更なる言葉をかけてきた。
「この時間からこのメンバーで酒を飲んでいるって事は、珍しく訓練場に行ったのか?」
「一言余計だ、バカヤロウ」
自分の行動パターンを把握しているらしいフリックの言葉に、ビクトールは眉間に深い皺を刻み込みながら言い返した。そんなビクトールに薄く笑い返したフリックは、誰に断ることもせず、開いていたビクトールの目の前の席へと腰をかける。
直ぐさま歩み寄ってきた店のものに麦酒を頼んだフリックは、自分の右となりに座しているカミューへと、視線を向けた。
「明日は遠征じゃなくて交易にするって話だ。一日で回れるだけ回るって張り切ってたから、かなり無茶な事をやらかそうとしてると思うぜ」
突然告げられた言葉に、カミューは軽く目を見張った。
だが、すぐになんの事を言っているのか分かったのだろう。困ったような笑みをその整った面に描き、戯けたように肩を軽く上げた。
「おやおや……それならば胃腸薬の準備をしておかないと。いや、酔い止めでしょうかね」
「朝も昼も抜いた方が良いだろうな。食ったら絶対に吐く」
「なんだ、お前等。明日は一緒なのか?」
「あぁ。チッチのお供だよ」
ビクトールの問いに軽く頷いたフリックは、その秀麗な顔を僅かに歪めた。
「外に出られるのは良いが、ビッキーの紋章と鏡の力を多用されると吐き気がしてくるから、勘弁して貰いたいんだがな」
「本当ですね。チッチ殿は良く平気で居られますよ。私は何度体験しても未だに慣れません、あの感覚は」
明日の交易要員に任命されたらしい二人は、明日自分の見に怒るであろう事を想像したのか、深く息を吐き出した。
だが、すぐに気持ちを切り替えたらしい。話題を他愛の無い日常話へと切り替えてきた。
当たり障りのない話題に花を咲かせて数本の酒瓶を空けた四人の男達は、明日に備える為にといつもより早い時間に引き上げた。
部屋の前で二人の元騎士とフリックの三人と軽く挨拶を交わして一旦自室に引っ込んだビクトールは、ベッドの端に腰掛け、腕を組んだ。そして目をつぶり、これ以上ないくらい真剣な表情を浮かべて考えこむ。
さて、どうしようかと。
あの薬をフリックにどう飲ませようかと。
部屋に置いてある酒に混ぜて、何食わない顔で飲み会の続きをしようと持ちかけて飲ませると言う手はあるが、それだと自分も飲むことになる。
それはやばい。自分が媚薬にやられてしまったらフリックに飲ませた意味が無くなってしまう。
方法よりも何よりも、明日外回りをすることが分かっているフリックに妙な薬を飲ませ、やることをやって良いのだろうか。そのせいで体力が削れ、敵に遅れを取って怪我をすることにでもなったら、土下座して謝っても許してはくれないだろう。やはりここは飲ませない方が良いのだろうか。
別に今日中に、と言われたわけではないのだから。翌朝どうなっても良さそうな日を見繕って再挑戦してもなんの問題も無いのではないだろうか。
本気で考え込み、ウンウンと唸る。
そして、カッと瞳を見開いた。
「よしっ!」
【飲ませよう】 【今日は諦めよう】