「ちょっとやったくらいでアイツがへばるわけがねーよな」
今まで何度となく身体を繋げてきたが、彼が情交で負ったダメージを翌日に感じさせたことは一度としてない。あの身体のどこにと本気で訝しむくらいに化け物じみた体力を誇る男なのだ。多少無茶したところでどうと言うことはないだろう。
そう考え、ビクトールは勢いよく立ち上がった。そして、袋の中からホウアンに貰った薬瓶を取り出し、手のひらの中に隠し持って部屋を出て隣の部屋のドアをノックも無しに押し開けた。
「――――ノックくらいしろと、何度言ったら分かるんだ?」
「しなくたって気付いてんだから良いだろうが」
「マナーの問題だ。少しは人間らしい行動を取ったらどうなんだ?」
マントも胸当ても全て外し、どうやら風呂に入りに行く準備をしていたらしいフリックは、心の底から馬鹿にするような眼差しを向けてきた。
その視線にほんの少しだけ傷つく。
なんだってこの男は、自分をこんな目で見るのだろうか。いくら図太い俺でも、いい加減泣くぜ? と、内心で思いながらも、ビクトールはニカリと笑い返した。今はそんな恨み言を言って居る場合では無いだろうと、気を取り直して。
「ソレはともかくとしてだな」
「――――人の話を聞けよ」
「この間、こんなモノを仕入れたんだよ。飲んでみろ」
冷たい眼差しを向けてくるフリックの言葉を無視して、ビクトールは手にしていた小瓶をフリックに尽きだした。ホウアンから受け取った、媚薬の入った瓶を。
そんなビクトールの行動に、フリックは眉間に深い皺を刻み込んだ。もの凄く不審そうに、もの凄く不愉快そうに。それでも律儀に手の中にあるモノに視線を落としてきた。
「――――なんだ、コレは」
「グラスランドの方で良く使われてる栄養剤なんだと。コレ一本飲んでおけば丸一日飯を食わなくても空腹感を感じないし、低血糖で倒れることもねーんだそうだ。明日は朝から城に帰ってくるまでの間、飯を食う気がねーんだろ? だったら、今からコレを飲んで置いて、明日の朝と昼を何も食わなくても乗り切れるようにしておいたらどうだ」
サラサラと嘘八百な言葉を吐き出す。自分で言ってて嘘くさいったらないが、今更止めることも出来ないので。
言っている本人が嘘くさいと思ったのだ。フリックもそう思ったのだろう。眉間に寄せられていた皺が更に深さを増した。
「――――胡散臭い話だな。大丈夫か、ソレ」
「さぁな。俺は飲んだことねーから」
「そう言うモノを、人に寄越すのはどうなんだ? 普通は自分で実験して、なんとも無くて効果があると踏んでから人に寄越してくるモノじゃないのか?」
サラリと本当の事を告げれば、フリックの青い瞳に剣呑な光が宿った。その光を見て取って、ビクトールは慌てて手を振り返す。
「いやっ、でもっ、ほらっ! お前の方が、内臓強いだろ?」
なんのフォローにもなっていない言葉に、フリックは瞳に宿る光を更に物騒なモノへと変えてしまった。そして、吐き捨てるように言葉を放ってくる。
「俺は普通だ」
「――――いや、そりゃあ、嘘だろ」
普通の内臓を持つ人間はころしやうさぎを食ったり毒蜘蛛を食ったりしないし、と、内心で呟いた言葉を聞き取ったのだろうか。はたまた控えめな突っ込みに腹を立てたのだろうか。フリックはギロリと睨み付けてきた。黙れと言わんばかりに。
だがすぐに視線を外し、ビクトールの手の中にある薬の瓶へと、視線を落としてくる。
「――――グラスランド産ねぇ………………」
呟きながら、フリックは小瓶に手を伸ばし、なんの迷いもなく指先でつまみ上げた。そしてマジマジと瓶の中身を見つめている。
その行動を目にして、ビクトールは大きく目を見張った。まさか、今の説明で飲む気になったのだろうかと。
そんなビクトールの驚きを余所に、しばし小瓶を眺め見ていたフリックは、その蓋を躊躇いもなく開けた。そして、匂いを嗅ぐ。
瓶を開けたその瞬間から室内に溢れた、甘い匂いを。
「ふぅん……………」
小さく声を漏らしたフリックの瞳にキラリと光が走った。面白い玩具を見つけた子供のような光が。
その光を宿したまま、フリックは躊躇いなく小瓶に口を付け、中身を体内に流し込んだ。
と言っても、全部ではない。ほんの少しだけだ。テイスティングするように、舌先でソレを味わっている。
「――――知らないものが混じっている、か? いや、でもどこかで……………」
首を傾げながら、フリックがボソリと呟いた。
そんなフリックに、「なんの話をしているんだ?」と、問いかけたかったが、ちょっと怖くて聞けない。
しばらく考え込んでいたフリックだったが、どうやらソレの正体を掴めなかったらしい。もう一度瓶を口にした。
今度は半分ほど中身が減った。その半分ほどの中身を、先程と同じようにゆっくりと味わっている。引っかかりを覚えたモノの正体を見極めようとするかのように。
「やっぱり覚えがあるモノだな。なんだったっけ、コレは……………」
眉間に皺を寄せながら、少し遠い目をする。
だが、どうしても思い出せないらしい。
手にしていた瓶を眺めてしばし考え込んでいたフリックは、その瓶を口元に運び、残っていた全部を一気に体内に流し込んだ。
警戒心の強い彼が全部飲んだと言うことは、危険が無いと判断したからだろう。
そう判断されたと言うことは、なんの効力も無いと言うことだ。
「ヤッパ、失敗だったみたいだぜ、ホウアン…………」
今はもうぐっすり眠っているかも知れない医者に向けてそっと呼びかける。

と、突然、フリックが大きく目を見開いた。
もの凄く驚いたと言わんばかりに、大きく。
どこの誰がどうみても彼が驚いているのだと判断出来る程に。

その反応に、ビクトールも目を剥く。
フリックがそこまで激しく驚きを示してくることなど、滅多に無いことなので。
「おっ…………おい?」
慌てて呼びかける。すると、もの凄い形相でこちらに視線を向けてきたフリックが、素早くビクトールの胸ぐらを掴みあげてきた。
「てめーーーーっ! なんてモノを飲ませやがるんだっ!」
「え? な、なにが…………?」
「畜生……………久々にやられたぜ………………」
何がなんだか分からず問いかけたビクトールの言葉を無視して、フリックは苦しげにうめき声を漏らした。そして、ビクトールの胸ぐらを掴み取っていた手からスルリと力を抜き、ガクリと膝を折る。
「おっ……おいっ! フリックっっ!」
そんな彼の姿は今まで一度として見たことがないから、もの凄く焦った。
どんな深手を負っても膝を折るなんて事をする男ではないのだ。フリックは。
そのフリックが膝を突いたと言うことは、余程の事が合ったのだろう。
だが、その「余程の事」に見当が付かない。
いったい何がどうしたと言うのだろうか。
ビクトールにはただただ混乱してフリックの周りをウロウロする事しか出来ない。






大丈夫か?!】 【しっかりしろっ!!】 【いったいどうしたってんだっ!