日が少し傾きかけた頃、目的の街にたどり着いた。出立してきた街よりも、少しマチルダ領に近い。街の規模はそれ程変わらないだろう。取り立てて豊かに見えず、貧しくもなさそうだ。そして、そんな街の中に一件だけ、やたらと目立つ豪邸が建っている。
 先の街と同じように、この街の権力者がその持ち主だろうと推測出来る。公の建物でこんな立派な物が出来るような街にも見えないので。
 その街に着いた途端、シグマとヴァイスは宿屋を探し、部屋を取った。そして、軽い食事を取るために食堂へと、足を運んだ。
 そこの席に腰を落としてからようやく、シグマがビクトールへと、視線を向けてきた。
「今日も取った部屋は三人で好きなように使ってくれて構わないよ。俺たちは昨日と同じように夜から朝方にかけて働きに出るから。」
「帰ってくる時間も同じくらいか?」
「そうなるね、多分。早めに起きて馬車の用意をしていてくれると助かる。」
「分かった。」
 ビクトールとシグマが会話を続けている間、チッチとナナミの二人は黙々と目の前の皿を片づけていた。朝飯をろくに食べずに強硬スケジュールでここまで来たのだから、仕方のない事だろう。とは言え、なんとなくその姿に笑いを誘われた。
「さてと。食う物も食ったし。俺は先に行ってるぜ?」
 そう言って立ち上がったヴァイスの前にある皿を見れば、その殆どに手を付けられていない。
「おいおい、どこが食ったって?まだ残ってるじゃねーか。」
 呆れたようなビクトールの問いかけに、ヴァイスはニヤリと、口角を引き上げた。
「コレで十分だ。デカイ仕事の時は、倒れない程度にモノを食ってる方が身体が動くんでね。」
「・・・・・・・デカイ仕事?」
「そう。コレが終わると、なかなか素敵な景品が貰えるんだよ。」
 なんだか嬉しそうにそう告げたヴァイスは、それで話は終わりとばかりにヒラリと身を翻した。シグマへは何も言葉をかけずに。
「・・・・・・良いのか?先に行かせて。」
「ああ、大丈夫。もう打ち合わせは済んでるから。」
 サラリと言われた言葉に、なんだか気分が悪くなった。一緒にいるのに蚊帳の外に追いやられて言う感じがして。
 いや、実際そうなのだろう。二人の仕事がなんなのか、想像はついても実際に彼等の口から聞いたわけではないのだ。そんな、自分の職業を語る事も出来ないような相手に、そう易々と自分達の内情を語るわけがない。ビクトールだってそうする。
 そう頭では分かっているのだが、気持ちが納得していない。ヴァイスとフリックは別人かも知れないと思う心が日増しに強くなるのに、その可能性を捨てきれないから。
 あの綺麗な青色をしていないのに、フリックに良く似た面差しが自分でないモノに向けられている事に、むなしさと腹立たしさを感じてくる。
 そんなビクトールの胸の内を感じたのだろう。隣に座っていたチッチが、そっとビクトールの手を握ってきた。
「・・・・・・・・・ビクトールさん・・・・・・・」
 不安そうに見上げてくるチッチに、ビクトールは意識して笑みを浮かべる。自分が拾い上げたこの少年に、心配をかけることをしたくなくて。
「大丈夫だ。なんてことねーよ。ほら、お前等もさっさと飯食って寝ちまえよ!明日もアホみたいに早いみたいだからなっ!」
「・・・・・・・うん。分かってる。」
 何か言いたげにしながらも素直に頷くチッチに微笑みかけたビクトールは、自分に向けられている視線に気がつき、顔を上げた。
 そこには、ニコニコと人好きのする笑みを浮かべたシグマの顔があった。だが、ビクトールはその笑みに薄ら寒いモノを感じ、僅かに身体を震わせる。
「・・・・・・・なんだ?」
「何って、何が?」
「俺に何か言いたいことがあって、俺のことを見ていたんじゃないのか?」
「俺がビクトールに?」
「ああ。」
 話している間、ビクトールは一瞬たりともシグマから目を離さなかった。極力、瞬きも抑える。瞬く一瞬で仕掛けてきそうな気配を感じたのだ。殺気の一つも窺えないこの男から。
 当のシグマは、ビクトールの言葉に軽く首を傾げた。そして、口元の笑みをさらに深く刻み込む。
「別に何も無いけど・・・・・・・・。強いて言うなら、分かっているようで分かってないんだなって、事かな。」
「・・・・・・どういう意味だ?」
「そのまんま。」
 険を帯びたビクトールの瞳にクスリと笑みを零したシグマは、そのままガタリと、席を立った。そして、馬鹿にするような動きで手の平をヒラヒラと振ってみせる。
「まぁ、思いこみって結構強いから仕方ないのかも知れないけど。」
「おいっ!何を言って・・・・・・・・・!」
「分からないなら、自分で考えなさい。じゃあ、朝になったらヨロシク頼むわ。」
 ビクトールの言葉に耳を傾けようともせず、シグマはフラリと、食堂から出て行ってしまった。
 残されたビクトールとチッチ、ナナミはわけが分からず顔を見合わせた。
「・・・・・・・・・何が言いたかったのかな。」
「さあなぁ・・・・・・・」
 なんだか煙に巻かれた気がして気にくわなかったが、それよりも何よりも微妙に空気の変わった彼の様子が気になった。一体彼は何者なのだろうかと、今頃になって気にかかる。
 あれでただの男娼と言われても、出会った当初ならまだしも、今の彼の顔をみてしまったら信じられない。
 いや、そもそもヴァイスがその手の事を生業にしているということすら、信じられないのだが。
「・・・・・・ちょっと、本気で様子を窺う必要があるのかも、知れねーな・・・・・・・・」
 呟いた言葉は、チッチ達にも届いたらしい。真剣な眼差しで自分の事を見上げている。
 そのチッチとナナミの頭を軽く叩きながら、ビクトールは不敵な笑みを浮かべて見せた。二人を安心させてやるように。
「大丈夫だ。心配するな。なんとかなるさ。」
 何がどうなんとかなるのか、言った本人にも分からなかったが。でもなんとかなる。そう、思った。









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