海賊旗を降ろして入った港は、それなりに活気のあるところだった。住民達の顔も穏やかで、役人も気さくな感じがする。治安はそれなりに良いらしい。海賊や海軍が立ち寄ったりするものの、騒ぎを起こす輩は少ないらしく、見るからに怪しいゴーイングメリー号のクルー達に少しも警戒心を抱いていないようだった。ぱっと見ただけで一般人じゃないということが分かる、ゾロにさえも。
のんきなモノだと思ったが、行動を制限されないのは正直ありがたい。陸に上がったからと言ってやる事はそうないが、目の前に陸があったら降りてみたいと思うのだ。ゾロも。
「じゃあ、まずは必要なモノの買い出しね。治安は悪くないみたいだけど、本当の所はどうか分からないから、取りあえず見張りを置いておきましょう。ッて分けで、ゾロ。お願いね。」
「あぁ?」
当然のように指名され、ゾロの眉間に深い皺が刻み込まれた。久々に陸に上がれると思い、喜んでいただけに不機嫌さは倍増している。
「ざけんなよ。俺だって行きてーところがあるんだよ。」
「何?娼館?」
「アホか。鍛冶屋だ。」
サラリと聞かれた言葉に、額に青筋を立てて否定する。昔からそうだが、この女はどうにもこうにも人の神経を逆撫でてきて、腹立たしい。こんな根性悪に心酔していたコックの気が知れないという物だ。
そんなブチ切れ寸前のゾロの態度にビビリもせずに、ナミは小さく頷いた。
「そう。それじゃあ仕方ないわね。チョッパー。一緒について行ってあげて。」
「うんっ!良いぞっ!俺も街に用事があるからな。」
六年の歳月が経っても愛らしいぬいぐるみのようなチョッパーが、力強く頷いた。
そんなチョッパーをチラリと流し見た後、ゾロは再度ナミに視線を向ける。
「おい、俺は一人でも・・・・・・・・・・」
「ウロウロされて迷子になられたら困るのよ。ついでに、帰りにチョッパーの荷物持ちをしてきて頂戴。チョッパー。帰りに手が空いてたら、小麦粉だけでも先に買ってきてくれる?」
それはルフィが騒ぎを起こし、慌てて出航しなければならなくなったときの保険だ。
サンジが居なくなってからの六年間で学んで会得した知恵でもある。保存の利く食物を、何が何でも手に入れておくというのは。ソレすらも出来ないで出航した後の航海は、地獄などと言葉が生ぬるいと感じる程のモノになるのだ。
それを良く分っているチョッパーは、真剣な眼差しでナミを見つめ返しながらコクリと頷いた。
「うん。分かった。持てるだけ持ち帰ってくるよ。」
「頼んだわよ、チョッパー。ゾロもね。」
「・・・・・・・・おう。」
おまけのように付け足された己の名に、ゾロも素直に頷いた。文句を言った所で自分の立場が変わるわけでもないので。
ゾロは、ピンクの帽子を軽く叩きながら使命感に燃えているチョッパーへと声をかけた。
「行くぞ、チョッパー。」
「うん。じゃあ、ウソップ。留守番頼んだよっ!」
「おう!早く帰って来いよ〜〜〜〜っ!」
必然的に留守番が決定したウソップに声をかけ、ゾロはチョッパーと共に船を下りた。
まず目指すのは鍛冶屋だ。道行く人に尋ねるとすぐに親切に教えて貰え、思ったよりも早く鍛冶屋にたどり着くことが出来たゾロは、人の良さそうな店主に鬼鉄と雪走りを預けて店を出た。
その後はチョッパーの用事に付き合い、クスリやら包帯やらを買い漁るチョッパーの荷物を持ってやった。医薬品の購入にめどが付いた後は、市場で食料品を買い漁る。取りあえず、保存の効くものだけを。
かさばる荷物は持ち辛かったが、重さはそうでもない。通りにすぎる人の殆どにビビられながらも、ゾロは大量の荷物を軽々と担いで市場を闊歩した。
「・・・・・・・取りあえず、今日はこんなもんで大丈夫かな。」
「そうだな。そろそろ荷物も積めなくなりそうだし、十分じゃないのか?」
荷物の上に更に荷物を乗せ、尋常ではない山を作りながら答えたゾロの言葉に、買ったモノを書き出したメモを見ながらチョッパーは頷いた。
「うん。じゃあ、一旦船に戻ろう。」
先導するように歩き出したチョッパーの後に続いてゾロも大きく一歩踏み出した。
その途端。
「キャッ!」
という甲高い悲鳴が足元で上がり、足に何かがぶつかった衝撃を感じた。
そして、どすんと、何かを落とした音が耳に届く。
「あーーーーーーーっ!」
先程の甲高い声が驚愕の声を上げた。その大きな声に耳をヤラレて顔を顰めつつ、ゾロはチラリと視線を足元へと向けてみる。
するとそこには、目に痛い程鮮やかな金色の髪が風に煽られて揺れていた。
ドクリと、心臓が跳ね上がる。
その手触りの良さそうな金髪を目にして。
記憶にあるモノと殆ど変わらなそうな金髪を目にして。
今、片手が空いていたら、なんの迷いもなくその金糸に触れていただろう。その手触りを確かめるために。だが、それは出来ない。今は両手が塞がっているから。
思うように動かせない自分の身体に軽い苛立ちを覚えたゾロの足元で、金髪の主があたふたと地面に転がった荷物を拾い上げていく。
「あぁ〜〜〜〜ヤバイ・・・・・・・潰しちゃった・・・・・・・後で絶対に殺されるよぉ〜〜〜〜っ!」
涙混じりの声で呟きながら、足元の金髪は腰まで伸びた金色の髪を揺らしながら、手際良く地面に転がった果物を、それまで入れていたらしい箱の中へと入れ直している。
その箱は、少なく見積もっても20キロくらいのモノが入りそうだった。だが、足元の金髪はその背丈から考えて、せいぜい10歳程度の子供だ。いや、そんなに年を取っていないだろう。良いトコ8歳くらいだろうか。そんな子供に運ばせるような箱の大きさではない。
子供の口ぶりからお使いの最中だろう事が察せられたが、こんな子供にこんな重たいモノを運ばせているのがそもそもの間違いなのではないだろうか。荷物を落としたからと言って、怒るのはどうかとおもう。
そう考えたゾロの目の前で、その金髪はちょっと重そうにしながらも危なげなく箱を持ち上げた。が、如何せん背丈が低いので、箱の中に山の様に積まれた果物で視界が遮られている。コレでは人にぶつかっても仕方ないだろう。
「スイマセン。怪我は無かったですか?」
その閉ざされた視界の向こうから、そう声がかかる。可愛らしい声にその人物の幼さが滲み出していたが、物言いはしっかりしている。背丈の割には年齢が高いのかも知れない。
そんな金髪の言葉に、ゾロは見えないと分かっていながらも軽く首を振った。
「ああ、大丈夫だ。そんな柔じゃねー。お前は?」
「ボクは大丈夫だけど・・・・・・・・」
どうやら荷物がヤバイらしい。チラリと見れば、上部に積まれたリンゴが潰れ、汁が滲み出していた。辺りに、甘い芳香が漂っている。
「帰ったらお説教だ。はぁ・・・・・・・・・」
金髪は激しく肩を落としている。その仕草の可愛らしさに、自然と苦笑が誘われた。金髪の主にとっては一大事なのだろうが。
「そんなに沢山持つからだろうが。お前、この先大丈夫か?またどっかにぶつかるんじゃねーのか?」
からかうような口調でそう問えば、サラサラとした金髪が横に振られた。
「ぶつからないよ。慣れてるもん。今日のは河童の川流れ。弘法も筆の誤り。猿も木から落ちる、だよ。」
こまっしゃくれた口調でそう言った金髪は、もう一度深く息を吐き出した後、ペコリと頭を下げてきた。
「ぶつかってスイマセンでした。先を急いでいるので、失礼します。」
「おう。気を付けて帰れよ。」
軽やかな足取りで走り去る金髪の背に声をかけた後、フッと息を抜いた。随分としっかした子供だなと、思って。余程親の教育がしっかりしているのだろう。その割にはあんな大荷物を運ばせている事が気になるが。
「さて、俺たちも帰るか。」
気持ちを切り替え、そう声をかけながらチョッパーの方へと視線を向けると、彼はこれ以上無いくらい大きく瞳を見開いていた。驚愕したような表情で。
「おい、チョッパー?」
彼の尋常ではない様子に、ゾロは眉間に皺を寄せる。
そんなゾロの目の前で、チョッパーは呆然とした口調でポツリと、呟いた。
「・・・・・・・・・・サンジだ。」
「え?」
「サンジの匂いがしたっ!今の子っ!」
チョッパーの叫びに、ゾロの身体は固まった。
思考も。
その、ここ最近聞いていなかった名を耳にして。
そんなゾロの様子になど構わずに、チョッパーは興奮を抑えきれない様子で言葉を続けてくる。
「間違いないよっ!六年も会ってないけど、間違いないっ!ちょっとだけ前と違うけど、アレは間違いなくサンジの匂いだっ!俺、絶対間違えないよっ!」
「・・・・・・・・・・あのチビが、クソコックだって、言うのか?」
確かに、あの髪質はサンジに良く似ていた。だが、サイズが違いすぎる。大きくなっているのならまだしも、小さくなる事は普通無い。
いや、しかしここはグランドラインだ。何があるのか分からない。常識では計れない事もしばしばある。もしかしたら、離れている間にサンジの身にそんな尋常ならざる事件が何かあったのかも知れない。
だから、チョッパーに問いかけた。その問いに、チョッパーは僅かに言葉を飲み込んだ。
「それは・・・・・・・・・分らないけど。でも、あの匂いはサンジの匂いだ。間違いない。」
前半は自信なさげに答えたチョッパーだったが、後半は胸をはって言いきった。
サンジが船に乗っていた頃何かと彼にまとわりついていたチョッパーだ。匂いを間違える事はないだろう。これだけキッパリ言い切るのだから、かなり自信があるのだろう。
チョッパーの強い眼差しを正面から捕らえながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。そして、問う。
「・・・・・追えるか?」
暗に確かめに行こうと告げる言葉に、チョッパーはパッと顔を明るくした。そして、力強く頷く。
「うんっ!」
「じゃあ、行くぞ。」
大量の荷物は邪魔だったが、それを抱えたままゾロとチョッパーは駆け出した。
先程の金髪を、追うために。
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《20040913UP》