時々匂いを確認しながらも、チョッパーは迷い無く見慣れぬ街を駆けていった。
二人はドンドン港から離れていく。軽い坂道を上るようにして。
どれくらい見慣れぬ街をうろついただろうか。チョッパーが急に足を止めた。ゾロも慌て手足を止め、チョッパーの顔を窺い見る。すると彼は、ボロボロと滝のように涙を流していた。一軒のこぢんまりとした食堂のドアを見つめて。
そんなチョッパーの様子を見て、ゾロもそのドアを見つめる。
ここにサンジがいるのだろうか。
チョッパーの鼻は信用している。だが、信じ切れないモノがあってなかなか足を踏み出せない。もし、違っていたらと思って。期待した分、落胆は大きなものとなるだろう。
いや、自分のではない。チョッパーのだ。自分には、サンジが見つからなかったからと言って落ち込む理由は無いのだから。
さて、どうしようか。取りあえず、他のクルーも呼びに行くべきだろうか。自分には、落ち込んだチョッパーを慰めるという芸当が出来そうもないし。
ゾロが珍しく次に取るべき行動を迷っていると、たまりかねたようにチョッパーが小さいサイズに戻って背中から荷物を放り出し、涙を流しながら駆け出した。それまでジッと熱い視線を送っていた店のドアに向かって。
「サ・・・・・・・・サンジーーーーーっ!」
街中に響くのではないかと思われる程の声で叫びながらチョッパーがかける。そして、今まさにチョッパーが食堂のドアをくぐり抜けようとしたその瞬間。
凄まじい音をたてて店内から何かが飛び出してきた。
「食材を無駄にしてんじゃねーーーーっ!このクソ餓鬼がっ!!」
という、叫び声と共に。
飛び出してきたモノは食堂のドアを突き破り、ドアの前に居たチョッパーにぶつかってチョッパーもろとも宙を飛んだ。そして、ゴロリと店の前の道路に転がり落ちる。
突然の事に驚き、目を見張りながらソレを見ると、どうやら先程の金髪だったらしい。サラサラとした滑りの良さそうな金糸が地面に散らばっている。
ゾロが呆然としながら見つめる中、地面に転がっていた金髪の子供が痛みに耐えるうようなうなり声を上げながらもゆっくりと起きあがる。
「う〜〜〜〜・・・・・くそっ!この暴力オヤジっ!」
叫びながら上げられた子供の顔を見て、ゾロの息が止った。
怒りに燃える真っ青な瞳。妙な感じに巻いた眉毛。透き通るような白い肌。スラリとした細い四肢。
それらが全て、記憶にあるモノと酷似していて。
だが、サイズだけが大きく違う。どう見ても、目の前のソレは10に達していない。
いったいコレはなんなのだろうか。夢か、幻か?もしかしたら、自分とチョッパーは時空を越えてサンジの幼少時代に来てしまったのだろうか。
ゾロがそんなメルヘンな事を考えている間に、壊れた食堂のドアの前にユラリと人影が浮かび上がった。その全身からは、激しい怒気が迸っている。
「てめーが与えられた仕事をきっちりこなしてりゃ、俺だって穏便に対応するんだよ。自分からやりたがった仕事の一つも片付けられねーで、グチャグチャ文句いってんじゃねーっ!」
「ぐっ・・・・・・・・」
こんな小さい子供に随分と容赦の無い事を・・・・と、頭の冷静な部分で考えていたゾロだったが、そう長い事冷静ではいられなかった。
長い事聞いていなかった。それでも忘れることのなかった、懐かしい声を耳にして。
恐る恐る、声のする方に顔を向ける。自分の聞き違いだろうかと、思いながら。だが、その考えは杞憂に終わった。
ゾロは小さく呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・サンジ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
金髪の子供と同じように怒りに燃える青い瞳。サラリとした金髪は記憶にあるものよりも大分長くなっていたが、顔の左側を隠しているところは変わらない。そして、抜けるような白い肌も。スラリと伸びた、一見頼りなくも見える細い四肢も。その口から発せられる言葉の汚さも、記憶の通りだ。
顔が歪む。喜びに。自分が喜んでいると理解する前に、勝手に歪んだ。
「サンジッ!」
再度名を呼んだ。先程よりも強く。
すると彼はビクリと身体を揺らし、慌てたようにこちらに視線を向けてきた。そして、その青い瞳を大きく見開く。驚きのために。
「・・・・・・・ゾロ?お前、こんな所で何やってんだ?」
六年ぶりに会った第一声がコレかと、内心で呆れかえる。
「久し振り」の挨拶もなく。
まぁ、それは自分も同じなのだが。
ゾロはニヤリと、口角を引き上げた。
「てめーこそ、なにやってんだよ。」
「あ?俺?俺は、お仕事中だよ。お仕事中。」
「仕事?」
「そ。小さなお城の王様兼、コックさん。」
言いながら、サンジは自分の背後にある食堂をクイッと親指で指し示して見せた。
その仕草に、ゾロは軽く目を見張る。
「・・・・・・・・・・てめぇの店か?」
「おう。まだ三年目だけどな。そこそこ繁盛してるんだぜ?」
自慢げにそう返してきたサンジは、そこでようやくチョッパーの存在に気づいたらしい。地面に転がったままの彼の姿に、数度瞳を瞬いた。
「何やってんだ、チョッパー。んなところに寝転がって。」
その問いに、ダメージがデカかったらしいチョッパーは言い返す事も出来ないらしい。ピクピクと四肢を振るわせるだけで言葉が出てこない。なので、変わりにゾロが答えてやった。
「てめーが蹴り出したそのガキの体当たりを食らったんだよ。」
だからお前のせいだろうという言葉を込めてサンジの顔を見つめたのだが、その言葉は受け取って貰えなかったらしい。あっさりと流されてしまった。
「それくらい避けろよな。・・・・・・・・・・まぁ、立ち話もなんだし、中に入れよ。仕込みの時間で客が居ないから、その荷物は中に運んでおけ。」
「おう。」
軽く頷き、肩に担いだままだった荷物を地に降ろした。いくらドアが粉砕されているとは言え、この荷物を抱えたままではドアをくぐれないので。
そんなゾロの行動を横目で見つつ、サンジは店の中へと入っていった。その後に、サンジそっくりな子供がトテトテと着いていく。
蹴り出された後はあれだけ憎々しげに見つめていたのに、もうなんとも思っていないような顔をして。飛ばされて地面に叩き付けられた時に打ったらしい背中を痛そうにはしていたけれど。
「リョクっ!お客様だっ!適当に何か飲み物持ってこいっ!」
店の中からそんなサンジの声が聞えてきた。さっきの子供が「リョク」なのだろうか。それとも他に誰か居るのだろうか。そこの所はわからないが、サンジ自身が用意するつもりは無いらしい。その事に、何となく腹が立った。再会してすぐに口に入れるのは、彼が自ら作った物が良くて。それ以外を口にする気が起きなくて。飲み物だろうと、食べ物だろうと。
だから、なんとなくこう叫んでいた。
「クソコック!飲みもん出すなら、アレにしろっ!」
「あぁっ?!」
突然発せられたゾロの要求に、一旦店内に引っ込んだサンジの顔が再びドアの向こうから飛びだしてきた。
「なんだって?」
「だから、飲むならアレが良いっていってんだよ。」
「あれぇ?」
サンジが訝しげに顔を歪めた。その表情を見て、ゾロは胸の内で自分に自身に、「アレ」と「ソレ」の会話をするなんて俺たちは熟年夫婦かと、突っ込みを入れた。彼が船に乗っていた時代には、それで通じていたから思わずそう言ってしまったのだが、口にしてからそれだけで通じるのかと不安になる。しかし、一度口に出した言葉を取り消す事は出来ない。ゾロは、ジッとサンジの次の反応を窺った。
サンジはしばし押し黙った。何かを考えるように。そして、面倒臭そうにボリボリと後頭部を掻いた。
「ったく。よりにもよって一番手間がかかるもんを注文しやがって・・・・・・・・」
ブツブツ文句を言いながらも作る気はあるらしい。サンジは再度店の中へと引っ込んだ。
そのサンジの背に、今後はチョッパーが叫ぶような声をかける。
「サンジッ!俺、ココアが良いっ!サンジが入れた、ココアが良いぞっ!」
その言葉に、しばしの間が開く。そして、ぶっきらぼうな。だが、嬉しそうな声が答えを返してきた。
「分かったよっ!最高に美味いのを入れてやるから、ちょっと待ってろっ!」
サンジの答えに、チョッパーの顔がパッと輝いた。そして、チラリとゾロの方を見る。
「えっえっえっ!」
心の底から嬉しそうな彼の笑いに、ゾロもニヤリと口角を引き上げて答えた。
チョッパーも同じ事を考えたらしい。
サンジの作った物を、口にしたいと。
六年物間、渇望していた物を。
それがようやく手に入る。戻ってくる。
そう考えると、沸き上がる笑みを抑える事が出来なかった。
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《20040926UP》