顔を上げれば、そこには眼に痛い程の青空が広がっている。
 視線を下げれば底が見えるのでは無いかと思う程透き通った海が見える。
 その両方の青を見るたびに一人の男の事が思い出され、ゾロは深く息を吐き出した。
 鍛練を続ける気が失せ、重りを置く。そのままゴロリと寝転がり、瞳を指すような明るい日差しから逃れるためにそっと瞼を閉じた。
 ゴーイングメリー号からコックが降りて既に五年。いや、そろそろ六年の月日が流れようとしている。その間、サンジからの連絡は一切無い。上陸するたびにそうするつもりが無いまま派手に暴れ、どんな辺境の地でもその名が届く程の賞金首御一考様となったのにもかかわらず、何も。
 女にはまめなあの男のことだ。ナミやロビンの誕生日には何かメッセージでも寄越してくるのではと思っていたのだが、ソレもない。別に贈り物を期待していた訳ではないだろうが、その事にほんの少しだけナミが気落ちしていた事に気が付いた。だが、誰も何も言わない。下手な慰めをしたら、ナミも、慰めた者も寂しくなるだろうから。
 サンジが居なくなってから当たり前のことだが、食生活が大きく変わった。料理は当番制。男も女も関係なく。得意不得意も関係なく。それは平等に回ってくる。
 どう考えても料理には向かないであろうルフィとゾロも例外ではない。その代わり、出された物はどんなものでも文句を言わずに食べた。
 焼いただけの肉を大量に食卓にのせたルフィには、さすがにナミが鉄拳制裁を加えていたが。ゾロも、当番初日に大量のにぎりめしだけを食卓に乗せ、海に突き落とされた。以来、みそ汁くらいは作るようにしている。サンジが残したレシピを見ながら。
 レシピを活用しながらウソップやナミやロビンはそれなりの物を作るようになったが、やはりレシピを作った本人のような味は出せていない。
 食糧難には何度も陥った。そのたびにサンジの苦労を痛感した。
 何度ルフィを斬り殺そうと思ったことか。
 船の中も、次第に荒廃していった。片付ける手が無くなったから。
 全然気づいていなかったが、三度の食事とおやつ。ちょっとした息抜きのためのドリンクを作って皆に配りながら、あの男は掃除や洗濯など、細々とした仕事にまでこなしていたらしい。時々蹴り出され、強制的に洗濯や掃除をさせられたことがあったが、どうやらアレは彼が片付け切れなくなってからの行動だったようだ。ハッと気づいたときに溜まっている洗濯物の量が、サンジに命令されて片付けた量など眼じゃない程になっているからそう思う。
 すぐ近くにあった時には全然気づかなかったことに、居なくなってから気が付いた。
 礼を言いたくても言えやしない。彼が目の前に居るときに気づいていたとしても、素直に礼を言えるかどうかは、甚だ怪しくはあるが。
「・・・・・・・・っ!」
 物思いに耽りながら温かい日差しを浴びて微睡んでいたら腹に鋭い衝撃を感じ、グッと息を飲んだ。
「・・・・・・・・ってぇな、てめっ、何のつもりだっ!」
 眼を開けなくてもソレが誰の攻撃か分かったが、ゾロはあえて瞳を開けた。そして、射殺さん勢いでその衝撃を加えてきた人物を睨み上げる。
 だが、そんな眼差しに慣れているからか。相手は眉一つ動かすことなく、逆に心の底から馬鹿にするように鼻で笑い返してきた。
「ソレはこっちの台詞よ。とっとと上陸の準備をしてよね。アンタが超弩級の方向音痴だからって、あの島は見えるんでしょ?」
「・・・・・・・・方向音痴には関係ねーだろうが・・・・・・・・・」
 ナミの意地の悪い言葉にゾロは眉間に皺を寄せながら上半身を起こした。船長が座るメリーの向こうに、活気がありそうな港町が見えている。
「ホラ。分かったらさっさと準備してっ!そうじゃなくても人手が足りないんだから、体力馬鹿は五人分働いてよね。」
「うっせーよ。てめーも口よりも手を動かしやがれ。」
 言われっぱなしなのは癪に障るので、取りあえず言い返しておく。その言葉に文句の言葉が10倍になって返ってくる前に、ゾロはその場から立ち去った。
 今の船はサンジが居た頃のメリー号よりも大きい。船の名前は同じだが、一度船を替えた。三年程前に。
 大きな嵐に遭い、直しようも無い程船が破損してしまったのだ。どこからどうみて、これ以上海に出ることが出来ないだろうと、素人目で見ても分かるくらいに。
 思い出がつまった船を手放すのは、さすがのゾロも辛かった。もちろん、一番悲しんだのはウソップだったが。だが、あの船で何が起るか分からないグランドラインを航海するのは、自殺行為に等しい。だから皆、船を替える事に反対しなかった。
 ナミが隠し持っていたお宝を換金して船を買い。それだけは奇跡的に無事だったメリーを取り付け、一行は新たに船出した。
 その間、何度も人が加わった。それぞれに夢を持つ、船長の波長に絡まった人達が。だが、彼等はビビのように船を下りていった。今船に居るのは、サンジが乗っていた時のメンバーのみ。
 どんなに人が増えても、コックだけは仲間にならなかった。前のメリー号の、今のメリー号のキッチンを主な居住区にする人間は現われなかった。それは、ルフィがその手の人間を避けていたからなのか、たまたまそうなったのか。ゾロにもナミにも、他のクルーにも分からなかったけれど。
 仲間が最小限に減ったとき、船の運航が一番大変になる。それでも誰も文句の言葉を吐かずに増えた仕事を黙々とこなしていた。欠けたたままのコックが戻って来る日を、待ち望んで。
 上陸作業で一番負担が増えるのはゾロだった。力があり、余計な行動をしないから。サンジが居たときは二人でやっていた事も、今は一人でやらねばならない。
「・・・・・・・さてと。また五月蠅いのが来ないうちにやっちまうか。」
 ボソリと呟きながら、足を動かした。慣れた作業を片付けるために。
 島に着いたら、旨い料理を食いに行こうと、胸の内で呟いて。
 最高に旨い料理には、ありつけないだろうけれど。















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《20040913UP》







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