そこは、こぢんまりとした綺麗な店だった。洒落た調度品の類は一切ないが、どこか温かさを感じる店だ。昔のメリー号のラウンジを思い出させるような、温かさを。
多分ソレは、この場を切り盛りする者が生み出している雰囲気なのだろう。あの時は気付きもしなかったが、その気配に随分と癒されていたものだ。だから皆、自然とラウンジに集まっていたのだろう。
店内を見回しながら過去の情景を思い出していたゾロは、その視線を厨房の中で立ち働くサンジへと固定した。
彼は忙しなく動いている。仕込みの時間だと言っていたから、夜のメニューのために色々と作業をしているのだろう。時々足元に向かって何かしら言葉をかけているのは、先程の子供に指示を与えているのだと判断する。
サンジの他に大人の姿は無いから、この店は先程の子供とサンジの二人で切り盛りしているのだろう。そう広くはない店だが、それはなかなか無謀な事なのではないだろうかとゾロは思う。
だが、その考えをすぐに否定した。バキュームカーのように喰いまくるルフィの腹を満たすだけの料理を一人で作り上げていたサンジだ。これくらいの店に来る客の腹を満足させることくらい、彼一人で出来るだろう。
そんな見知らぬ客達の腹事情よりも、先程の子供の正体が気になる。サンジのドッペルゲンガーの様な子供に正体が。
チョッパーも同じ事が気になっていたらしい。物言いたげな瞳をゾロへと向けてきた。
「・・・・・・なぁ、ゾロ。」
「なんだ?」
「さっきの子って・・・・・・・・・・・」
「おう。待たせたな。」
恐る恐る問いかけてきたチョッパーの声を遮るように、サンジの明るい声が店内に響き渡った。そして、チョッパーの前には甘い香りと白い湯気が立ち上るココアが。ゾロの前には、細いグラスの中に注がれた紅い色のドリンクが差し出された。
それは、二人が最初に口に入れる物として望んだ物だった。それを目にして、チョッパーの瞳が喜びに輝いた。ゾロの瞳も。
具体的な提案をしたチョッパーはともかくとして、ゾロは少々不安だったのだ。自分の求める物が、ちゃんと出てくるのだろうかと。
だが、ちゃんと望みの物が目の前に差し出された。それがたまらなく嬉しい。鍛錬の後で差し出されるドリンクの中で自分が一番気に入っていた物を、サンジが覚えていてくれた事が。それを気に入っていると彼に告げたことは、一度も無かったはずなのに。それなのに、ちゃんと覚えていてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
だが、その喜びは顔には表さないように努めた。喜びを露わにして見せる間柄でもなかったし、そもそも自分はそんなことをするキャラじゃない。だから、胸の内に沸き上がった歓喜の思いは押さえつけて、出されたドリンクをひと口含む。
途端に、顔が緩んだ。
先程までの苦労が水の泡となるくらいにはっきりと。
そして思わず、声が零らす。
「・・・・・・・・うめぇな。」
この六年待ち望んだ味を口にして、素直に言葉が漏れた。彼が船に乗っていたときには、滅多な事では口にしなかった言葉を。
「うんっ!美味しいよっ!今まで飲んだ中で、一番美味しいココアだよ〜〜〜っ!」
チョッパーは泣きながらココアを飲んでいる。そんなに涙を流したら、ココアがしょっぱくなるのでは無いかと思うくらい盛大に涙を流しながら。
そんな二人の姿を、サンジは満足そうに見つめていた。
「おう。当たり前だろう?」
そんな言葉を口にして。
その言葉を合図にするように、店内に静かな空気が落ちた。チョッパーの鼻を啜る音と、ココアを飲む音。ゾロがドリンクを飲む音が異様に響くくらいに、静かな空気が。
出された飲み物が美味しすぎてそれ以上言葉が出なかったという事もあるが、それよりも何よりも、どう話かけたら良いのか分からなくて、黙る事しか出来なかったのだ。
だが、いつまでも黙ったままでは話が先に進まない。色々と確認したいこともあるのだ。
ゾロは手にしていたグラスの中身を一気に飲みきり、ゴトリと硬い音をたててテーブルの上に置いた。そして、微笑みながら自分達の姿を見下ろしているサンジへと視線を向ける。
「おい、お前・・・・・・・・・・」
「終わったよっ!次は何をすれば良いんだ、クソオヤジっ!」
ゾロの問いかけを遮るように、甲高い声がレストランの中に響き渡った。その声に、サンジが小さく舌を打つ。そして、厨房を振り返った。
「クソは余計だッ!クソガキっ!」
「だったらそっちがクソを付けんなよ、クソオヤジっ!」
「俺は良いんだよっ!」
「なんでだよっ!」
厨房の奥からピョコンと顔を出し、大層不服そうにそう問い返してきた小さいサンジに、大きいサンジはニヤリと意地の悪い笑みを返した。そして、ゆっくりと口を開く。
「親だから。」
「そんなの、おーぼーだっ!」
納得がいかないと言うように大騒ぎし始めた子供の様子に、サンジはクククッと喉を鳴らした。そして、とても愛おしそうな瞳で子供を見つめる。
「ギャーギャー騒ぐな。次はにんじんの皮むきだ。」
「・・・・・・・・・はいはい。」
「ハイは一回っ!」
「はいっ!」
一度気怠げに答えた子供は、サンジの鋭い怒鳴り声にピシリと背筋を伸ばしてカウンターの中に引っ込んだ。そんな子供の姿を、サンジは微笑みながら見つめている。
「・・・・・・・・おい、クソコック。」
「あん?」
ゾロの呼びかけに、サンジは口元に笑みを履いたまま振り返った。その穏やかな表情にドキリと胸が鳴った。彼が船に居た頃、こんな笑顔を自分に見せた事は無かったから。
初めて目にした表情に、わけも分からず心臓が騒ぎ出した。
そんなわけの分からない動揺を無理やり押さえ込む。そして、口を開いた。
「あのガキは、お前の・・・・・・・・・・・」
「あーーーーーーーーーっ!」
なんなんだ、と問おうとしたゾロの声は、店の入り口から上がった絶叫でかき消された。
建物が崩れるのでは無いかと思う程のその大声に、さすがのゾロの身体も跳ねあがる。何しろ目の前のサンジに意識を集中させていたので、背後の気配に全く気づいていなかったのだ。コレが大声ではなく鋭い剣先だったら、自分は今頃屍と化していたかもしれない。
そんな自分の迂闊さに舌打ちをしつつ慌てて振り返った先には、大口を開けたルフィとナミ。それにロビンの姿があった。いや、さすがにロビンは大口を開けてはいなかったが。しかし、彼女にしては珍しく驚きを露わにしている。
そんな三人に登場にサンジも驚いたように大きく目を見開いていたが、その顔はすぐに笑顔へと変わった。そして、六年前と変わらぬ口調で言葉を発する。
「よお、ルフィ。元気そうだな。ナミさんも、ロビンちゃんも。お久しぶりです。六年経っても昔と変わらずお美しいvv」
昔と同じように女二人を褒め称えるサンジだったが、昔のように骨格を疑うような崩れっぷりは見せない。大人になったと言う事だろうか。
そんなサンジの言葉に、驚き固まっていたナミとロビンの身体がビクリと震えた。
目の前にある物を確かめようとするように数度瞬きを繰り返したナミが、一瞬泣きそうな表情を浮かべる。だが、すぐに無理矢理瞳をつり上げ、ガッと大口を開いた。
「久し振りじゃないわよっ、もうっ!今まで連絡の一つも寄越さないで・・・・・・・・・・いったい何をしてたわけっ!」
糾弾するようにそう捲し立てたナミは、高いヒールを床にたたきつけるように足を動かし、ガツガツと硬い音を鳴らしながらサンジへと詰め寄った。
そんなナミの剣幕に怯むように一瞬腰を引かせたサンジだったが、逃げるのは止めたらしい。困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。
「スイマセン。ナミさん。色々立て込んでて・・・・・・・・・・・・・」
「その色々を聞きたいのよ、私はっ!」
さっさと吐けと言わんばかりのナミの態度に、サンジはグルグル巻いている眉をヘンニョリと力無く下げた。そして、言葉を返す。
「分かってますよ。でもそれは、全員揃ってからで良いですか?話せば長くなるかもしれませんから。」
その言葉でその場に居た全員はハッと息を吐いた。
この場にウソップが居ない事に気が付いて。
「・・・・・・・・・チョッパー。呼んできて。大至急。」
「うん。任せてよっ!」
頷くなり、チョッパーは獣型に変身して勢いよく飛び出していった。
あの様子だと、ランブルボールを使いそうだ。ウソップに少しでも早くこの朗報を知らせるために。だが、そうしたくなる気持ちは分かる。ゾロは微かに口元に笑みを浮かべた。ゾロだけではなく、ナミやロビン、ルフィも。
「・・・・・・・・まぁ、とにかく。お茶を出すよ。適当に座ってくれ。」
その言葉に、その場にいた全員が一番大きな丸いテーブルへと腰を下ろした。
サンジは一旦厨房へと引っ込み、何やらゴソゴソと作業をし始めた。何を言っているのかはわからないが、厨房の方で色々と指示する声が聞こえてくる。
その気配をジッと追っていたら、隣に座ったナミが肩を指先で突いてきた。
「・・・・・・・・なんだ?」
「ここって、サンジ君のお店なわけ?」
「そうみたいだな。」
「・・・・・・・やだ。船に戻る気無いのかしら・・・・・・・・・・」
サラリと答えてやれば、ナミは盛大に眉間に皺を刻み込んだ。それは自分も思った事だ。この場に根を下ろすような事をしているのだ。再び海に出る気があるとは、思えない。
だが、その考えをルフィがキッパリと否定してきた。
「んなことねー!サンジは戻ってくるっ!楽しみだな〜〜〜サンジの料理っ!いっぱい食うぞーーーーーっ!肉ーーーっ!肉ーーーーーっ!」
「・・・・・・・・・・その自信はどこから来るのよ・・・・・・・・・」
もう既にルフィの頭の中は肉一色らしい。ひたすら「肉肉」と騒ぎまくっていた。ナミの呟きを聞きもしないで。
ルフィが人の話を聞かないのは今に始まったことではない。聞かせようとしても興味の無い事には耳を貸さない男だ。今は何を言っても無駄だろう。取りあえず、肉を食わせない限り話が出来そうもない。
ナミもそう判断したのだろう。深々と息を吐き出しはしたが、それ以上何も言いはしなかった。
「お待たせしました、ナミさん。ロビンちゃん。今日はあまりデザートを作ってなかったから、こんなものしか無くて悪いんだけど。」
そんな事を言いながらサンジが厨房から戻ってきた。手には綺麗にフルーツが飾られたケーキと、良い香りが漂う紅茶が入っているのであろうポットがある。
それを目にした途端、ナミとルフィの瞳が輝いた。
「こんなものなんてっ!すっごい美味しそうじゃないっ、サンジ君っ!」
「おうっ!美味そう〜〜〜〜〜!早く食わせろっ!」
「お褒め頂き光栄です、ナミさんvvそこの食欲魔神はちょっとは落ち着け。まずはレディが先だ。」
伸びてくるゴムの腕を牽制しながら、サンジは素早くケーキを切り分けた。そして、まずはナミに渡し、次ぎにロビン。一度「お前も食うか?」と確認した後にゾロに切り分け、残りをルフィの前に置いた。
その全員にカップに注ぎ入れた紅茶を配り終えたサンジは、ほぼ円に近いケーキにかぶりついているルフィに向かって声をかけた。
「ちょっと待ってろよ。今、テメー用に肉を焼いてきてやるから。」
「おうっ!骨付きなっ!」
「今日は仕入れてねーんだよ、タコ。普通の肉で我慢しろ。」
ケーキをほおばりながらのルフィの要望を、サンジはヒラリと右手を振りながら軽く交わし、再度厨房へと引っ込んでいった。
「あ〜〜〜やっぱりサンジ君のケーキは美味しいわっ!もう他の物が食べられないわよ〜〜っ!」
「本当にね。これ以上の物は望めないわ。きっと。」
「あ〜〜早くサンジ君にベルメールさんのミカンで料理作って貰いたいなぁ・・・・・・・・・・」
「俺は肉っ!」
「あんたは黙ってなさいっ!」
そんな風に騒がしくケーキを突いている間に壊れたドアを修繕する業者が来て、速攻で直していった。どうやらこの店のドアは良く壊れるらしい。かなり手慣れた物だった。その直ったドアにサンジが臨時休業の札をかけ、扉を閉じた。そして、ルフィに肉料理を出す。
ものすごい勢いでお代わりを要求するルフィの言葉に答え、ナミとロビンがルフィに負けじと口にした注文品を作っているとき、直ったばかりの店のドアを押し開けてウソップとチョッパーが現われた。
「うお〜〜〜〜〜サンジ〜〜〜〜〜〜っ!よくぞ無事でいてくれた〜〜〜〜〜っ!心配してたんだぞっ、この野郎っ!連絡くらい寄越しやがれっ!」
「あ〜〜。悪かったって。泣くなよ。ってか、人の服で鼻水拭くんじゃねーっ!」
大泣きしながら抱きついて喜ぶウソップに怒鳴り返し蹴り倒しながら、サンジは彼の前とチョッパーの前に再度ドリンクを差し出した。
そこから先は、大宴会になった。
店にあった酒を根こそぎ飲み、置いてあった食材を食べ尽くす。六年間待ち望んでいた彼の料理の腕はこの六年で更に磨きがかかっていて、どれだけ腹がふくれても箸が止らなかった。腹が満ちても、心がまだ満ちていなかったから。もっともっとと要求する心が止まらない。
皆の動きが止ったのは、店が本当にスッカラカンになってからだった。
そこでようやく気持ちも腹も落ち着いたのか。ルフィが真っ直ぐな瞳でサンジの青い瞳を見つめた。
そして、長いこと共に旅をしている自分達が驚くほど真剣な声で問いかける。
「終わったのか?」
主語の無い問いかけにサンジは、何が、とは聞かなかった。一度、薄く笑んだだけで。
その反応に、ナミとウソップ。チョッパーはビクリと身体を揺らした。この再会がただ会えた事を喜ぶためだけの宴だったのかと、思って。
縋るような三人の眼差しに気付いたのだろう。彼等にチラリと視線を流したサンジは、困ったような笑みを浮かべた。そしてその笑んだ瞳のままルフィの強い瞳を見つめ返し、軽く首を傾げる。
「一番大変な事は、な。でも、未だ継続中だ。」
困ったような。だが楽しんでいるような声音で語るサンジの言葉に、チョッパーは目が溶け出すのでは無いかと思うほど盛大に涙を流した。
ナミとウソップも顔を強ばらせている。やはり自分達の嫌な予感が当たったのだと、考えて。
そんな三人の心を解きほぐすように、サンジは綺麗に微笑んだ。
「でもまぁ、それはどこでも出来るし。」
続けられた言葉に、ナミの顔がパッと輝く。ウソップの顔も。チョッパーの涙も止まった。
ナミが小さく息を吸った。そして、慎重に言葉を紡ぐ。下手に声を出したら悪い方向に物事が進むのではと、考えているかのように。
「・・・・・・・じゃあ・・・・・・・・・・・・」
「はい。戻りますよ。まだ俺の居場所があるなら、ですけどね。」
「当ったり前でしょっ!」
軽く首を傾げながらのサンジの言葉に、ナミが速攻で言葉を返した。怒ったように、そんな事を言われるのは心外だと言うように。
そして、キッパリと告げる。
「みんな、サンジ君の帰りを待ってたのよ。」
ナミの言葉に、皆は大きく頷いた。
ルフィはシシシと歯をむき出すようにして笑っている。
そんな仲間の反応に、サンジも微笑みを返した。照れくさそうに。
「・・・・・・・・じゃあ、これからは六年分たっぷり食わせてやりますよ。ルフィがもうイラナイって言うくらいにな。」
「そりゃーありえねーだろっ!」
速攻で入ったウソップの突っ込みに、皆が大口を開けて笑い合った。腹が痛くなるほど、盛大に。
そんな風に笑いながら、ゾロはふと思った。
こんなに笑ったのは、もの凄く久し振りだな、と。自分も、仲間達も。
サンジが船を下りてからも、楽しい事は沢山あった。数え切れない程笑った。だけど、心の底から笑って居なかった事に今、気が付いた。
心に穴があったのだ。見ない振りをしていたけれど。
それはゾロだけではなく、メリー号のクルー全員の心にあったのだろうと思う。だから、心から楽しむことが、笑い合うことが出来ていなかったのだ。
だが、その穴は埋められた。これから先は今まで以上に、心の底から楽しいと思える航海になるだろう。
皆がそう確信して満足している中、ロビンの声がスルリと空間をすりむけた。
「それで、コックさんのやりたかった事ってなんだったの?」
随分と前の話題に戻った。その言葉に、皆がハッと息を飲む。陽気になりすぎていて誰もが忘れていた話題だったが、思い出してみるとこれ程気になるモノは無い。皆は笑いを引っ込めてサンジの顔を見つめた。
その視線にポリポリと後頭部を掻いたサンジは、しばし視線を宙に振りまけた後、言い難そうに口を開いた。
「ぁ〜〜・・・・・・・・なんかそう、注目されると言い難いんだけどな。たいしたこっちゃないし。」
その前置きに、ゾロの眉間に深い皺が刻み込まれた。たいしたことじゃない事をするために職場を放棄したのかと、怒りが沸いて。
怒りのあまりに思わず怒鳴りつけてやりたくなったが、ここで話の腰を折るような事をするわけには行かない。ゾロは開きそうになる口をグッと閉じた。
そんなゾロの様子に気づいた様子もなく、サンジは背後にある厨房へと視線を向けた。
「セイ、リョク。ちょっとこっち来い。」
その呼びかけで、ウソップは厨房に誰かが居る事に気づいたらしい。不思議そうに瞳を瞬いた。
ナミとロビン。ルフィは人の気配を察しては居ただろうが、その姿はまだ目にしていないから、こちらも興味津々といった様子でサンジが声をかけた方へと視線を向けている。
さて、彼女達があの小さいサンジを見てどんな反応を示すのだろうか。その時のリアクションを予想しながら意地悪く笑みを浮かべたゾロだったが、その彼の顔も数秒後には固まる事になる。
「なんだよ、クソオヤジ!こっちは洗い物で忙しいんだよっ!」
「良いから来いっ!お客様に御挨拶しろっつってんだよっ!」
「・・・・・・・・・・チッ!しょうがねぇなぁ・・・・・・・・・・・」
可愛らしいソプラノで悪態を付く小さいサンジの声が厨房から聞えてきた。流れる水を止める音が止まる。そして、軽い足音が妙に静まりかえった店内に響き渡った。その音と共に、彼は厨房からひょっこりと顔を出してきた。
途端に、店内の空気が凍り付く。
その、あまりにもサンジにそっくりな子供の姿を目にして。
「仕事の後じゃ駄目なわけ?」
中断させられた仕事に未練があるのか、ブツブツと文句を言いながら小さいサンジが歩み寄ってくる。その子供の頭に軽く拳骨を食らわせながら、サンジが態とらしく顔を怒らせて見せた。
「駄目だ。大事な人達なんだからな。」
「ちえっ!」
「おい、リョクッ!お前も早く来いっ!」
その言葉に、厨房の奥でもう一つの気配が動いた。もう一度、軽い足音が店内に響く。
音の感じから言って、「セイ」というらしい小さいサンジと同じくらいの体格だろう。
なんでサンジはそんな小さい子供を二人も従えているのだろうかと首を捻る皆の前に、「リョク」が姿を現した。
再び、ゴーイングメリー号の仲間が息を飲む。
出てきた少年の姿を、目にして。
「リョク」と呼ばれた少年は、先に出てきた「セイ」と歳の頃は同じくらいだ。だが、子供らしい可愛げのある表情が、一切無い。
意思の強そうな眼差し。きりりとつり上がった眉。適当に切ったとしか思えない散切りの髪は、緑色をしていた。
「・・・・・・・・・なんか・・・・・・・・・・・・・」
ナミがポツリと、呟いた。何を言いたいのか、ゾロにも分かる。気持ちが悪いくらいに似ていたのだ。
彼は。
そんな仲間の驚愕に気づいているだろうに、サンジは何事も無かったかのようにニコリと微笑みながら、自分の傍らまで歩み寄ってきた二人の子供の頭の上に、己の掌を乗せた。
「こっちはセイ。」
金髪の頭を軽く叩く。
「こっちはリョク。」
緑の頭を軽く叩いた。
そして、キッパリと言い切る。
「俺の子だ。」
その言葉を聞いたクルー達はその場に凍り付き、店内にイヤな沈黙が落ちたのだった。
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《20041128UP》